6 / 47
第一章 動き出した予言
動き出した予言(4)
しおりを挟む十二月に入り、季節は本格的な冬を迎えた。千早の離れから見える景色も、秋の頃とは違う、どこか一段明るさが落ちた枯れた光景に見える。
広縁に置かれた籐編の椅子に座り、千早は窓の外を眺めていた。実際、千早の意識は外の景色を見ておらず、自分の内部に向いていた。
二週間前、強引な婚約御披露目を前に初めて父に逆らい、冷たかった許嫁が急に恋心を告げてきて、それだけでも混乱するのに、同時にありえない数の魔物に襲われ、それを率いていたのは、大好きな人の、実の父親で―――。
訳が分からないとは、まさに今回の一連の出来事の事だと思う。色々な事がいっぺんに起こり過ぎて、考えようとすると頭が混乱する。
魔物の群れを退けるため大技を使った千早は、それが原因で身体を痛めてしまった。ようやく今日から、普通の食事を取れるようになったところだ。
サンルームを兼ねる広縁は、午後の陽光が差し込みあたたかい。
けれどそれでも寒さを感じる千早は、ネル生地のワンピースにレギンスを履き、毛糸編みのストールにくるまっている。
しかし、体は温まっていない気がした。何故か、体の奥が冷えている気がするのだ。
静かだった離れに、唐突に荒い足音が響いた。一階に待機している千早付きの家政婦の、慌てた声が遠く聞こえる。
足音は見る間に階段を昇ってくる。気配を読み取り、千早は一瞬顔を強張らせたが、切り替えるように表情を引き締める。椅子から立ち上がった。
音を立てて扉を開いたのは、千早の父、御乙神家分家・飛竜家の当主である飛竜健信だった。
二週間前、父が決めた次期宗主との婚約御披露目を、千早は拒否した。婚約自体を破棄してほしいと願い出た。聞き届けられないなら、家を出るとまで言いきって。
そこまで口にしてしまえば、当然父との仲は険悪となる。
あの日から、体調不良を理由に千早は実家に帰っていなかった。しかし状況が落ち着けば、いつかは父が連れ戻しに来るだろうと予測していた。
心構えはしていたつもりだったが、相当に機嫌の悪い父を前にすると、体が震えてくる。
体を包んだストールの前合わせをぎゅっと握って、千早は意識して顔を上げて父を見上げた。
「体調は良くなったそうだな。顔色も良さそうだ」
「……はい、宗家の皆様に良くしていただいて」
「ならばもうここに居る必要は無いな。帰るぞ」
あっ、と小さく声を上げる家政婦など何も気に留めず、飛竜は部屋に踏み入り千早のストールを合わせる手をつかもうとする。
しかし千早は一歩下がってその手をかわす。更に不機嫌のボルテージが上がった父親に、できるだけ平静に、しかし気合を入れて発言する。
「今は、まだ、帰れません」
「何故だ。いつまでも輝殿に甘えてはいけないだろう」
「今は、緊急時です。先日の魔物の騒ぎの理由も、まだ何も分かっていません。私に出来る事があるなら、お手伝いを……」
「お前の目的はあの馬の骨だろう。輝明が屋敷のどこかに匿っているようだな」
父親の言葉に、千早は素直に顔を強張らせる。言葉の出なくなった娘に、飛竜は一言一言、クギを刺すように強く言う。
「色恋に迷った挙句輝殿の好意を利用して踏みにじって、お前のやっている事は最低な事だぞ。どこまで愚かな娘なんだ、これ以上恥ずかしい真似をするな!」
大きく一歩踏み出し、今度こそ娘の腕をつかみ、飛竜は千早を文字通り引きずって連れ出そうとする。
「お父様!待ってください。待って!」
抗議に答えぬ父親に軽々と引きずられる千早は、部屋の仕切りを超え、廊下を引きずられ、とうとう階段を降りようとした時に、最後の手段、呪術での抵抗を試みようとする。
しかしその前に、飛竜の歩みは止まった。父親の背中にぶつかり視野が効かない千早は、気配で階段を上がってきた人物を知った。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
0
1 / 2
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる