あなたの一番になれなくて ~夫のシェアはできません~

おてんば松尾

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第3話

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いつもと変わらない日々が過ぎていく。
彼は一応、浮気を隠しているつもりのようだけれど、水曜日は決まって帰りが遅かった。

私に気を遣っているのか、土日には彼女に会っていないようだ。

夫は、以前よりも私に優しくなった気がする。
ネットで浮気の兆候を調べたら、「家族に優しくなる」というのも、その特徴に当てはまると書いてあった。
浮気をしている人は、罪悪感から配偶者に優しくなるらしい。

あまりにもぴったりと当てはまってしまうので、まるでネットの情報と私たちの現状を照らし合わせているようで、不思議な気持ちになった。


***


飲料などの重たい物や、トイレットペーパーのような大きな買い物は、休日にまとめてすることが多い。

「お米を買いたいんだけど、車を出してもらってもいいかな?」

土曜日の朝、リビングで寛いでいる斗真さんにお願いした。
休みの日は午前中にジムへ行くことが多いけれど、今日は予定がないと言っていた。

「いいよ。ちょっと遠出してデパートまで行く?」

彼はそう言って私に微笑んだ。

「ふふっ、ありがとう。でも、近所のスーパーで大丈夫」

「いや、せっかく天気もいいし、少し遠くまで行こう。新しくできたショッピングモールに行ってみようか?」

「そうね……新しくできたって言っても、もう1年前よ?」

「え!もうそんなに経つのか?」

「でも、一度も行ってないから、ちょっと行ってみたいかな」

斗真さんは、前回、私の誕生日を忘れていたことに罪の意識があるみたいだ。

「加奈の誕生日だろう。何かプレゼントしたいから」

彼がそう言ってくれたので、高速に乗って大型のショッピングモールに行くことになった。
私の誕生日から10日が過ぎていた。

1時間ほどのドライブだったけど、久しぶりに2人で出かけられて、私は少し嬉しかった。

モールはとても広かった。
土曜日でお客さんは多かったが、南国風のグリーンが植えられていて、海外に来たような気分でワクワクした。
海が近いせいか潮の匂いがして、風が心地よかった。

「来週は金曜から出張なんだ。帰りは日曜だけど」
「えっ?土日に出張?」
「ああ、九州だから移動に時間がかかるんだ。だから日曜は仕事じゃないけど、休み返上になるな」

「……そっか。わかったわ」

休日に仕事なんてあり得ないなと思った。
夫の不倫疑惑は黒に近いグレーだった。
でも、これは真っ黒だ。

夫はモールでブランド物の下着を購入した。
あまりにもあからさますぎて、逆に潔さすら感じた。

もしかしたら、自分の服を買いに来ただけなのかもしれない。
そう問いただしたくなったけれど、今日は私の誕生日プレゼントを買うためにここへ来たはずだ。
少し高めのアクセサリーでもねだろうかと思いながら、私たちは店へ入った。

日本のアクセサリーメーカーだった。
彼が選んだのは、パールではなく、淡水パールのネックレスだった。

不揃いな米粒のようなパールが何重にも重なると、まるで魚の卵のようだと思った。
必死に本物に追いつこうとしているけれど、結局それは真珠でもどこかB級感の否めないものだった。
もしかすると、自分にはこれくらいが似合っているのかもしれない。

「ネックレスはあまりつける機会がないから、これにするわ」

高価なものもあったけれど、仕事でも問題なく着けられるから私は髪留めを選んだ。

「そんな物でいいの?」
「うん、これが気に入ったわ」

もし手放すとしても悔いが残らないチープさが気に入った。

帰り道、海沿いのレストランへ寄り、静かな波音に包まれながら夕食を楽しんだ。
お洒落で落ち着いた雰囲気のその店は、斗真が予約してくれていた。
グラスを傾ける彼の横顔を見ながら、ふと心の奥が揺れる。

まだ私は彼の妻なのだ。

そう思うと、ほんの少しだけ嬉しくなった。

たとえ、それが彼自身の罪悪感を拭うための行いだったとしても……


彼は何日も前から、九州出張の準備を進めていた。
いつもなら、前日に適当にシャツをスーツケースに詰めるだけなのに、今回は慎重に荷物を整えている。
どこか楽しげな様子が伝わってきて、それがかえって私の胸を締めつけた。

金曜日はスーツを着て出社するらしい。
職場からそのまま九州へ向かうのだろうか?それとも、金曜は有給休暇を取っているのかしら?
そんなことを考えていると、なんだか目がさえて眠れなくなった。

夜中に台所に水を取りに行くと、夫が部屋で話をしているのが聞こえた。

時計の針は深夜1時を過ぎている。

小声だけれど、楽しそうに会話が弾んでいる。
私が眠ってから、こっそり彼女と電話しているんだろう。
旅行の相談でもしているんだろうか?

隠れて話さなければならない状況は妻の私がいるからだ。
そこまでして彼女と話したいんだと思うと胸が苦しい。

夫と私は、それぞれの部屋を持っている。
いつからか、同じベッドで眠ることはなくなった。
彼が深夜まで残業することもあり、お互いの帰宅時間が合わなかった。
共働きの生活の中で、彼は「待たずに先に寝ていいよ」と言ってくれていたからだ。

行き先は本当に九州なのだろうか、それとも別の場所なのか。ふと考えたとき、私はまだ九州へ行ったことがないことに気づいた。

相手の女性が誰なのか、気にはなった。
けれど、もし知ってしまえば、その瞬間から彼女は私の脳内で「現実の人」として刻まれる。
そうなれば、きっと彼女に対して変な嫉妬心を持ってしまう。

だから、あえて調べることはしなかった。

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