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第3章:目覚めの力
39.空穿ちの光槍と満身創痍の賢者
しおりを挟むパナセ、そしてルシナはともに気を失い、しばらく目を覚ますことは無いだろう。
その方が幸いと思わざるを得ないが、パナセによるダメージ転移によって、どうやら俺の体に変化をもたらしたようだ。
パナセから受けたダメージによる能力の回復は、以前から感じていた。
だがそれは微々たる感じだっただけに、そこまででは無かった。
しかし完全なる回復と呼んでいい。
流れ過ぎた血はすぐに止まり、賢者としての盟約要素は全て使える状態となったからだ。
「貴様は、パナセの隠し持った能力に気付いて連れていたか?」
「何のことだ?」
「万能、変異……どれもこの女の潜在能力だ。変異は特定条件でしか発動しない……」
「変異……それが血か……?」
「貴様はどこでパナセを見つけた?」
エウダイは何を明かそうとしているのか。
パナセとの出会いといえば、倒れていた俺に声をかけて来た所からのはずだが……。
「パディン近くの森だ。パーティーに置き去りにされていたけどな」
「パーティー? パナセが?」
「お前は何を言っている? 何を疑っているのか、話してもらおうか」
シヤというキツネ娘と同じギルドにいたはずのパナセは、どうやってパーティーに入っていたのか。
「ここにいるシヤは俺の奴隷であり、娘でもある。そして、パナセも俺の奴隷だった……貴様ごとき劣等賢者に見つけられたパナセを、到底救えるはずがない……俺はそう貴様を見ていた」
「娘だと? お、お前、母親だったのか!?」
「それが貴様に何の関係がある?」
掠れた声、傷のある隠された仮面の中……黒騎士の運命も、勇者で狂わされたか。
「パナセも奴隷だとすれば、何故お前はそれを明かさなかった! 跫音洞窟で気付いたはずだ!」
「変異が発動しなければ気づくことは無かっただけだ……万能だけの薬師、加えてあの変わりようは奴隷だったパナセと同一とは思えなかった。全て貴様、賢者によって変えられたせいだ!」
パナセが奴隷……か。
俺を見つけた時、離れていくパーティーを見て、勝手に置き去りをされたものとばかり思っていた。
そうではなく、血を見ることにトラウマを抱えるような扱いを男どもから受けていて、そこから逃れて来たというのが正しいのかもしれん。
「パナセの能力か……出会った時に気付くはずが無いだろう? 俺は全ての能力を失っていたのだからな! パナセが俺を見つけた。それだけのことだ」
「御託など無意味。薬師とシヤが再び目を覚ますまでに、貴様は俺と戦え! 真に貴様がパナセを連れ行く者に相応しいかを下させてもらう!」
その為に眠らせたということか。
「戻った能力で力を示してみろ! そうでなければ、貴様……賢者をここで殺す」
「ふ、それもお見通しか。いいだろう……だが、後方にいる鎌使いの勇者は倒さなくていいのか?」
「雑魚に手こずる勇者など、偽物に過ぎない。貴様もシヤによって偽者と戦ったはずだ!」
勇者を名乗る偽物……賊の男はそうだったが、鎌使いの女は魔族の気配をさせていたが、まさか――?
「……なるほど。俺が眠り続けていた数年に、勇者と魔族で何かの招きがあったか。ならば……」
「ここでは手狭だ。賢者は俺と外へ出ろ。そこで貴様を殺してやる」
「いいだろう」
黒騎士エウダイから聞かされた事実は、パナセを愉快な娘としてみていた俺にとって衝撃的なものだった。
「一つ聞く! パナセをどうするつもりがある?」
「貴様が知ることではない」
「それは困るな。あいつは俺が愛すると決めた薬師だ。奴隷であったかどうかは関係なくだ。それでも奴隷に戻すつもりがあるなら、俺はお前を許すつもりは無い!!」
「知ったことか。そういう戯れ事は、俺の槍を全て受け止めてからほざけ!」
ルシナも言っていた通り、元々のパナセは全然違う性格だったが、俺によって変わってしまったと聞いていた。
恐らく初めて出会った時のパナセが、弱さを見せていた姿だったのだろう。
「劣等と果てながら、息絶えることを選ばなかった賢者。貴様は俺が始末してやる」
「ふ、そうならないことを願う」
「奴隷を守る意気地のない賢者め、消えろ!」
どこまでの憎悪をこめて言い放っているというのか。
黒の騎士と成り果てた女と、劣等にされた俺とで過去の因縁を断ち切る戦いとなるようだ。
「精霊要素を呼べ! 賢者としての力は我が奴隷によって戻ったはずだ!!」
「言われるまでも無い。お望み通りに食らわせてやろう」
ルシナ、そしてパナセによる痛みの連鎖で死に際となりかけたが、パナセの意識が閉じられたことで、寸での所で息を吹き返すことが出来た。
同時に、潜在能力の恩恵を受けた俺は、奪われていた精霊要素の力を取り戻すことが出来た。
――とはいえ、痛みが消えたわけではなく、完全に戻ったわけではない。
槍の動きを封じることを考えずに、攻撃に転じた方が得策かもしれん。
「地に眠りし統べの王、満ち満ちた怒りを我が胸に、災い為すものへと激震せよ!」
要素で弱体を施しておけば、俺に有利な状況をもたらしてくれる。
「……賢者の精霊要素、土か」
「黒騎士エウダイ! お前の槍の威力はすでに承知している! 踏み込みの力を半減させてもらう!」
「それだけか……?」
「ほぅ? 精霊要素など脅威にもならぬのか?」
「もっと繰り出せ! 劣等と呼ばれたままで勇者を消すなど笑止」
正直言って槍使いの黒騎士とは一度戦っている上、相手としての相性は悪すぎる。
前に出て戦うものでもないのを言い訳になどしたくは無いが、攻撃特化の騎士に一騎打ち、しかも近距離で対するにはあまりに不利過ぎる。
「俺を殺す気で来るんじゃなかったのか? 何故俺の精霊を受けたままで動かない?」
「くく、賢者アクセリ。貴様の精霊要素の強さを噛みしめている……それだけのことだ」
何を企み何を見抜こうとしているのか、素顔の見えぬ騎士の心は未だに見えて来ない。
黒騎士エウダイは土の精霊要素で、足下を固められている状態にある。
しかし――
「どうした? 劣等から脱したのではないのか? もっと精霊を打ち込んで来い。貴様の底を知ってやろう」
「……それは光栄なことだが、その前に聞いておく。お前は傀儡をしたシヤの母親だと言ったな? それにパナセも同じ奴隷なのだと。何故そのような真似をしている? お前の目的は何だ?」
「貴様は賢者でありながら、人の心は知らないのか? 貴様が間抜けにも眠りに落ちていた時、シヤとパナセは勇者どもに狙われていた。それが何故か分かるか?」
「傀儡の能力と潜在能力か。それがお前の因縁とするなら、何故すぐに会わなかった? シヤにしろ、パナセにしろ、まだ幼く、力の持たない状態でパディンにいたのだぞ? 偶然にしても、試練の洞窟で遭遇というのはおかしな時機だと思うのだが?」
獣人族のキツネの成長は人が思うよりも早いと分かっていたからこそ、洞窟で自由を与えた。
しかしパナセに至っては、俺と出会わなければこうはならなかったはず。
「何も知らない劣等め。俺がパディンに隠したのだ! あの町であれば、勇者どもが来ることは無かったからだ。だが近くで貴様が目覚め、貴様を見つけ出したパナセは俺にも分からない出来事だ。シヤはともかく、パナセは俺のことを覚えてもいない。パナセを預けるに相応しい者かを見極めてやろうと思った……洞窟でのことは偶然に過ぎん」
パナセと出会う運命、そして奴隷としての過去か。
いずれにしても、黒騎士に力を示す必要があるのは、賢者の自分に与えられた試練ということのようだ。
「暗雲にひしめく闇の精霊よ、我が生み出すは閃く雷光、凶呼びの紫雲。まばゆきの光を以って、彼の者に稲妻を与えよ、ライトニングボルト!」
あまり呼び出したことはなかったが、足止めの土に加え、雷をエウダイの頭上より放った。
「――がぁっ!? くくく……面白い。これが”精霊”の意思か」
「面白い……だと? やせ我慢は止せ! 言っておくが、これでも抑えた方だ。力が完全に戻ったわけではなくても、その威力だ。お前がどれほど耐性に強くとも、命を削ることになるぞ!」
「もっと寄越せ!! こんなもんではないはずだ……少なくとも、勇者と共にいた賢者はな!」
この女、どこまで知り、何を知ろうとしているのか。
勇者を狙う目的は、奴隷とした二人を守ることにあるようだが――。
「貴様の得意な精霊でやれ! それを受けた上で貴様が求める答えをくれてやる」
「何!? いいだろう……」
正直なところ、パナセから受けた傷の痛みがかなり来ている。
血の流れこそかろうじて止まりはしたが、立って要素を唱えるだけでも意識を閉じそうだ。
怪我の無い万全な状態で全能な力を使えたとして、それでも黒騎士は耐えうるのだろうか。
「凍てつきの聖氷……願うは命奪。我が望みを受け、氷結の意思の下、彼の者の四肢を刻め!!」
いつもの唱えよりもより明確な狙いを命じ、切先の鋭さを大気上で具現化した。
足を封じ、頭上で踊るいかずちの竜、そして殺す意思を露わにした氷の精霊要素だ。
黒騎士の四肢には無数の氷刃が突き刺さった。
さすがにこれには、たとえ黒騎士であっても相当なダメージを負うはずだ。
「これが賢者の氷の刃……くくく、そうか……これが貴様の……」
「どうした? 相当な苦痛を味わい噛みしめて動けないのか? 想定よりも痛みがあったというのなら、お前の望みを叶えたことになるな」
そうは言ったが、やはり黒騎士に通用するほどの力は戻っていない。
パナセが近くにいなければ底上げされないとでもいうのかは不明だが、戻ったような感覚は得られていない。
「穿て、我が光槍……」
「なっ!?」
動きを封じ、かなりのダメージを与えたはずだった。
だが、手にしていた槍を上空を突き貫くように投げたかと思えば、光をまばゆかせて、俺の頭上で標的を狙い澄ますかのように静止している。
「貴様が雲蒸竜変なる者か、俺の槍が決める」
「な……!?」
「槍が貴様を貫けば、貴様はそれまで。そうでなければ……」
こいつは初めから俺を試すつもりだったようだ。
頭上の上空で静止していた槍だったが、しばらくの後、雲間を突き抜け俺が放った全ての精霊要素を消し去り、空から光を差し込ませた。
「――パナセを守れ。俺はシヤを連れて去る……勇者を名乗る魔を滅することが、貴様の宿命」
「お前は仲間にならず、パナセに何も伝えずに去るというのか?」
「……俺は初めからそう言っていたはずだ。貴様の程度を知った、それだけのことだ」
「ふ、合格か」
「自惚れるな!! せいぜい、パナセを守り抜け!」
「……そうか」
どうやら命を託されたらしい。
しかし黒騎士を打ち崩すことは、最後まで叶わなかった。
俺の精霊要素、そしてこの先の戦いは何とかなる……のか。
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