3 / 24
第3話
しおりを挟む
いつもと変わらない日々が過ぎていく。
彼は一応、浮気を隠しているつもりのようだけれど、水曜日は決まって帰りが遅かった。
私に気を遣っているのか、土日には彼女に会っていないようだ。
夫は、以前よりも私に優しくなった気がする。
ネットで浮気の兆候を調べたら、「家族に優しくなる」というのも、その特徴に当てはまると書いてあった。
浮気をしている人は、罪悪感から配偶者に優しくなるらしい。
あまりにもぴったりと当てはまってしまうので、まるでネットの情報と私たちの現状を照らし合わせているようで、不思議な気持ちになった。
***
飲料などの重たい物や、トイレットペーパーのような大きな買い物は、休日にまとめてすることが多い。
「お米を買いたいんだけど、車を出してもらってもいいかな?」
土曜日の朝、リビングで寛いでいる斗真さんにお願いした。
休みの日は午前中にジムへ行くことが多いけれど、今日は予定がないと言っていた。
「いいよ。ちょっと遠出してデパートまで行く?」
彼はそう言って私に微笑んだ。
「ふふっ、ありがとう。でも、近所のスーパーで大丈夫」
「いや、せっかく天気もいいし、少し遠くまで行こう。新しくできたショッピングモールに行ってみようか?」
「そうね……新しくできたって言っても、もう1年前よ?」
「え!もうそんなに経つのか?」
「でも、一度も行ってないから、ちょっと行ってみたいかな」
斗真さんは、前回、私の誕生日を忘れていたことに罪の意識があるみたいだ。
「加奈の誕生日だろう。何かプレゼントしたいから」
彼がそう言ってくれたので、高速に乗って大型のショッピングモールに行くことになった。
私の誕生日から10日が過ぎていた。
1時間ほどのドライブだったけど、久しぶりに2人で出かけられて、私は少し嬉しかった。
モールはとても広かった。
土曜日でお客さんは多かったが、南国風のグリーンが植えられていて、海外に来たような気分でワクワクした。
海が近いせいか潮の匂いがして、風が心地よかった。
「来週は金曜から出張なんだ。帰りは日曜だけど」
「えっ?土日に出張?」
「ああ、九州だから移動に時間がかかるんだ。だから日曜は仕事じゃないけど、休み返上になるな」
「……そっか。わかったわ」
休日に仕事なんてあり得ないなと思った。
夫の不倫疑惑は黒に近いグレーだった。
でも、これは真っ黒だ。
夫はモールでブランド物の下着を購入した。
あまりにもあからさますぎて、逆に潔さすら感じた。
もしかしたら、自分の服を買いに来ただけなのかもしれない。
そう問いただしたくなったけれど、今日は私の誕生日プレゼントを買うためにここへ来たはずだ。
少し高めのアクセサリーでもねだろうかと思いながら、私たちは店へ入った。
日本のアクセサリーメーカーだった。
彼が選んだのは、パールではなく、淡水パールのネックレスだった。
不揃いな米粒のようなパールが何重にも重なると、まるで魚の卵のようだと思った。
必死に本物に追いつこうとしているけれど、結局それは真珠でもどこかB級感の否めないものだった。
もしかすると、自分にはこれくらいが似合っているのかもしれない。
「ネックレスはあまりつける機会がないから、これにするわ」
高価なものもあったけれど、仕事でも問題なく着けられるから私は髪留めを選んだ。
「そんな物でいいの?」
「うん、これが気に入ったわ」
もし手放すとしても悔いが残らないチープさが気に入った。
帰り道、海沿いのレストランへ寄り、静かな波音に包まれながら夕食を楽しんだ。
お洒落で落ち着いた雰囲気のその店は、斗真が予約してくれていた。
グラスを傾ける彼の横顔を見ながら、ふと心の奥が揺れる。
まだ私は彼の妻なのだ。
そう思うと、ほんの少しだけ嬉しくなった。
たとえ、それが彼自身の罪悪感を拭うための行いだったとしても……
彼は何日も前から、九州出張の準備を進めていた。
いつもなら、前日に適当にシャツをスーツケースに詰めるだけなのに、今回は慎重に荷物を整えている。
どこか楽しげな様子が伝わってきて、それがかえって私の胸を締めつけた。
金曜日はスーツを着て出社するらしい。
職場からそのまま九州へ向かうのだろうか?それとも、金曜は有給休暇を取っているのかしら?
そんなことを考えていると、なんだか目がさえて眠れなくなった。
夜中に台所に水を取りに行くと、夫が部屋で話をしているのが聞こえた。
時計の針は深夜1時を過ぎている。
小声だけれど、楽しそうに会話が弾んでいる。
私が眠ってから、こっそり彼女と電話しているんだろう。
旅行の相談でもしているんだろうか?
隠れて話さなければならない状況は妻の私がいるからだ。
そこまでして彼女と話したいんだと思うと胸が苦しい。
夫と私は、それぞれの部屋を持っている。
いつからか、同じベッドで眠ることはなくなった。
彼が深夜まで残業することもあり、お互いの帰宅時間が合わなかった。
共働きの生活の中で、彼は「待たずに先に寝ていいよ」と言ってくれていたからだ。
行き先は本当に九州なのだろうか、それとも別の場所なのか。ふと考えたとき、私はまだ九州へ行ったことがないことに気づいた。
相手の女性が誰なのか、気にはなった。
けれど、もし知ってしまえば、その瞬間から彼女は私の脳内で「現実の人」として刻まれる。
そうなれば、きっと彼女に対して変な嫉妬心を持ってしまう。
だから、あえて調べることはしなかった。
彼は一応、浮気を隠しているつもりのようだけれど、水曜日は決まって帰りが遅かった。
私に気を遣っているのか、土日には彼女に会っていないようだ。
夫は、以前よりも私に優しくなった気がする。
ネットで浮気の兆候を調べたら、「家族に優しくなる」というのも、その特徴に当てはまると書いてあった。
浮気をしている人は、罪悪感から配偶者に優しくなるらしい。
あまりにもぴったりと当てはまってしまうので、まるでネットの情報と私たちの現状を照らし合わせているようで、不思議な気持ちになった。
***
飲料などの重たい物や、トイレットペーパーのような大きな買い物は、休日にまとめてすることが多い。
「お米を買いたいんだけど、車を出してもらってもいいかな?」
土曜日の朝、リビングで寛いでいる斗真さんにお願いした。
休みの日は午前中にジムへ行くことが多いけれど、今日は予定がないと言っていた。
「いいよ。ちょっと遠出してデパートまで行く?」
彼はそう言って私に微笑んだ。
「ふふっ、ありがとう。でも、近所のスーパーで大丈夫」
「いや、せっかく天気もいいし、少し遠くまで行こう。新しくできたショッピングモールに行ってみようか?」
「そうね……新しくできたって言っても、もう1年前よ?」
「え!もうそんなに経つのか?」
「でも、一度も行ってないから、ちょっと行ってみたいかな」
斗真さんは、前回、私の誕生日を忘れていたことに罪の意識があるみたいだ。
「加奈の誕生日だろう。何かプレゼントしたいから」
彼がそう言ってくれたので、高速に乗って大型のショッピングモールに行くことになった。
私の誕生日から10日が過ぎていた。
1時間ほどのドライブだったけど、久しぶりに2人で出かけられて、私は少し嬉しかった。
モールはとても広かった。
土曜日でお客さんは多かったが、南国風のグリーンが植えられていて、海外に来たような気分でワクワクした。
海が近いせいか潮の匂いがして、風が心地よかった。
「来週は金曜から出張なんだ。帰りは日曜だけど」
「えっ?土日に出張?」
「ああ、九州だから移動に時間がかかるんだ。だから日曜は仕事じゃないけど、休み返上になるな」
「……そっか。わかったわ」
休日に仕事なんてあり得ないなと思った。
夫の不倫疑惑は黒に近いグレーだった。
でも、これは真っ黒だ。
夫はモールでブランド物の下着を購入した。
あまりにもあからさますぎて、逆に潔さすら感じた。
もしかしたら、自分の服を買いに来ただけなのかもしれない。
そう問いただしたくなったけれど、今日は私の誕生日プレゼントを買うためにここへ来たはずだ。
少し高めのアクセサリーでもねだろうかと思いながら、私たちは店へ入った。
日本のアクセサリーメーカーだった。
彼が選んだのは、パールではなく、淡水パールのネックレスだった。
不揃いな米粒のようなパールが何重にも重なると、まるで魚の卵のようだと思った。
必死に本物に追いつこうとしているけれど、結局それは真珠でもどこかB級感の否めないものだった。
もしかすると、自分にはこれくらいが似合っているのかもしれない。
「ネックレスはあまりつける機会がないから、これにするわ」
高価なものもあったけれど、仕事でも問題なく着けられるから私は髪留めを選んだ。
「そんな物でいいの?」
「うん、これが気に入ったわ」
もし手放すとしても悔いが残らないチープさが気に入った。
帰り道、海沿いのレストランへ寄り、静かな波音に包まれながら夕食を楽しんだ。
お洒落で落ち着いた雰囲気のその店は、斗真が予約してくれていた。
グラスを傾ける彼の横顔を見ながら、ふと心の奥が揺れる。
まだ私は彼の妻なのだ。
そう思うと、ほんの少しだけ嬉しくなった。
たとえ、それが彼自身の罪悪感を拭うための行いだったとしても……
彼は何日も前から、九州出張の準備を進めていた。
いつもなら、前日に適当にシャツをスーツケースに詰めるだけなのに、今回は慎重に荷物を整えている。
どこか楽しげな様子が伝わってきて、それがかえって私の胸を締めつけた。
金曜日はスーツを着て出社するらしい。
職場からそのまま九州へ向かうのだろうか?それとも、金曜は有給休暇を取っているのかしら?
そんなことを考えていると、なんだか目がさえて眠れなくなった。
夜中に台所に水を取りに行くと、夫が部屋で話をしているのが聞こえた。
時計の針は深夜1時を過ぎている。
小声だけれど、楽しそうに会話が弾んでいる。
私が眠ってから、こっそり彼女と電話しているんだろう。
旅行の相談でもしているんだろうか?
隠れて話さなければならない状況は妻の私がいるからだ。
そこまでして彼女と話したいんだと思うと胸が苦しい。
夫と私は、それぞれの部屋を持っている。
いつからか、同じベッドで眠ることはなくなった。
彼が深夜まで残業することもあり、お互いの帰宅時間が合わなかった。
共働きの生活の中で、彼は「待たずに先に寝ていいよ」と言ってくれていたからだ。
行き先は本当に九州なのだろうか、それとも別の場所なのか。ふと考えたとき、私はまだ九州へ行ったことがないことに気づいた。
相手の女性が誰なのか、気にはなった。
けれど、もし知ってしまえば、その瞬間から彼女は私の脳内で「現実の人」として刻まれる。
そうなれば、きっと彼女に対して変な嫉妬心を持ってしまう。
だから、あえて調べることはしなかった。
255
あなたにおすすめの小説
裏切りの代償
中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。
尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。
取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。
自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。
裏切りの街 ~すれ違う心~
緑谷めい
恋愛
エマは裏切られた。付き合って1年になる恋人リュカにだ。ある日、リュカとのデート中、街の裏通りに突然一人置き去りにされたエマ。リュカはエマを囮にした。彼は騎士としての手柄欲しさにエマを利用したのだ。※ 全5話完結予定
短編 政略結婚して十年、夫と妹に裏切られたので離縁します
朝陽千早
恋愛
政略結婚して十年。夫との愛はなく、妹の訪問が増えるたびに胸がざわついていた。ある日、夫と妹の不倫を示す手紙を見つけたセレナは、静かに離縁を決意する。すべてを手放してでも、自分の人生を取り戻すために――これは、裏切りから始まる“再生”の物語。
理想の『女の子』を演じ尽くしましたが、不倫した子は育てられないのでさようなら
赤羽夕夜
恋愛
親友と不倫した挙句に、黙って不倫相手の子供を生ませて育てさせようとした夫、サイレーンにほとほとあきれ果てたリリエル。
問い詰めるも、開き直り復縁を迫り、同情を誘おうとした夫には千年の恋も冷めてしまった。ショックを通りこして吹っ切れたリリエルはサイレーンと親友のユエルを追い出した。
もう男には懲り懲りだと夫に黙っていたホテル事業に没頭し、好きな物を我慢しない生活を送ろうと決めた。しかし、その矢先に距離を取っていた学生時代の友人たちが急にアピールし始めて……?
ミュリエル・ブランシャールはそれでも彼を愛していた
玉菜きゃべつ
恋愛
確かに愛し合っていた筈なのに、彼は学園を卒業してから私に冷たく当たるようになった。
なんでも、学園で私の悪行が噂されているのだという。勿論心当たりなど無い。 噂などを頭から信じ込むような人では無かったのに、何が彼を変えてしまったのだろう。 私を愛さない人なんか、嫌いになれたら良いのに。何度そう思っても、彼を愛することを辞められなかった。 ある時、遂に彼に婚約解消を迫られた私は、愛する彼に強く抵抗することも出来ずに言われるがまま書類に署名してしまう。私は貴方を愛することを辞められない。でも、もうこの苦しみには耐えられない。 なら、貴方が私の世界からいなくなればいい。◆全6話
完結 貴方が忘れたと言うのなら私も全て忘却しましょう
音爽(ネソウ)
恋愛
商談に出立した恋人で婚約者、だが出向いた地で事故が発生。
幸い大怪我は負わなかったが頭を強打したせいで記憶を失ったという。
事故前はあれほど愛しいと言っていた容姿までバカにしてくる恋人に深く傷つく。
しかし、それはすべて大嘘だった。商談の失敗を隠蔽し、愛人を侍らせる為に偽りを語ったのだ。
己の事も婚約者の事も忘れ去った振りをして彼は甲斐甲斐しく世話をする愛人に愛を囁く。
修復不可能と判断した恋人は別れを決断した。
初恋にケリをつけたい
志熊みゅう
恋愛
「初恋にケリをつけたかっただけなんだ」
そう言って、夫・クライブは、初恋だという未亡人と不倫した。そして彼女はクライブの子を身ごもったという。私グレースとクライブの結婚は確かに政略結婚だった。そこに燃えるような恋や愛はなくとも、20年の信頼と情はあると信じていた。だがそれは一瞬で崩れ去った。
「分かりました。私たち離婚しましょう、クライブ」
初恋とケリをつけたい男女の話。
☆小説家になろうの日間異世界(恋愛)ランキング (すべて)で1位獲得しました。(2025/9/18)
☆小説家になろうの日間総合ランキング (すべて)で1位獲得しました。(2025/9/18)
☆小説家になろうの週間総合ランキング (すべて)で1位獲得しました。(2025/9/22)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる