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第3章:目覚めの力
34.拠点城リルグランへの帰還 4
しおりを挟む気持ちよさそうに眠るパナセと、姉を心配しまくるルシナをリルグランに置いた後、俺は再び黒騎士とオハードのいる場所へ戻ったまでは良かったのだが、すでに決着がついたかのように見えない光景が待っていた。
「ま、待ってくれ! なぁ、頼む! あんたに惚れちまったんだよ!」
「くどい!! しつこくするなら殺す」
「あんたのその迷いの無い振り下ろし! あれは俺に匹敵……いや、それ以上だ! 頼む! 俺にそれをやってくれ!!」
「薬師はおろか、そこの劣弱にすら苦戦する男ごときが、俺に近づくだと! ふざけるな!!」
一体どういうことだ?
どう見てもオハードから一方的に黒騎士に迫っている様にしか見えないが……。
「アクさま、痛みは治まりました?」
「まぁな。アレはどういうことか知っているか、ロサ?」
「ええ、まぁ……わたくしは相手に気付かれながらも、黒騎士の近くにおりましたので、事の発端も見ておりましたわ」
アサシンを生業としているロサは、俺に話しかけて来る時以外は気配を残しながら、一定の距離でついて来ている女だ。
普段はパナセとルシナ、それに召喚のアミナスが主に俺の傍を歩いている。
強さ的には黒騎士が優るかもしれないが、ロサに気付いていながら放って置いている辺り、ある程度油断を残しているといったところか。
「それで、あの野郎のアレは何だ?」
「見たままですわね」
「戦っていないのか?」
「あの男は先程まで無様に寝転がっておりましたけれど……アクさまではなく、ネギ女がしたことなのでしょう?」
「あぁ」
「……でしたら戦っておりませんわ。起き上がり様で迫ったものですから、わたくしも眺めているしか出来ませんでしたわね」
女とすぐに分かり戦うような口ぶりを見せていたが、とんだ道化野郎だったとはな。
「どうされます?」
「……魔法はともかく、攻撃だけなら役に立つ男だ。仲間にならなくとも、ついて来させるつもりだ」
「でしたら丁度よろしいのでは?」
「どういう意味でだ?」
「黒騎士も仲間にならずに、アクさまを狙ってついて来ていますわ。味方では無いにしても、勇者に対しては敵対心を抱いています。あの男は黒騎士の女を追うに違いありませんし、アクさまの傍で共に戦う気も無いと思われます。頼らずとも、勝手に役立ちそうな気もしますわ」
オハードのことだから、俺と協力するといったことにはならないと踏んでいた。
それがまさか、黒騎士の女に迫るような行動を取るとは想像していなかった。
「そういうことなら、ロサに任す。その手のフォローまで手が回らないのでな」
「かしこまりましたわ。後でわたくしにも、ネギ女以上の褒美を頂けますか?」
「あ、あぁ……勿論だ」
「……では、アクさまはネギ女と子供を含めて、城の裏手より先にお進みくださいませ」
「何故だ?」
「アクさまを執拗に追う黒騎士と黒騎士に迫る男は、アクさまのことを何だかんだで意識しております。気配が消えたことを知れば、すぐにでも追って来ることでしょう」
ロサの言うことは尤もかもしれない。勇者を消す旅は、永遠では無い。
だとすれば、元々はオハードを仲間に加えるつもりで立ち寄ったリルグランも、早々に去るべきことなのかもしれない。
「では頼んだぞ、ロサ」
「お任せ下さい。道中お気を付けください」
「そうだな。俺も油断を捨てて進まねばならんな」
思わぬところで攻撃不足を補うことが出来た。
もちろん仲間になったわけではないが、勝手について来てもパナセを救った行動を信じれば、先の戦いにおいて何かしら絡んで来るのは間違いないだろう。
拠点城に久しく帰って来たが、ここで長く時を過ごしたところで、彼女らの気が休まるわけでは無い。
だとすれば俺も城に入ってすぐに、この地を離れるべきか。
拠点城に入り、すぐに彼女らを目視で探そうとしていた時だった。
「おっさん、どうしたのだ? 城の空気を吸いに来たのか?」
「アミか。ルシナとパナセはどこにいる?」
「姉ちゃんたちなら、よく分からない人間たちと話をしていたのだ」
「何? それはいつのことだ?」
「ここに来てすぐなのだ」
まさかと思うが、拠点城の中で狼藉……いや、何らかの狙いで声をかけたとでもいうのか。
「アミ! 俺と来い!」
「わ、分かったのだ」
城といっても、王がいるでもなく戦いに疲れた者どもが一時的に休める場所に過ぎない。
オハードのように、居心地を良くして外に出ない者も中にはいるが、ギルドも無ければ宿といった空間も備えていない。
城の良さをあえて挙げれば、支配者を置かないことにある。
どんな粗悪者でも余程のことをしなければ、追い出されることをしないことを決めた城……いや、砦小屋を建てたわけだが。
だが戦えぬ薬師、しかも女には居心地が悪かったのは明らかだ。
まして慣れない環境下に怯えた女に声をかけるとすれば、PTへの誘い、あるいは……。
「おい、そこの! 薬師の女を見ていないか?」
「知らねえな」
「本当か?」
「劣弱賢者に知らせる義理なんかねえな」
ここに留まっている男どもはざっと、十数人……。知らぬ筈が無い。
何者かは分からないが、オハードとのやり取りの最中で、パナセを知って手を出したのは明白だ。
ここで時間を費やすのは無駄だ。どこまで距離が離れたのか分からないが、猶予は無い。
『誰かここで休んでいた女二人を知らないか! 俺は賢者アクセリ・ルグランだ。荒立てるつもりは無いが、知っていて黙るようなら城を放棄する!!』
「リルグランの帰還だと?」「賢者の城……俺らの休まる場を放棄するというのか!?」
「お、おっさんのお城なのか? おっさ……アクセリは偉かったのだな。我も召喚で助けるのだ!」
ロサの気遣いをすぐに無駄としてしまったが、やむを得ないことになるか。
『どうなんだ! 何でも構わん!!』
「ゆ、勇者……いや、女だ。見たことの無い装備をした女どもが、薬師を連れて行った」
「何っ!? 勇者の女? どんな奴だ!」
「魔族かと見間違うほどの、紅く光る瞳をしていた。そいつと魔導士が、数人で何らかの術をかけていたように見えた。近付こうにも気配が恐ろしくて近づけなかった……」
ここに来て女勇者が仕掛けて来たとはな。
しかも薬師と知りながらだ。俺の拠点城にいれば安全だと信じていた俺の完全な油断だ。
『くそっ!! 俺の油断だ……パナセ、ルシナ……』
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