甘党ドラゴン。

るうあ

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ドラゴンと兄

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 労働らしい労働をほとんどしていないにもかかわらず、妙にくたびれてしまった。非日常的な出来事に遭遇するのって、やっぱり通常の神経じゃいられなくなって、体力も擦り減ってしまうものらしい。
 疲れたというより、脱力したって感じなので、目の前にいる非日常の具現化ともいえる水竜様を責める気にはなれない。水竜様の天然ボ……いやそのえっと、世慣れない風な言動は愛嬌があって、なんだか憎めない。っていうか、可笑しいくらい。露出好きっぽいのは笑えないけども!
 果樹園の見回りも途中のまま放ってきてしまったんだけど、たいした被害は出ていないようだし、また後でもいいやって気になっている。近頃は林檎や柘榴、野菜などの収穫期というのもあって、しゃかりきになって働いていたから、こういう小休止的な日があってもいい。
「ところでミルカ。ここには、ミルカ以外の者はおらぬのか?」
 そう言って、水竜様はきょろきょろと周りを見回した。家族や使用人などはならぬのか、と水竜様が不思議そうに尋ねてきた。
 使用人とは果樹園で働く雇用者のことを指すんだろう。まず、使用人はいないと答えた。他人を雇うほど大きな果樹園ではないから、昔から身内だけで営んできた。もちろん善意で手伝ってくれる村の人は何人かいる。なんといっても小さな村なのだ。みなで協力し、支え合っていくことが自然と行われてきた。身寄りのないわたしと兄がどうにか果樹園を営んでいられるのも、村の人達の善意があってこそだ。両親が生前、村内で信頼を築いてくれていたおかげでもある。
 両親は何年も前に流行り病で亡くなり、今は兄と二人暮らしなのだと伝えると、水竜様は表情を暗くした。「すまぬ」と一言、謝ってくる。
「両親が亡くなったのはもうずっと前のことだし、気にしないでください。気をつかわれる方が、かえって困っちゃいますから」
「そ、そうだな。すまぬ。あ、いや、すまぬと言ってすまぬということで」
 あたふたする水竜様がなにやらかわいくって、口元が緩んでしまう。笑みをこぼすと、水竜様も笑ってくれた。
 あ、水竜様の「笑顔」、初めて見たかもしれない。トカゲの姿の時も表情豊かだなぁと思っていたけど、人間の姿だともっと分かりやすい。
 鄙には稀なる麗容の持ち主の水竜様は、こうして立っているだけでも、神々しさというか、匂い立つ雰囲気を纏っているのだけど、近寄りがたさはなく、とっても親しみやすい。
「兄と二人暮らしとのことじゃが、兄上は他出しておるのか?」
「行商に出てます。今日帰ってくる予定だったんだけど、昨夜の嵐でたぶん足止めされて、帰ってくるのは、明日か明後日あたりになるんじゃないかと」
「そうか……昨夜の嵐は、本当に酷かったからのぅ……。兄上も難に遭っておらねばよいが。さぞや心配であろう?」
「あー……、まぁ、それなりには心配ですけど。あの兄のことなんで、平気だと思います」
 ははは、と乾いた笑いを浮かべて応えた。
 兄の身を案じてないわけじゃないけど、心配かと尋ねられると、素直には頷けない……。兄の顔を思い浮かべ、なんとも複雑な気分になった。
「さようか。よほど兄上のことを信用しておるのじゃな」
 水竜様は腕を組み、「うむうむ」と頷き、感心してくれたけれど。
 信用とかそんな、感心してもらえるようなことはなくってですね……。水竜様をがっかりさせたくないので、多くは語らずにおこう。
 水竜様はちょっと首を傾げ、それから問いを重ねてきた。
「ミルカの兄上は、ミルカに似ておるのか?」
「外見がですか? うーん……、兄妹なので似てないことはないと思いますけど、そんなには似てませんよ。目の色は同じ青色ですけど」
「そうか。そういえばミルカの目の色は明るくて良い色じゃ。澄んだ青空の色のような。それに吾の鱗の色にも、ちと似ている」
 ありがとうございますと、ここは笑顔で応えておいた。さりげに自分を褒めてる水竜様がちょっと可笑しい。
 水竜様はけっこう自尊心が高いみたい。だけど、自慢顔をされても嫌味な感じは全然なくて、微笑ましく思えちゃう。
 水竜様の鱗の色はたしかにきれいな色をしてた。触り具合も、思ったほど硬くなくて、生臭さもまったくなかった。水竜様は自分の鱗がご自慢なのかな。たしかに誇らかせるほど綺麗だったし。青空の色でもあり、その色を映して煌めく水面のような透明感のある美しい鱗だった。
 人間の姿も、とっても麗しくて、やっぱり村の男達とは纏っている雰囲気がまったく違う。煌煌きらきらしい容姿とは、まさに水竜様のような人を指して言うんだろう。中性的な容貌だけど、身体はしっかり男性のものだった。
 うっかり水竜様の全裸を思いだして、頬が紅潮した。男性女性の枠を超え、あんなきれいな肢体は初めて見たし、肌触りも極上に違いなかったろうな……なんて、ついヨコシマな妄想をしてしまった。ハタと気付き、頬をぺちぺちと軽く叩いて邪念を払う。
 水竜様はきょとんとした顔でわたしを見つめて、「どうかしたのか?」と問いかけてくる。なんでもないですと平常心を装い、作り笑いを浮かべて応えた。水竜様はちょっと怪訝そうな顔をしたけれど、もともと物事に頓着しない性格らしい。構わずに話題を転じた。
「しかし、兄上が行商に出ている間、ミルカはここで一人ぼっちで留守番をしておったのか? ここは村の集落からは若干離れておるし、おなごの身で一人きりとは心細かろうに。兄上も心配しておるのではないか?」
 わたしは「いえ」と首を横に振った。
「兄が行商に出るようになったのは、わたしが勧めたからなんです。村のみんなもうちで採れた果物や野菜を買ってくれるけど、そんな頻繁に買ってくれるわけじゃないですから。村の人達頼りじゃぁどうしても先細りになってしまうし。それでまぁ、兄に頼んだってわけです」
 本当を言えば、わたしが行商に出たかった。だけど、女の身で行商に出るのは無謀だと反対されるのを見越して、兄に任せることにした。
 でも、一度くらいは……と、未練がましく思っている。
 むかし、兄と二人で近隣の村を回ったことがあったのだけど、あの時の旅の楽しさが今でも忘れられない。父が訪れていた村に、代替わりした旨を伝えるための挨拶回りで、物見遊山的な旅ではなく、商売のツテを繋げるための行脚だった。それでも、見るもの聞くものすべてが新鮮で、大袈裟だけど、自分の中の世界が拡がった気がした。
 世界が拡がっていくのって、わくわくして、とても楽しい。
 だから、自分の中の世界を拡げられる機会を、いつだって欲してた。たとえ行商の旅だって視野は確実に拡がるだろう。
「収穫物だけじゃなくって、わたしの作ったお菓子やお酒、村の人達以外にも、けっこう好評なんですよ。それも売りに行ってもらって、生計の足しにしてるんです。この辺りはそんなに治安も悪くないし、村の人も気にかけてくれるから、一人で留守番も平気です。なんといっても気楽ですし」
「ミルカはしっかりしておるのぅ」
 水竜様はそう言ってくすくすと笑った。ちょっとだけからかいまじりの笑みだ。そういえば、長老様もそうやってわたしを笑うことがある。感心感心と褒めてくれる一方で、「しっかり者」ぶるわたしを可笑しがっている節がある。
 やはり年の功ってやつだろうか。水竜様にも、心を見透かされちゃっている気がする。
「ミルカの作るものはどれも良い。ミルカの心映えがあらわれておるのじゃろうな。果樹園の林檎も実に美しい色艶をしておった」
「ありがとうございます」
 照れくさいけれど、自分が作ったもの、育ててきたものを褒めてもらえるのは、とっても嬉しい。だからこれだけは素直にお礼を言える。わたしがたったひとつ自慢できることでもあるから。
「そうじゃ。のう、ミルカ、できればミルカの兄上にも会いたいものじゃが。なんといってもこれほど世話になったのじゃ。ミルカの大事な兄上にも、礼を言いたい」
「えっ。い、いえ、そんなの、いいですよ。えぇっと、兄も、いつ帰ってくるかわかりませんし」
「兄上が帰宅するまでここにおってはならぬか? しかも、まだなんの恩返しもしておらぬというのに、このまま去るわけにはまいらぬ」
 頓着しない性格なのかと思えば、妙なところで執着する水竜様だ。恩返しにひどく拘っている。何が何でも恩返ししなきゃ気が済まない、という顔つきだ。
 それから水竜様はふっと表情を暗くした。眉を下げ、ちょっと俯き加減になる。
「それともミルカ、吾がここにおるのは迷惑か?」
「…………」
 うわぁ、水竜様、ずるいです! いかにもしょんぼりした顔をして、上目遣いで懇願してくるとか! 拒否できるわけないでしょう! ほだされてしまいますよ、そんな悲しげな顔をされたら。
「べ、べつに迷惑なんてことはないですからっ」
 としか、応えようがない。……水竜様、もしかしてかなり計算高い?
「さようか。安心した。吾も兄上が無事に帰宅するよう、祈ろう」
 水竜様は、しょんぼり顔から打って変って、喜色を浮かべた。
 ほんと、ずるい。ドラゴンって、みんな水竜様みたく、天然で、たらし込み上手なのかな。
 敵わないよ、そんな風ににっこにこ顔をされたら。
 わたしはひっそりとため息をつく。まぁいいやって諦めの境地に至り、苦笑が口元に浮かんだ。
「ミルカの兄上も、ミルカに似て、心優しき人物なのであろうな。む、そういえば、兄上の名を聞いておらなんだ」
「ああ、兄は、……――」
 と、その時。
 突然、玄関のドアがけたたましい音をたてて大きく開いた。まるでタイミングをはかったかのように。そして満面の笑顔で「心優しき人物」が闖入してきた。それはもう迷惑千万な大声を上げて。
「たっだいまーっ! ミルの大・大・大っ好きな、アルトお兄ちゃんが帰ってきましたよぉっ!」
 そして、いつもするように、わたしに抱きついてきた。反応が遅れ、闖入者の抱擁をかわせなかったのは、痛恨だ。けれども、即座に肘鉄を喰らわせてやった。「ぐぇっ」という奇声が頭上からこぼれるが、わたしをがっちりと抱いている腕は緩まない。
 さすがに、わたしの攻撃に慣れている。やたらと頑丈なんだから!
 青い目をした闖入者は、わたしの髪に頬ずりし、匂いまで嗅いでくる。
「ミールちゃん、おかえりのちゅーは?」
 そう言って、唇をにゅーっと突きだしてくる。だけでなく、まずは自分からと、わたしの頬に唇を押し当てようとする。もちろん、それは全力で阻止した。平手で、顔を押し離す。
「し・ま・せ・んっ! 離してよ、兄さんっ」
「兄さんなんて! 昔みたいにお兄ちゃんって呼んでほしいなぁ」
「殴りますよ」
 言ってから、げんこつを喰らわせてやった。もちろん顔面に。しかしそれでめげる兄ではない。嬉しそうに、へらへら笑っている。
「ミルのげんこつもなつかしいな。目の前がチカチカするこの感覚、堪らない」
「…………」
 もう一発喰らわしてやろうかと思ったけど、嬉しがらせるだけだ。
 兄はわたしのニンジン色した髪をくしゃくしゃと撫でてくる。癖の強い髪がさらにくしゃくしゃになるからやめてほしいんだけど!
「ミルのげんこつは愛情表現だって、知ってるよ? お兄ちゃんがいなくて淋しかったよね? お兄ちゃんもミルと離れ離れで毎日淋しかったよ」
「いいから、離してってば!」
 テーブルの上で、水竜様がぽかんとした顔をしていた。
「あー……、えっと、水竜様。この鬱陶しいのが、不肖の兄の、アルトです」
 背後から抱きつかれたまま、ともかく水竜様に紹介した。
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