29 / 60
29 【バーナードside】 ソフィアの捜索
しおりを挟むその頃、バーナードの領地では
「何故彼女の居場所が分からないんだ?そんなはずがないだろう!」
バーナードが従者たちに対し怒りを露わにしていた。
マリリンが邸を去り、軍関係の仕事もひと段落した今、バーナードはやっとソフィアの捜索に集中できるようになった。
本腰を入れて彼女を捜し出そうとしていた。
邸の従者たちには領地内をくまなく探させた。彼女の実家にも使いをやり、行き違いがあったようで彼女の居場所を探していると聞いてみたが『離婚したという知らせがきただけで、今の居場所は知らない』と冷たくあしらわれた。
結婚してから彼女の実家との付き合いはなかった。
ソフィアの実家は伯爵家だった。しかしソフィアの両親は他界していて、今は叔父が爵位を継いでいる。
あまり親しく親戚付き合いはしていない関係だった。
「バーナード様、離婚は成立していますし、もう旦那様にできることはソフィア様に慰謝料を支払うことだけです」
私の何が何でもソフィアを見つけ出そうとする姿に、いい加減あきらめろと言わんばかりに、コンタンが告げる。
「そんなことは……わかっている」
「では、慰謝料の額ですがこちらでよろしいでしょうか」
コンタンは以前から用意していたのか、まとめられた書類を事務的に私の前に出してきた。
書類には、今までにソフィアが領地経営をして得た利益に、邸の資産価値の半分が上乗せされた莫大な金額が記されていた。
「こ、これ……こんなに多額になるのか」
「払えない額ではありません。それに心的ストレスに対する慰謝料も込みですので、妥当な金額ではないでしょうか」
確かに彼女に与えた精神的苦痛は計り知れない。できることなら、直接謝罪したい。二度と彼女に辛い思いをさせないと誓うから戻って来いと。
もし、ソフィアが私とマリリンの関係を男女間のそれだと勘違いしているなら、はっきり潔白だと言わなければならない。
マリリンたち親子に使われていた費用がなくなった。ケビンの父親のデクスターに、今までマリリンたちに費やした費用の倍額を請求した。
彼らにはアーロンを責任もって育てると念書を書かせ、定期的に報告する義務を課した。
私たちを騙した罪の代償として、ケビンは相続権を剥奪される。
マリリンは一生、外に出られないよう拘束し、監禁するようにと命じた。
デクスターは五十を疾うに過ぎた男だったが、力はまだ漲っていた。体力に物を言わせて事を行う豪腕は、彼女にとって恐怖でしかないだろう。
そしてその男の妻として、マリリンは今後、彼専用の奴隷として生きて行くことになる。
私の邸の使用人も、序列の守れない者を首にした。
邸の経済状況は、悪化しているわけではなく、かなり上向きの方向にある。
それはサイクスの繊維業が膨大な利益を上げているからだった。
払えない額ではない。
「この慰謝料をソフィアに支払う」
私は書類を見つめてコンタンに伝えた。
彼は大きく頷いた。
「ただし条件がある。直接私が彼女に渡すか、それが叶わないなら慰謝料について彼女との話し合いを求める」
コンタンは眉間にしわを寄せ、私に視線を向けると、はぁ、と大きくため息をついた。
コンタンはソフィアの居場所を知っていると思われる。
ガブリエルは、自分は居場所を知らされていないという。
邸に古くから仕えていてくれるモーガンやダミアはソフィアの居場所を知っているが、教えられないと言われた。私がマリリンに騙されている間に彼らの信用を失ってしまったのだ。
彼らは私の邸で働いている使用人達だ。私の命令を聞かないとなればいつだって首にできる。しかし、自らが招いた失態に対して彼らを責めるのは筋違いだと分かっているからそれはできない。
今回の件も、彼らが動いてくれなければ大変なことになっていただろう。
そうでなければ、私はあのままマリリンたち親子を邸に住まわせ、妻であるソフィアを蔑ろにして、アーロンに家督を譲っていたかもしれない。
全ては私の過ちだった。
けれど、ソフィアは戦時中もずっと私を待っていてくれた。そこに愛はあったはずだ。
もう一度、もう一度だけチャンスを与えてほしい。
何としてもソフィアの居場所を自分で突き止めてみせると、バーナードは固く拳を握った。
◇
あれから何度もコンタンと話をしたが、結果的に知り得た情報は、彼女たちは国外に出国し今は平民として暮らしているということだけだった。
住所はコンタンも分かっておらず、彼女の居場所を知るのはステラ王女だけだという。慰謝料はステラ王女経由でソフィアに渡る予定だと説明された。
流石に王女には直接話を聞けない。謁見を申し出るも叶わなかった。そして間もなく王女は隣国の王子と結婚し、国を出てしまう。
ステラ王女殿下がこの国からいなくなれば、ソフィアの行方は二度と掴めないだろう。
何日も考えた。
執務室の彼女の席を見ながら、彼女の残した丁寧に書かれた帳簿の数字を指でなぞった。
食堂で味気ない食事をとりながら、テーブルを挟む、向かいの誰もいない空間を見つめた。
眠るベッドの冷たい右側をそっと撫で、そこにソフィアの体温を探した。
そしてある夜、私は気が付いた。
そうだ、彼女とともに消えた彼女の侍女がいたはずだ。
「確か……名前は……ミラ」
ソフィアの行方を追うより、メイドのミラの方を捜せばもしかしたら……
◇
やっとの思いで彼女の侍女、ミラが何処にいるのか突き止めた。
ミラはメイド仲間にこっそり自分の行く場所を話していたようだ。
外国へ行く、どこへ行くかは言えないがソフィアのことを守ると。
そして彼女たちの知り合いがいる外国といえば……
考えればすぐに分かったはずだった。
ステラ王女殿下。
彼女が嫁ぐ国ボルナットだ。
ボルナット……大国だ。
他国間のどのような戦争にも加わらず中立の立場を崩さず、強大な国家となった国。
我が国は軍事国家、戦争で国土を広めてきた国だ。逆にボルナットは防衛力に長けていてる国だ。
先駆的な設備を誇り、どんな敵が攻め入ろうとも鉄壁の守りで敵を寄せ付けないという。戦わず平和を維持するため王族同士の婚姻を政略的に決める国。
今回、ステラ王女は国同士の平和維持の為、ボルナットの第一王子と結婚する。
彼女が国外へ行けたのは、ステラ王女の支援があったからか……
もしかしてステラ王女の侍女としてボルナットに渡ったか。
だとしたらソフィアに会うのは難しいだろう。
自国にいたときでさえ、ステラ王女との謁見は叶わなかった。
ボルナットの王太子妃になったら謁見なんて絶望的だ。
だが貴族籍を抜いたという彼女が、王宮へ立ち入ることができるかどうかは微妙なところだろう。
詳しい居所が分かれば……
コンタンは頭脳派だ。私がどう言おうと絶対にソフィアの居場所を教えてはくれない。
私は考えた。そして侍女のミラの田舎に使いをやった。
元勤めていた邸の使いだと言って、ミラの両親から行き先を聞き出すのは簡単なことだった。
だが流石に詳しい住所までは知らされていないという。
私はどうしても、もう一度ソフィアと話がしたかった。
間違いは誰にでもある。
今度こそちゃんとやり直したい。
もうマリリンは邸から追い出した。ソフィアのことを虐げ邪魔に思っている者は誰もいない。
きっとソフィアは分かってくれるはずだ。
私はボルナットに調査員を送った。
多分ステラ王女はソフィアを遠くへはやらないだろう。ならば彼女は王都にいる。けれどあの国の王都は広い。
調査員に、貴族風の平民で金があり、女二人だけで最近我が国から入国した者がいないか調べさせる。
ボルナットで現地の調査会社を使えばわかるかもしれない。そう考えて、現地でも専門の調査員を雇った。
後は、知らせを待つしかないか。
トントントンとドアをノックする音が聞こえた。
「旦那様、執務の仕事が滞っております。サインが必要な書類もありますので急ぎ目を通していただきたい」
モーガンが私を呼びに来た。
「今まではちゃんと執事たちでやっていただろう。私がいなくても領地経営はうまくいっていた。コンタンに任せればいい。彼はその為に雇っているのだからな」
コンタンが私に協力しないのなら、彼は自分の仕事をきちんとこなすべきだ。
私の邸の執事としてこれからも働きたいのなら、領地の為に身を尽くすのが当たり前だ。
ソフィアのことに協力さえしてくれれば、こんな嫌がらせをしなくて済んだのに……
苛立ちは限界に達している。いうことを聞かない使用人、出て行った妻、領民たちからも私に対する信頼を感じない。
何もかもうまくいかない。
6,251
あなたにおすすめの小説
わたしのことがお嫌いなら、離縁してください~冷遇された妻は、過小評価されている~
絹乃
恋愛
伯爵夫人のフロレンシアは、夫からもメイドからも使用人以下の扱いを受けていた。どんなに離婚してほしいと夫に訴えても、認めてもらえない。夫は自分の愛人を屋敷に迎え、生まれてくる子供の世話すらもフロレンシアに押しつけようと画策する。地味で目立たないフロレンシアに、どんな価値があるか夫もメイドも知らずに。彼女を正しく理解しているのは騎士団の副団長エミリオと、王女のモニカだけだった。※番外編が別にあります。
何年も相手にしてくれなかったのに…今更迫られても困ります
Karamimi
恋愛
侯爵令嬢のアンジュは、子供の頃から大好きだった幼馴染のデイビッドに5度目の婚約を申し込むものの、断られてしまう。さすがに5度目という事もあり、父親からも諦める様言われてしまった。
自分でも分かっている、もう潮時なのだと。そんな中父親から、留学の話を持ち掛けられた。環境を変えれば、気持ちも落ち着くのではないかと。
彼のいない場所に行けば、彼を忘れられるかもしれない。でも、王都から出た事のない自分が、誰も知らない異国でうまくやっていけるのか…そんな不安から、返事をする事が出来なかった。
そんな中、侯爵令嬢のラミネスから、自分とデイビッドは愛し合っている。彼が騎士団長になる事が決まった暁には、自分と婚約をする事が決まっていると聞かされたのだ。
大きなショックを受けたアンジュは、ついに留学をする事を決意。専属メイドのカリアを連れ、1人留学の先のミラージュ王国に向かったのだが…
あなただけが私を信じてくれたから
樹里
恋愛
王太子殿下の婚約者であるアリシア・トラヴィス侯爵令嬢は、茶会において王女殺害を企てたとして冤罪で投獄される。それは王太子殿下と恋仲であるアリシアの妹が彼女を排除するために計画した犯行だと思われた。
一方、自分を信じてくれるシメオン・バーナード卿の調査の甲斐もなく、アリシアは結局そのまま断罪されてしまう。
しかし彼女が次に目を覚ますと、茶会の日に戻っていた。その日を境に、冤罪をかけられ、断罪されるたびに茶会前に回帰するようになってしまった。
処刑を免れようとそのたびに違った行動を起こしてきたアリシアが、最後に下した決断は。
私は側妃なんかにはなりません!どうか王女様とお幸せに
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のキャリーヌは、婚約者で王太子のジェイデンから、婚約を解消して欲しいと告げられた。聞けば視察で来ていたディステル王国の王女、ラミアを好きになり、彼女と結婚したいとの事。
ラミアは非常に美しく、お色気むんむんの女性。ジェイデンが彼女の美しさの虜になっている事を薄々気が付いていたキャリーヌは、素直に婚約解消に応じた。
しかし、ジェイデンの要求はそれだけでは終わらなかったのだ。なんとキャリーヌに、自分の側妃になれと言い出したのだ。そもそも側妃は非常に問題のある制度だったことから、随分昔に廃止されていた。
もちろん、キャリーヌは側妃を拒否したのだが…
そんなキャリーヌをジェイデンは権力を使い、地下牢に閉じ込めてしまう。薄暗い地下牢で、食べ物すら与えられないキャリーヌ。
“側妃になるくらいなら、この場で息絶えた方がマシだ”
死を覚悟したキャリーヌだったが、なぜか地下牢から出され、そのまま家族が見守る中馬車に乗せられた。
向かった先は、実の姉の嫁ぎ先、大国カリアン王国だった。
深い傷を負ったキャリーヌを、カリアン王国で待っていたのは…
※恋愛要素よりも、友情要素が強く出てしまった作品です。
他サイトでも同時投稿しています。
どうぞよろしくお願いしますm(__)m
これ以上私の心をかき乱さないで下さい
Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユーリは、幼馴染のアレックスの事が、子供の頃から大好きだった。アレックスに振り向いてもらえるよう、日々努力を重ねているが、中々うまく行かない。
そんな中、アレックスが伯爵令嬢のセレナと、楽しそうにお茶をしている姿を目撃したユーリ。既に5度も婚約の申し込みを断られているユーリは、もう一度真剣にアレックスに気持ちを伝え、断られたら諦めよう。
そう決意し、アレックスに気持ちを伝えるが、いつも通りはぐらかされてしまった。それでも諦めきれないユーリは、アレックスに詰め寄るが
“君を令嬢として受け入れられない、この気持ちは一生変わらない”
そうはっきりと言われてしまう。アレックスの本心を聞き、酷く傷ついたユーリは、半期休みを利用し、兄夫婦が暮らす領地に向かう事にしたのだが。
そこでユーリを待っていたのは…
私が家出をしたことを知って、旦那様は分かりやすく後悔し始めたようです
睡蓮
恋愛
リヒト侯爵様、婚約者である私がいなくなった後で、どうぞお好きなようになさってください。あなたがどれだけ焦ろうとも、もう私には関係のない話ですので。
その結婚は、白紙にしましょう
香月まと
恋愛
リュミエール王国が姫、ミレナシア。
彼女はずっとずっと、王国騎士団の若き団長、カインのことを想っていた。
念願叶って結婚の話が決定した、その夕方のこと。
浮かれる姫を前にして、カインの口から出た言葉は「白い結婚にとさせて頂きたい」
身分とか立場とか何とか話しているが、姫は急速にその声が遠くなっていくのを感じる。
けれど、他でもない憧れの人からの嘆願だ。姫はにっこりと笑った。
「分かりました。その提案を、受け入れ──」
全然受け入れられませんけど!?
形だけの結婚を了承しつつも、心で号泣してる姫。
武骨で不器用な王国騎士団長。
二人を中心に巻き起こった、割と短い期間のお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる