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第二章 事情
事情(2)
しおりを挟む明が読み終わった様子を見て取って、輝がぽつりとこぼす。
「スパルタ教育から、ほめて伸ばす教育に方針を切り替えたらしいぜ。ちょっと遅い気もするけどな」
皮肉気に笑ってみせる。
輝も千早と同じく、わずか十三歳から退魔の現場に出ている。それは圧倒的な能力を誇る神刀の使い手としても、命がけの仕事をするにしてはあまりに幼い年齢だ。
千早とは目的が真逆だが、輝もまた苛烈な幼少期を過ごしていたのだ。
輝の笑みが明に向けられるのは、ずいぶん久しぶりだった。
初対面の時から、明は母を殺された憎悪に支配されていた。従兄弟だと、仲良くしようとする輝は激しく追い払われるばかりで、二人はあっという間に険悪な仲になったものだ。
うかがうような暗い眼で自分を見る従兄弟へ、輝は笑みを消し、鬼気迫るほど真剣な表情で問うた。それは心底、真剣な問いかけだったからだ。
「今でも憎いか?魔物に踊らされてお前たち家族を追い詰めてしまったバカな御乙神の連中が」
明への遺書にも書かれていた、御乙神一族を憎む強大な魔物。輝明はそれを『滅亡の魔物』と名付けていた。
御乙神を憎む理由も、その正体も分からない。けれど十八年前から着実に、御乙神一族はその魔物に追い詰められている。
輝明にも『滅亡の魔物』の正体は暴けなかった。存在を確認できたのはほんの一瞬だけ。それは相手の力が、輝明をはるか陵駕するという証明だ。
昼の陽が、うす暗い茶室に差し込んでいる。まばゆい光の筋が明の顔前を横切り、その端麗な面立ちに陰影を付けていく。
「……憎い。何の罪も無い母さんを殺したお前らへの復讐だけが、俺の生きる目的であり支えだった」
けれど、と、続ける。
「父親はもっと憎い。あれだけ母さんを愛してるとか守るとか言い散らかしておいて、結局は失敗して自分も殺された。
あげくヤケを起こしたのかどうか知らないが、訳分からん魔物とつるんで血縁殺しまくって実の兄貴殺して息子を魔物の仲間に誘って。恥ずかしすぎて親子を名乗りたくない」
激しい言葉のわりに、明は心底疲れたようにため息を吐く。張り詰めた気配が途切れた明へ、輝がまたふっと笑んだ。
そして表情を切り替える。茶色がかった瞳でまっすぐに明を見つめる。
その眼には、何の隠し立てもなかった。心の底を何も隠さず、腹の中をさらけ出して、輝は誠心誠意伝える。
「一族の長として、過去の過ちを謝罪する。魔物の罠を見抜けず、織哉さんと唯真さん、そしてお前を追い詰め、手に掛けてしまった。本当に申し訳なかった」
輝は居住まいを正してから、深く体を折る。畳に額を付け、土下座した。
明は、輝の後頭部に視線を注ぐ。色素の薄い髪を、鬼気迫る真剣なまなざしで、穴が空くかと思うほど強く見つめる。
突然明が片膝立ちで右足を踏み込む。流れる様な動作で、神刀・星覇を抜刀した。見事な剣さばきで水平から上段にひるがえし、輝の首めがけて振り下ろす。
星覇の白刃は、まさに薄皮一枚輝の後ろ首を切り、差し込んだ陽光の筋に数本、色素の薄い髪が舞う。
輝は、分かっていて微動だにしなかった。
物理的には冷たいだけの星覇の刃を感じながら、畳に額を付けたまま自分の覚悟を伝える。
「俺の首ひとつで気が済むならくれてやるよ。それで一族が救われるのなら安いもんだ」
首を落とす紙一重で寸止めしたまま、明は返す。
「前から思っていたが、お前ら宗主ってやつは本当のバカだよな。一族の連中、お前らが命を懸けて守ってやるほどの価値があるのか?俺にはどうしても理解できない」
「確かに人間以上の力におぼれて、おごり高ぶる奴も『人間』を踏み外す奴もいる。でもそれは心が人間のままであるからこそだと、俺は思う。
弱い人間の心のまま、人間以上の力を持っている御乙神一族は、だからこそ一族としてまとまり、『人間』を保つ道を指し示すリーダーの下で生きていくべきだと俺は思う」
輝の言葉に、動揺もおそれもない。一族のために命を捨てる事を、すでに納得し覚悟して明に会いに来たのだ。
「俺がいなくなっても、代わりになる存在は必ず出てくるさ。俺は現在の宗主として、自分ができる最善をつくすのみだ」
「それが、へまをやらかした連中の代わりに、お前が命を差し出す事か」
「他に出来る事がない。間違って命を奪ったのなら、同じ命でつぐなうしかないだろう。お前が御乙神一族への復讐をあきらめてくれたら、それだけで未来が大きく変わるはずだからな」
星覇がうすく触れた後ろ首から、赤い血の筋が垂れてきた。研がれた日本刀の切れ味は、生半可なものではない。明が今、ほんの少し力を抜いただけで、星覇は自身の重みで輝の首に食い込むだろう。
首の側面をつたう血を感じながら、輝は伏せたまま口を開いた。
「ひとつ頼みがある」
後ろ首の冷たい感触と、灼けるような明の視線を感じながら、輝は考え抜いた自分の決断を述べた。
「俺は千早ちゃんの婚約者を降りる。お前が、千早ちゃんを幸せにしてあげて欲しい」
気配が、明の強い動揺を伝えてくる。輝は、意識して心を平静に保ち、事前に考え抜いた台詞をのべていく。
「二人で生きていくための支援は充分させてもらう。迷惑をかけた慰謝料だ。もし御乙神一族に残りたいのなら、そう準備する。
ただ、千早ちゃんと生きていくなら、お前の手は汚さない方がいいと思う。恨んだ相手とはいえ、恋人が、未来の夫がたくさんの人を手に掛けたらとなったら、千早ちゃんは悲しむ……」
首に当たっていた冷えた感触が消えた。星覇を退いた明は、ゆっくりと体を起こす従兄弟を激しい怒りを込めてにらみつけた。
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