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第一章  動き出した予言

動き出した予言(5)

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「彼女をはなせ。千早ちゃんの事は、俺が責任持ってあずかると言ったはずだ」

 父親の背中しに見えたひかるは、全力で走ってきてくれたのだろう、髪がみだれていた。

 それでも千早ちはやうでを離さない飛竜ひりゅうに、御乙神みこがみひかるさらすごんだ。

「彼女は俺の許嫁いいなずけだ。父親と言えど、乱暴らんぼうは許さない」

 周囲しゅういで、軽いはじけるような音がする。静電気せいでんきが起こった様な、そんな音だった。

 輝がえにしを結ぶ神刀しんとう天輪てんりんかみなりの力がれ出したのを感じ、千早は今度は別の意味であせる。

 神刀しんとう使つかと一般の術師じゅつしでは、力量きりりょうがまるでちがう。輝が本気で力をるえば父はただではまない。

 つかまれていた千早の腕がはなされた。千早の方は一切いっさい見ず、うっすらと雷光らいこうをまとう輝をするどい目で見やり、飛竜は低く言う。

「ここまでするのなら、必ず千早をよめにもらってくださるのでしょうな」

 凄味すごみのこもった台詞せりふに、こちらも退かない眼差まなざしで受けた輝がうなづく。

「もちろんだ」

 次期宗主じきそうしゅと退かぬにらみ合いをしばらく続け、それから背後はいごの千早に向けて言う。

「……あのうまほねの両親は、そろって礼儀れいぎ知らずのた者同士どうしだった。
 あんな連中のいの子など、本当にろくな奴じゃない。ここで輝殿とよく話をして頭を冷やせ。あの馬の骨とかかわれば、絶対にお前が不幸ふこうになる。これは絶対ぜったいだ」

 背中せなかからかたり、そして一度娘を振り返り、飛竜は輝のわきをすり抜けて階段を下りて行った。少し離れて見守っていた家政婦が、あわてて飛竜の後を追う。

千早ちはやちゃん、大丈夫?」

 近寄ちかよってきた輝が、つかまれていた左腕を取る。そでから見える手首は以前よりさらに骨ばってしまい、そこにうっ血したような赤いあとがくっきりと付いていた。

 細身ほそみ優美ゆうび外見がいけんの輝は、しかし神刀しんとうの使い手だけあって千早の腕を取ったその手はかたくごつごつとしていて、いかにも戦う男の手だった。

 その武骨ぶこつな手が細心さいしんの注意を払って、この上なく優しくあつかってくれているのが分かる。

 先程さきほどまでの飛竜とにらみ合ったきびしさは消え、代わりに千早への気遣きづかいに眉根まゆねを寄せ、輝は千早の顔をのぞき込む。

こわい思いをさせてごめん。飛竜殿には、後からもう一度話をしておくから、安心して」

 本当にごめん―――ひかるが悪いわけでもないのに、そう言ってすまなそうにあやまって来る輝に、千早はうつむいてしまう。

 言葉が出てこなかった。ただ「ありがとう」と笑顔で礼を言えばいいのに、その言葉が、微笑ほほえみが出てこない。

 自分と目を合わさない千早に、輝の顔に悲しそうな表情が浮かぶ。うっ血した手首にもう一方の手をそっと重ね、まるで真綿まわたでくるむ様にやわららかく包む。

「……もう、きずつけるような事は絶対しないから。だから、安心してここにて。今はゆっくり休んで、体調の回復につとめた方がいい。何も心配せず、むずかしい事は何も考えず、とにかくリラックスして」

 千早のせた手首は、ひんやりと冷えているようだった。まだとても本調子に見えない様子の千早に、輝は精一杯せいいっぱい優しく声をかける。

 それでも言葉が出ない千早に、輝は手首を包んでいた手でうっすら優しく千早の髪をで、そしてもう一方の手もそっとはなす。

 ようやく顔を上げた千早は、泣きそうな顔をしていた。ここ数日、日に日に笑顔の無くなっていく千早に、それでも輝は微笑ほほえみかける。

「俺が、君を守るから。絶対ぜったいに、守るから。だから安心してここにいて。何も心配しなくていいから」  

 苦しげな表情の千早を見て、輝はさびしそうに微笑み、階段を下りて行った。

 
 離れの中は静まり返った。千早はひとり部屋に戻り、ソファにひざかかえて座る。

 膝の上に顔をめる。衣食住いしょくじゅうどころか父親との確執かくしつにまで助力じょりょくをくれる輝に、千早はこたえられないでいる。


 父が言う通りだった。自分は輝の真摯しんし恋心こいごころを利用しみにじっている。

 それが分かっていて、それでもなお自分をあんじて守ろうとしてくれる輝に、もうどんな顔を向けたらいいのか千早は分からない。笑顔すら卑怯ひきょうな気がしているのだ。

(どうしたらいいの……)

 輝には感謝かんしゃしているが、本音ほんねれられるのが嫌だった。かみに触れられるのもけたくなる。

 あきらに触れられるのはひとつもいやじゃなかったのに、輝が触れてくるのはどうしても嫌だった。

(明……どこにいるの)

 今までの宗主そうしゅ方針ほうしんから、明は必ず宗家屋敷そうけやしきのどこかに居るはずだが、千早は明の居場所いばしょを特定できなかった。

 今の宗家屋敷には、次期宗主じきそうしゅの御乙神輝が創成そうせいした結界けっかいめぐらされている。

 今までのはじ性質せいしつだけでなく、侵入者しんにゅうしゃや屋敷内に対する監視かんしの力も強化されている。
 
 今、屋敷内で不用意に呪術じゅじゅつ行使こうしすると、あっという間に輝に気付かれる。千早の力量りきりょうを持ってしても、秘密裏ひみつりに屋敷内を探索たんさくするのは難しかった。


 明は無事なのだろうか、ひどい事をされていないだろうか。心配ばかりが脳裏のうりに浮かび、そしてまた自己嫌悪けんおおちいる。
 
 過去、落ち込んだ時、気分がふさぐ時、明と話すと気持ちが整理せいりされた。

 明の横であたたかいお茶を飲んでいると、ただそれだけで不思議と心が軽くなった。

 
 明の事を思い、涙が浮かぶ。会いたい、と、心底思っていた。

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