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第二章 〜水晶使いの成長〜
第47話 体育祭⑥
しおりを挟む副騎士団長と模擬戦か。
見世物試合にはならないよう、身体強化、覚醒は禁止されている。
そしてもちろん、短杖も禁止。
勝てるか。勝てないか。
答えは、勝てない。
理由はいくつもある。あまり言いたくないがな。
まず、肉体。
副騎士団長は、学校を卒業し、死線を潜ってきている。
対してオレは、まだ発展途上だ。
これと同じ理由で、経験値量。
副騎士団長の攻撃は実戦的なものとなる。
オレはと言うと、同級生や村の冒険者、近衛騎士との組手での経験、前世で読んだ漫画の知識から来る動きだ。
〈これは、限りなく実戦に近くする〉
そう言っていた。つまり、卑怯は当たり前。
とはいえ、副騎士団長と戦うのはオレだけじゃない。ついでに、2年、3年の優勝者とも戦うらしい。
試合方式は柔道と同じように、勝ち抜き。
つまり、1対3。先鋒がオレ、中堅が2年最強、大将が3年最強。
なんて考えているうちに、すべての試合が終わった。
『以上、体育祭の全種目が終了した。――だが、今回は特別種目が用意された! それも、つい先ほど! 各学年最強3人対本日の特別来賓者、近衛騎士団副団長、ミュイ・ライトリクス様!!』
おーおー。天下の近衛騎士の副団長様となればえらい歓声だな。
うるさい。
聴覚強化を切っておいてよかった。耳が狂れちまう。
『では、ライトリクス様より、一言。どうぞ』
『今回は私の我が儘に付き合ってくれてありがとう。さて、さっそく行うとしよう。あとは頼んだ』
鎧を脱ぎだした。
なるほど。条件をフェアにするためか。
だが、オレは魔法が使える。魔力探知で見たが、あの鎧、魔法の力が込められている。
そして、副騎士団長様はというと、攻撃魔法は使えないようだ。
武器は長剣が1本。
うん。
水晶は最初から展開しておこう。
短期決戦だ。
オレは体力を消費させることができればいい。
『では、ここでルールの説明。ライン・ルルクスとの試合では、両者ともに身体強化、覚醒は禁止。敗北は、審判が戦闘の続行が不可能だと判断したとき、失神、降参宣言のみ。各試合終了後、副騎士団長様が休息を取り、続行が可能と判断されれば、次の試合に入る』
つまり、2年と3年代表との試合では身体強化、覚醒は使用可能。
……つまり、2人は覚醒者、ということか。
……あれ、最後に聞き捨てならないことを聞いたぞ?
休息をとる? 3対1じゃなかったのか?
『早速試合に入る! 両者、中心まで』
そう言われたため、グラウンドの中心まで行った。
応援の声が大気を震わす。こう言えば、聞こえは良い。
でも、うるさい。
「すまない、ライン。やっぱり厳しそうだったから、ルールを変更させてもらった」
悪びれていなさそうだ。向こうのが上だから何も言わないけど!
「いえ。こちらとしては嬉しい限りです。私の実力を評価していただけたような感じがしました」
「そうか。たしかに、ラインの実力を見直した。この試合で幻滅させてくれるなよ?」
そのとき、風が吹き、副騎士団長の淡い赤色の髪(ストロベリーブロンドとか言ったか?)が舞った。
金色の瞳が光る。
ラスボスみたいだ。
それが、副騎士団長の容姿に対して、唯一抱いた感想だった。
「さて、そろそろ始めようか」
「そうですね。距離はどうします?」
「ふむ……30メートルでどうだ?」
「いいでしょう」
互いに現在立っている場所から15メートル離れる。これで彼我の距離は30メートル。
『両者、構え。…………開始!!』
副騎士団長が走り出す。オレも走る。最初にすること。
副騎士団長の目の前に『晶壁』を出現させ、進路を妨害する。
この隙に『晶弾』を生成し、『晶壁』の両端に向けて発射する。
例えるなら、機関銃2丁。技名は今夜にでも考えよう。
両端は封じた。
来るなら、上……じゃない。どちらかを強行突破してくるはずだ。
殺傷能力のない『晶弾』だ。
当たっても、少し痛いぐらい。多分。
だが、壁のあるところは操作可能範囲だ。壁を少し過ぎたところで『晶弾』は砕け散る。
右端に人影。
副騎士団長だ。……引っ込んだ。
でも、そろそろ頃合いだな。
砕け散った水晶が小さな山を作っていた。燃費が悪いが、しょうがない。
水晶の砂に意識を向ける。『晶弾』を生成する。本来必要とするより多くの魔力を注ぎ、生成速度を上げる。
形は少々歪になるが、そこは気にする必要はない。
これは言うなれば……
──『晶弾』復活!!
復活した『晶弾』をすべて撃ち終えてから『晶壁』を消す。
副騎士団長の顔には蒼痣があった。
ステータス面では、立っている土俵は同じだ。システム外の要因で差があるだけで。
「面白い攻撃をするな、ラインは。さすがに読めなかった」
「お褒めに預かり光栄です」
思ってないけど。
「同じ攻撃は通じないと思うように」
「さぁ、するかもしれないですし、しないかもしれません。決めるのは私です」
同じ手は通じないかもしれない。
それは事実だ。だが、副騎士団長がこの攻撃を嫌がったのも事実。
「さあ、行くぞ!」
副騎士団長が剣を構え、走りだした。
オレは迎撃するために、2つのことを行った。
まず、棍を構える。
2つ目は、地面から『晶鎖』を生やす。その数、4本。まるで触手《テンタクル》だな。
水晶の追加は地面に接しているところからだ。
そして、先端は槍の穂先のようにする。斬ることはできないが、刺突と殴打はできる。
近くまで迫ってきた。『晶鎖』はまだ待機だ。
勢いのいい突進、引き絞った剣。……突きだな。
だが、相手はあの副騎士団長だ。一突きでは終わらないだろう、多分。
「──ハッ!」
掛け声とともに剣が突き出される。
足元から、副騎士団長の腹目掛けて『晶棘』を突き出す。
オレは、計5回もの突きのうち、2つ防ぎきれなかった。
『晶盾』を生成する場所、タイミングがまるで掴めなかった。接近戦だと分が悪いか。
ターバとの戦いと違って、睨み合いがない。
じっくり考える時間がない。思考と体を分離させろ。
副騎士団長の武器は長剣。間合いが長い。
そして、それを自在に操る腕前。
なにより、速い。
棍と『晶鎖』4本でなんとかなっている状況だ。
どうする。
どうするのが最善だ。
このままではまずい。
状況をひっくり返さないと。
――また突きか!
…………待てよ。これは……!
とてつもない速さで突きが迫る。
身体強化なしでこのスピードはどうなってんだ、と言いたいが、今じゃない。
突きに合わせ、剣の先っちょに、『晶鎖』を1本滑り込ませる。剣が鎖の穴に嵌った。
鎖が壊れる前に、剣をぐるぐる巻きにする。
これで、オレのターンだ。
そう思っていたオレは……とてつもない愚か者だった。
その時オレは、テストの基礎の1問目を間違えたような感覚を覚えた。
何度もテスト前に見直し、完璧に覚えたはずなのに間違えてしまったときのようだった。
さっきから何回も繰り返していたのに……。
――相手は、近衛騎士団の副団長。副騎士団長だ、と。
剣を『晶鎖』でぐるぐる巻きにされた副騎士団長は、なんの躊躇いもなく剣を手放した。
そして、スピードを維持したままオレに迫ってきた。
オレは戸惑い、何も――見ていることしかできなかった。
オレの腹に重い拳がめり込む。棍は押さえつけられている。
棍を手放し、反撃とばかりに右手に『晶装』で手甲をつくり、副騎士団長の顔目掛け拳を思いっきり突き出す。
相手が(一応)女だというのは、頭から抜け落ちていた。
そんなこと、気にすることができなかった。
ドゴンッ! という効果音が似合いそうなほど上手く入った。
「ウッ……!」
男のうめき声。
一撃をもらったのは、ライン・ルルクス。そう、オレだ。
オレの拳は避けられ、かわりに脇腹に後ろ回し蹴りを食らった。
強力な一撃をもらったオレの体はよろめいてしまった。
そのチャンスを、真正面に立っている副騎士団長が見逃すはずもなく、喉元に剣を突きつけられ、オレは負けた。
いつの間に拾ったんだ?
『勝負あり! 勝者、副騎士団長様!!』
副騎士団長相手にここまで戦えたんだ。
村に帰ったら、冒険者チームとは前よりもっといい勝負ができるかもな。
勝てるかも?
「成長が末恐ろしいな」
副騎士団長のぽつりと口にした呟きは、誰の耳にも聞こえなかった。
2、3年代表は覚醒者だったため、覚醒ありでの勝負となったが、結果は惨敗。
副騎士団長の体に傷をつけたのは――覚醒なしだったとは言え――ライン1人だけだった。
これ以降、ラインは有名になった。
そして、年に一度の体育祭は、幕を下ろした。
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