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私はまず、北野さんのことから話した。
北野さんと私の出会いは、去年の春休みまで遡る。その頃、私は衣装を自作しては、それを着た写真をヤミーとして、SNSに細々と載せていた。見てくれた人は少なくて、毎回数人から多くて十数人の人がいいねを押してくれて、その半分がコメントをしてくれるくらいだった。そのうちの一人が北野さんだったのだ。初期アイコンで、キタノというシンプルな名前が特徴的だったから、強く印象に残っていた。そんなキタノさんがある日、突然DMを送ってきたのだ。
内容は至って単純だった。
『初めまして。いつも拝見させていただいています』
そんな挨拶の後に、
『突然ですが、ヤミーさんは衣装を自作されているとのことですが、その作業を私にも手伝わせていただけないでしょうか』
と、お願いされたのだ。
初期アイコンからのメール。最初は怪しすぎてブロックしようかと思った。
でも、当時の私は、どんな衣装にしたいかとか、漠然なイメージはあっても、それを形にするのが苦手だった。絵に起こしてみても、なんか違う。型紙を取ってもずれが生じる。だから市販の型紙を買ったり、ネットにある無料のもので誤魔化している状態だった。
もし、この人がそんな私の悩みを解決してくれるなら。
『何を手伝ってくれるんですか?』
淡い期待を抱いて、話だけでも聞いてみることにした。
『デザインとパターンの作成をやらせてもらいたいと思ってます。一応、ファッションデザイナー兼パタンナーとして生計を立てていますので…』
その後に送られてきたウェブサイトのリンク。それは北野さんのプロフィールだった。顔写真は載っていなかったけど、経歴や本名など、詳しく載っていた。そこで私は、キタノさんが本名でSNSをやっていることを知った。それに、経歴のところにはなんちゃら賞受賞とか、輝かしい文字列が並んでいる。そのほとんどが名前も聞いたことのない賞だけど、とにかく、それなりにすごい人だということを知った。
でも、どうしてそんな人が私なんかに興味を持ってくれたんだろう。気になって聞いてみたら。
『あなたのコスプレに一目惚れしたからです』
またもや、シンプルな答えが返ってきた。
ひ、一目惚れって。
セクハラ目的のDMが来ることもあった。そういうのはどうとも思わなくて、黙ってブロックしてたけど。でも、こんな素直な告白を受けたことがなくて、不覚にもドキッとしてしまう。
それから、私が北野さんを完全に信用するまで、時間はかからなかった。
実際、北野さんの力を借りて、私の衣装の制作ペースは格段に上がった。今までどうしても出来なかったイメージの具現化は、漠然としたイメージを教えるだけで、北野さんが仕上げてくれた。しかも、簡単なスケッチだけなら、早いときは数時間で、遅くても数日で描き上げてくれる。型紙もそうだ。私だったら何ヶ月もかかっていたところが、大体一ヶ月もあれば作り上げてくれる。本職ならそれくらいが普通なのかもしれないけど、私からすれば異次元の速度だ。しかも、それを仕事と同時にこなしてるんだからなおさら。
そんな北野さんを、私は心の底から尊敬していた。だから。
「ふむふむ、なるほどね。雫ちゃん的には、北野さんに会いたいけど、どうやって家族の人を説得しようか、迷ってる感じかな?」
北野さんにオフ会に誘われたところまで話すと、ココロちゃんは一旦話を整理するようにいった。
「うん。それはそうなんだけど、行ってもいいのかな……」
「へ? なんで? 行っちゃだめなの?」
「だって、昨日遥ちゃんのお誘いも断っちゃったし……」
「ああ、なるほどね」
正確には断っただけじゃなくて先送りにしたんだけど、それは屁理屈だ。どっちにしろ、遥ちゃんに不義理なことをしようとしていることに変わりはない。
だったらやっぱり、北野さんの誘いは断ったほうが……。
「雫ちゃん」
「なに? ココロちゃん」
「ココロちゃんはそのイベントに参加するべきだと思います」
私の気持ちが諦める方向で固まりかけた時。ココロちゃんは少し強い口調でいった。
「確かに遥ちゃんには悪いかもしれないけど、こういうときは自分にとって一番大切なものを大切にするべきだよ。雫ちゃんにとって、一番大切なものは何?」
「私にとって、いちばん一番大切なもの?」
「うん。胸に手を当てて考えてみて」
目をつぶって、両手を胸に当てて考えてみる。でも、本当は考える必要なんて無い。だって、私にとっていちばん大切なものなんて決まっている。それはヤミーとしての自分。つまり、コスプレ趣味のこと。
「コスプレは、雫ちゃんがずっと大事にしてきたものなんでしょ。だったら今回のイベントは出るべきだよ。他の何を犠牲にしてでも。ココロちゃんなら、絶対にそうするなー」
目を開けると、ココロちゃんは私の考えを見透かしたようにいった。
「他の何を犠牲にしてでもって、そんな大げさな……」
ココロちゃんはニコニコと笑っている。その大げさな言葉がどれだけ本気かはわからないけど。
北野さんとのオフ会。それも、コスプレイベントでなんて、この先出来るかどうかわからない。最初で最後かもしれない機会。確かに私にとっては最も大切にするべき機会だと思った。
「でも、そうだね。今回は、ココロちゃんの言う通りにしてみるよ」
正直まだ、遥ちゃんへの罪悪感が消えたわけじゃない。それに、お母さんに対する恐怖も。でも、せっかくやってきたチャンスだ。たまにはなりふり構わず掴みに行ってみよう。
「決まりだね。じゃあ、そのためにお母さんをどうやって説得するか、考えよう」
「うん。説得っていうか、どうやったらお母さんを騙せるか、だけどね」
細かいニュアンアスの違いだけど、私はすでに説得は諦めていた。だから、言葉を選ばなければどうすればお母さんを騙せるのか、その手段を探しているのが正解だ。
「とりあえず、正直に話すっていうのはダメなんだよね?」
「うん。それは絶対にダメ。そんなことしたら、私の作ってきた衣装、全部捨てられちゃう……」
私は蒼白な顔で首を振った。正直にというのがどこまでかはわからないけど、遊びに行くなんて言ったら、お母さんがどれだけ怒るかは想像もつかない。とりあえず、絶対に行かせてもらえないのは確かだ。
「それでも、雫ちゃんはなんとかして北野さんに会いたいんだ?」
「うん」
力強く頷く。すると、ココロちゃんは一瞬意外そうに目を見開いて、ふふっと笑った。
「ココロちゃん。どうかした?」
「んー? なんでもないよ。それより、学校の補習があるっていうのはどうなのかな?」
「それも考えたんだけど、補習は今日も使っちゃってるんだよね……あんまり使うと、不審に思われちゃうかも。だから、それは最終手段にしたいな」
「あー、そうだったんだ。となると、ココロちゃんでも簡単には思いつかないかも」
「だよね……」
補習は典型的な口実だ。勉強しに行くのだから、お母さんも文句が言えないはずだ。だけど、それ以外となると難しい。そもそも、勉強に関連する理由がないと、お母さんは納得してくれないだろうし。しばらく、頭を悩ませていると。
「……雫ちゃんはもう、見つけてたんだね」
「え?」
突然、ココロちゃんが呟くように言った。その声はトーンが低くて、一瞬別人のものかと思うほどだった。
はっとしてココロちゃんの方を見ると、両手で頬杖をついて、物憂げな顔で私を見つめていた。
「どうしたのココロちゃん? それに、私が見つけてたって何を?」
ココロちゃんらしからぬ表情に、私は動揺しながら訊ねた。
すると、ココロちゃんは両手で頬杖をつき、拗ねたような調子で言った。
「彼氏だよ。ココロちゃん、知らなかったなー。雫ちゃんが彼氏作ってただなんて」
「え、彼氏!?」
ココロちゃんの可愛らしい唇から飛び出したとんでもワードに、私は文字通り飛び上がる。
「か、彼氏って北野さんのこと?」
「うん」
「な、なんでそんな話になってるの? 北野さんはコスプレ活動の相棒で……ていうか、そもそも私北野さんが男の人だって言ってないよね?」
「にゃはは。そんなの、言われなくてもわかるよ~。雫ちゃん、昨日北野さんのことかっこいいって言ってたし」
ケラケラと笑う。まあ、たしかに昨日そんなことを言ったような気がしないでもないけど。
「それは……違うよ。話した感じとか雰囲気のことで……」
「じゃあ、さっき、北野さんに会いたいんだって聞いたのに、否定しなかったのはー?」
「っ! それは……っ!」
さっきココロちゃんが笑ってたのって、そういうこと?
「それは、違くて。お母さんへの言い訳を考えてて、よく聞いてなかっただけで!」
「ええ? じゃあ、ココロちゃん、無視されてたってことー? ショックだな~」
「ご、ごめん。でも、私は北野さんのこと、そういう目で見てないよ。それに、北野さんだって私のこと、そういう目で見てないよ」
「そうかなあ? 今回のオフ会って北野さんからの方から誘ったんでしょ」
「それはそうだけど……北野さんは私とそういう関係になりたいとか思ってないよ」
「でも、初めて送られてきたDMで、一目惚れしたって言われたんじゃないの?」
「そ、それはそうだけど……でも、それってコスプレしてる私に対して言ったことで……」
「それ、同じことじゃない?」
「うっ」
言われてみれば、コスプレしてる人も私であることに変わりはないんだから、そのとおりだ。だけど。
「ち、ちょっと待って。でも、北野さんってすっごく年上の人だよ? 未成年と成人男性が付き合うって、なんか色々問題があるんじゃない?」
「それ言ったら、成人男性がネットで知り合っただけの未成年の女の子をオフ会に誘うのも変わらないことだけどなー」
「えっと……今年で25歳って言ってたような」
「たった7歳差じゃん! それなら全然許容範囲だよ!」
今度はココロちゃんが飛び上がる番だった。小学校卒業が一回りも離れてる差を許容範囲っていってもいいんだろうか。まあでも、うちの先生にも卒業して大人になった生徒と結婚したって人もいるっぽいし、いいのかな。
「それより、今年で25歳ってほんとに? そんなに若いのに、自分のブランドを立ち上げてるの?」
「え? うん。そうらしいけど……」
「それ、すごいことだよ。その年でブランドを立ち上げるのって、結構難しいのに」
先月、フィックスのプロフィールで誕生日だっていう表示が出てて、おめでとうと言ったときに「ありがとうございます。でも、もう25なので……」と言ってたので、間違いない。
それから、ココロちゃんが北野さんのプロフィールを見せてほしいというので、ラインで送ってあげた。
「って、ちょっと待って!? これ、ミラノトップロードに出展経験があるって書いてあるけど……やっぱり! これ、イタリアのファッションショーだよ。すごく有名ってわけじゃないけど、それなりのコネと実績がないと出られないやつ!」
ココロちゃんが、すごく興奮した様子で、早口でまくし立てる。
「そ、そうなの?」
「うん! ボク、海外のファッションショーとか好きで、お父さんがよくヨーロッパに出張に行くから、現地の雑誌とか送ってもらうんだけど……そこに乗ってたから、わかる!」
興奮したのか、ココロちゃんは私の肩に両手を置いて、一息で言い切った。
こんなココロちゃんを見るのは初めてだ。私はたじたじになってしまう。というか、顔が近い。それに、一人称がボクになってる。情報量が多すぎて、どうにも捌ききれない。
「北野さんって、これが本物ならとんでもなくすごい人だよ!」
「へ!? あ、そ、そうなんだ!」
「うん!」
ニッと歯を見せて笑う。それは普段のココロちゃんが絶対しないような顔で、物珍しくて胸がドキドキする。自然と、呼吸が早くなるのを感じる。
ココロちゃんの笑顔は夢を語る少年のような、とてもボーイッシュな笑顔で。それを至近距離で見せられて。なんで、こんなに胸が高鳴るんだろう。まるで、男の子と向かい合ってるようだと思った。……いや、残念ながら男の子と向き合った経験なんてないから、全て憶測なんだけど。でも、少し前に行くだけで、キスも出来てしまう。それだけは事実で。
私はとうとう我慢できなくなって、ココロちゃんを押しのけた。
「雫ちゃん?」
「こ、ココロちゃん……近いよ」
上手く言葉が出てこない。ココロちゃんの顔を、直視することもできない。私は顔を俯かせて、吐息だけで呟いた。
「え? ……あ!」
ようやく正気に戻ったんだろう。ココロちゃんは上ずった声をあげると、慌てて離れた。
「ご、ごめんね~。ココロちゃん、つい熱くなっちゃった」
ガッと音を立てて椅子を引きずって、身体一つ分の距離を作った後、ココロちゃんはすっかりいつもの調子に戻っていた。
「う、うん。大丈夫だけど……それよりココロちゃん、ファッションショーとか好きだったんだ?」
だけど、私の方はまだ引きずっていた。気恥ずかしくて、ココロちゃんの顔が直視できない。
「うん。好き。まあ、ココロちゃんが好きなのは、服よりもランウェイを歩くモデルさんの方だけどね~。見てこれ、かっこいいでしょ」
ココロちゃんはスマホを操作すると、机の上に置いた。それを私とココロちゃんで覗き込む形になる。
画面の中では、長身のかっこいい女性が毅然と歩いている。
「本当だ。でも、この人たち、みんなムスッとしてるね?」
「うん。ランウェイでは、主役は服だからね。モデルさんは、服を目立たせるために笑っちゃいけないっていう風潮があるんだよ~」
「そうなんだ」
主役は服。だから、自分は目立っちゃいけない。それって、私みたいな存在とは、対極だなと思った。
私達コスプレイヤーは、笑ってなんぼみたいなところもあるから。むしろ、着ている人が楽しそうにしている方が、服もよく見えるんじゃないかな。と、素人目では思うんだけど、そんな単純じゃないんだろう。
「いいなー。ココロちゃんも、こんなふうにおしゃれな服着て、かっこよく歩いてみたいなー」
「……出来ないの?」
「あはは。ココロちゃんには無理だよ~。ランウェイモデルになるには、身長が高くなきゃダメなんだよ?」
「確かに、こういうところに出るならそうかもだけど、ただ好きな服を着て、歩くだけならできるんじゃないかな。場所とかも、借りようと思えば借りれるし」
これはコスプレイヤーとしての視点だけど。好きな服を着て、好きな表情、好きなポーズ、好きなシチュエーションで写真を撮るなら、やろうと思えば出来ないことじゃない。私の推してるレイヤーさんの中には、理想のシチュエーションを再現するために、東京から岩手の鍾乳洞まで出向いた人だっていた。
ただ、それはあくまでコスプレの話で、ココロちゃんの言葉とは全然意味が違うかもしれない。ぽかんと口を半開きにしたココロちゃんを見ると、的はずれなことを言ってしまったかもと後悔する。
「ご、ごめん。やっぱり、そういうことじゃない?」
「ううん、そういうわけじゃないけど……でも、やっぱり無理だよ。ココロちゃんに似合う服なんて、多分ないから」
ココロちゃんは首をふると、諦めたように言って、視線を逸らした。
「……そんなこと、ないと思うけどなー」
確かに、動画に出てるようなモデルの人はみんな背が高くて、ココロちゃんみたいな小柄な人に似合う服は一つもない。でも、それこそ自分で作れば良いんじゃないかなって思うけど。そういう話では絶対ないのはわかるから、何も言わないでおく。
「それより、雫ちゃんがオフ会に行くための口実を考えなきゃ!」
パンっと手を叩くと、ココロちゃんは逸れてしまった話題を戻した。
そうだった。忘れてたけど、今私達はオフ会に行くための口実を考えていたんだっけ。
「でも、うちのお母さん。勉強しろってうるさいから、やっぱり補習があるっていうのが一番いいかも」
「勉強かあ……あ。それなら、一ついい案があるかも?」
「ほんと!?」
顎に人差し指を当てて考え込んだ後、ココロちゃんは天啓を得たようにその手を離した。
思わぬ希望が見えて、私は身を乗り出す。
「うん。確か、オフ会の日って、27日だったよね?」
「そうだよ」
「それなら……わお、どんぴしゃだ~」
ココロちゃんはバッグから取り出したクリアファイルの中から、一枚のプリントを取り出して私に手渡す。それは大学のオープンキャンパスのチラシだった。
「これって……」
「大学のオープンキャンパスのチラシだよ。この前、ホームルームで配られたの。その日はこれに行くってことにしたら、雫ちゃんのお母さんも納得してくれないかな?」
「うん。これなら行けると思う。ありがとう、ココロちゃん。これ、もらっていい?」
「もちろん! どうせココロちゃんはいかないからね~~。好きなだけ持ってちゃって~」
「ふふ。好きなだけって、一枚しかないんじゃないの?」
「にゃはは。それはそうだったりして」
ココロちゃんは茶目っ気たっぷりの笑顔を浮かべて笑った。
北野さんと私の出会いは、去年の春休みまで遡る。その頃、私は衣装を自作しては、それを着た写真をヤミーとして、SNSに細々と載せていた。見てくれた人は少なくて、毎回数人から多くて十数人の人がいいねを押してくれて、その半分がコメントをしてくれるくらいだった。そのうちの一人が北野さんだったのだ。初期アイコンで、キタノというシンプルな名前が特徴的だったから、強く印象に残っていた。そんなキタノさんがある日、突然DMを送ってきたのだ。
内容は至って単純だった。
『初めまして。いつも拝見させていただいています』
そんな挨拶の後に、
『突然ですが、ヤミーさんは衣装を自作されているとのことですが、その作業を私にも手伝わせていただけないでしょうか』
と、お願いされたのだ。
初期アイコンからのメール。最初は怪しすぎてブロックしようかと思った。
でも、当時の私は、どんな衣装にしたいかとか、漠然なイメージはあっても、それを形にするのが苦手だった。絵に起こしてみても、なんか違う。型紙を取ってもずれが生じる。だから市販の型紙を買ったり、ネットにある無料のもので誤魔化している状態だった。
もし、この人がそんな私の悩みを解決してくれるなら。
『何を手伝ってくれるんですか?』
淡い期待を抱いて、話だけでも聞いてみることにした。
『デザインとパターンの作成をやらせてもらいたいと思ってます。一応、ファッションデザイナー兼パタンナーとして生計を立てていますので…』
その後に送られてきたウェブサイトのリンク。それは北野さんのプロフィールだった。顔写真は載っていなかったけど、経歴や本名など、詳しく載っていた。そこで私は、キタノさんが本名でSNSをやっていることを知った。それに、経歴のところにはなんちゃら賞受賞とか、輝かしい文字列が並んでいる。そのほとんどが名前も聞いたことのない賞だけど、とにかく、それなりにすごい人だということを知った。
でも、どうしてそんな人が私なんかに興味を持ってくれたんだろう。気になって聞いてみたら。
『あなたのコスプレに一目惚れしたからです』
またもや、シンプルな答えが返ってきた。
ひ、一目惚れって。
セクハラ目的のDMが来ることもあった。そういうのはどうとも思わなくて、黙ってブロックしてたけど。でも、こんな素直な告白を受けたことがなくて、不覚にもドキッとしてしまう。
それから、私が北野さんを完全に信用するまで、時間はかからなかった。
実際、北野さんの力を借りて、私の衣装の制作ペースは格段に上がった。今までどうしても出来なかったイメージの具現化は、漠然としたイメージを教えるだけで、北野さんが仕上げてくれた。しかも、簡単なスケッチだけなら、早いときは数時間で、遅くても数日で描き上げてくれる。型紙もそうだ。私だったら何ヶ月もかかっていたところが、大体一ヶ月もあれば作り上げてくれる。本職ならそれくらいが普通なのかもしれないけど、私からすれば異次元の速度だ。しかも、それを仕事と同時にこなしてるんだからなおさら。
そんな北野さんを、私は心の底から尊敬していた。だから。
「ふむふむ、なるほどね。雫ちゃん的には、北野さんに会いたいけど、どうやって家族の人を説得しようか、迷ってる感じかな?」
北野さんにオフ会に誘われたところまで話すと、ココロちゃんは一旦話を整理するようにいった。
「うん。それはそうなんだけど、行ってもいいのかな……」
「へ? なんで? 行っちゃだめなの?」
「だって、昨日遥ちゃんのお誘いも断っちゃったし……」
「ああ、なるほどね」
正確には断っただけじゃなくて先送りにしたんだけど、それは屁理屈だ。どっちにしろ、遥ちゃんに不義理なことをしようとしていることに変わりはない。
だったらやっぱり、北野さんの誘いは断ったほうが……。
「雫ちゃん」
「なに? ココロちゃん」
「ココロちゃんはそのイベントに参加するべきだと思います」
私の気持ちが諦める方向で固まりかけた時。ココロちゃんは少し強い口調でいった。
「確かに遥ちゃんには悪いかもしれないけど、こういうときは自分にとって一番大切なものを大切にするべきだよ。雫ちゃんにとって、一番大切なものは何?」
「私にとって、いちばん一番大切なもの?」
「うん。胸に手を当てて考えてみて」
目をつぶって、両手を胸に当てて考えてみる。でも、本当は考える必要なんて無い。だって、私にとっていちばん大切なものなんて決まっている。それはヤミーとしての自分。つまり、コスプレ趣味のこと。
「コスプレは、雫ちゃんがずっと大事にしてきたものなんでしょ。だったら今回のイベントは出るべきだよ。他の何を犠牲にしてでも。ココロちゃんなら、絶対にそうするなー」
目を開けると、ココロちゃんは私の考えを見透かしたようにいった。
「他の何を犠牲にしてでもって、そんな大げさな……」
ココロちゃんはニコニコと笑っている。その大げさな言葉がどれだけ本気かはわからないけど。
北野さんとのオフ会。それも、コスプレイベントでなんて、この先出来るかどうかわからない。最初で最後かもしれない機会。確かに私にとっては最も大切にするべき機会だと思った。
「でも、そうだね。今回は、ココロちゃんの言う通りにしてみるよ」
正直まだ、遥ちゃんへの罪悪感が消えたわけじゃない。それに、お母さんに対する恐怖も。でも、せっかくやってきたチャンスだ。たまにはなりふり構わず掴みに行ってみよう。
「決まりだね。じゃあ、そのためにお母さんをどうやって説得するか、考えよう」
「うん。説得っていうか、どうやったらお母さんを騙せるか、だけどね」
細かいニュアンアスの違いだけど、私はすでに説得は諦めていた。だから、言葉を選ばなければどうすればお母さんを騙せるのか、その手段を探しているのが正解だ。
「とりあえず、正直に話すっていうのはダメなんだよね?」
「うん。それは絶対にダメ。そんなことしたら、私の作ってきた衣装、全部捨てられちゃう……」
私は蒼白な顔で首を振った。正直にというのがどこまでかはわからないけど、遊びに行くなんて言ったら、お母さんがどれだけ怒るかは想像もつかない。とりあえず、絶対に行かせてもらえないのは確かだ。
「それでも、雫ちゃんはなんとかして北野さんに会いたいんだ?」
「うん」
力強く頷く。すると、ココロちゃんは一瞬意外そうに目を見開いて、ふふっと笑った。
「ココロちゃん。どうかした?」
「んー? なんでもないよ。それより、学校の補習があるっていうのはどうなのかな?」
「それも考えたんだけど、補習は今日も使っちゃってるんだよね……あんまり使うと、不審に思われちゃうかも。だから、それは最終手段にしたいな」
「あー、そうだったんだ。となると、ココロちゃんでも簡単には思いつかないかも」
「だよね……」
補習は典型的な口実だ。勉強しに行くのだから、お母さんも文句が言えないはずだ。だけど、それ以外となると難しい。そもそも、勉強に関連する理由がないと、お母さんは納得してくれないだろうし。しばらく、頭を悩ませていると。
「……雫ちゃんはもう、見つけてたんだね」
「え?」
突然、ココロちゃんが呟くように言った。その声はトーンが低くて、一瞬別人のものかと思うほどだった。
はっとしてココロちゃんの方を見ると、両手で頬杖をついて、物憂げな顔で私を見つめていた。
「どうしたのココロちゃん? それに、私が見つけてたって何を?」
ココロちゃんらしからぬ表情に、私は動揺しながら訊ねた。
すると、ココロちゃんは両手で頬杖をつき、拗ねたような調子で言った。
「彼氏だよ。ココロちゃん、知らなかったなー。雫ちゃんが彼氏作ってただなんて」
「え、彼氏!?」
ココロちゃんの可愛らしい唇から飛び出したとんでもワードに、私は文字通り飛び上がる。
「か、彼氏って北野さんのこと?」
「うん」
「な、なんでそんな話になってるの? 北野さんはコスプレ活動の相棒で……ていうか、そもそも私北野さんが男の人だって言ってないよね?」
「にゃはは。そんなの、言われなくてもわかるよ~。雫ちゃん、昨日北野さんのことかっこいいって言ってたし」
ケラケラと笑う。まあ、たしかに昨日そんなことを言ったような気がしないでもないけど。
「それは……違うよ。話した感じとか雰囲気のことで……」
「じゃあ、さっき、北野さんに会いたいんだって聞いたのに、否定しなかったのはー?」
「っ! それは……っ!」
さっきココロちゃんが笑ってたのって、そういうこと?
「それは、違くて。お母さんへの言い訳を考えてて、よく聞いてなかっただけで!」
「ええ? じゃあ、ココロちゃん、無視されてたってことー? ショックだな~」
「ご、ごめん。でも、私は北野さんのこと、そういう目で見てないよ。それに、北野さんだって私のこと、そういう目で見てないよ」
「そうかなあ? 今回のオフ会って北野さんからの方から誘ったんでしょ」
「それはそうだけど……北野さんは私とそういう関係になりたいとか思ってないよ」
「でも、初めて送られてきたDMで、一目惚れしたって言われたんじゃないの?」
「そ、それはそうだけど……でも、それってコスプレしてる私に対して言ったことで……」
「それ、同じことじゃない?」
「うっ」
言われてみれば、コスプレしてる人も私であることに変わりはないんだから、そのとおりだ。だけど。
「ち、ちょっと待って。でも、北野さんってすっごく年上の人だよ? 未成年と成人男性が付き合うって、なんか色々問題があるんじゃない?」
「それ言ったら、成人男性がネットで知り合っただけの未成年の女の子をオフ会に誘うのも変わらないことだけどなー」
「えっと……今年で25歳って言ってたような」
「たった7歳差じゃん! それなら全然許容範囲だよ!」
今度はココロちゃんが飛び上がる番だった。小学校卒業が一回りも離れてる差を許容範囲っていってもいいんだろうか。まあでも、うちの先生にも卒業して大人になった生徒と結婚したって人もいるっぽいし、いいのかな。
「それより、今年で25歳ってほんとに? そんなに若いのに、自分のブランドを立ち上げてるの?」
「え? うん。そうらしいけど……」
「それ、すごいことだよ。その年でブランドを立ち上げるのって、結構難しいのに」
先月、フィックスのプロフィールで誕生日だっていう表示が出てて、おめでとうと言ったときに「ありがとうございます。でも、もう25なので……」と言ってたので、間違いない。
それから、ココロちゃんが北野さんのプロフィールを見せてほしいというので、ラインで送ってあげた。
「って、ちょっと待って!? これ、ミラノトップロードに出展経験があるって書いてあるけど……やっぱり! これ、イタリアのファッションショーだよ。すごく有名ってわけじゃないけど、それなりのコネと実績がないと出られないやつ!」
ココロちゃんが、すごく興奮した様子で、早口でまくし立てる。
「そ、そうなの?」
「うん! ボク、海外のファッションショーとか好きで、お父さんがよくヨーロッパに出張に行くから、現地の雑誌とか送ってもらうんだけど……そこに乗ってたから、わかる!」
興奮したのか、ココロちゃんは私の肩に両手を置いて、一息で言い切った。
こんなココロちゃんを見るのは初めてだ。私はたじたじになってしまう。というか、顔が近い。それに、一人称がボクになってる。情報量が多すぎて、どうにも捌ききれない。
「北野さんって、これが本物ならとんでもなくすごい人だよ!」
「へ!? あ、そ、そうなんだ!」
「うん!」
ニッと歯を見せて笑う。それは普段のココロちゃんが絶対しないような顔で、物珍しくて胸がドキドキする。自然と、呼吸が早くなるのを感じる。
ココロちゃんの笑顔は夢を語る少年のような、とてもボーイッシュな笑顔で。それを至近距離で見せられて。なんで、こんなに胸が高鳴るんだろう。まるで、男の子と向かい合ってるようだと思った。……いや、残念ながら男の子と向き合った経験なんてないから、全て憶測なんだけど。でも、少し前に行くだけで、キスも出来てしまう。それだけは事実で。
私はとうとう我慢できなくなって、ココロちゃんを押しのけた。
「雫ちゃん?」
「こ、ココロちゃん……近いよ」
上手く言葉が出てこない。ココロちゃんの顔を、直視することもできない。私は顔を俯かせて、吐息だけで呟いた。
「え? ……あ!」
ようやく正気に戻ったんだろう。ココロちゃんは上ずった声をあげると、慌てて離れた。
「ご、ごめんね~。ココロちゃん、つい熱くなっちゃった」
ガッと音を立てて椅子を引きずって、身体一つ分の距離を作った後、ココロちゃんはすっかりいつもの調子に戻っていた。
「う、うん。大丈夫だけど……それよりココロちゃん、ファッションショーとか好きだったんだ?」
だけど、私の方はまだ引きずっていた。気恥ずかしくて、ココロちゃんの顔が直視できない。
「うん。好き。まあ、ココロちゃんが好きなのは、服よりもランウェイを歩くモデルさんの方だけどね~。見てこれ、かっこいいでしょ」
ココロちゃんはスマホを操作すると、机の上に置いた。それを私とココロちゃんで覗き込む形になる。
画面の中では、長身のかっこいい女性が毅然と歩いている。
「本当だ。でも、この人たち、みんなムスッとしてるね?」
「うん。ランウェイでは、主役は服だからね。モデルさんは、服を目立たせるために笑っちゃいけないっていう風潮があるんだよ~」
「そうなんだ」
主役は服。だから、自分は目立っちゃいけない。それって、私みたいな存在とは、対極だなと思った。
私達コスプレイヤーは、笑ってなんぼみたいなところもあるから。むしろ、着ている人が楽しそうにしている方が、服もよく見えるんじゃないかな。と、素人目では思うんだけど、そんな単純じゃないんだろう。
「いいなー。ココロちゃんも、こんなふうにおしゃれな服着て、かっこよく歩いてみたいなー」
「……出来ないの?」
「あはは。ココロちゃんには無理だよ~。ランウェイモデルになるには、身長が高くなきゃダメなんだよ?」
「確かに、こういうところに出るならそうかもだけど、ただ好きな服を着て、歩くだけならできるんじゃないかな。場所とかも、借りようと思えば借りれるし」
これはコスプレイヤーとしての視点だけど。好きな服を着て、好きな表情、好きなポーズ、好きなシチュエーションで写真を撮るなら、やろうと思えば出来ないことじゃない。私の推してるレイヤーさんの中には、理想のシチュエーションを再現するために、東京から岩手の鍾乳洞まで出向いた人だっていた。
ただ、それはあくまでコスプレの話で、ココロちゃんの言葉とは全然意味が違うかもしれない。ぽかんと口を半開きにしたココロちゃんを見ると、的はずれなことを言ってしまったかもと後悔する。
「ご、ごめん。やっぱり、そういうことじゃない?」
「ううん、そういうわけじゃないけど……でも、やっぱり無理だよ。ココロちゃんに似合う服なんて、多分ないから」
ココロちゃんは首をふると、諦めたように言って、視線を逸らした。
「……そんなこと、ないと思うけどなー」
確かに、動画に出てるようなモデルの人はみんな背が高くて、ココロちゃんみたいな小柄な人に似合う服は一つもない。でも、それこそ自分で作れば良いんじゃないかなって思うけど。そういう話では絶対ないのはわかるから、何も言わないでおく。
「それより、雫ちゃんがオフ会に行くための口実を考えなきゃ!」
パンっと手を叩くと、ココロちゃんは逸れてしまった話題を戻した。
そうだった。忘れてたけど、今私達はオフ会に行くための口実を考えていたんだっけ。
「でも、うちのお母さん。勉強しろってうるさいから、やっぱり補習があるっていうのが一番いいかも」
「勉強かあ……あ。それなら、一ついい案があるかも?」
「ほんと!?」
顎に人差し指を当てて考え込んだ後、ココロちゃんは天啓を得たようにその手を離した。
思わぬ希望が見えて、私は身を乗り出す。
「うん。確か、オフ会の日って、27日だったよね?」
「そうだよ」
「それなら……わお、どんぴしゃだ~」
ココロちゃんはバッグから取り出したクリアファイルの中から、一枚のプリントを取り出して私に手渡す。それは大学のオープンキャンパスのチラシだった。
「これって……」
「大学のオープンキャンパスのチラシだよ。この前、ホームルームで配られたの。その日はこれに行くってことにしたら、雫ちゃんのお母さんも納得してくれないかな?」
「うん。これなら行けると思う。ありがとう、ココロちゃん。これ、もらっていい?」
「もちろん! どうせココロちゃんはいかないからね~~。好きなだけ持ってちゃって~」
「ふふ。好きなだけって、一枚しかないんじゃないの?」
「にゃはは。それはそうだったりして」
ココロちゃんは茶目っ気たっぷりの笑顔を浮かべて笑った。
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