モブ系悪役令嬢は人助けに忙しい（完結）

最終章 悪役令嬢は・・・

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夏休みになって直ぐに、私は再びコールリッジ領の別荘に来ていた。

明日には皆が遊びに来る予定だ。私は庭のテーブルでお茶を飲みながら、隣国から帰って来てからの事を思い出していた。

マリオット先生は皇国の獄舎での終身刑を言い渡された。極刑を望む声も多かったが、トラヴィスが何とかしたのだと思う。

それから闇の組織は、トラヴィスと皇国の騎士達の働きで一気に壊滅することとなった。それはマリオット先生が闇の組織の幹部達を、ほとんど殺害していた事も大きく働いた。何百年に渡って皇国で犯罪を行ってきた恐ろしい組織の最後としては、あっけないものだった。

闇の組織で育てられていた子供達は、国によって保護された。闇の魔力に対する偏見はまだまだ大きいけど、それは私達がこれから頑張って変えて行けばいい。

そしてイーサンは船で帰国している途中に、ふらっと消えてしまった。彼はイーサン・ベルフォートの身体が朽ちるまで、13歳の身体のままで生きていくのだろう。それこそが、彼の罪に対する大きな罰だと思えた。

（もう、蘇りの魔術を使う者はいないだろうしね）

いなくなる前に、帰国の船の上で彼は私に言った。

「最初お前と会った時に、なんて口の悪い公爵令嬢だと思った」

「へぇへぇ、それはすみませんでしたね」

「・・・ヘンルーカもそうだったんだ」

「へ？」

（口の悪い聖女って、どんなのよ？）

私の考えていたヘンルーカのイメージが少し崩れた。

「イーサン、私はヘンルーカじゃ無いよ」

「・・・ああ、分かってる」

「だけど、いつ私がヘンルーカの転生者だって分かったの？」

そう聞くと、イーサンは私にとても優しい目を向けた。

「お前が、船の上で他の奴に力を与えた時だ。他者への魔力の増幅。あれは、ヘンルーカしか出来ない事だった」

「そうなの！？」

「ああ、それに魔力増幅の宝珠は彼女が作ったんだ。だから、はなからリーツがお前に敵うわけが無かったんだ」

（あの宝珠、ヘンルーカが作ったの！？なんて人騒がせな物を・・・）

多分、悪用されるとは思わなかったんだろうなぁ。使い方によっては便利だもんね。

「ヘンルーカはお人好しで、いつも他人の為に走り回っていた。前向きで、落ち込んでもすぐに復活して、見ていて飽きなかった。そして最後まで人を助けて・・・俺を庇って死んでいった・・・」

「イーサン・・・」

イーサンはヘンルーカに会う為だけに生きて来た。でもこれからは・・・

「・・・あのさ、もうそんな風に考えるの止めなよ。ヘンルーカは、自分のやりたい事をやっただけだよ」

割り切れないかもしれないけど、せめて今からでもイーサンには前を向いて欲しい。

「それにさ、彼女は蘇りの魔術を振り切って、自分から輪廻に飛び込んじゃうような人じゃん？前しか向いて無いんだよ。イーサンも、少しは彼女を見習っちゃえば？」

そう言うと、イーサンは少し眉を下げて私を見た。

「彼女は・・・こんな俺を許してると思うか？」

「もちろん！っていうかヘンルーカはイーサンに怒ってなんかいなかったよ。彼女は最後まで・・・イーサンの事を一番に愛してた」

イーサンの目尻に何かが光るのが見える。だけど彼はすぐにいつものふざけた調子で、

「お前に言われてもな」

そう言ってけらけら笑った。


帰国して数日たったある日、トラヴィスが私を執務室に呼んだ。

「今更なんだけどさ、マリオット先生のフルネームが分かったのよ」

「え？」

「リーツ・ヴェリティ。・・・ちょっと意味深だと思わない？」

「ヴェリティ！？ヘンルーカやエンリルと同じファミリーネームってことですか！？」

「もしかしたらだけどさ・・・マリオット先生ってライナスとヘンルーカの子孫だったりして・・・？」

トラヴィスがごにょごにょと言うのを聞いて、私はぶんぶんと首を振った。

「ま、まっさかぁ！二人に子供が居たなんて、イーサンからも聞いてませんよ？」

「そ、そうよねぇ。禁書ルームの本にだって書いて無かったしね？」

「そうですよぉ！・・・あっでも、もしかしたら同じ血筋なのかもですよ？ヘンルーカとエンリルには兄弟がいたかもしれないし、親戚だっていただろうし」

「そうよねぇ、単に同じファミリーネームってだけかもしれないし・・・」

「・・・でも、そう言えばマリオット先生って光の魔力と闇の魔力の両方持ってましたよね・・・？」

私とトラヴィスは一瞬見つめ合って黙ってしまう。だけど二人で「わはは・・・」と笑って誤魔化し合った。

「だけどさ、あの時よくクリフが来てる事が分かったわね？」

「ん？どの時ですか？」

「マリオット先生がグローシアを人質に取った時よ。クリフは魔術で姿と気配を隠してたでしょ？何か合図でもしてたの？」

「いえ、でも開いてる扉の方で、ちらっと何か見えた気がしたんですよねぇ。それで、何となくクリフかなって」

「それだけで、あれだけのはったりかましたわけ！？あんたって子は・・・どんだけ度胸あるのよ！？」

「あはは、そうかも。でも、クリフならこういう時、絶対に助けに来てくれるって確信してましたから」

そう言うとトラヴィスは呆れたように首を振った。

「これは、ディーンはまだまだ安心できないわね」

ぼそぼそ呟く。どう言う意味だろう？

「殿下？」

「なんでも無いわよ、こっちのこと！それより裏の肖像画の取引が滞ってるから、よろしくね」

「げっ・・・マジで言ってます？セルナクから戻ってまだ1週間も経ってないのに」

「こういうのは早く日常に戻した方が良いのよ。それに忙しいぐらいの方が気がまぎれるわ」

トラヴィスはそう言って、机の上の書類を読み始めた。

（日常か・・・）

今回のあわや戦争かと思われた騒動は、少しずつ良い方向へと収まって、皇国も学園も平常な日々を取り戻しつつある。

だけどその為にトラヴィスは、かなりの労力を要しただはずだ。疲れているだろうに、彼はそんな素振りは全く見せない。

（ねーさんの外面完璧皇子め）

「ん？何か言った？」

トラヴィスの問いに、私は首をブンブンと振った。

学園での授業も再開された。だけど前と全く同じと言う訳では無い。

ジョーとケイシーがモーガン先生を連れ出した事件は、やんごとない事情によるトラヴィスの指示だったと言う形で決着がついた。それでも世間を騒がせたと言う事で、二人は停学処分となった。トラヴィスも皇帝からかなりの叱責を受けたらしい。

そして私の「力」に関しては、トラヴィスが箝口令を敷いた為、知っているのは仲間と両親だけだ。

「ヘルダー伯爵あたりに知られたら、あんたは今度こそモルモットにされちゃうわよ！」

トラヴィスの忠告に、私は本気で震えあがった。

おかげでまた魔力ゼロクラスが再開されたが、先生が変わった。レティシアから私の絵を買っていたリューセック先生は、ある密告から教師として不適格という烙印を押されて懲戒免職となったのだ。

（当然でしょ！）

私はロリコンから離れられた事を、ガッツポーズで喜んだ。ちなみに密告の主が誰かは想像にお任せする。

精神魔術を解術されたマーリンは、その後直ぐに学園を自主退学してしまった。アリアナに酷い事を言われたのがショックだったからでは無いかと心配になったが、その後彼女から私に手紙が届いた。

短い内容だったけど、その中には「ごめんなさい」という文字が書かれてあった。

ゲームではヒロインの親友だった『リン』。あんな出会い方をしなかったら、きっと彼女とは良い友達になれたんだと思う。


夏休み前の中庭のカフェで、私はミリア達とお茶を飲みながら、今までの事やこれからの事をたくさん話した。だけど・・・

「なんだか寂しいわ、ずっと一緒にいたから・・・」

ミリアがぽつりと言う。

「水臭いわよね。急に行っちゃうなんてさ」

珍しくジョーも、お菓子がすすんでいない。

「もっと絵を描かせて貰いたかった・・・」

レティシアはハンカチで涙を拭う。

「イーサンが何処に行ったか、アリアナは知らないのですか？」

グローシアの問いに、私は無言で首を振った。

イーサンが過去の大魔導師ライナス・アークだった事は、私たち以外は誰も知らない。

強大な闇の魔力の魔術師は、この空の下のどこかで今も旅をしているのだろう。ピンク色の髪とスカイブルーの瞳の美しい少女と共に。