さよならまでの六ヶ月

おてんば松尾

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このままでは冷静になれないと思い、夜にもかかわらず二駅分を歩いて家に帰った。

夜中の零時を回っていた。

「おかえり……遅かったから心配したよ」

彼は玄関で待っていた。
拓也さんの声に、やっと鎮めた感情に火がついてしまった。
彼の顔を見た。

何かひとこと、言ってやらなきゃ気が済まなかった。


「拓也さん。貴方はなんて……」

馬鹿なの、と続けるはずの言葉。

先が出てこない。

私は彼の側に走り寄って両手で顔を掴んだ。

「なんで……」

彼は驚いて私を抱きとめる。

「なんで!なんで……なんで!なぜなの……」

何度も彼の額の辺りを確認する。
髪を分けて、頭を振って、手のひらで彼の額を拭った。

なんで!

なんで!


私は膝から崩れ落ちた。

三十日。


彼の額に浮かび上がるその数字は……

彼の余命だった。


「どうした?大丈夫か小春?おい!しっかりしろ!」

「かみさまぁぁ!!」

神様、かみさま、かみさま!

私はそのまま叫び声をあげて泣き出した。

「どこ!神様……」

拓也さんは私の身体を、膝に抱えるように抱きしめた。

「大丈夫。落ちついて、ゆっくり呼吸して。小春。大丈夫、大丈夫」

背中をゆっくりと摩る。
彼は私が暴れないように、ずっと強く抱きしめていた。

ただ、涙が流れ落ちる。どうしようもなかった。泣くしかなかった。


何で、彼の余命が……三十日なの……






子供の頃から人の余命がわかった。
亡くなる人はその人の額に余命が出る。


いつ余命が現れるかは人によって違った。

ひと月前には出ていなかった余命が、一週間前になって出ることもあった。

どういう仕組みでそうなっているのか、私にはわからない。


どうしようもない、変えられない余命。

事件や事故に遭う人も、死に方がわからない以上どうすることもできなかった。
突然死ということもある。


後は残された時間を、有意義に過ごして下さいと言うしかできなかった。
運命というものは決まっていて、それが道理にかなっていなくても、受け入れるほかなかった。


朝になった。

「拓也さん……」

「ん?大丈夫?今日はお義父さんに、小春は奉仕は休むって言っておくから。ゆっくりすればいいよ。俺も様子を見に来るから。何かあったら携帯に電話して」

私の代わりに彼は奉仕で忙しくなるだろう。私は力なく頷いた。

家を出て、彼が社務所へ行ってから、私は起き上がった。

訊かなきゃならない。
重い体を引きずってリビングに行き神様を呼んだ。

「神様、神様。いるんでしょ?出てきて」

しんと静まり返った部屋の中に私の声だけが響く。

ソファに腰かけて、目を閉じた。



「ごめんね。遅くなった」

しばらくして、神様が現れた。

「酷いわ……あなた、知っていたでしょう?」

「ああ。知っていた」

「なぜ?なぜ教えてくれなかったの?ズルい、酷い。あなた本当に神様なの!」


「小春。君も知っているとおり、人の寿命は変えられないよ。運命には逆らえないんだ」

「じゃぁ、せめてもっと早く彼の余命が知りたかったわ。五ヶ月も無駄にしたじゃない!酷い」

神様はごめんねと言うだけだった。

「どうして彼は死ぬの?なぜ死ぬの?お願い教えて」

「それはルール違反だ。君の死に方だって言えないのに、彼の最期を教えられるはずがないだろう」

「そんなルールどうだっていいわ!どうにかして彼だけでも助けたいの。お願い教えて!」



「助けることは無理だよ」

わかっていた。わかっている。
けれど、なぜ私だけじゃなく彼まで死ななきゃならないの。

「せめて彼がどうして死ぬのかを教えて!」

「それを言ってしまったら、僕は君の前に二度と出てこられないよ」

「……いいわ。それでもいい。だからお願い。彼がどうやって死ぬのか教えて」


「君は、僕より彼を選ぶんだね」

「ええ。私は……彼の妻よ」

「彼を愛しているんだね」

「ええ。拓也さんを愛しているの」


神様は優しく私の頭を撫でた。


「君は一月の雪が積もった日、池に落ちて死ぬんだよ」

「池になんて近づかないわ」

「それは無理だよ。そうなっているから」

「拓也さんは?」

「彼は君を助けようと池に飛び込んで、一日後に亡くなる」

ああ……

涙が流れた。
もう無理だ。

「決まっているのよね……」

「ああ、そうだよ」

どうしようもない。私が池に近づかないことはできない。
例えば鍵を掛けて部屋に閉じこもっていたとしても、必ず池に行くことになる。

それが運命だから。


「小春。僕はもう君の前には姿を現さない」

「ええ」




「ひと月後に会いましょう」

「ああ。そうだね。ひと月後に会えるよ」

「……ええ」

「それまで」

「それまでお別れね」

彼は私の髪をもう一度撫でて、静かに消えていった。




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