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カインと師匠
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「はあ!?」
厳格なワイアットが珍しく大声を出したのでカインは振り返った。
届いた手紙は魔力を帯びていればわかる。
特に不審なものはなかったはずだ。
それなのに師匠は手紙を握りしめて震えている。いつもの五倍は感情が表に出ている。
それほどの衝撃を受ける内容が?
「カイン、私は来月から別邸へ行く」
「はい、私はお供した方がいいですか」
「いや、お前は残れ。客がくる。」
「お客さまが、ですか?」
師匠を訪ねてくるのなら師匠が残るべきでは。
「もしかして会いたくない方ですか」
「そうだ。ギリムが弟子を連れてくる。預かってほしいと言われた」
ギリムというのは大賢者ギリムのことだ。
師匠はいつも彼の名前を出すときに苦虫を噛み潰したような顔をする。実力は認めているけれど人柄が受け入れられないらしい。
昔からライバル関係だと聞いたことがある。
真面目な師匠とギリム様は合わないだろうと思う。ギリム様は奔放な方で若い頃の伝説を未だに聞く。
とにかく女性にモテた。
赤い髪と金色の瞳、褐色の肌。竜を使役できる精神力と知力と魔力。
隠遁生活を送りながらも王からの頼みで登城している。
一方うちの師匠は王宮魔術師だが神官よりも節度のある暮らしをしている。
黒い髪を一つに束ねている。青白いほどの日焼けしていない肌と紺色の瞳。きれいな顔立ちなのに神経質そうな眉間のシワ。そして、女嫌いとして有名である。
「ギリム様の弟子を預かるとしても、私は何をすればいいのですか。
その方の年齢は」
「15だそうだ」
「それならずっと世話をする必要もないですし、師匠が挨拶だけしてあとは自由に過ごしてもらえば良いじゃないですか。」
「無理だ」
嫌だ、ではなく
無理……?
「師匠、まさか女性ですか」
「そうだ。女性の中でも一番怖い思春期の女性だ。子供扱いしても女性扱いしても怒られそうな爆発物のような面倒な生き物だ!私は別邸に行く」
「私だってそんな年頃の女性の扱いなんてわかりませんよ!断ってください」
「それは嫌だ!ギリムに恩は売りたい」
理不尽!
「しかもただの女じゃない。気を付けろ」
「どういうことですか」
「恐ろしい女の娘だ。私はあんなに恐ろしい思いをしたことがない。あとにも先にも。」
「魔女ですか」
「そうだ。この世のすべての男をおかしくする魔女だ。その娘だから力を引き継いでいてもおかしくない。私は絶対に会わないからな!」
「師匠……そんなわけないでしょう。魔物じゃないんですから、魅了の魔法なんてないはずです。少し好感度をあげたり媚薬の類いは売られていますが、ほぼ効力はないでしょう」
「いや、あの女は本物だった」
「容姿が元々優れていたんでしょう」
「白銀の髪、すみれ色の瞳、禁欲的なシスターの服に隠された豊かな胸、あらゆる楽器の音色より心地よい声……」
え?誰これ
本当にうちの師匠か?
「あれほど美しい生き物は目の毒だ。思い出しただけで眩しすぎて吐き気と頭痛がする。
そんな私にあの魔女は、治癒魔法をかけてくれて飲み物と食料をくれた。」
「優しいじゃないですか」
「更に、私をベッドに誘い」
「えええー?優しくしておいてからまさかそんないかがわしい!?」
「ゆっくり休むように言って起きたらスープを、フーフー冷ましてくれて一匙ずつ飲ませてくれた」
「めっちゃ良い人じゃないですか!」
「心臓が壊れるくらい激しく早くなり、熱を出してしまった。あれは恐ろしい術だ。思い出すだけで吐き気がする」
その割に顔を赤くしていますが
えーっと、これは師匠が綺麗なお姉さんに看病されてドキドキしたのを術だと勘違いしてもしかしてそれからずっと女嫌いだということか?
「……師匠、それ単に優しい美人に看病されてラッキー!くらいの案件ですよ」
「お前までそんな風に言うのか。ギリムも彼女に懐いていた。子供らしく抱きついたりしていた。それを見ながら俺はギリムだけは一生許さないと誓った」
ん?
「それなのに彼女の娘をギリムが引き取って、最果ての地で二人で楽しく暮らしているなんて。
師匠と呼ばれて後見人になって成長を見守って。
俺だって彼女の子供が男児なら引き取って力になりたかった。スープを飲ませてやったり看病したかった」
え?
あなた弟子にベタベタ干渉しないですよね
初恋と女性恐怖症を拗らせて変な嫉妬と願望にまみれてますね
「だから断って他の知り合いのところに預けられるのは嫌だし、彼女の娘がギリムに手を出されるのは許せないから助けてやりたいけど女だから会いたくないし世話もしたくないし万が一私がその娘に魅了されておかしな言動をとりたくないから会わない!以上!!」
もう充分おかしな言動しか見てませんが
「お前まで魅了されたら魔法で解除してやるから安心しろ。
だが油断するな。白銀の髪は揺れるだけでいい匂いがするし、スープを冷ますときに耳に髪を掛けたらうなじも見えたし、唇をすぼめたら果実のように瑞々しいし、かがんだら胸が見えそうになるんだぞ。恐ろしいだろう。清純で妖艶なんだぞ」
恐ろしいのはあなたの観察力と記憶力です。
とっとと少年時の記憶を他の女性との接触で上書きしておけば良かったのに
「清純で妖艶、ねえ。そんな童貞の願望そのままみたいな人間、いるわけないでしょう。師匠は記憶を美化しすぎてるんじゃないですか」
「ああ、それだったらいいが。まあお前も気を付けろ。胸の大きさは遺伝だと聞く」
誰に聞いたんだ、ああギリム様だな。女嫌いで有名なうちの師匠にそんなことを言うのはギリム様しかいない。
そして良い歳をした大人が手の動きをつけて胸の話をするのは止めていただきたい。師匠の尊厳を大切に。
まあ、魅了うんぬんは信じていなかったが、美人の母親を持つという娘に興味を持った。
少しだけ。
「といっても女の子の部屋をわざわざ設えるのもおかしいし、日当たりの良い部屋を空けるとして……リネンはシンプルなままにして、また気に入ったものを本人を連れて買いに行ったらいいか」
最果ての地にいるんだから、王都を案内するのも喜ぶかもしれない。
厳格なワイアットが珍しく大声を出したのでカインは振り返った。
届いた手紙は魔力を帯びていればわかる。
特に不審なものはなかったはずだ。
それなのに師匠は手紙を握りしめて震えている。いつもの五倍は感情が表に出ている。
それほどの衝撃を受ける内容が?
「カイン、私は来月から別邸へ行く」
「はい、私はお供した方がいいですか」
「いや、お前は残れ。客がくる。」
「お客さまが、ですか?」
師匠を訪ねてくるのなら師匠が残るべきでは。
「もしかして会いたくない方ですか」
「そうだ。ギリムが弟子を連れてくる。預かってほしいと言われた」
ギリムというのは大賢者ギリムのことだ。
師匠はいつも彼の名前を出すときに苦虫を噛み潰したような顔をする。実力は認めているけれど人柄が受け入れられないらしい。
昔からライバル関係だと聞いたことがある。
真面目な師匠とギリム様は合わないだろうと思う。ギリム様は奔放な方で若い頃の伝説を未だに聞く。
とにかく女性にモテた。
赤い髪と金色の瞳、褐色の肌。竜を使役できる精神力と知力と魔力。
隠遁生活を送りながらも王からの頼みで登城している。
一方うちの師匠は王宮魔術師だが神官よりも節度のある暮らしをしている。
黒い髪を一つに束ねている。青白いほどの日焼けしていない肌と紺色の瞳。きれいな顔立ちなのに神経質そうな眉間のシワ。そして、女嫌いとして有名である。
「ギリム様の弟子を預かるとしても、私は何をすればいいのですか。
その方の年齢は」
「15だそうだ」
「それならずっと世話をする必要もないですし、師匠が挨拶だけしてあとは自由に過ごしてもらえば良いじゃないですか。」
「無理だ」
嫌だ、ではなく
無理……?
「師匠、まさか女性ですか」
「そうだ。女性の中でも一番怖い思春期の女性だ。子供扱いしても女性扱いしても怒られそうな爆発物のような面倒な生き物だ!私は別邸に行く」
「私だってそんな年頃の女性の扱いなんてわかりませんよ!断ってください」
「それは嫌だ!ギリムに恩は売りたい」
理不尽!
「しかもただの女じゃない。気を付けろ」
「どういうことですか」
「恐ろしい女の娘だ。私はあんなに恐ろしい思いをしたことがない。あとにも先にも。」
「魔女ですか」
「そうだ。この世のすべての男をおかしくする魔女だ。その娘だから力を引き継いでいてもおかしくない。私は絶対に会わないからな!」
「師匠……そんなわけないでしょう。魔物じゃないんですから、魅了の魔法なんてないはずです。少し好感度をあげたり媚薬の類いは売られていますが、ほぼ効力はないでしょう」
「いや、あの女は本物だった」
「容姿が元々優れていたんでしょう」
「白銀の髪、すみれ色の瞳、禁欲的なシスターの服に隠された豊かな胸、あらゆる楽器の音色より心地よい声……」
え?誰これ
本当にうちの師匠か?
「あれほど美しい生き物は目の毒だ。思い出しただけで眩しすぎて吐き気と頭痛がする。
そんな私にあの魔女は、治癒魔法をかけてくれて飲み物と食料をくれた。」
「優しいじゃないですか」
「更に、私をベッドに誘い」
「えええー?優しくしておいてからまさかそんないかがわしい!?」
「ゆっくり休むように言って起きたらスープを、フーフー冷ましてくれて一匙ずつ飲ませてくれた」
「めっちゃ良い人じゃないですか!」
「心臓が壊れるくらい激しく早くなり、熱を出してしまった。あれは恐ろしい術だ。思い出すだけで吐き気がする」
その割に顔を赤くしていますが
えーっと、これは師匠が綺麗なお姉さんに看病されてドキドキしたのを術だと勘違いしてもしかしてそれからずっと女嫌いだということか?
「……師匠、それ単に優しい美人に看病されてラッキー!くらいの案件ですよ」
「お前までそんな風に言うのか。ギリムも彼女に懐いていた。子供らしく抱きついたりしていた。それを見ながら俺はギリムだけは一生許さないと誓った」
ん?
「それなのに彼女の娘をギリムが引き取って、最果ての地で二人で楽しく暮らしているなんて。
師匠と呼ばれて後見人になって成長を見守って。
俺だって彼女の子供が男児なら引き取って力になりたかった。スープを飲ませてやったり看病したかった」
え?
あなた弟子にベタベタ干渉しないですよね
初恋と女性恐怖症を拗らせて変な嫉妬と願望にまみれてますね
「だから断って他の知り合いのところに預けられるのは嫌だし、彼女の娘がギリムに手を出されるのは許せないから助けてやりたいけど女だから会いたくないし世話もしたくないし万が一私がその娘に魅了されておかしな言動をとりたくないから会わない!以上!!」
もう充分おかしな言動しか見てませんが
「お前まで魅了されたら魔法で解除してやるから安心しろ。
だが油断するな。白銀の髪は揺れるだけでいい匂いがするし、スープを冷ますときに耳に髪を掛けたらうなじも見えたし、唇をすぼめたら果実のように瑞々しいし、かがんだら胸が見えそうになるんだぞ。恐ろしいだろう。清純で妖艶なんだぞ」
恐ろしいのはあなたの観察力と記憶力です。
とっとと少年時の記憶を他の女性との接触で上書きしておけば良かったのに
「清純で妖艶、ねえ。そんな童貞の願望そのままみたいな人間、いるわけないでしょう。師匠は記憶を美化しすぎてるんじゃないですか」
「ああ、それだったらいいが。まあお前も気を付けろ。胸の大きさは遺伝だと聞く」
誰に聞いたんだ、ああギリム様だな。女嫌いで有名なうちの師匠にそんなことを言うのはギリム様しかいない。
そして良い歳をした大人が手の動きをつけて胸の話をするのは止めていただきたい。師匠の尊厳を大切に。
まあ、魅了うんぬんは信じていなかったが、美人の母親を持つという娘に興味を持った。
少しだけ。
「といっても女の子の部屋をわざわざ設えるのもおかしいし、日当たりの良い部屋を空けるとして……リネンはシンプルなままにして、また気に入ったものを本人を連れて買いに行ったらいいか」
最果ての地にいるんだから、王都を案内するのも喜ぶかもしれない。
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