こんな私が恋に落ちるまでの物語

悠日里

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第三話 夢

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 真白が遊びに行っている間に夕飯の買い物を済まし、戻ってくると姉も後から家に帰ってきた。早いお帰りだ。
 器用に膝下のストッキングを脱ぎながら玄関へと上がった姉は、早速「なんかある?」と私が手に提げている買い物袋を漁り始めた。

「待ってよ、お姉ちゃん。今、下に置くから」
「で、なんか気の利いたもん買ったの?」
「……そろそろお金が心配だから、今日は特に買ってないよ。バナナ食べちゃったの?」
「もうっ。今は違うのが食べたいの!」
「じゃあタルト食べる? 残ってたでしょ?」

 私が訊くと、姉はゆっくりと口角を上げて笑った。

「いいよ、あれは。あんた達の分だから」
「私たちの分って……あんな食べ方、良くないよ?」

 私は、虫食いのように穴だらけになったタルトを思い出しながら言った。姉は一切れ食べるだけでなく、タルト全体にフォークを入れたようだ。
 学校から帰って来て、真白と食べようとして箱を開けて見た時、さすがに目を疑ってしまった。だから私と真白は食べていない。

「何の事? 要らないなら、お姉ちゃんのね。あーもったいない。すごーく美味しかったのにぃ」
「そっか、残念。どうぞ」
「ふんっ、可愛くないわね! こっちはあんたと違って仕事でお腹減ってるんだから、早く買って来てちょうだい、気の利いたもん!」
「気の利いたもの……それならチーズのやつでいい? 昨日食べ損ねちゃったし、優雅にワインと食べたらいいじゃん」

 私の提案に、姉は表情を和らげる。けれど一度強く入った眉間の皺は、なかなか戻らなかった。

 買ったものを仕舞う時も、おやつを用意している間も、私は姉の愚痴を聞いた。愚痴と言うよりも悪口に近いから耳当たりの良いものではないが、話を聞くくらいは別に構わない。
 姉は家でこう横柄だが、人前ではとても大人しいから。

 姉は私以上に人付き合いが苦手なようだ。学生の時はいつも自室に引き篭っていたし、社会に出た今も誰かと会っている様子が無い。大人って、お仕事って大変だろうし、そういうものかもしれないけれど。

 姉は子供の頃、友達にされた遊びを私にして、楽しんでいた事がよくあった。
 例えば私が小学校に上がったくらいの時。耳・首・指・手首のどれかを選んでと言われ、アクセサリーの話かと思った私は、首を選んだのだけれど。

「やったー! 首スパンって落とされたー! ざまぁみろー!」

 そう満面の笑みで、姉に指を差された事があった。
 私はその姉の言動が信じられず絶句したのだが、もしかしたらクラスの子にでも意地悪されたのかなとも思って、あまり気にしないようにした記憶がある。

 私を嫌いな事も理由としてあるのだろうけれど、姉は外でうまく立ち回れないそのストレスを消化する場がなく、不満が溜まっているのだと思う。

「お姉ちゃん、部屋で優雅に食べないの? はい出来たよ、どうぞ」
「待っててあげたんじゃない。それよりお父さんにもらってる食費、そんなに少ないなら青、あんた高等部に進学しないで働きなさいよ」
「え?」

 進学しないで働くって、姉は何を言っているのだろう。

「……行くよ? それに真白も居るし」
「青が中等部修了したら真白は五年生、11歳だよ。一人で大丈夫よ。あっ。あんたってば真白を信じてないんだね? 可哀想に。酷いわねぇ」

 姉は私を軽蔑するように、目を眇めて言った。
 内心、ため息が零れてしまう。きっと仕事で何かあったのかもしれないと、私は思うようにした。

 チーズもパンも乾燥してしまうよと言い、何とか姉を自室に帰した私は、肩の力が抜けたのか眠気に襲われる。

「どうしよう。真白が帰って来るまで少し時間あるし、寝ちゃおうかな。でも予定よりも早く帰ってくるかもしれないもんな」

 真白は鍵を持って行っているけれど、私は起きて待っていたい。
 私はキッチンに戻り、食卓に進んだ。食卓の椅子は硬いし、座って眠らないように伏せていれば休める。そう思って腰掛けようとしたら、姉の脱ぎ捨てたストッキングが私の使っている椅子の下に丸まって落ちていた。

 仕方がない。触るのは嫌だったけれど、洗濯機横に置いたランドリーバスケットまでストッキングを運び、手を洗ってから食卓に伏せた。

 外から聞こえる同世代の女の子のお喋りは、まるで空を戯れて飛ぶ二羽の小鳥のようで、適度に私の眠気を覚ましてくれたのだった。
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