甘党ドラゴン。

るうあ

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ドラゴンと嵐

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 西海の果ての果て、虹の彼方の遠つ海に、竜の棲む大島があるという。
 竜は神獣。滅多に姿を現さない。けれども、稀に人の国に降り立つことがあり、少しの災いと多くの恵みを与える。
 竜は、季の巡り、気の儘。
 もし竜に出逢えたのならば、いややかに持て成し、誠心をもって接すれば、真の幸祐を得るであろう。

 竜は伝説であり夢であり、稀なる現でもある。

* * *

 好運というのは、予期せぬところから降ってくる。
 それとも、そうした運に巡り合うための流れが事前に起こっているいるものなのだろうか。
 わたしは予言者でも占い師でもない、ごくごく平凡な娘だから、その流れの兆しを知るすべもなかった。

 閉めきっていた窓いう窓をすべて開け放ち、朝の爽やかな空気を家中に取り込んだ。ちょっと肌寒いけど、朝の風は気持ちがいい。朝日の明るさに心も晴れやかになってくる。
 昨夜の嵐はひどかったけれど、風雨は一夜のうちに過ぎ去って、現在はすっきりと晴れ、青空が広がっている。
「さーてと!」
 嵐の後だ。やることはたくさんある。
 ともかく、外の果樹園の様子を確かめてこなくちゃ。
 ニンジン色の髪を後頭部で一つに束ね、腕まくりをし、竹箒と木桶を持って家を出た。

 十年前に両親を流行り病で亡くしてから、兄とわたし、兄妹二人で果樹園を営んでいる。見晴らしのいい丘にわたし達の家と果樹園はあって、そこで生まれ育った。
 贅沢はできないけれど、兄とわたし、二人で生活していける程度の稼ぎ高はなんとかあるし、村の人達も両親を亡くしたわたし達にとても親切にしてくれる。少々干渉的過ぎるところもあるけれど、わたし達のような親無し児は、村人達の善意があってこそやっていけるのだ。
 両親が遺してくれた果樹園も、村人達みんなの手をいっぱい借りて、守ってきた。わたしにとって、とても大切な果樹園なのだ。
 さてその果樹園では、おもに林檎を栽培している。他には、スグリ、スモモ、柘榴など。野菜も芋やニンジンを中心に色々育ててるし、山羊や驢馬などの家畜もいる。数は多くないけれど。
 そうだ、果樹園を見回る前に、家畜小屋の様子も確認してこなくちゃ。
 山羊や驢馬、鶏。全員、無事でいるといいけれど。小屋は先日屋根や壁を補強したから、壊れてはいないはず。駆け足で家畜小屋に向かった。
 幸い、小屋は屋根の板一枚外れることなく、戸もしっかりと閉まっていた。中の山羊や驢馬達も無事で、鶏はいつもの通り卵を産んでた。卵も収穫しておかなくちゃ。
 それから果樹園へと改めて足を向ける。
 たった一人きりの身内の兄は、行商に出ている。昨日の嵐できっと足止めを食っているだろうから、帰るのは予定より遅くなるだろう。早くて明日か、明後日かな。それまでは、わたし一人で果樹園を守らなければいけない。収穫期だし、ともかくやることはいっぱいある。
 昨夜の嵐は、雨はさほどでなかったけれど、風がすごく強かった。思いの外被害は出ていないようだけど、やっぱり枝は折れ、葉は散り、実も落ちていた。
 早成り林檎と柘榴の収穫時だったのだけど、収穫前に落下してしまったものは、売りには出せない。未熟な実も、けっこう落ちてしまってる。枝ごと落ちちゃってるものも少なくなかった。
 けれどもまぁ、家や家畜小屋には被害がでなかったんだし、この程度で済んでよかった。
 晩秋のこの季節には珍しい嵐だった。丘をくだった所にある村にも、もしかしたら多少の被害が出てるかもしれない。
 それにしても昨夜の嵐は、まるでドラゴンの咆哮を聴いているようだった。ふと、そんなことを思った。ドラゴンの鳴き声なんて聴いたことないけれど。
 そういえば、村の長老様が言ってたっけ。昔は、翼竜(ドラゴン)の往く姿を見ることもままあったって。群れなして飛んでいくこともあったらしい。
 この国一番の高山、エト山はきれいな三角形をしている。頂上付近は万年雪で白く、それが空を往くドラゴンの良い目印になっているのだという。エト山から清水の恩恵を得ている麓の村……つまりわたし達が住んでるボーダ村は、ドラゴンの通り道の真下にあるのだと、長老様は語った。エト山には、かつてドラゴンが棲んでいたこともあるとか。
 ドラゴンには二つの種族がある。火の種族と水の種族で、生態も若干違うらしい。空を往くのは大抵水の種族のドラゴンなんだそうな。ちなみにエト山に棲んでいたドラゴンは火の種族だった。というのも、今は活動を止めているけれど、エト山は火山なのだ。火を噴く山にはやはり火のドラゴンが棲む、というわけだ。今ではドラゴンの姿を見たという話は聞かなくなり、昔話の中にしかいない存在となってしまった。
 別のどこかへ移住してしまったか、それとも寿命がきてしまったのか。火の山もすっかり鎮まって穏やかな山容を見せている。
 ドラゴンの話を聞かせてくれた長老様は、ドラゴンの姿を拝したことがあると、自慢げに語った。ずいぶん昔の話で、長老様がまだほんの小さな子どもの頃だったという。悠然と空を翔る神々しい姿は今でも目に焼き付いて離れないと、うっとりと夢見るような顔をして話してくれた。長老様が目撃したドラゴンは、翼の生えた巨大なドラゴンだったという。
「あれはおそらく、水のドラゴンだったろうなぁ。鱗を虹色に輝かせて空を往く姿はそれはそれは美しく、神々しかったのぅ……」
 歳を重ねるうち、思い出に多少の脚色は加わっているかもしれない。だけど強烈な体験だったのには違いない。長老様は繰り返し繰り返し、村の子ども達にドラゴンのことを話して聞かせた。
 いいなぁ。わたしも一度ドラゴンを見てみたいなぁ。
 そう言ったわたしに、長老様は頭を撫でながら笑ってくれた。
「きっといつか、ミルカも出逢えるよ」
 信じておれば叶う事もある、と。
 長老様は子どもの夢を打ち砕くようなことを言わない、優しい方なのだ。
 ただし、「ドラゴンは気紛れじゃからの」と話を曖昧にぼかすことも忘れない。
 おかげでドラゴン遭遇願望は未だわたしの胸から消えずに残っていた。
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