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第三章 ~戦闘狂の水晶使い~
第100話 宣戦布告
しおりを挟む宿で一休みし、朝になった。
連合はみんなで旅行にでも行っているのだろう、と考える余裕までできている。
素晴らしい! こんな日がずっと続いていればいいのに……。
今日は久しぶりに町をぶらついてみるか。
ここ数年、忙しくてどこも観光なんてできなかったしな。
クラーク村はなんにもなかったからノーカウントだ。
そうと決まれば、さっそく!
仮面を着け、【水晶使い】スタイル!
町を、仮面と白いコートを着た変質者が歩く。
言わずもがな、オレだ。
さてさて、今日はのんびり過ご――
…………やれやれ、久々の戦闘ナッシングデイなのに……。
ある家に騎士が数人、慌てた様子で入って行った。
これだけならオレは無視して方向転換するところだが、運の悪いことに、騎士の1人と目が合った。
……否、合ってしまった。
「【水晶使い】様ですね。どうか、貴方様の知恵をお貸しください」
「……嫌だと言ったら?」
「……どうしようもありません。私共で頑張ります」
うむ……台詞はいい。
が、目は口程に物を言う。
と言うより、顔はまったく頑張るとは言っていない。
むしろ、「手伝いやがれ」と言う顔だ。隠そうともしていない。
オレの方が上司――明確に定義されているわけではないが――だから言えないんだろう。
「……まあいい。手伝ってやるよ……」
「! ありがとうございます!!」
ってか、あの流れで受けないなんて言えるはずがない。卑怯な野郎だ。
こんなに悪知恵が働くなら、オレが知恵を貸す必要ないんじゃないか……?
まあ、手伝うって言ってしまった以上、後には引けぬ。
騎士に連れられるまま、家の中へ入った。
周辺は冒険者により規制が敷かれている。
「こちらです」
通された部屋には、1人の老人が横たわっていた。
背中から血が流れている。この様子じゃ、すでに事切れているようだ。
だが、問題は……
「……なぜ、人狼がここにいて、しかも死んでいるんだ?」
老人の側で、人狼が老人と同じく事切れていた。
「はい。この人狼は遺体の第一発見者の彼が討伐しました」
その件の彼。
白金級冒険者だった。詳しく言うなら、白金Ⅱ級。
「彼――ルベーグ・ジャンはこの老人――ガンド・イアさんとは旧知の仲だったらしく、今日も朝から老人を訪ねてきたらしいです」
ルベーグとやらは騎士に尋問されていた。
「そして、返事がないし玄関は開いているため、入ってみたら倒れている老人を発見し、人狼と出くわし、殺した、と?」
「!! さすがは【水晶使い】様! そこまでお見通しとは! 感服しました」
ミステリーものの王道じゃねぇか。
「まあ、あいつが話したことが真実であれば、だろ?」
「え、まあ……。何かご不明な点がおありで?」
ご不明な点だらけだ、バカヤロー!
オレの観察眼なめんなよ? 度重なる戦闘で観察眼は鍛えられたからな!
「まず、あの老人の斬り口だ」
斬り口は、3本線。服も破られている。
「その一。斬り口がきれいすぎる。爪で斬られたのであれば、あんなに服がスッパリ斬れるはずがない」
綻びがなく斬られている。
「その二。斬り傷の長さ、向きに統一性がない」
爪に斬られたのなら、真ん中の斬り傷だけ若干長くなるはずだが、老人の傷は逆に短い。
3本とも焦点――消失点がない。雑過ぎる。
「その三。そもそも武器はなんだ? 騎士や覚醒者であれば、出し入れ可能のオリハルコン製の武器がある。だが、奴は覚醒者じゃない」
オリハルコンの武器防具を所持していれば、町への武器の持ち入れが可能となる。だが、所持が許されるのは覚醒者のみ。
武器は不明。斬撃武器であるのは確かだ。包丁は武器として使うなら刺突。
「その四。なぜ人狼がここにいるのか。隠密能力に優れてはいるが、ここまで侵入はできないはずだ」
人狼は隠密能力には長けているが、町に入るには門を通る必要がある。
隠密で通ることはできない。
へラリア王都には裏道があるが、 近衛騎士が見張っているし、こちらに協力している。
「そして、その五。この魔物が、なぜこんな――失礼だが――老人を殺すのか。どう見ても元冒険者や元騎士ではないだろう?」
「はい、単なる一般人です」
そう、人狼がわざわざ命のリスクを冒してまでこの老人を殺す動機が見当たらない。
「その六。朝に来て、返事がなくて、鍵が開いているから入った? 急用があったわけでもないだろう? 理由に納得がいかない」
朝にジョギングするが、鍵をかけ忘れただけだったりするだろう。
周辺に血の匂いが漂っていたわけでも、腐敗臭があったわけでもない。
「以上の点から、この人狼は外で討伐され、持ち帰られ、ここに置かれた。犯人は、第一発見者のあの男だ」
「おお、なるほど」
「が……」
「?」
言ってもいいのかわからないが、言ってみよう。
「雑過ぎる。あの男に牢獄に行きたいという願望があるならまだしも、白金級まで昇りつめた冒険者だぞ?」
「なるほど、たしかに……。武器も依然、不明なままですし……」
「犯人があの男の可能性は十分ある。が、100%じゃない」
この雑さも、計算のうちなのかもしれない。
あの男に罪を被せたい、第三者かもしれない。
ここまで答えは出ているのに、肝心の犯人が確定しない。なんともどかしい。
器が完全に解放されたら、一瞬で犯人がわかるのに……。己の力量不足か……。
「……さてさて、どうしたものかねぇ」
「町内での殺人事件など、滅多に起きるものではありませんので……」
そうだよなぁ……。
ここは王都だし。冒険者組合本部も、へラリア近衛騎士団の本部もある。
逃走ルートを探しているうちに死んでしまうよ。
「あの冒険者の身元は調べがついているのか?」
「はい。彼はここ一週間、冒険者活動を怪我のため、停止中で、今は療養中です」
「怪我?」
たしかに、良く見ると服の下に包帯が巻かれている。
「はい。一週間前、森に入った際に連合と遭遇し、戦闘に入ったようです。その戦闘で仲間は全員死亡。彼自身、深手を負っていました」
全滅、か……。
治癒術師のいるこの世界でも、心の回復はできないのか。
今この男の取っている療養は、心のケアが目的か。
「そこを、偶然通りかかった別の冒険者パーティーに助けられ、一命を取り留めた、とのことです」
「その情報の出どころは?」
「組合です」
出どころが組合であるなら、信憑性が持てる。
それに、状況としては十分ありえる。
それに、さっきからあの男がオレの方をチラチラ見てくるんだが……。
「……なんだ?」
「いえ、珍しい恰好なので……つい……」
怪しい。とにかく怪しい。
何かわかるかもしれないと思い、魔力探知を発動させる。
あの男の魔力はほぼ0だ。そんなとき、男が立ち上がった。
そのとき、一部がほんの一瞬だけぶれた。
そのぶれた部分は、濃い色だった。偽装工作している証拠だ。
その色は、隊長級の色だった。つまりこいつは……。
「――おい」
刀を喉元に突きつけ、男の周りに無数の『晶弾』を待機させる。
「んな! これは一体……?」
「――お前は白金級じゃない。正体を明かせ」
「い、一体何を根拠に……」
「さっき一瞬、お前の纏う魔力がぶれた」
そんなことを言うわりに、冷や汗一つかいていない。
瞳には怯えの色が見える。上手な演技……いや、幻術か。
「ふぅーーー……」
息を吐き、こちらを人睨みすると、バッと外へ飛び出ようとするが……オレがさせない。……つもりだった。
『目的を果たす前にこれでは……。それじゃあな!』
そう言うと男は魔力を解放し、それと同時に辺りに羽が舞う。
次の瞬間、部屋から男は消えていた。
だが、消えたのは男だけではなかった。
もう一人……【水晶使い】も姿をくらましていた。
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