甘党ドラゴン。

るうあ

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ドラゴンと愚兄

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 たった一人きりの身内である実兄、わたしより八歳年長のアルトは、お調子者で軽忽な、つまり上にドがつく阿呆だ。妹のわたしが言うのだから間違いない。
 しかし外面は良い。社交的で商才はある。それにドがつく阿呆だからなのか、生まれつき健康で大病を患ったことは一度もなく、大怪我もしたことがない。
 中肉中背で、筋肉モリモリの屈強な体つきではないのだけど、槍や剣を一通り習って、それなりに腕も立つから、用心棒を雇う必要もなく、一人旅でもさほどの不安は少ない。もしかすると山賊やら盗賊やらも兄を本能的に避けているのかもしれない。関わったらろくな目に遭わないって、分かってるのかも。山賊とかってそういう勘というか本能が強そうだし。まぁ、ともかく、そういう得体の知れないところがこの兄にはある。
 兄アルトは、見た目もそこそこに良い。わたしよりちょっと濃い青の瞳はぱっちりと大きく、愛嬌がある。不精髭も生えてないし、もみあげも濃くない。日に焼けて、肌色は多少黒い。ふわふわとした浅い茶色の巻き毛は旅の間にのびたようで、少しボサッとしていた。挙動に落ち着きがなく、二十六歳には見えないかもしれない。
 黙っていれば好青年に見えるのに。言動がいかにも残念なのだ、この兄は!
 根性曲がりというほどの捻くれ者ではないのだけど、とにもかくにも、思考があさっての方にずれている。なんかもう矯正は不可能なのかって嘆きたくなるほど、変な方向にズレているのだ。わたしに関する妙な色眼鏡をどうにかしてはずしたいと切実に願っているのだけど、どうにも叶えられそうにない。
 いったいどうしてこうなった……。
「ところでミル? この目の前の男は何かなぁ?」
 わたしに抱きついたまま、のんびりと間延びした声で兄が訊く。
 目の前の男、とは。水竜様のことらしい。水竜様は目をぱちくりとさせた。名乗るべきかどうかためらっているらしく、口元をもごもごとさせている。
 兄の変なところって、まさにこういうところだ。
 まず、こんなちっちゃな「人間」がテーブルにいたら、びっくりするでしょう? 「男」だとかいう前に、まずは大きさに驚こうよ。なんで動じないのかな、この兄は!?
「ミル? お兄ちゃんがいなくて寂しかったのは分かるけど、だからって、見知らぬ男を家に連れ込むなんて、感心しないなぁ」
「そーゆー問題っ!?」
 思わずつっこんだよ。ほんともうあほです、この兄ときたら! 鈍感とか天然とかいう域を超えちゃってるから!
 しかし愚兄はわたしのつっこみなどお構いなしだ。
「昨夜の嵐でミルがおにいちゃんいないよぅってピーピー泣いてるんじゃないかって心配して、雨も雷もなんのその、急ぎに急いでミルの元に帰ってきたのに」
 ピーピー泣いてなんて、なかったから!
 というわたしの言もさらに無視して、愚兄は陶酔した表情で続ける。
「ほらぁ、ミルはちっちゃい頃、風の音が怖いって、お兄ちゃんのベッドに潜り込んできたよね? こうやってぎゅーってしてあげると喜んでさぁ」
「…………」
 そんな幼少時のことを持ちだされても! っていうか、今、ぎゅーってしなくていいですから、苦しいから!
「そんな、お兄ちゃん大好きなミルが! 見ず知らずの男を家に連れ込んでるなんて、お兄ちゃん、ショックのあまり動悸息切れ眩暈に頭痛までして、倒れそうだよ」
 いっそ倒れてください。今すぐ昏倒して欲しい。
 そう願って肘鉄喰らわしても、むやみやたらに頑丈な兄は平然としてる。かえってわたしの肘の方にダメージきた。
「お兄ちゃんと一緒にいられなくて不安になっちゃったのはしかたないけどさ。寂しかったのはミルだけじゃないんだ。僕も、ミルの顔を数日見られなくって禁断症状でそうだったんだ」
「…………」
 どんな禁断症状かはあえて訊かない。兄は訊いて欲しそうだけど、無視を決め込む。
 わたしが相手にならないものだから、それの腹いせなのか。
「――で、そこの!」
 ようやくわたしを腕から離したかと思うと、愚兄はぽかんとしている「見ず知らずの男」……つまり水竜様をびしっと指さし、睨めつけた。突然矛先が自分に向いたことに驚き、水竜様は体を強張らせた。
「どこの馬の骨か……いやさ、妖怪変化か知らないが、小さい姿でなら女の子ミルカを誑#__だぶら__#かせると思ったら大間違いだぞ!」
「な、なんと?」
「妖怪変化ごときが僕のミルカを誑#__たら__#しこもうなど、百年、いや千年早いっ!」
「よ、妖怪変化ごときとはなんたる侮辱! 吾はたっとき竜神#__ドラゴン__#なるぞ! その失言、聞き逃すわけには参らぬ!」
「ほぉぉ? どらごんさまですかぁ? 伝え聞くドラゴンとは似ても似つかぬ様相で。ずいぶんとおちさいですねぇ? 小人にしか見えませんが? ミニサイズのドラゴン様ですか?」
 思いっきり馬鹿にした口調で無遠慮な兄は水竜様を嘲笑う。つんつんと指先で突かれて、水竜様はのほほんとした形相を一変させ、怒気を帯び、顔を真っ赤にしている。それどころか髪の毛まで逆立っている。
 愚兄はというと、気圧されることもなくにやにや笑っている。悪人面と言うより、悪童じみた面貌だ。からかって遊んでるような。
 本来、こんなことを言う人では…………ないこともないけど、いつにもまして口が悪い。わたしを心配するあまりなんだろうけど、それにつけても度が過ぎる。だけど、口を挟もうにも、うまく割って入れず、わたしはおろおろするばかりだった。
「うぬぬ……っ、なんたる屈辱、無礼千万じゃ! ミルカの兄上なればこそ我慢しておったが、ここまで吾を愚弄してただで済むと思うな!」
 言い終えるやいなや、ブワッと、水竜様の背中に翼が生えた。赤みを帯びた、青の翼。鱗と鉤爪がきらりと光を弾く。水竜様は威嚇をするように両翼を大きく広げた。
 しかしそれで怯む兄ではない。まったく動じない。ただちょっとだけ片眉を跳ねあげさせたけど、「それがどうした」くらいの顔だ。少しくらいはたじろいだらどうなのか。突如、羽が生えたっていうのに!
 傍から見てるわたしとしては、愚鈍な兄の頭をはたきたい気持ちでいっぱいだ。
「へーえ? 羽を生やせるとは、ますます妖怪変化っぽいですねーえ? お次は尻尾でも出すんですか? んん?」
「ぐぬぬぬ……っ」
 さらに小馬鹿にされ、水竜様は怒り心頭、葡萄酒で煮込んだ林檎よりも真っ赤な顔になって、わなわなと震えている。
 これは……非常にマズイ事態なんじゃ……っ!
 わたしは肝を冷やし、うろたえてしまった。
 愚兄はまったく信じてないようだけど、水竜様は、ドラゴンなのだ。少なくともわたしはそう信じている。ドラゴンといえば、とてつもないチカラを持っていると伝説では語られるし、もしかして、本当に「ただでは済まない」ことが起こってしまうかもしれない。
 守衛の本能が、遅まきながらも発動し、わたしは兄アルトと水竜様の間に割って入った。
「ちょっ、ちょっと兄さん、もういい加減にして」
「ミール? うん、心配しなくてもいいよ。お兄ちゃんがミルを守るから」
 にっこりと兄は微笑む。それはもう一点の曇りのない笑顔で。
 それから愚兄は、わたしの横をすり抜けて、テーブルの上にいる水竜様をひょいと摘み上げた。蝶々の羽をつまむ要領だ。水竜様は抵抗むなしく、たやすく持ちあげられてしまった。
「これ、すぐにポイッとしてきちゃうからね。僕とミルの愛の巣から、余計なものは排除しなくちゃ」
「これっ! 離せ! 離さぬか、この無礼者め!」
 水竜様は憤怒の形相で手足をばたつかせる。
「ドラゴンの翼を摘むとは、神をも畏れぬ愚かな所業ぞ! ええいっ、離せと言うにッ!」
 粗忽者で、人の話なんてききゃぁしない兄は、ドがつくほどの阿呆だけど、小動物をいたぶって楽しむような粗暴な人ではない。だからつまみ上げた水竜様……いわば小動物……に、叩いたり投げ飛ばしたりという危害はさすがに加えなかった。
 けれども、やはりいくらなんでも水竜様を放ってはおけない。なんといってもドラゴン様なのだし! たとえそうは見えなくても。
「兄さん、聞いて!」
 とりあえず、兄を止めて、誤解を解かなければ。……誤解というのすら、ならやら間違っているような気がしないでもないけど。ともかく水竜様を助けねば。
「兄さん、水竜様は、わたしが保護したの! 乱雑に扱わないで! 離してあげてったら」
「うんうん。ミルは優しい子だね。けどね、犬猫ならともかく、こういう、いかにも女を誑しこみそうな顔の男は、小さいからって、たやすく信用しちゃだめだ。どんな人畜無害な顔をしてても、男は狼なんだって、いつも言ってるだろう?」
「いや、だから、聞いてったら、兄さん。誑すとか、そういうのじゃ」
「ミルカは純粋だから、こういう美形ったらしい男に誑かされやすいんだ。ミルカはね、大好きなお兄ちゃんだけ見てたらいいんだよ。ね?」
「…………っ」
 ぶちっ。
「ん? ミルカ?」
 愚兄アルトが間抜けな声を発した。
 切れた。ええ、勘の緒がついに切れましたとも、ぶっちりと!
 うまい具合に手近にあった水甕をひっつかんで、その中身を思いっきり、あほ兄アルトにぶちまけた。バシャーンッと、勢いよく水が跳ねた。
「お・に・い・ちゃ・んっ! 頭を冷やしなさいッ!」
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