迷いの道しるべは君への想い

咲屋安希

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序章

序章(2)

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 千早が身動みうごきをして、絹糸きぬいとの様なかみつやはなちながら美しく波打なみうつ。

 御乙神みこがみ一族にころされたあきらの母親も、とても綺麗きれいかみをしていた。

 色は千早ちはや真逆まぎゃく茶色味ちゃいろみつよ金髪きんぱつだったが、千早の髪と同じようにつややかで、ゆびで巻くとそれは心地ここちよくすべっていった。


 明は、母の髪で遊ぶのが好きだった。ひざに乗ってかみを指で巻くのがお気に入りだった。

 父も、母の髪が好きだった。母のとなりに座り、明と同じく指に巻いていた。

 母も、髪をさわられるのを少しずかし気に、そしてうれしそうにしていた。


 許可無きょかなれたりしてはいけないのだと、充分じゅうぶん分かっていたが、気が付くと千早ちはやの髪を指に巻いていた。

 千早の髪はなめらかでハリがあって、指の間をすり抜けていく感触かんしょくがとても心地ここちよかった。

 何度も、ゆっくりと、つややかな黒髪を指で巻く。心地良ここちよさと高鳴たかなる様な胸苦むなぐるしさを感じながら、何度も、何度も、千早の髪を巻く。
 
 母親以外の、女の髪にさわってみたいと思ったのは千早だけだった。

 なめらかに指にからむその手触てざわりは、明の中の何かを、静かにかき立てていく。

 深く眠る千早は、起きる気配はない。髪に指を絡めながら、引き寄せられるように明は千早のひたいに唇を付けた。 
 
 それは、母親がよくしてくれた事。

 おさない明に「愛してる」と微笑ほほえみながら、その思いをそそぎ込む様に額に口づけてくれた。
 
 ほんの一瞬いっしゅん触れただけなのに、胸がまるようだった。もっと深く触れたい衝動しょうどうをこらえて、明は眠る千早を見つめる。

(お前だけは殺せない)

 千早も知らない、明の正体しょうたい御乙神みこがみ一族を滅ぼす『滅亡めつぼうの子』。

 一族の滅亡を宿命しゅくめいとして背負せおう、まわしい存在。

 そのために母親は一族に殺され、父も伯父おじの手にかかり行方不明ゆくえふめいとなった。


 千早にはしあわせになってほしい。だから絶対ぜったいに自分は千早の恋人にはなれない。

 母の敵討かたきうちを悲願ひがんとし、虎視眈々こしたんたんと御乙神一族の滅亡めつぼう目論もくろむ自分など、優しい千早は到底とうてい受け入れられないだろう。
 
 そう思って、明の胸が差し込むように痛む。母を追い詰め殺した御乙神一族はどうあっても許せないが、何も知らない千早も、間違まちがいなく一族の一員で。
 
 そして、千早の様に何も知らない女子供おんなこどももたくさんいて。

 孤児こじとなった明を親代おやがわりになって育ててくれた三奈みなも、御乙神一族の有力分家ゆうりょくぶんけの娘だ。

(本当に、殺せるのか……?)

 千早とごすおだやかな時間を、目の前で無防備むぼうびに眠るこの信頼しんらいを、そして千早ちはや自身をうしなってまで自分は、御乙神一族を、自分と同じ血を引く血縁けつえんを、本当に殺しくすのか――



 不意ふいにぱたり、と、軽い物音ものおとがする。

 内心ないしん飛び上がるほどおどろいた明は、唐突とうとつに現れた音のぬしり返る。

 
 いつの間にかリビング入口にいた黒猫くろねこが、つやつやとした黒いしっぽをかべに打ち付けていた。

 ぱたり、ぺしり、と軽い物音だが、しっぽの動きは、はっきりとイラつきがけて見える。
 

 明は苛立いらだった様な、苦虫にがむしつぶしたような、何ともいえない顔つきで黒猫をにらみ、リビングを出て行った。
 
 
 まるで人間のような冷めた流し目で明を見送った黒猫は、とてとてと歩いて千早に近づくと、「にゃあん」と大きめの声で鳴いた。

「……クロちゃん?一緒いっしょに寝る?」

「にゃあ」

 可愛かわいらしい声で返事をした黒猫は、ソファに飛び上がり寝ぼけまなこの千早にい、腕を折りたたんで香箱座こうばこすわりをする。

 再び眠りに引き込まれた千早の枕元で、黒猫のしっぽは先程さきほどとは打って変わり、おだやかな様子でゆったりとれていた。
 


 その日以降いこう、千早が昼寝をする時は、かぎのかかる明の寝室しんしつを使う様にと言われるようになった。
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