甘党ドラゴン。

るうあ

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ドラゴンと縁組

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 それから水竜様は、トカゲの姿では話しにくいからと、人間の姿に戻った。相変わらず大きさは小人サイズ。けれど、さっきよりは大きくなっているような気がしないでもない。いったいどういう体の仕組みなんだろう……なんて、あんまり深く考えちゃいけないな。うん。あ、それと、今度はちゃんと服を着用していた。簡素な貫頭衣のような服で、寝間着みたいだけど。素っ裸よりは、ずっといい。目のやり場に困らないし。
 水竜様は井戸の縁に腰かけた。わたしは座ったままで、そこから水竜様を見上げる格好になっていた。
「水竜様、水をかけられるとトカゲに戻っちゃうんですね」
「む。いや、そうではないぞ、ミルカ。あれは水ではなく、ミルカの剣幕に驚い……い、いや、その……トカゲに変じてあやつを驚かそうとしたわけであって……」
 焦り顔で、水竜様は言う。トカゲの姿に変じてアルト兄さんを威嚇しようとしたらしい。虚仮にされて黙ってはおられなんだからな、と。
 だけど、ごまかせてませんから、水竜様。目が泳いでますし。
 わたしの怒号にびっくりしてトカゲに戻ってしまったんだろう。水をかけられて、それがきっかけになったのかもしれない。
「そもそもこの姿も仮の姿じゃ。チカラが戻れば、真の姿にも戻れるのじゃ」
「…………」
 チカラが足りなくて真の姿に戻れないって、そういえば水竜様、さっきから言ってたっけ。
 ドラゴン様の真の姿って、どんなものなんだろう。
 話に聴き、絵で見るドラゴンは、とても巨大で恐ろしい姿をしている。空を覆い、落ちる影は村を包みこめるほどだと。猛々しい姿ではあるけれど、伏して拝みたくなるほど神々しいと、長老様から何度も聞かされた。
 ――竜は伝説であり夢であり、稀なる現でもある。
 その伝説が、井戸の縁にちょこんと座っているというのは、なんとも不可解で、ちょっと滑稽で、すごく可笑しい。
 でも、伝説なんてそんなものかもしれない。
「のう、ミルカ。ちと気になったのじゃが……」
 ふと、何かを思いついたように、水竜様がわたしに尋ねてきた。
「さきほど兄上に言っておったが、フリーダサンとは、何者なのだ? 兄上は、ひどく怯えておったが」
「え? ああ、フリーダさんですか」
 妙なところで耳ざとい水竜様だ。
「フリーダっていう名前の女性です。村で織物を商ってる人で、昔っから何かとお世話になってるんです」
「ふむ?」
 水竜様は目をぱちくりと瞬かせた。
「で、そのフリーダさん、趣味で結婚の斡旋をしてるんですよ。それがまたすご腕で。皆からこっそりと、縁組おばさんなんて言われてるんですよね。フリーダさんが取り持った夫婦は、うちの村に限らないし。びっくりするほど顔が広いんですよねぇ、フリーダさん。何組手がけたのやら……たぶん、百組近い縁談を手掛けてきたんじゃないかっていう」
「ほほう。で、兄上はそのフリーダという女性を苦手としておるのじゃな?」
 さすが、水竜様は聡い。まぁ、アルト兄さんのあんな露骨な態度を見れば、誰でも分かるか。
「フリーダさんには、前々から打診されていたんですよ。兄も、もう二十も半ばをこえたいい歳ですから。そろそろ相手を見つけなさいって。それはもうしつこく、粘り強く」
 わたしと兄には、頼るべき両親がいない。果樹園も、いまは二人でどうにか守っているけれど、このままでは先細りなのは目に見えている。
 わたしからも、内々に、フリーダさんには相談していたのだ。兄に、お嫁さんをあてがってほしいと。はやいところお嫁さんをもらって子どもを儲けて、両親が遺してくれた果樹園を守り、存続させていってほしい。妹として、当然の願いだろう。
 フリーダさんはわたしの意を受けて、積極的に働きかけてくれた。兄の性格を知っているから、最初はさりげなーく探りを入れた。その後、まめまめしくいくつかの縁談を持ちかけてきた。アルト兄さんはすげなく断り続け、しかしフリーダさんはこれっぽっちも諦める気配を見せなかった。
 アルト兄さんは頑固に断り続けている。かれこれ三年は経つ。フリーダさんは実にしつこく、忍耐強く説得を続けている。紹介する女性が途切れないのがいっそ不思議なほどだ。フリーダさんの人脈、おそるべし。
 去年の暮れのことだ。フリーダさんは村の長老様と連れだってうちにやってきた。アルト兄さんを説得するためだ。
「妹の幸せを願うなら、結婚して家庭を持ち、安心させてやりなさい。あんたがいつまでもふらふらしてたんじゃ、ミルカちゃん、おちおち嫁にもいけないじゃないの。いいかげん妹離れなさいな」
 なるべく優しい口調を作り、穏やかな面持ちでフリーダさんは言ったけれど、声音の端々に苛立ちが滲んでいた。
 アルト兄さんは、一応は神妙な顔して、はじめのうちは口応えもせず黙ってフリーダさんのお説教を聞いていた。……ちゃんと聞いてはいなかったかもしれないけれど。
 お説教がひと段落し、フリーダさんが茶を口に含んだ時だった。アルト兄さんは、きっぱりと、真顔で言ったのだ。「ミルカは嫁になんかださない」と。
「ミルカは僕のお嫁さんになればいいんだから」
 それがまるで当たり前かのような、平然とした口ぶりで。
 フリーダさんも長老様も唖然とした顔をなさって、口をあんぐりと開けた。
 そして、同席していたわたしは、居たたまれなさに耐えきれず、というか恥ずかしいやら何やら、もう頭に血が上って、アホ兄アルトの横っ面におもいっきりこぶしを叩きつけたんだっけ。さっきみたいに、声を上げて叱りつけるようなこともできなかった。
 そんなこともありつつも、フリーダさんは現在もアルト兄さんの縁組みを諦めないでいてくれている。ありがたいことだ。フリーダさんとしては、縁組み上手の名にかけて! っていう意地もあるんだろうとは思う。今まで以上にしつこく、あの手この手でアルト兄さんに縁談を持ちこんでくる。うっかり隙を見せたら、いつの間にやら結婚させられていそうなほどのやり口で、さすがのアルト兄さんも辟易というより、恐れているといった具合だ。
 ともあれ、水竜様にはフリーダさんという、縁組み上手な女性が村にいることを、かいつまんで説明した。
「なるほどのぅ。縁組みに長けた者がいるとは、人間の世界は何かと興味深く、面白いのぅ」
 水竜様はいたく感心したようだ。
 水竜様にとって人間の世界は馴染みの薄い所で、人間と間近に言葉を交わすなんてことはほとんど無かったそうだ。それは水竜様だけじゃなく、ほとんどのドラゴンが同様で、だからこそめったに姿を拝めないドラゴンは、人間にとって伝説の生き物になった。
 今、わたしの目の前にいる伝説上の生き物ではなかった水竜様は、人間に関して興味があったらしい。それでふと思い立ち、外遊に出たのだとか。見物するだけにとどめようとしたのに、思わぬ嵐にあって、うっかり人間の住む地に……つまりうちの果樹園に落下した、というわけだ。
 水竜様って、なんだか……お気楽というか暢気というか、けっこう成り行き任せの性格みたいだ。
 ドラゴンを目撃したことがある長老様は、ドラゴンは一目見ただけで圧倒される、気高き神獣だと仰った。畏懼すら覚えるほどの神々しさだったと。
 わたしの目の前にいる水竜様はといえば、たしかに気位は高そうだけど、神威というのか……近寄りがたい雰囲気は感じない。不思議な雰囲気はあるけれど、怖いとは、まったく感じない。
 ただ、不思議と言えば、水竜様の瞳の色は、とても不思議で綺麗な色をしている。黒目がちなのだけど、光のあたる角度によって銀色や緑色、水色に見えて、とても神秘的だ。眼力っていうんだろうか、水竜様のまなざしにもそれはある。蛇のような脅しめかした鋭さはなく、それでもやわらかなまなざしの中に威光が潜んでいるのが感じられる。
 おおらかで優しい瞳をしてると、思う。
 ドラゴンは皆、水竜様のようなおおらかなまなざしで、世界を見ているんだろうか。
 水竜様が人間に関心を抱いていたように、わたしも、ドラゴンには興味を持っていたから、今さらだけど、むくむくと好奇心が湧いてきた。
「あの、水竜様? 少しお訊きしたいんですけども」
「うむ、なんじゃ?」
「ドラゴンも、結婚ってするんですよね?」
 当然と言えば当然かもしれないことを、尋ねてみた。水竜様は一瞬目を大きく開き、ややあってから「うむ」と大きく頷いた。
「じゃが、吾らドラゴンは長寿ゆえ、つがうのは稀なのじゃ。番いとなる相手を見つけることがまずむつかしいからのぅ。ドラゴンにとって番いを得るということはたまさかの縁と言われておる。番いを得るというのはとてつもない幸甚なのじゃ」
 わたしは「へえ」と相槌を打った。
 なるほど、ドラゴンにとって「結婚」は、ずいぶんと貴重なことらしい。人間のように「当たり前」という感覚ではないみたい。
 けれど、相手を見つけるのに必死になるということはないようで、そのあたりは偶然の出逢いを待っていられるだけの寿命(時間)があるから、暢気に構えていられるのかもしれない。
 それから、と水竜様はさらに話を続けた。
「吾らドラゴンは、これはさらに滅多にないことなのじゃが、人間と番いになることもあるのじゃ」
「えっ、そうなんですか?」
 これには驚いた。
 いわゆる「異類婚」という伝説でしか聞かない結婚だ。まさか、本当にそうした「結婚」があるなんて!
 あんぐりと口を開けてるわたしを見、水竜様は驚くのも無理はないといった顔をしている。なんとなく、自慢げな表情にも見えた。
「ドラゴンと人間は、魂の根が近いというからの、あり得ぬことではないのじゃ。ドラゴンと人間が結ばれたという話は、事実として伝わっておる」
 一息ついてから、水竜様は話を継ぐ。
「もうずいぶんと過去の話じゃが、ドラゴンに嫁いだ娘もおったし、人間の男に嫁いだドラゴンもおって、子も成したそうな。稀なことじゃが、皆無ではない。……しかし近頃ではそうした話は聞かぬようになったのぅ」
「それは、わたし達人間の間でも、まったく聞かなくなって、遠い昔の物語としてしか語られていませんよ?」
「ふむ……。人間の番いを得たドラゴンを、吾は身近に知らぬ。どのように結ばれるのか、興味はあるのじゃが」
「種族を越えた縁ですもんね。ドラゴン的に、禁忌というわけではないんですか? なんというか……身分違い的な」
「いや、人間との婚姻は、別段禁じられてはおらぬ。さきほども言うたが、吾らドラゴンと人間は、心を通い合わせることのできる種族なのじゃ。ほれ、今、吾とミルカがこうして意思の疎通ができるように。縁の繋がりにおいて、それは何より大事なことなのじゃ」
「なるほど……」
 ふつう、異種族の婚姻は忌避されることが多いけれど、ドラゴンというのは、思いの外鷹揚なんだなと、驚いたし、感心もした。
 心が通じ合える相手。通じ合う心。それを尊しとしているような。
「吾らドラゴンの世界にも、フリーダとやらいう縁組み上手がおればよいのじゃが」
 少しだけ淋しそうに表情を曇らせて、水竜様はぽつりとそう零した。

 実際、フリーダさんみたいなごり押しをしまくる、おせっかい焼きの縁談好きがいたら、助かることもあるかもしれないけれど、困ってしまうことの方が多いと思う……。
 とりあえず、それは言わずにおいた。
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