闇に堕つとも君を愛す

咲屋安希

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第二章  事情

事情(3)

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「お前……許嫁いいなずけすら一族を守るための交渉材料にするのか。千早ちはやが子供が産めない体になったから放り出すのか」

「ちがう、そうじゃない!千早ちゃんが俺を受け入れてくれるのなら絶対に妻にする。どれだけ反対されても跡継ぎができなくても、俺は彼女をめとる!」

 純白の正装は、えり元に赤い染みができていた。けれど輝はそんなことはとうの昔に慣れている。

 幼少時から血を流すことも命をけることも慣れてしまった、現代日本にはありえない壮絶な人生を歩んでいる輝は、整った顔に普通の人間なら腰を抜かす様な迫力を浮かべ怒鳴った。

「千早ちゃんがお前に心底惚れているから俺はあきらめるんだよ!彼女の幸せを願っているから身を引くんだろうが!
 お前こそあれだけ彼女に優しくしておいて、今は何なんだよ、がんばってる千早ちゃん無視しやがって!お前の方こそ自分の都合で千早ちゃんを振り回してるじゃないか!」

「ちがう!千早のためだ!千早は本当は一般社会の生まれだ!!俺みたいな訳わからん事情かかえた奴と一緒にいたら今度こそ本当に人生がメチャクチャになる!

 ちゃんと学校に通って普通の生活をして、それが千早にとって一番の幸せだろうが!」

「だったら最初からあんなに優しくするな!俺の気も知らないであんなにべたべた恋人ヅラで世話焼きやがって!惚れさせるようなことするんじゃねぇよっ!」

 怒り心頭の輝が立ち上がり、亜空間のさやに格納していた天輪のつかにぎる。

 右手で柄を握り、左手は本来は鞘のある場所に置かれる。抜刀しざま相手を斬る、居合いあいの構えだ。

 対して明も星覇を構える。本気で怒ったらしい輝は、亜空間の鞘の中で天輪の力を高めている。抜刀した瞬間、高められた天輪てんりんの力は爆発的に相手にたたき付けられるだろう。

 明も星覇せいはを構える。受けて立つ構えで、まだ十分に使い慣れぬ神刀と同調をこころみる。

 二人にはせまい六畳の茶室が、異様な気配に包まれる。霊感に優れた人間は、茶室でただならぬことが行われていることを感じ取っているだろう。

 いっとき、一触即発の状況でふたりはにらみ合う。しかし不意に双方同時に気をさんじた。意識が向いたのは、壁と同色のふすまの向こうだった。

 
 構える輝から目を離さず、明の方が口を開いた。

義人よしとさん、入ってきていいですよ」

 閉められたふすまの向こうから、いかにも動揺どうようした騒がしい物音がして、そしておそるおそるといった様子でふすまが開く。

 ふすまの向こうには、なんと長い銃身のショットガンをにぎった義人がいた。

「あ、あの、立ち聞きをしていた訳じゃないんですよ?」

「分かってますよ」

 まだそんな季節ではないのに額に汗が浮いている義人は、びくびくと二人を見やりながらおよび腰で茶室に入ってくる。


 ここしばらく、義人はある案件のために宗家屋敷から離れていた。

 明と輝、二人に頼まれたこの案件がようやく整ったので報告に来たのだが、居場所を探し当てた二人はとんでもない修羅場の真っ最中だった。
 
 これはもう何としてでも、力づくでも二人を止めねばならぬと、万が一魔物と戦うための手段として用意していた特注のショットガンを持ち出しタイミングをうかがっていたのだが、逆に中から声をかけられてしまった。
 
 術者になれなかったとはいえ、義人も御乙神みこがみ一族の血族である。気配を消すくらいの事はできる。

 けれどやはりこの二人には通用していなかったようだ。
 
 いちおう刀を収めてくれた二人に、もうショットガンは必要なさそうだと判断してたたみに置き、義人は居住まいを正して報告に入る。

「例の件、先方がいちおう納得してくださいました。かなり混乱されているようですが。次はお二人が面会する日をセッティングしようと思いまして。動ける日にちを教えていただけたら、先方と調整に入ります」




 弱い常夜灯じょうやとうが照らす病室は、かすかな機械音が流れていた。

 広い個室にひとり、点滴と呼吸補助機が付けられた飛竜ひりゅう健信けんしんが横たわっている。

 閉じていた目が開いた。白い天井をあおぐ顔は、まるで老人の様だ。

 かろうじて一命は取り止めたものの、肉体へのダメージは大きく、生命維持に機械の力を借りなければならない状態だった。
 

 うす暗い病室に、真黒い影が浮かび上がる。それはベッドヘッド近くで、端正な面立ちに鮮血のような赤い目が光っていた。
 
 おびえと敵意のまなざしで見上げてくるかつての仲間を、魔の美丈夫びじょうふは見下ろした。

『ここまでの愚行ぐこうをはたらくほど、神刀の使い手が憎かったか』

 聞き覚えのある声だったが、人外の存在であると感じる。深いしわがきざまれ、真っ黒なくまが浮いた顔で飛竜は魔物に生まれ変わった古い知己ちきに声を上げた。

「……ああ、憎い。憎いとも。貴様らはずるい。生まれながらに力に恵まれ何の努力もせず支配者となるなんてずるすぎる。だからどんな手を使ってでもこの理不尽を正そうと俺は努力したんだ。

 俺は何も悪くない。悪いのは、ずるく理不尽りふじんなのは、貴様ら神刀の使い手たちの方だ……!」

 お前らの存在自体が許せないと、やせおとろえた顔を憎しみにゆがめ、見開いた目を魔物・御乙神織哉みこがみおりやへと向ける。

 なにひとつ後悔のない様子の飛竜を見下ろす赤い眼は、ひどく冷めた、まるで人間のような感情の見えるまなざしだった。


 『そうか』と、一言つぶやいて、魔物の足元からぬめるような黒い影がベッドの足をつたっていく。

 はいあがってきた闇に、飛竜はなすすべもなく飲み込まれていく。

 声も上がらず、酸素マスクの付けられた口にも黒い闇がすべり込んでいく。

 けいれんするように何度か身動きをして、そしてベッドに横たわる飛竜の身体は弛緩しかんした。呼吸器は、息をしなくなった死体へと、それでも律儀りちぎに酸素を送り続ける。


 そしてぬめる闇も、黒装束の男も消えた。

 暗い病室内で動いているのは、呼吸補助機だけだった。


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