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その時。

「ユリウス様!見て下さい、ひ、東の方!」

東の草木が揺れている。土ぼこりを上げて何かがこちらへ向かって猛スピードでやってくる。
騎士たちは食べ物を投げ捨てて剣を構えた。

ガストンが坂を上り状況を見極める。
「……人が追われています……だれだ?子供か?大きなイノシシに男の子が追われています!こちらへ向かって逃げてくる」

東の方を見ると、足場の悪い山道を少年が走っている。山賊や敵国の傭兵などでない事にひと安心。だがイノシシはかなり大きい。一直線に少年を追いかけている。走って逃げてはいるがすぐに追いつかれるだろう。

はたして逃げきれるか……彼の行動を一同が見守った。

少年の行く手には大きな岩があった。行き止まりだ。ここからの距離では助けに行こうとも間に合わないだろう。
岩は2メートルほどの高さがある。追い詰められたな。

「行き止まりだ……」

誰かが呟いたと同時に少年は目の前の大きな岩の上にひらりとよじ登った。

つぎの瞬間、彼は背中から弓を取り出し、向かってくる大イノシシめがけて矢を放つ。イノシシの胴体をかすめた。
そして素早く2本目の矢を射る。
イノシシの額に刺さった。
あの状況で2本目を射るなんて凄い集中力だ。

だがそのままイノシシはまだ走り続ける。矢の刺さりが浅かった。勢いは止まらない、3本目を構えた。
巨大なイノシシはまさに化け物だ。しかしあの大岩をイノシシは登ることはできないだろう。
なるほど、賢い。彼はイノシシの直進する習性を利用して岩に衝突させようとしている。
矢で太刀打ちできなくても岩に勢いよくぶつかればイノシシは自爆だ。

イノシシはそのまま大きな岩に頭からぶつかった。
ドスンという地響きと共に俺は騎士に指示を出した。

「行くぞ!」

命令と同時に皆が一斉に剣を抜いた。
俺を含め大人5人の騎士が大イノシシめがけて突進した。

岩に激突したイノシシはよろめいていたが闘志は失っていなかった。

少年は弓から短剣に武器を持ち換えてイノシシに立ち向かおうとしている。
先陣を切ったイアンが大声をあげながらイノシシの横腹に切りかかる。毛が異常に硬い。剣が滑る。
後方からイノシシを蹴り上げる両手で剣を持ち首を切りつけた。こいつびくともしない。
暴れまわるイノシシを逃がすまいと、次から次へと襲いかかった。剣をあきらめ大きな石をもって頭を勝ち割にかかる者もいたがなかなか上手くいかない。

接近戦で弓は使えない。少年は短剣でイノシシに立ち向かっていた。

下がれと何度か彼を後方へ押しやりながら、最後は俺が心臓を一突き。ヤツはどさりと大きな音を立てて地面に倒れ込んだ。


20分くらいだろうか、体感はもっと長い時間だったが、大人5人と少年。6人がかりで力戦奮闘の末に、やっとイノシシを仕留める事ができた。

下半身が下敷きになったガストンが、巨体の下から這い出すのに一苦労するぐらいの大物だった。

「くっそ、たかがイノシシごときにこんなに苦戦を強いられるとは……」

戦ではバッサバッサと敵を薙ぎ倒すイアンがヘトヘトの状態で地面に座り込んだ。

「参ったな。こいつ牛ぐらい大きいぞ。化け物だな」

暴れ狂うイノシシがこんなにも凶暴な生き物だとは思ってもみなかった。流石に俺も息が荒い。


「……おい、お前大丈夫か?」

少年に声をかけた。
彼は地面に手をついて、肩で息をしている。

「……はい……ありがとうございます」

彼は変声期もまだのようだ。15歳くらいだろうか。

「凄く勇敢だったな。うちの兵に欲しいくらいだ」

ハハハっと大声で笑いながらイアンが少年の肩を叩いた。

「三日月の大将といわれる大イノシシです。何年も作物を荒らして町に大きな被害をもたらしていました」

彼の話によると、このイノシシは額に三日月の模様の毛が生えた山の主だという。柵を作ってもそれをぶち壊して畑に侵入し作物を食い荒らす。厄介な害獣で、果樹園の果実も収穫前に全滅させられた事があったようだ。ヤツを捕えようと何年も挑み続けたが、誰も仕留める事ができない大物だったらしい。

「こいつに懸賞金がかかっています。金貨30枚です。ふもとの町の役場で受け取って下さい」

「金貨30枚?」
「凄いなそれ、賞金首か。人間みたいだな」

少年は頷くと俺たちに深く頭を下げた。

そしてそのまま山を下りようとする。

「お、おい。ちょっと待て!」
「賞金どうするんだよ!」

騎士たちが口々に彼を引き止めた。

「少年。君名前は?俺達はセルリアンの騎士、俺はユリウスだ」

俺は地方領主で辺境伯であることを伏せ一兵士と名乗った。
少年に俺の爵位を伝えて、怯えさせても何の得にもならない。
俺の意図を察して従者たちは黙ってくれていた。

「……僕は、クリス。賞金はいりません。仕留めたのはあなたたちだ」

彼はそう言うと振り返らずに山を下りていった。


しばらくすると少年から聞いたと村人たちが何人かがやってきた。

縄や荷車をもって山を登ってきてくれたので、大きな獲物を麓の町まで運ぶことができた。

山の水で血のついた剣を洗いながら、200キロはありそうなイノシシを運ぶのは無理だろうと話していたところだったので助かった。

村人たちは口々に信じられないとイノシシを仕留めたことに歓喜していた。今まで誰もできなかった偉業を成し遂げた騎士だと歓迎された。

退治してくれたお礼に酒宴をといわれたが急ぎがあるのでと断った。

せめてこれだけは貰って欲しいといわれたので、賞金は遠慮せず受け取ることにした。
ただ、少年がもし名乗り出てきたら渡してくれと金貨を人数分に分けて彼の取り分を保管してもらうことにした。
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