うちのお母さんは最低だ

ツバサ

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「まだかな……」
スマホで時間をチェックして、ため息をつくと、両手でカバンの取っ手を掴んで空を見上げる。
ココロちゃんを待ち始めてから、もう五分も経っている。そろそろ帰り始めないと、本当に間に合わなくなっちゃうんだけど。鍵を返しに行く時、何かトラブルにも巻き込まれたのかな。それとも、ちょっと長めのトイレでもしてるんだろうか。
いずれにせよ、早く来てほしい。そんなことを思いながら、ココロちゃんが来るのを待ち続ける。
その心境と立ち姿。まるで恋人を待つ少女のようだ。ふいに冷静になった頭で、自分の姿を分析する。
私のSNSのフォロー欄には、北野さんとコスプレイヤーの人しかいない。だから、必然的にコスプレに関する話題が流れてくることが多いんだけど、その中にコスプレ撮影に大切なのはシチュエーションだと言っていた人がいた。
それを聞いたとき、私は感心しながらも共感はしなかった。
なぜなら、私にとってコスプレで一番大事なのは、私じゃない何かになること。衣装を着るだけで雫の皮を剥ぐことができるのだから、正直場所はどこでもいいかな。なんて考えていた。だから、私の撮る写真は基本的に自室。当然、カメラマンなんて雇ってないし、自撮り棒も使うスペースがないから、撮れるアングルも限られてる。それで満足してる。
その気持ちに偽りはないけど、それはそれとして、曲がりなりにも自撮りを続けてきた私の勘が告げていた。
今この瞬間、横のアングルでシャッターを切ればベストな一枚が撮れる気がする。
今はただの制服姿で、化粧すらしてないのに、妙に謎めいた確信があった。
あー、誰か切ってくれないかな。シャッター。 
空を見上げたまま、そんな願望を思い浮かべてみるけど、都合よくそんな人が現れるはずもなく。
「あれ、雫?」
代わりに名前を呼ばれる。
ココロちゃんのおっとりした口調とは正反対の、ハキハキとした聞き取りやすい声だ。
背を預けていた塀を離れ、声のした方向に身体を向ける。その先にはジャージ姿の遥ちゃんがいた。
「どしたの雫。休みなのに学校にいるなんて、珍しいじゃん」
私の方に歩み寄ると、遥ちゃんは掘り出し物を見つけたような目で言った。
「そうだね。確かに珍しいかも。遥ちゃんは部活の帰り?」
「そ。今日はなんか休みの人が多くてさ、早めに練習切り上げることになったの。で、いつも一緒に帰ってる友達も塾で休んでてさ。一人で寂しいなって思ってたんだ。だから、雫がいてラッキーって感じ」
遥ちゃんは肩にかけたスポーツバッグを地面に置くと、片目を瞑って言った。
「で、雫はこんなところで何してるの? あ、もしかして誰かと待ち合わせでもしてた?」
手を下ろしてそんな質問をした直後に、遥ちゃんはしまったという顔を浮かべた。
私がすでに誰かと帰る約束をしているかもしれないことに気づいたのだろう。言外に自分がいてはまずかったかと伝えてる。
「うん。一応、一組のココロちゃんと待ち合わせてるんだけど。全然来ないんだよね」
私は笑顔を浮かべると、校舎へ続く坂を一瞥した。相変わらずココロちゃんの姿は見えない。
「ああ。ココロ? それならあたしも一緒していい?」
「うん。私は大丈夫だけど、ココロちゃんと知り合いなの?」
「うん。去年までクラス一緒だったし。それにあたし、ココロのバザーによく行ってるから」
「え、そうなんだ」
初耳だった。ココロちゃんと遥ちゃんが同じクラスだったことも、遥ちゃんがバザーに行ったことがあるのも。
「そういえば、あんたとココロはどういう繋がりなの? なんかすごい意外な組み合わせなんだけど」
「私たちはね、同じ部活の仲間だよ」
「え、雫って家庭科部だったの? 意外なんだけど」
私の言葉を聞いた遥ちゃんが、目を開いて驚く。いつもいつも授業が終わると真っ先に帰っていたから、帰宅部だと思われていたのだろう。
「だよね。でも、これでも一年生の頃からの古参なんだよ?」
私は笑顔を浮かべると、自虐と冗談を織り交ぜるように言った。すると、またもや遥ちゃんが意外そうな顔をする。
「ていうか、家庭科部って他に部員いたんだ。あたし、てっきり家庭科部はココロ一人だと思ってたわ」
「まぁ、雫ちゃんはバザーに出品とかしないもんね~。でも、雫ちゃんも立派な家庭科部員さんだよ~」
遥ちゃんと立ち話を繰り広げていると、突然横からココロちゃんが割り込んでくる。
「わっ。ココロ! いきなり現れるわね……」
遥ちゃんがのけぞってびっくりする。かくいう私も全然気づかなかった。いつの間にそばに来ていたんだろう。
「遥ちゃん。こんにちは。今日はおひとり様?」
「そ。潤も叶江も塾でお休みだからお一人様。それよりココロ、今から雫と帰るんでしょ。私も一緒していい?」
やけに気心知れた様子で会話をする二人。その途中で、私の知らない誰かの名前が出る。多分、遥ちゃんの陸上部のお友達だろう。
「うん。全然いーよー。一緒に帰ろ~」
間伸びした声と共に拳を突き上げると、ココロちゃんは歩き始めた。
その左に私が、右に遥ちゃんが並ぶ形になる。横に広がって歩くのは危ないけど、幸いにも学校から駅までの道は人通りが少ない。私たちも遥ちゃんも早めに部活が終わったおかげか、学校帰りの生徒も少ない。だから大丈夫だろうという判断だった。
「やー、ほんと待たせてごめんね。雫ちゃん。なんか、先生にバザーのことで引き留められちゃって、時間かかっちゃったよ」
ゆったりしたペースで歩きながら、ココロちゃんが私に向かって両手を合わせる。
「ううん。大丈夫だよ。それより、二人って友達だったんだね」
「にゃふふ。そりゃもう、遥ちゃんはココロちゃんにゾッコンですからね~」
イタズラっぽい笑顔を浮かべたココロちゃんが、右隣の遥ちゃんに妖しい流し目を送った。
「え、そうなの?」
私は少し下がると、遥ちゃんに疑問のこもった視線を投げかけた。
すると、遥ちゃんがやれやれと両手を上げて首を振る。
「そうかもしれないけど、その言い方は語弊があるわ。私はココロの作った服が好きなだけ」
「あ、なんだ。そういうことだったんだ」
「うんうん、そういうこと。遥ちゃんはね、毎月バザーに来てくれる、お得意様なのです」
ココロちゃんが得意げに胸を張る。意外だった。遥ちゃんがココロちゃんブランドのファンだったなんて。
「毎月行ってるんだ?」
さっきバザーによく行くとは行ってたけど、まさか毎月行くような常連さんだとは思わなかった。確認の意味を込めて、遥ちゃんの顔を見る。
「まあ。ココロの服って、なーんか惹きつけられるのよね。だからまぁ、なんだかんだで毎回見にいっちゃうのよね」
「そうなんだ。でも、その気持ちわかるかも」
相槌を打ちながら、私はココロちゃんが服を作っているときの姿を思い浮かべた。
ココロちゃんがデザインする服はシンプルながら、想いがこもっている。私は制作過程の方も見てるから、余計にそう思うのかもしれないけど、無意識に惹きつける魅力があるのは事実だ。ただ、ココロちゃんの強みはそれだけじゃない。
私も一度だけお客さんとしてバザーに行ったことがあるけど、ブルーシートを敷いて、ちょこんと座って売り子をするココロちゃんを見ていると、本人の魅力も相まって、ついつい買いたくなってしまうのだ。遥ちゃんが定期的に通ってしまうのは、そういった要素もあると思う。
「ていうか、雫はバザーには出品しないの? あたし、雫が作った服も見てみたいんだけど」
「えっと、私は……」
尋ねられて、私はわずかに口をつぐむ。
実は私も何度か出品してみないかとココロちゃんに誘われたことがある。でも、私は断り続けていた。その理由は、言うまでもなく趣味が偏ってるからだ。それに、私の本命はあくまで自分で着ることで、人に売ってみたいとかは考えたことがなかった。あまり。
ごめんなさい。嘘です。実は、自分で作った服を誰かに使ってもらうのっていいなって、何回か考えたことあります。でも、私が作る服ってすごく趣味が偏ってるし、材料費だってそれなりにかかるから、二重の意味でバザーという場所にはそぐわない。それ以前に趣味をひた隠しにしてる以上、そういうイベントに出られるはずもないのだけど。
だけど、一瞬だけ遥ちゃんになら教えてもいいかなって思った。私の趣味のこと。
だって、わかってるから。真実を明かしても、おそらく──いや、間違いなく遥ちゃんは馬鹿にしたり笑ったりしないことは。多少驚きこそするだろうけど、いい趣味だね。と、笑ってくれるはずだと。
「私、そういうのはあまり興味がなくて。どっちかっていうと、買う側というか……」
でも、やっぱり明かすのは嫌で、私は嘘をつく。遥ちゃんを騙す罪悪感が、チクリと胸を刺す。
「そっか。じゃあさ、今度のバザー。一緒に行かない?」
顔を伏せる私に、遥ちゃんがふと名案を思いついたように言い出した。
「え?」
「私と遥って今年あったばかりで遊んだこともないし、雫の私服とか気になるから、この機会にどうかなと思ったんだけど……だめかな?」
はにかむように言われて、私はますます困ってしまった。
確かに、遥ちゃんの言う通り、私たちが出会ったのは三年生になったばかりのことだ。たまたまクラスが一緒になって、始業式の日に行った席替えで隣の席になったことがきっかけで、私たちは仲良くなった。だから、実は私と遥ちゃんの関係は一ヶ月くらいのものでしかない。それでも、不思議と馬が合った私たちは、お互いを親友だと思っている。そう思っていたい。
「えっと、ごめんね。その日は朝から塾の模試があって……」
本音を言うと、私も遥ちゃんとは遊んでみたいと思っていた。でも、それが出来ない理由があって、私はわざとらしくスマホを見て、予定があるフリをする。
「なんだ、残念。それなら仕方ないか……私たち、受験生だもんね」
遥ちゃんには家庭環境のことすら話していない。だから、彼女は私が忙しくしている理由を勉強に励んでるからだと思っていた。
だから、私の嘘を迷うことなく信じてくれるのだろうか。それとも、遥ちゃんが単純に友達を疑わない良い子なのだろうか。多分、どっちも正しい気がする。だからこそ、そんな遥ちゃんを騙してる自分が卑しく感じて、胸が苦しくなる。
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