7 / 35
第二章 事情
事情(3)
しおりを挟む「お前……許嫁すら一族を守るための交渉材料にするのか。千早が子供が産めない体になったから放り出すのか」
「ちがう、そうじゃない!千早ちゃんが俺を受け入れてくれるのなら絶対に妻にする。どれだけ反対されても跡継ぎができなくても、俺は彼女をめとる!」
純白の正装は、えり元に赤い染みができていた。けれど輝はそんなことはとうの昔に慣れている。
幼少時から血を流すことも命を懸けることも慣れてしまった、現代日本にはありえない壮絶な人生を歩んでいる輝は、整った顔に普通の人間なら腰を抜かす様な迫力を浮かべ怒鳴った。
「千早ちゃんがお前に心底惚れているから俺はあきらめるんだよ!彼女の幸せを願っているから身を引くんだろうが!
お前こそあれだけ彼女に優しくしておいて、今は何なんだよ、がんばってる千早ちゃん無視しやがって!お前の方こそ自分の都合で千早ちゃんを振り回してるじゃないか!」
「ちがう!千早のためだ!千早は本当は一般社会の生まれだ!!俺みたいな訳わからん事情かかえた奴と一緒にいたら今度こそ本当に人生がメチャクチャになる!
ちゃんと学校に通って普通の生活をして、それが千早にとって一番の幸せだろうが!」
「だったら最初からあんなに優しくするな!俺の気も知らないであんなにべたべた恋人ヅラで世話焼きやがって!惚れさせるようなことするんじゃねぇよっ!」
怒り心頭の輝が立ち上がり、亜空間の鞘に格納していた天輪の柄を握る。
右手で柄を握り、左手は本来は鞘のある場所に置かれる。抜刀しざま相手を斬る、居合いの構えだ。
対して明も星覇を構える。本気で怒ったらしい輝は、亜空間の鞘の中で天輪の力を高めている。抜刀した瞬間、高められた天輪の力は爆発的に相手にたたき付けられるだろう。
明も星覇を構える。受けて立つ構えで、まだ十分に使い慣れぬ神刀と同調をこころみる。
二人にはせまい六畳の茶室が、異様な気配に包まれる。霊感に優れた人間は、茶室でただならぬことが行われていることを感じ取っているだろう。
いっとき、一触即発の状況でふたりはにらみ合う。しかし不意に双方同時に気を散じた。意識が向いたのは、壁と同色のふすまの向こうだった。
構える輝から目を離さず、明の方が口を開いた。
「義人さん、入ってきていいですよ」
閉められたふすまの向こうから、いかにも動揺した騒がしい物音がして、そしておそるおそるといった様子でふすまが開く。
ふすまの向こうには、なんと長い銃身のショットガンをにぎった義人がいた。
「あ、あの、立ち聞きをしていた訳じゃないんですよ?」
「分かってますよ」
まだそんな季節ではないのに額に汗が浮いている義人は、びくびくと二人を見やりながら及び腰で茶室に入ってくる。
ここしばらく、義人はある案件のために宗家屋敷から離れていた。
明と輝、二人に頼まれたこの案件がようやく整ったので報告に来たのだが、居場所を探し当てた二人はとんでもない修羅場の真っ最中だった。
これはもう何としてでも、力づくでも二人を止めねばならぬと、万が一魔物と戦うための手段として用意していた特注のショットガンを持ち出しタイミングをうかがっていたのだが、逆に中から声をかけられてしまった。
術者になれなかったとはいえ、義人も御乙神一族の血族である。気配を消すくらいの事はできる。
けれどやはりこの二人には通用していなかったようだ。
いちおう刀を収めてくれた二人に、もうショットガンは必要なさそうだと判断してたたみに置き、義人は居住まいを正して報告に入る。
「例の件、先方がいちおう納得してくださいました。かなり混乱されているようですが。次はお二人が面会する日をセッティングしようと思いまして。動ける日にちを教えていただけたら、先方と調整に入ります」
弱い常夜灯が照らす病室は、かすかな機械音が流れていた。
広い個室にひとり、点滴と呼吸補助機が付けられた飛竜健信が横たわっている。
閉じていた目が開いた。白い天井をあおぐ顔は、まるで老人の様だ。
かろうじて一命は取り止めたものの、肉体へのダメージは大きく、生命維持に機械の力を借りなければならない状態だった。
うす暗い病室に、真黒い影が浮かび上がる。それはベッドヘッド近くで、端正な面立ちに鮮血のような赤い目が光っていた。
おびえと敵意のまなざしで見上げてくるかつての仲間を、魔の美丈夫は見下ろした。
『ここまでの愚行をはたらくほど、神刀の使い手が憎かったか』
聞き覚えのある声だったが、人外の存在であると感じる。深いしわがきざまれ、真っ黒な隈が浮いた顔で飛竜は魔物に生まれ変わった古い知己に声を上げた。
「……ああ、憎い。憎いとも。貴様らはずるい。生まれながらに力に恵まれ何の努力もせず支配者となるなんてずるすぎる。だからどんな手を使ってでもこの理不尽を正そうと俺は努力したんだ。
俺は何も悪くない。悪いのは、ずるく理不尽なのは、貴様ら神刀の使い手たちの方だ……!」
お前らの存在自体が許せないと、やせおとろえた顔を憎しみにゆがめ、見開いた目を魔物・御乙神織哉へと向ける。
なにひとつ後悔のない様子の飛竜を見下ろす赤い眼は、ひどく冷めた、まるで人間のような感情の見えるまなざしだった。
『そうか』と、一言つぶやいて、魔物の足元からぬめるような黒い影がベッドの足をつたっていく。
はいあがってきた闇に、飛竜はなすすべもなく飲み込まれていく。
声も上がらず、酸素マスクの付けられた口にも黒い闇がすべり込んでいく。
けいれんするように何度か身動きをして、そしてベッドに横たわる飛竜の身体は弛緩した。呼吸器は、息をしなくなった死体へと、それでも律儀に酸素を送り続ける。
そしてぬめる闇も、黒装束の男も消えた。
暗い病室内で動いているのは、呼吸補助機だけだった。
0
あなたにおすすめの小説
熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)
MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
郷守の巫女、夜明けの嫁入り
春ノ抹茶
キャラ文芸
「私の妻となり、暁の里に来ていただけませんか?」
「はい。───はい?」
東の果ての“占い娘”の噂を聞きつけ、彗月と名乗る美しい男が、村娘・紬の元にやってきた。
「古来より現世に住まう、人ならざるものの存在を、“あやかし”と言います。」
「暁の里は、あやかしと人間とが共存している、唯一の里なのです。」
近年、暁の里の結界が弱まっている。
結界を修復し、里を守ることが出来るのは、“郷守の巫女”ただ一人だけ。
郷守の巫女たる魂を持って生まれた紬は、その運命を受け入れて、彗月の手を取ることを決めた。
暁の里に降り立てば、そこには異様な日常がある。
あやかしと人間が当たり前のように言葉を交わし、共に笑い合っている。
里の案内人は扇子を広げ、紬を歓迎するのであった。
「さあ、足を踏み入れたが始まり!」
「此処は、人と人ならざるものが共に暮らす、現世に類を見ぬ唯一の地でございます」
「人の子あやかし。異なる種が手を取り合うは、夜明けの訪れと言えましょう」
「夢か現か、神楽に隠れたまほろばか」
「──ようこそ、暁の里へ!」
あまりさんののっぴきならない事情
菱沼あゆ
キャラ文芸
強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。
充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。
「何故、こんなところに居る? 南条あまり」
「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」
「それ、俺だろ」
そーですね……。
カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
診察室の午後<菜の花の丘編>その1
スピカナ
恋愛
神的イケメン医師・北原春樹と、病弱で天才的なアーティストである妻・莉子。
そして二人を愛してしまったイケメン御曹司・浅田夏輝。
「菜の花クリニック」と「サテライトセンター」を舞台に、三人の愛と日常が描かれます。
時に泣けて、時に笑える――溺愛とBL要素を含む、ほのぼの愛の物語。
多くのスタッフの人生がここで楽しく花開いていきます。
この小説は「医師の兄が溺愛する病弱な義妹を毎日診察する甘~い愛の物語」の1000話以降の続編です。
※医学描写はすべて架空です。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる