モブ系悪役令嬢は人助けに忙しい（完結）

最終章 悪役令嬢は・・・

9

隣国へは陸路でも行けるが、王都に行くなら船の方が早い。

私達はほんの1週間前にモーガン先生と戦ったダイナスの港で、特別に用意された船に乗った。

「それにしても、随分大きい船ですね！？」

前に見たセルナク行きの船の倍はある。

驚きの声を上げた私をトラヴィスはジロリと睨んだ。

「皇太子が敵国に向かう船よ。貧相な船で行けるわけ無いでしょ」

「た、確かに」

空は快晴で絶好の航海日和だ。

船首近くの甲板に居るのは私とトラヴィスの二人だけ。なぜなら船に乗ってしばらくして、私がトラヴィスを甲板に呼び出したからだ。

（グローシアが付いて来ようとしたけれど、国家機密に関わる話をするからって納得させたんだよなぁ）

皇太子の前世がアラサー女子っていうのは、絶対秘密だから嘘をついた訳では無いのだ。

それにこの世界が前の世界でゲームになっていた事も、トラヴィスと二人だけの秘密だ。だから今からする話を他の人に聞かれる訳には行かないのだ。

「殿下、聞きたい事があるんです。ゲームの3部でのエンドの事なんですけど」

そう切り出すと、トラヴィスの顔が引き締まった。

「殿下が見た最悪バッドエンドと、ハッピーエンドの内容を詳しく教えて貰えますか？」

「うん・・・そうね。今まで大まかにしか伝えて無かったもんね」

トラヴィスは船に固定されてるベンチに腰掛けると、私にも座る様に言った。

「最悪の結末だったのは戦争が起こった後に、皇国が隣国に支配されたパターンね。ヒロイン含め攻略者は全員・・・」

トラヴィスは親指を立ててから下を向けた。

「・・・マジで最悪ですね・・・。乙女ゲームのくせに容赦ないなぁ」

「そうよねぇ！・・・まぁゲームでやってる時は、それもまた魅力の一つだったんだけどさ。それからハッピーエンドだけど、直前でこっちに転生しちゃったから分からないのよ。だけど、ヒロインは確実にイーサンと恋仲だったわよ」

（う～む、それがマスト要素だと、ちょっと困るんだけど・・・）

「その場合のストーリーはどういう流れですか？」

トラヴィスは思い出す様に目線を上げる。

「確か・・・やっぱり隣国との緊張が続いていて、戦争になりかけているの。だけどヒロインとイーサンが協力して、それを止めたのよ。・・・うん、そうだったわ！隣国に行って、二人の光の魔力と闇の魔力を同時に使う事でエメラインと闇の組織の黒幕を倒すのよ。それで・・・」

「殿下！？」

私が思わず大声をあげたので、トラヴィスは驚いたようだ。

「な、何よ！？急に」

「闇の組織の黒幕って、どんな奴だったんですか！？」

慌ててそう聞くと、トラヴィスもハッとした様に眉間にしわを寄せた。

「イラストは・・・年老いた男だった・・・。そうね・・・モーガン先生も黒いフードの男もそこには居なかったわ。そうか！だからストーリーはそこで終わらなかったのね！」

「多分、ゲームでも本当に倒さなくちゃいけなかったのは、その二人です」

トラヴィスは頷いて、

「エメラインとじーさんを倒しても、続きがあるって事ね。だったら皆と情報を共有しましょう。モーガン先生はもういないけど、黒フードの男・・・リーツだっけ？。そいつを倒さなきゃハッピーエンドは来ないんだから」

船室に戻ろうとするトラヴィスを、私は慌てて引き止めた。

「あ、待ってください。話はもう一つあって」

「なあに？」

振り返ったトラヴィスに、私は深く頭を下げた。

「私、やっぱり殿下の奥さんにはなれないです。・・・ごめんなさい」

この先の展開によっては、お互いどうなるか分からない。言わなくちゃいけない事を、言える内に言っておこうと思ったのだ。

去年、アリアナとお互いを受け入れた時から、私にはある変化があった。

それまでは恋愛に関しては、どこかに落してきたかのように理解出来なかった。

（だからトラヴィスが私に言ってた事も、ずっと冗談だと思って流してたんだ）

だけど今は・・・

頭を下げたままトラヴィスの返事を待ったが、何も言ってくれない。恐る恐る顔を上げると、彼は腰に手を当てて苦笑いしながら溜息をついた。

「もう！今まではどんだけアプローチしても信用しなかったのに、やっと私の気持ちが分かったってわけぇ？」

「す、すみません」

「で？・・・やっぱりディーンが良いの？」

「そ、それはまだ・・・その・・・良く分からなくて」

「ふ～ん・・・」

トラヴィスは肩をすくめるとクルリと後ろを向いて、

「まっ、仕方ないわね。無理強いするのも何だしぃ。私も忙しいしね。あんたもこれ以上気にしなくて良いわよ。さっ、行きましょ」

そう言ってそのまま歩いて行く。

（ありがとう・・・トラヴィス）

私はその後ろ姿にもう一度頭を下げた。

トラヴィスはこの話をする間、ずっとねーさんで居てくれた。彼は本当はちゃんとトラヴィス皇太子なのに、私の前ではねーさんで居てくれたのだ。

（・・・ほんと、カッコいいよ）

やっぱり彼は完全無欠のメイン攻略者、皇太子トラヴィスなのだ。