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*ティナside
私はミリアが誘拐されたことを、侯爵邸で聞くことになった。
心配したブライアンと共に伯爵家へ戻って来た。
誘拐されたという事実を前にして、ブライアンを関わらせないという選択肢はなかった。
ブライアンが犯人でないことだけは、彼の様子を見ればすぐに分かった。
誘拐犯からの次の知らせが来たのは、夕方になってからだった。
――今夜零時に町はずれの教会跡地へ、身代金を持ってこい。
必ず両親だけで来い。
誰にも知らせるな、誰かに話せば子どもの命はない――
お金の準備、教会への移動時間……犯人たちは、私たちに時間の余裕を与えないために、短い時間で金の受け渡し場所を指定したのだと思われる。
彼らの要求を見て、私とブライアンは急いで準備に追われた。
もちろん伯爵家の皆も、アズルが密かに呼び寄せた騎士も陰で行動を起こしていた。
そして、準備が整うと、ブライアンと私は現地へ向かった。
犯人は私一人ではなく、ブライアンと私の二人を呼んでいる。
それはなぜなのかと不思議に思ったが、身代金の受け渡しをスムーズにするには大人二人は必要だと後から気がついた。
大きなカバンの中には三千万ゴールド。
女性一人で持ち上げるのは大変な重さだった。
それに、移動手段の馬車も必要だ。夜ということで、女性一人では、素早く行動するのは不可能だ。
馬車に揺られながら、考えを巡らせていた。
最悪、全員殺されてお金だけを奪われる可能性もある。
震える指先を必死に握りしめて、私たちは教会へ向かった。
かなり離れた場所から、アズルが引き連れた精鋭部隊が私たちについてきていた。
決してバレないように細心の注意を払って。
***
古びた教会は今にも崩れ落ちそうな外壁で、林の中に佇んでいた。
ステンドグラスは蝋燭の光を浴びて、鈍く床に落ちていた。
その一番奥、前方に縄で縛られた娘、ミリアが震えて立っていた。
娘の姿を目にして、涙があふれだした。
犯人の男は一人だった。
多分仲間が他に隠れているのだろう。
「金と引き換えだ。分かっているだろうが、無茶なことをすれば、お前たちを陰から狙っている仲間がいる」
ミリアの潤んだ目が私を見上げ、かすれた声を絞り出した。
「お母様……」
胸が締めつけられる。
「ミリア、無事なのね……」
腕の中にある革のカバンは、三千万ゴールド。
娘を取り戻すために、家中からかき集めたお金。
その重みが鉄のように冷たく感じられた。
薄暗がりの中で、誘拐犯が薄ら笑いを浮かべている。
「金と引き換えだ。無茶をすれば、お前たちの背中を狙う仲間がいる」
ブライアンが一歩前に出た。
強張った顔に冷たい汗が光る。
「……分かっている。娘を放せ!金はここにある」
だが男は、にやりと笑って顎をしゃくった。
「いいや。そこの小僧もいるんだ。ほら、出てこい」
柱の陰から、もう一人の影が押し出された。
ボロ雑巾のような姿は……ジェイだった。
ブライアンの亡き兄の子ども、かつてミリアを湖に落とした悪魔のような子だ。
だが今は縄で縛られ、顔は青ざめ、まるで怯えた子犬のように震えている。
「な、なんてことだ!ジェイまで……」
ブライアンが叫び声を上げた。
彼はミリアの件で伯爵家に来ていた。
侯爵家でジェイがいなくなったことは知らなかったのだろう。
もちろん、誘拐されたのはミリアだけだと思っていたし、犯人からの身代金の要求もミリアの分しか受け取っていない。
「ははは!分かっているか?人質が増えたんだ。金も二倍になった。とりあえずは、一人解放してやる」
「お金は持ってきたわ!ちゃんと三千万ゴールド用意した。約束どおりミリアを解放して!」
「いいだろう」
男はゆっくりと笑みを深めた。
「女が金を持ってこい」
「……分かったわ……」
教会の中に風が通り抜け、蝋燭がかすかに揺れた。
「だが、ジェイはどうなる?また取引するのか!」
「ああ、そうだな。今度は五千万用意しろ!」
「そ、そんな金はない!」
何を言っているのよ!
血の気が引くのを感じながら、私はブライアンを見た。
「お前ら、子どもの命が惜しくないのか!」
「二人とも解放しろ!」
「なら二人とも殺すまでだ!」
「やめて!ミリアを、お金は渡すわ」
「ジェイも解放してくれ!」
ブライアンが誘拐犯を刺激する。
「黙って!!ブライアン!」
私は彼を怒鳴りつけた。
ブライアンの目は、ミリアではなくジェイの方に向いていた。
その視線に、背筋がぞくりとした。
「駄目だ。一人だけだ」
誘拐犯はにやりと笑った。
「どちらか選べ、好きな方を先に解放してやる」
「ミリアを」
「待て、ティナ!」
「約束どおり、お金は用意したわ!ミリアを解放して!」
声は懇願というよりも悲鳴に近かった。
「どちらを先に解放するか。それはそこの旦那に決めてもらおう」
その場の沈黙が、氷のように硬い。
「ブライアン……?」
声が震える。
ミリアが父親をまっすぐ見ている。
「お父様……!」
ブライアンの顔が険しく歪み、額からは汗が流れている。
彼の唇が、わずかに動いた。
「ティナ……君の家には金がある。だから……」
その瞬間、私は悟った。
彼が次に何を言おうとしているかを。
彼が名前を言う前に、私の体は、先に動いていた。
金の詰まった重いカバンを、渾身の力で、ぐるんと振り抜く!
次の瞬間、その勢いのまま、ブライアンの後頭部をカバンで叩きつけた。
ボコッ!
遠心力と金の重みで、確実に、カバンはブライアンの後頭部を捕らえたのだ。
彼の体は糸が切れた人形のように前のめりに崩れ、顔面から、石の床へ叩きつけられた。
「っ……!」
短い呻き声。
ゴトンという衝撃音が、教会の壁を震わせる。
倒れたブライアンの傍で、金袋の口が破れ、三千万ゴールドが石の床に音を立てて転がる。
誘拐犯が一瞬、驚いたように目を見開いた。
私がとった動きは、予想外だったのだろう。
ブライアンがすごい勢いで倒れこんだことに気を取られている誘拐犯。
そして……その隙を、ミリアは逃さなかった。
胴体に巻かれた縄を緩めるように身をよじり、体に余裕ができると、ティナの方へ走り出した。
犯人はミリアを捕まえようとしたが、その手は空を切った。
「ミリア!」
私は両腕を広げ、娘を抱きとめた。
小さな体が震えている。
その背中を抱きしめ、私は叫んだ。
「お金はそこに置いていく!後は好きにしなさい!」
私はミリアを抱えたまま扉に向かって走り出した。
誘拐犯が金の方へ駆け寄ってくる。
だが、倒れたブライアンが邪魔で、散らばったゴールドが上手く回収できない。
一瞬の混乱。
背後で、ジェイの泣き声が聞こえた。
「……うわぁああん!!……助けてぇぇぇ」
その声は、かつて桟橋で聞いた、あの日の叫び泣きにそっくりだった。
私は後ろを振り返ることなく、そのまま入り口をめがけて走り続けた。
冷たい夜風が扉の隙間から吹き込み、私の頬を打つ。
腕の中のミリアがすすり泣き、
その涙が伝って私の首筋を濡らした。
その瞬間、金属の響きが、まるで祈りの鐘のように教会に満ちた。
アズルの部隊が、一気に教会内に突入してきたのだった。
私は娘を抱いてそのまま地面に崩れ落ちた。
そして、心の奥でただひとつのことを思っていた。
――あの人、死んで報いろ。
私はミリアが誘拐されたことを、侯爵邸で聞くことになった。
心配したブライアンと共に伯爵家へ戻って来た。
誘拐されたという事実を前にして、ブライアンを関わらせないという選択肢はなかった。
ブライアンが犯人でないことだけは、彼の様子を見ればすぐに分かった。
誘拐犯からの次の知らせが来たのは、夕方になってからだった。
――今夜零時に町はずれの教会跡地へ、身代金を持ってこい。
必ず両親だけで来い。
誰にも知らせるな、誰かに話せば子どもの命はない――
お金の準備、教会への移動時間……犯人たちは、私たちに時間の余裕を与えないために、短い時間で金の受け渡し場所を指定したのだと思われる。
彼らの要求を見て、私とブライアンは急いで準備に追われた。
もちろん伯爵家の皆も、アズルが密かに呼び寄せた騎士も陰で行動を起こしていた。
そして、準備が整うと、ブライアンと私は現地へ向かった。
犯人は私一人ではなく、ブライアンと私の二人を呼んでいる。
それはなぜなのかと不思議に思ったが、身代金の受け渡しをスムーズにするには大人二人は必要だと後から気がついた。
大きなカバンの中には三千万ゴールド。
女性一人で持ち上げるのは大変な重さだった。
それに、移動手段の馬車も必要だ。夜ということで、女性一人では、素早く行動するのは不可能だ。
馬車に揺られながら、考えを巡らせていた。
最悪、全員殺されてお金だけを奪われる可能性もある。
震える指先を必死に握りしめて、私たちは教会へ向かった。
かなり離れた場所から、アズルが引き連れた精鋭部隊が私たちについてきていた。
決してバレないように細心の注意を払って。
***
古びた教会は今にも崩れ落ちそうな外壁で、林の中に佇んでいた。
ステンドグラスは蝋燭の光を浴びて、鈍く床に落ちていた。
その一番奥、前方に縄で縛られた娘、ミリアが震えて立っていた。
娘の姿を目にして、涙があふれだした。
犯人の男は一人だった。
多分仲間が他に隠れているのだろう。
「金と引き換えだ。分かっているだろうが、無茶なことをすれば、お前たちを陰から狙っている仲間がいる」
ミリアの潤んだ目が私を見上げ、かすれた声を絞り出した。
「お母様……」
胸が締めつけられる。
「ミリア、無事なのね……」
腕の中にある革のカバンは、三千万ゴールド。
娘を取り戻すために、家中からかき集めたお金。
その重みが鉄のように冷たく感じられた。
薄暗がりの中で、誘拐犯が薄ら笑いを浮かべている。
「金と引き換えだ。無茶をすれば、お前たちの背中を狙う仲間がいる」
ブライアンが一歩前に出た。
強張った顔に冷たい汗が光る。
「……分かっている。娘を放せ!金はここにある」
だが男は、にやりと笑って顎をしゃくった。
「いいや。そこの小僧もいるんだ。ほら、出てこい」
柱の陰から、もう一人の影が押し出された。
ボロ雑巾のような姿は……ジェイだった。
ブライアンの亡き兄の子ども、かつてミリアを湖に落とした悪魔のような子だ。
だが今は縄で縛られ、顔は青ざめ、まるで怯えた子犬のように震えている。
「な、なんてことだ!ジェイまで……」
ブライアンが叫び声を上げた。
彼はミリアの件で伯爵家に来ていた。
侯爵家でジェイがいなくなったことは知らなかったのだろう。
もちろん、誘拐されたのはミリアだけだと思っていたし、犯人からの身代金の要求もミリアの分しか受け取っていない。
「ははは!分かっているか?人質が増えたんだ。金も二倍になった。とりあえずは、一人解放してやる」
「お金は持ってきたわ!ちゃんと三千万ゴールド用意した。約束どおりミリアを解放して!」
「いいだろう」
男はゆっくりと笑みを深めた。
「女が金を持ってこい」
「……分かったわ……」
教会の中に風が通り抜け、蝋燭がかすかに揺れた。
「だが、ジェイはどうなる?また取引するのか!」
「ああ、そうだな。今度は五千万用意しろ!」
「そ、そんな金はない!」
何を言っているのよ!
血の気が引くのを感じながら、私はブライアンを見た。
「お前ら、子どもの命が惜しくないのか!」
「二人とも解放しろ!」
「なら二人とも殺すまでだ!」
「やめて!ミリアを、お金は渡すわ」
「ジェイも解放してくれ!」
ブライアンが誘拐犯を刺激する。
「黙って!!ブライアン!」
私は彼を怒鳴りつけた。
ブライアンの目は、ミリアではなくジェイの方に向いていた。
その視線に、背筋がぞくりとした。
「駄目だ。一人だけだ」
誘拐犯はにやりと笑った。
「どちらか選べ、好きな方を先に解放してやる」
「ミリアを」
「待て、ティナ!」
「約束どおり、お金は用意したわ!ミリアを解放して!」
声は懇願というよりも悲鳴に近かった。
「どちらを先に解放するか。それはそこの旦那に決めてもらおう」
その場の沈黙が、氷のように硬い。
「ブライアン……?」
声が震える。
ミリアが父親をまっすぐ見ている。
「お父様……!」
ブライアンの顔が険しく歪み、額からは汗が流れている。
彼の唇が、わずかに動いた。
「ティナ……君の家には金がある。だから……」
その瞬間、私は悟った。
彼が次に何を言おうとしているかを。
彼が名前を言う前に、私の体は、先に動いていた。
金の詰まった重いカバンを、渾身の力で、ぐるんと振り抜く!
次の瞬間、その勢いのまま、ブライアンの後頭部をカバンで叩きつけた。
ボコッ!
遠心力と金の重みで、確実に、カバンはブライアンの後頭部を捕らえたのだ。
彼の体は糸が切れた人形のように前のめりに崩れ、顔面から、石の床へ叩きつけられた。
「っ……!」
短い呻き声。
ゴトンという衝撃音が、教会の壁を震わせる。
倒れたブライアンの傍で、金袋の口が破れ、三千万ゴールドが石の床に音を立てて転がる。
誘拐犯が一瞬、驚いたように目を見開いた。
私がとった動きは、予想外だったのだろう。
ブライアンがすごい勢いで倒れこんだことに気を取られている誘拐犯。
そして……その隙を、ミリアは逃さなかった。
胴体に巻かれた縄を緩めるように身をよじり、体に余裕ができると、ティナの方へ走り出した。
犯人はミリアを捕まえようとしたが、その手は空を切った。
「ミリア!」
私は両腕を広げ、娘を抱きとめた。
小さな体が震えている。
その背中を抱きしめ、私は叫んだ。
「お金はそこに置いていく!後は好きにしなさい!」
私はミリアを抱えたまま扉に向かって走り出した。
誘拐犯が金の方へ駆け寄ってくる。
だが、倒れたブライアンが邪魔で、散らばったゴールドが上手く回収できない。
一瞬の混乱。
背後で、ジェイの泣き声が聞こえた。
「……うわぁああん!!……助けてぇぇぇ」
その声は、かつて桟橋で聞いた、あの日の叫び泣きにそっくりだった。
私は後ろを振り返ることなく、そのまま入り口をめがけて走り続けた。
冷たい夜風が扉の隙間から吹き込み、私の頬を打つ。
腕の中のミリアがすすり泣き、
その涙が伝って私の首筋を濡らした。
その瞬間、金属の響きが、まるで祈りの鐘のように教会に満ちた。
アズルの部隊が、一気に教会内に突入してきたのだった。
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