溺愛インキュバスなイケオジ社長、元飼い猫につき

ケロリビ堂

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溺愛インキュバスなイケオジ社長、元飼い猫につき

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「ヒック、ああ~。もう無理ぃ……」

 夜の公園。酔ってふらふらのあたしは人のいないベンチで座り込む。うつむくとポケットからはみ出した自分の社員証が見えた。愛原 美咲あいはら みさき。少女漫画のヒロインみたいな名前だけど、実際恋人なし! 結婚の予定なし! 将来の展望なし!

「美咲生きていけないよぉ……」

 大学を出てなんとか滑り込んだ会社はドのつくブラック。社員のプライベートなんて何それ美味しいの? 状態で、今日もやっと早めに帰れるはずだったのに拒否権なしの飲み会に連れ出されて終電……家まで帰り着く体力が残ってなくて、深夜だっていうのにちっちゃい公園でへたばっているわけ……。
 こんなところで潰れてたら悪い人に襲われちゃうかもしれない……。それはやだ、処女なのに……。処女じゃなくたってやだけど……。
 うつむいている頭の右の方で自動販売機がチカチカと点滅してるのを感じる。何か買って飲んで、頑張ってアパートまで帰るべきだ。でも、もう立ち上がるのもしんどい……、もうちょっとだけここで休ませて……。現れないで、悪い人……。

「ほら、お飲みなさいお嬢さん」
「はえ?」

 酔った頭をぐるぐるさせていると急に横からにゅっと缶コーヒーが突き出されてきた。酔いすぎてるからあんまりびっくりはしない。渋い革手袋の大きな手にしっかり握られた缶コーヒーは今買われたばかりみたいで触る前からあったか~い温度を感じる。その手の主を見上げると、いつのまにいたのか一人の男の人が隣に座っていた。

「こんなところで一人でいたら危ないよ。安心しなさい。無糖を買おうとしたら微糖を買ってしまって持て余してただけで、何も入っていない。未開封だよ」
「あ、ああ……どうも……です」

 男の人は黒髪に白髪が混じり始めた、見たところ50代後半くらい? のおじさんで、でもなんだか見ようによってはすごく若く見える、不思議な雰囲気だった。高そうなスーツをおしゃれに着崩して、よっぽど自分に自信がなければ合わせられないような真っ赤なスカーフを首に巻いている……。
 あたしは手渡されたコーヒーを両手で包んだ。あったかい。久しぶりに人に優しくされた気がする。そう思ったら勝手に涙が出てきて、気がついたらわあわあと声をあげて泣いてしまっていた。

「おやおやそんなに辛いのかい? よければおじさんに話を聞かせてごらんなさい……」
「うええぇ……わあぁん……あたし、あたしだって頑張ってるのにぃ……」

 おじさんの名前は黒野 玄夜くろの げんやというらしい。玄夜さんはあたしの愚痴を根気よくうんうんと聞いてくれた。お父さんとか男の人に愚痴を言うと「それはこうしたらいいんじゃないの」とかもうそんなこととっくにやってるんですけど!? みたいなアドバイスをがんがんしてくることが多いのであんまり男の人に愚痴を聞かせることはなかったんだけど、玄夜さんはただあたしの言いたいことだけをずっと聞いててくれて、時々「それは大変だったね」「愛原さんはよくやってるよ」「すごいじゃないか、誇っていいよ」といったかんじの相槌だけを打ってくる。正直、すっごい気持ちいい。缶コーヒーのあったかさと甘さも相まってささくれた心が癒されていくのを感じる……。そのせいだろうか。あたしはもっとプライベートな悩みまでぺらぺらと喋ってしまう。

「この年になってもまだ処女なの……。友達みんな結婚しちゃって、みんな子育てに忙しそうで話も合わなくなっちゃって……。でも会社の中では忙しすぎてなんにもないし、家と会社の往復ばかりで、休みは疲れて寝てるから出会いなんか全然ない……。お母さんは電話かけてくるたびにいい人いないのとか孫が見たいとかばっかりだし、あたしお母さんに孫を見せるために産まれてきたわけじゃないのにーッ!!」
「よしよし、辛いね。愛野さんはこんなに可愛いのにねえ」
「ほんとですか……? あたし可愛いですか?」
「もちろんだよ、おじさんももう20歳くらい若かったら放っておかないよお」
「ほんとう? あたしを励ますために調子いいこと言ってるんでしょう」
「そんなことないよ、愛原さんの周りにいる男は見る目のない奴ばかりだなあ」

 あたしは酔っていた。ほんとうに、ほんとうに酔っていた。

「だったら、玄夜さんが抱いてくださいよ」
「ええ?」
「結婚も孫も今は無理だけど、処女じゃなくなるのは今すぐだってできるもん……」
「いや、駄目だって~。もっと自分を大事にしないと……、処女って別に悪いことじゃないよ?」
「やっぱり、調子のいいこといってるだけじゃないですか! あたしなんか抱く気にならないんでしょう! なによ! フニャチン!」
「愛原さん」

 ばたばたと暴れるあたしの手首を、急に真面目な顔になった玄夜さんがぎゅっと握った。

「男をあんまり挑発するものじゃない。私は紳士を心掛けているが、レディからのお誘いは断らない男だよ」
「あ……」
「放っておかないといったろう? 君が年の差を気にしないというなら、私だって狼になるさ。いいのかい?」
「い、いいって言ってるじゃない……抱いてよ……」
「もう後戻りできないよ……知らないよ?」
「ん……」

 革手袋の指で顎を軽く掴まれて上を向かされると、玄夜さんの唇があたしの唇に触れた。ホットコーヒーに温められた彼の唇は熱くて、中に入ってきた舌も熱く、苦い。あたしのファーストキスはブラックコーヒーの味がした。

「んっ、うっ? んんんんっ……??」

 玄夜さんの舌が口の中を這いまわるたび、背筋がぞくぞくとする。キスってこんな感じなの? 口と口をつけるだけなのに、こんなに全身ぞわぞわするものだっけ? ぴちゃ、くちゅってはしたない音が静かな公園に響く。あ、これ、セックスだ。キスしてるだけだけどもうセックスなんだ……!

「は、はあ……はあ……んはあ……」
「ふ……、さあ、愛原さん。初めてが公園のベンチなんて嫌だよね? 君の家まで送ってあげるよ。行こう」

 びくびくして口を開けたままはあはあと息をつくあたしを玄夜さんは立たせてくれる。だけどあたしは彼のキスだけで腰がぐずぐずに砕けてしまってまともに歩けない。玄夜さんはそんなあたしに肩を貸して、時々噛みつくように唇を奪いながら家まで送ってくれた。

「はあ……はあ……だめぇ……もうキスだめなのぉ……」

 アパートについて、あたしは玄関で崩れ落ちてしまった。公園からの帰り道で彼にされたキスだけであたまがぼーっとして身体の中心がうずいて、ぬるぬるした何かがストッキングに染みて膝まで伝っていた。

「ほら、ちゃんと脱がないと皺になっちゃうよ。脱がせてあげようか?」
「ああ、じ、自分で脱げますぅ……」

 明日も仕事だから確かに皺になったらまずい……。自分でブラウスのボタンをはずそうとするけどうまくできなくて、結局玄夜さんにひとつづつボタンを外されて、色気のないブラに包まれたあたしの胸がたぷんとはみ出した。触らせる相手のいない無駄巨乳、見られちゃった……。玄夜さんはあたしのタイトスカートやストッキングさえも器用に脱がせてあっという間にあたしを下着にしてしまう。女の扱いに慣れてるんだ。

「綺麗だよ、愛原さん。まだ誰にも触らせたことがない綺麗な身体。これを私が好きにできるだなんて、夢みたいだ」
「ん……あ……、玄夜さん……」

 抱き上げられてベッドに横たえられたあたしの上に、色っぽくシャツを寛げながら玄夜さんが覆いかぶさってきた。彼はあたしの胸をブラの上から掬い上げるように触りながら、耳に舌でちろちろといたずらしてくる。かすれた彼の声が耳に入ってきて、またあのぞくぞくが背筋に這い寄ってきた。

「おっぱい、大きいね。着やせするタイプなんだな。一緒に働いてる同僚たちはこれを知らないなんて、もったいないなあ」

 玄夜さんが慣れた手つきでフロントホックのブラをぷちんと外すと、ぶるんと溢れ出すあたしの胸。その奥で心臓がどきどきする。外気に触れた乳首が勝手に硬くなってるのも、全部見えちゃう。

「可愛い乳首。柔らかくて硬くていつまでも触っていたいよ……」
「あっ、乳首だめっ……あっ、あっ、ああんッ……」

 ちゅうと音を立てて玄夜さんはあたしの乳首を吸う。瞬間一層強い衝撃がぞくぞくんっと走り、あたしは全身を痙攣させてしまう。吸っていないほうの乳首は指ですりすりと弄られて、そっちもぴくぴくと気持ちよさを伝えてくる。玄夜さんがしてくることは全部気持ちよかった。

「初めてなのにおっぱいでイったの? 愛原さんは気持ちよくなるのが上手だね……」
「ふぁ……ん、玄夜さんっ……はぁぁっ……」
「これから君の一番大事なところを触るけど、何も怖くないから私に全部預けて、気持ちよくなることだけ考えてればいいからね……」
「いちばん……だいじなとこ……あ……ひゃ……そこっ……そこだめっ……」

 ぐじゅぐじゅに濡れたショーツのクロッチを玄夜さんの指がくるくると弄る。あたしはびっくりして太腿を閉じて彼の手をぎゅうと締め付けてしまう。

「クリトリス硬くなって下着の上からでもぴくぴくしてるのがわかるよ。もうちょっと力を抜いて、私に身を任せてね」
「んうぅ……はずかしいよぉ……っ、あッ、あんっ、クリだめぇ……」

 クリを触るオナニーだけはしたことあるあたしは、ちょっと触られるだけですぐに気持ちよくなってしまう。でも自分で触るのと全然違う。玄夜さんの指でぎゅっと押されると、腰がじんと熱くなって勝手に突きあげちゃうっ……。

「そんなにぐいぐい押し付けて、ここで気持ちよくなるのが好きなんだね。かわいいよ。直接弄ってあげよう。足を開いてね」
「はあぁ……ぱんつ脱がされちゃう……。手入れしてないの、見ないでぇ……」
「処理できないくらい仕事頑張ってるんだもんね。愛原さんの頑張りやさんのクリトリス、おじさんがいっぱいよしよししてあげるからね」

 くりゅくりゅぬちゅぬちゅかりかり……。さきっぽをくるくるしたり、被ってる皮ごとくにゅくにゅしたり、爪の先でかりかりしたり、いろんな方法で玄夜さんはあたしのクリを責めてくる。あたしはあんあんと泣きながら腰を突き出して連続で訪れるクリイキで全身をびくびくさせる。あたしが暴れてベッドから落ちないように片手で頭をがっちり抑えたまま、玄夜さんはあたしのクリをいじめつづける。頭を動かせないので自分では見られないけど、あたしがどんな風になってるか玄夜さんはハスキーな声で耳打ちして逐一教えてくれる。

「愛原さんのクリトリス、ぷっくり大きく膨らんでもう皮からはみ出しちゃってるよ。私にいじられたくてぴくんぴくんって勃起してる。もしかして一人で弄ってた? おねだり上手の可愛いクリだね」
「いやぁん……言わないで……。ストレスたまった時に時々してただけなの……」
「そうなのかい? どんなふうにしてたんだい?」
「お、お風呂場とかで……強くひねって……ぎゅーって……して」
「そうかい。じゃあもうちょっと強くしても大丈夫そうだな」
「ま、まって……んむっ、ンむふぅぅうぅぅ!!!♡♡♡!!!!」

 玄夜さんの指があたしのクリを器用に摘まんで、ぎゅっと力を入れてくる。そして同時にあたしの唇を奪って、舌であたし口の中をくちゅくちゅと犯してきた。キスの快感とクリの強い刺激であたしは気絶しそうになって、黒目がぐるっと上を向くのを感じた。

「ぷは……はあ……、はーっ♡ はーっ♡」
「ふふ、かわいいイキ顔。そんなに気持ちよかった? 嬉しいな。こっちももうどろどろで、簡単に指が入っちゃうよ」
「んあぁ……もうイかせないでぇ……休ませてえ……」
「休んでていいよ。その間私がここをじっくり拡げてあげるからね」
「や、やすめない……ナカ弄られながらじゃやすめないよぉ……♡」

 筋張ってごつごつした指が出し入れされる。ぬぷぬぷと飲み込まれたそれはあたしのお腹のほうの壁をぎゅっぎゅっ、と押してきて、その度にあたしはおしっこが出ちゃいそうな感覚に襲われて力が抜けてしまう。

「げ、玄夜さん、そこ、ぎゅうぎゅう揉まれると、漏れちゃう……」
「大丈夫だよ。たぶんおしっこじゃないから。漏らしなさい」
「ひっ♡ ひあぁん♡ や、出ちゃう、出ちゃう……」
「リラックスしてね。またクリ弄ってあげる」
「や、だめ、同時だめっ♡ イくっ! イくッ♡」

 ぷしゃっと足の間から何かが噴き出た。玄夜さんは中指と薬指であたしの中を、親指でクリを抑えて握るようにぎゅっぎゅっと刺激し続け、それがあまりに気持ちいいのであたしは仰け反ってイき続けた。

「はーっ♡ はーっ♡ ふーっ♡」
「愛原さん、全身ピンク色に染まってとても可愛いよ」
「み、みさき」
「うん?」
「名前、名前呼びながら抱いてほしい……あたしの名前……美咲……」
「そうかい。じゃあこれから美咲を天国に連れてってあげるね」
「んっ……」

 ぐったりしたあたしの両足を持ち上げた玄夜さんがまた覆いかぶさってきた。いつのまにか裸になった彼の身体は年を感じさせないたくましさで、向かい合ってその姿を見たあたしは初めて彼がすごい美形のおじさんだということに気が付いて赤面する。顔に見とれているあたしのとろとろになった足の間に熱い何かがぷちゅりと押し付けられた。

「あ……それ……って」
「安心してね。私の種では君は孕まないようになってるから」
「え……? 今なんて……」
「挿れるよ……」
「あっ、あっ♡ はあぁあぁぁ……ッ♡♡♡」

 ぬぢゅ……とあたしのナカを押し広げて彼が入ってきた。さっき指で開発されたところをごりごりと擦りながらそれは奥まで侵入してくる。そして一番奥の自分も知らないところをどちゅっ♡ と突いて止まった。

「ンッ……うっ……あああっ……♡」
「ほら、ここが美咲の奥だよ。私が初めて入ったんだ。とても狭くてあったかい。気持ちいいよ。美咲。美咲も気持ちいいかい?」
「お、奥まで入ってる……玄夜さんの……奥まで……」
「そう、私のがぴったり入っている。初めてでこんなにちゅうちゅう吸い付いて、美咲と私は相性がいいんだね」
「相性……いいの……うれし……っ♡」
「可愛いよ、美咲。奥をいっぱい愛してあげるね」

 玄夜さんは中に入っていた彼自身を入り口まで引き抜くと、腰全体をあたしのお尻に叩きつけて奥を一気にどちゅんッ♡ と打った。

「あっひぃぃいぃぃぃッ♡♡♡」

 たまらず悲鳴をあげるあたしを笑顔で見下ろしながら玄夜さんは繰り返し奥をどちゅどちゅ突いてくる。あたしはその度につま先をぴんと伸ばしてナカをぎゅうと締め付けながらイった。初めてなのになんどもなんどもイかされて、このときあたしは仕事が苦しいことなんて完全に忘れてたと思う。

「んあぁ~ッ……イく♡ イくッ♡ ずっとイってるのぉ……♡ あんっ♡ はんッ♡ 玄夜さあぁん♡」
「私もイくよ、美咲。君は最高だ。初めてを私にくれてありがとう……」

 その時、身体の中で爆発するみたいな快感の中で見上げた玄夜さんの目は猫みたいに瞳孔が縦に細かった。耳も黒い毛が生えてとがってた気がする。でもそれはイきすぎてちょっと幻覚が見えちゃったんだと思う。初めてのセックスの余韻の中であたしの意識は遠のいていく。玄夜さん、と呟いた声は彼に届いたかどうか。あたしは暗闇の眠りの中にゆっくりと落ちて行った。

 「ん……あ……」

 次の朝、あたしは一人で目を覚ます。ノーブラの上半身には寝間着のTシャツを着て、下は色気のないレディースのボクサーパンツを穿いてるいつもの寝支度。あまりにもいつも通りだったので、昨日のことは夢だったんじゃないかと思った。だけど、昨日いっぱい玄夜さんのを出し入れされたそこはまだ何か挟まってるような違和感があったし、歩くとジンジンと熱を持っていた。

(帰っちゃったんだ。玄夜さん。いきずりで初体験しちゃった、あたし……)

 脱がしてもらったスーツはちゃんとハンガーにかけられていた。あたしは今日もそれに着替えて会社に行くことになる。やっとひと段落ついた仕事だけど、またどうせデスマーチになっちゃうんだろうな……。そんなふうに思いながら鏡を見ていると、なんとなくいつもより艶めいたリップティントを引きたくなった。いつも死人みたいな顔で適当なメイクをしてたけど、こうしてみるとなんとなく今日もがんばれそうな気がした。
 玄夜さんとは連絡先の交換とかはしなかったから、多分もう会えないと思う。だけど昨日の体験のことは宝物みたいに胸にしまっておこう。そう思ってあたしは家を出た。
 それからの一か月は予想通りすごく忙しかった。こなせばこなすほど手元の仕事がどんどこ増えて、そんな生活の中でも生理は止まらずに来る。

(そういえば……そっか。玄夜さん、自分の種では妊娠しないようになってるとか変なこと言ってたけど、あれはあたしを煽るために言ったことで実はちゃんと避妊してたんだな……)

 ナカに出されてその相手と連絡が取れなかったらもっと焦ったり怖がったりするべきじゃない? って思うんだけど、不思議と全然そんな気にならなかった。どうしてか、絶対に大丈夫って確信があった。やっぱり夢だったのかもしれないと思いながら仕事に追われて、泊まり込みが続いたのでだんだんとあたしのあの夜の記憶はおぼろげになっていた。
 だけど、一度めくるめく夜を知ってしまった身体はふとした時に熱くなる。あの骨ばった手でよしよしと甘やかしてほしい。余裕たっぷりのかすれた声であたしがどんなふうになってるのか教えられたい。何も入ってなくて寂しいお腹の奥まで、あの硬いのでどちゅどちゅ追い詰めてほしい。会っていない時でもあたしの身体は玄夜さんに支配されていて、もう会えない人なのに彼が欲しくて切ない夜が過ぎて行った。
 そんなある夜。ようやくうちに帰れるようになってアパートに戻ると、あたしの部屋の前にその人はいた。

「やあ美咲。元気にしてたかい? 近くを通りかかったから寄ってみたんだ」
「……!!!」

 長身に白髪交じりの髪、それに赤いスカーフ。玄夜さんの姿を見た瞬間、あたしの身体がかっと熱くなって下着の中がどぷ……と重くなった。

「……っ♡ ……っ……!!」
「おやおや、外でそんな無防備な顔しちゃ駄目じゃないかい? ……悪いおじさんに食べられちゃうよ?」

 余裕綽々のハスキーボイス。会いたくてたまらない人がそこにいて、あたしは気がついたら彼の大きな体に抱き着いていた。

「げ、玄夜さぁ……ん、会いたかった……会いたかったんですぅ……あたし……」
「よしよし、またへとへとに疲れちゃったんだね。いっぱい甘やかしてあげるからね。ほら、おうちに帰ろう」

 あたしは玄夜さんに抱きしめられながらドアの鍵穴を回す。興奮で手元がぶるぶる震えたけど、鍵ががちゃんと音を立てて開いた。次の瞬間玄夜さんがドアを開け、あたしごと中に滑り込むとまた内側から鍵をかけた。そして、あたしの顔を上向かせて、上から覆いかぶさるようにキスをしてくれた。

「んん……んぅう……ッ♡ んむ……ちゅ♡ ちゅッ♡ ふっ……ふうぅッ……♡」

 玄関で立ったまま、玄夜さんはあたしの唇を貪る。熱い舌があたしの舌に絡んで、口の中でかき回して、あたしはそれだけでつま先立ちになってイく。その間にも彼の手がタイトスカートをまくり上げて、ストッキングをかき分けてぬるぬるのそこを見つけ出す。玄夜さんに暴かれるのを心待ちにしていたあたしの雌はとろとろに蕩けて彼の指を簡単に受け入れてしまった。

「ふーッ、まだなんにもしてないのにもうぬるぬるだよ? そんなに私に会いたかったのかい?」
「だ、だってぇ……気持ちいいの、忘れられなくってぇ……」
「ふふ、そうか。素直でいい子だ。どうされたい?」
「お、犯してください。あたしのこと、めちゃくちゃに抱いてぇ……♡」

 震えながら望みを告げると、玄夜さんはあたしの身体をぐるっとひっくり返して壁に押し付ける。そしてストッキングごとショーツをずるんと引き下ろして、後ろからお尻に熱い塊をぬるんと滑らせた。

「ああっ、それえ……っ♡」
「これが欲しいんだね。びしょびしょでぱくぱく開いたり閉じたりしてる。食いしん坊だ」
「は、はやくぅ……♡ 玄夜さぁん……♡」
「行くよ、美咲……」

 ずりゅりゅりゅりゅッ!! どッッッちゅんッッ!!!

「ンッ!! ……はあぁあぁぁぁ……ッ♡」

 玄夜さんが一気にあたしのナカに入ってきて奥を思いっきり叩いた。あたしはその衝撃で一瞬息がつまり、それから甘い甘い吐息を長く吐き出す。欲しくて欲しくてたまらなかったそれがお腹の中にあることがとても嬉しくて、ナカがかってにきゅうきゅうと彼を締め付ける。ブラウスの中に玄夜さんの両手が入ってきて、あたしの両胸を弄り、乳首をこりこりと苛めだした。奥とおっぱいだけで釣り上げられたあたしは壁に両手をついてバランスを取るのが精いっぱい。そんなあたしの油断の隙をついて、玄夜さんが腰を動かし始めた。

「アッ♡ 玄夜さんッ♡ だめッ♡ どちゅどちゅしながらおっぱいまでッ♡ はあッ、ひぃッ♡ もうイくッ♡」
「始まったばかりなのにもうイくんだね、感じやすいいい身体だ、可愛いよ、美咲。この間まで処女だったなんて嘘みたいだ」
「げ、玄夜さんがこうしたのぉ……、こんなの、知らなかったのに……ひぃっ♡ んひぃいん……♡」

 立ったまま、あたしは後ろからどちゅどちゅと犯され続ける。ほんとうにおかしい。一回しただけの知らない人をこんなに欲しいだなんておかしい。きっとあたしは仕事のし過ぎで狂っちゃったんだと思った。でもこんなに気持ちいいなら、狂っちゃった方が幸せなんじゃない……?

「そう、私みたいなものが教えた女はみんなそうなる。だけど私にはもう美咲だけだ。美咲はこれからずーっと私に食べられ続けるんだよ……そらっ、突いてやるからイきなさい」
「ああぁあぁ~ッ♡♡ イくうぅ~ッ……♡♡」

 おじさんとは思えない体力で玄夜さんはあたしに腰を叩き続けて、狭い玄関にぱちゅんぱちゅんって湿った破裂音が響いた。あたしはあひあひ泣きじゃくって彼の思うままにイかされ続けて、また中に熱いものをいっぱい流し込まれた。

「ああ……玄夜さん……もっと……もっとぉ……♡」
「いいとも、夜はこれからだからね……」

 こうしてあたしは玄夜さんの虜になった。あたしが家に帰れる日をどうやって把握しているのか、彼はいつでも家の前で待っていてくれて、そうして毎回あたしを激しく抱き潰す。もともと寝に帰るためだけにあるようなあたしの部屋はもう玄夜さんとセックスするための部屋も同然だった。
 へとへとになるまで抱かれてるはずなのに、何故だか朝になるとあたしの疲れはすっかり取れている。鏡に映ったあたしは前よりなんだか瑞々しくて綺麗になってきた。それはあたしが勝手にそう思ってるだけじゃなくて、他の人にもそう見えるらしかった。

「愛原~、なんかお前最近変な色気出てきたな? 男でもできたのか?」
「えっ、いや、そんな暇あるわけないじゃないですか……」

 いつも無茶なノルマを課してくる部長がいきなりド直球のセクハラ発言をしてきた。キモすぎるけど、相手は上司だから適当に流す。

「まあいいや。お前今度の取引先との会食についてこい。お前が気に入られるかどうかで取引決まるからボサボサの頭で来るんじゃねえぞ」

 部長は言いたいことだけ言ってあたしの返事を待たずにどこかに行ってしまう。社畜のあたしに拒否権はない。前から綺麗な女の子がこういうふうに取引先との会食に連れていかれることはあって、そのあとすぐ辞めちゃうからひょっとして何かあったんじゃないかと思っていたんだけど、まさかあたしがそれに呼ばれるなんて……。
 玄夜さんに話を聞いてもらいたいと思ったけど、会食の日まで結局あたしは家に帰れなかった。近くのネカフェでシャワーを浴びて身支度をして、あたしは車で高級料亭に連れていかれた。

「これがねえ、今うちの会社で一番若くて可愛い美咲。前まではもっといいのいたんだけどねえ、根性足りなくて辞めちゃってえ」
「いやいや、そんな謙遜しなくても。十分可愛い子じゃないですか~」
「地味で華のない女なんだけど、よくみると巨乳だし酒が入ると下ネタにも返事するんですよ~、なあ美咲ぃ」
「あ……え……はは……」

 食べたことないような高級な料理の匂いと食器の音は、こんな場面じゃなきゃいいものなんだろうけど、部長に肩を抱かれてる状態でのそれはこんなに不快なんだと思いながら居心地の悪さに耐える。向こうの人たちも全員おじさんで、でも玄夜さんみたいな清潔な感じじゃなくてギラギラしてて気持ち悪い。

(でも、嫌な顔できない……取引が駄目になったらなんて言われるか……)

 それでも、危なそうだったらトイレに行くふりをして逃げようと思った。煙草とコーヒーをがぶがぶ飲んでる人特有の臭い息の匂いがする。あたしは玄夜さんの男性的なムスクの香りを思い出して吐き気を我慢した。

「社長さん、ちょっと遅れてますねえ。道が混んでるって?」
「ええ、もうちょっとしたら着くそうですよ」
「そしたらたっぷりサービスして差し上げないと、おい美咲、今夜は頑張れよ」

 やっぱりあたし、お土産なんだと思った。令和のこの世に、こんなことがまだまかり通るだなんて……。

「あ、あの、あたしトイレに……」
「あ、社長。お待ちしてましたよ~。もう料理も来ていて……」

 肩だけを掴んでいるふりをしてテーブルの下で太腿に指を這わせてくる部長から逃げようとしたときに、取引先の社長が到着したようだった。お土産はまっぴらごめんだけど挨拶もしないのはまずい……。顔をあげて部長の手を振りほどこうとした瞬間、現れた社長の顔を見て、あたしはあんぐりと口を開けて固まった。

「どうも、社長の黒野です。おや……」

 そこにはいつもにこやかにあたしを待っていて朝までめちゃくちゃに抱いてくれる、玄夜さんの姿があった。玄夜さんは普段あたしに見せる顔とは違ってすごく冷たい目つきでこっちを見下ろしている。それが別人みたいに怖くって、あたしはそのまま硬直してしまった。部長や取引先の人たちが玄夜さんにあれこれ揉み手でおべっかを言っているようだったけど、何を言ってるのか全然わからなかった。それくらい玄夜さんの目は怖かった。彼はおじさんたちのおべっかには返事せずにあたしだけを見据えて一言、こう言った。

「私以外の男に指一本触れさせるな。美咲」

 その言葉に誰かが反応するより早く、部屋の空気が一変した。温かみのある証明が突然紫色の光に変わって、部屋中の色を禍々しく染める。

「ぐ……げ……げ」
「えっ!?」

 私の肩を抱いていた部長が泡を吹いて硬直しているに気が付いて、あたしは驚愕する。テーブルの向かい側の取引先の人も硬直して突っ立って、ぶくぶくと泡を吹いていた。あたしは飛びのいて部長の手から逃げる。そして玄夜さんの顔を見上げようとした。

「げ、玄……夜……さん……?」

 玄夜さんの姿も変わっていた。コウモリみたいな大きな黒い翼を広げて、耳には黒い毛が生えて尖っている。そして彼の目。初めて彼に抱かれた日に薄れゆく意識の中で見た気がした、瞳孔が縦になった猫のような目が爛々と光っていた。

「ひ、ひいっ!」

 異形の姿に驚いたあたしが這って逃げようとすると、さっきまでふすまのところにいたはずの彼がしゃがんで目の前に待ち構えていた。

「いやあぁ!」
「一旦眠りなさい」

 パニックで叫び出してしまったあたしの目の前に彼の大きな手のひらが見えて、そしてそこであたしの意識は途切れた。

(……ちゃん。……ちゃあん)

 夢の中でお母さんが泣いている。あたしが子供のころからずっと飼ってた猫が老衰で死んじゃった日の夢だ。幼稚園の帰りに拾って来て、それからずっと一緒に育ってきた猫。あれからうちではペットは飼ってない。だって動物は人間よりずっと早く年を取って、先に死んでしまって悲しいから……。

「はっ、はあっ、はあっ、はあぁっ……」

 最初は誰かがマラソンしてるのかと思った。だけど聞こえてくるその荒い呼吸は自分ので、気が付くとあたしは知らない場所で玄夜さんに組み敷かれていた。足の間には彼の大きな雄がずっぷり挿し込まれていて、ぱあんって思いっきり打ち付けられた時完全に意識が覚醒する。

「あはぁん……ッ!!」
「目が覚めたかい? 美咲。まったく、くだらないたくらみにほいほい引っかかって、危ういにもほどがあるよっ。ご丁寧にホテルのキーまで用意してあった。まあ、そういうことならありがたく使わせていただくがねっ……」
「あっ、あんっ、あんッ……げ、玄夜さん、ど、どうしてっ……」

 打ち付けられる杭が気持ち良すぎて何もわからなくなりそうだったけど、あたしは必死に正気を保とうとする。だって、裸の玄夜さんの姿は意識を失う前に見た人間離れした姿のままだったから。

「そ、その羽、耳も、目もっ、どういうこと、ああっ、なのっ」
「どういうことも何も、見たままさ。私は人間じゃないんだ」
「人間じゃ……ないっ? んっ、あっやあぁっ、責めるのやめてぇっ、今イきたくないのおっ」
「それはできない相談だ。君は私を本気にさせた。このままイきながら私の話を聞きなさい」
「あっ、あああッ、あはぁ……ッ……」

 玄夜さんはとちゅ♡ とちゅ♡ と優しく腰をゆすりながら話し出した。

「美咲は淫魔というのを聞いたことがあるかい? 人を犯し、生気を啜る……。私はインキュバス。雄の淫魔だ」
「いん……何……あっ、あひぃ……ん♡」
「私は前の生を生きた時、君を知っていた。淫魔に生まれ変わって、すぐに君を探したんだよ。君に釣り合う若い肉体が欲しかったけど、どういうわけか死んだときの肉体の年齢の姿でね。まあそうなってしまったものは仕方ない。私は一生懸命君を探したっ……」
「ま、前の生って……どういう……んひっ♡ だめぇ…、奥ゆっくり捏ねるの効いちゃう……っ♡♡」

 腰をぐりぐりと押し付けるように責められて、二人のつながったところがぬちょ♡ ぬちょ♡ っていやらしい音を立てる。もう気持ちよくて、あたしの腰も勝手に動いちゃってる……♡


「私は人の意識を操ることができる……。会社を一つ乗っ取り、社長に成り代わり……手にした財力でやっと君を見つけた……。そうしたら君はろくでもない会社に使い潰されかけていた……だから私は……君を少しずつ開発して……篭絡して……君が私に依存するように仕向けていたんだ……」
「あっ、はっ♡ そんな……どう、して」

 そこまで言って玄夜さんはあたしの足を抱え上げて、腰が天井を向くようにひっくり返した。

「君を私の番にしたかったからだよ。生きていた時から君を番にしたかった。だから君の身体を淫魔の子を孕めるように少しずつ少しずつ作り替えているところだったんだ。それが、予想以上にこんなに魅力的に変化して……。他の薄汚いヒトオスを惹きつけるような色気をぷんぷん振りまいて……。私の会社の会食だったからよかったものの、間に合わなかったらどうなったことか……!」

 しゃべりながら、玄夜さんは挿しこんでいたものをずるる……っとゆっくり引き抜く。ああ、アレが来る。思いっきりナカをごりごり擦りながら奥まで一気に叩く、あたしがいつもイき狂っちゃうアレが来るッ……!

「美咲、愛してるッ……思い出してくれッ……私はいつも君と一緒にいたんだよッ……!!」

 ごりゅごりゅごりゅ……ッ♡ どッ…………っちゅんッッ!!!!

「あ゛ッ、おッ♡ あぁッ……ひぃいぃぃ……ッ♡♡♡♡」

 真上から杭を打つように思いっきり子宮の入り口を撃ち抜かれて、あたしの腰から脳天まで電流みたいな快感がびりびりっと奔った。つま先をピンと伸ばして、痛いほどの首を仰け反らせてあたしはイき狂う。すぐにまた始まる激しい掘削にあたしの潮が噴きだして胸にびしゃびしゃかかってしまう。

「あんなに、あんな優しい君が、あんなに愛されて育っていた君がこんな生活をしているだなんて私は耐えられないッ! 君はもっと愛されて、大事にされて、幸せになるべきなのに……なあ、また私を呼んでくれ、美咲。呼んでくれ……あの頃の名前で……」
「あ゛ッ、ああッ、やあぁッ、イくっ♡ イってるッ♡ イきすぎてるッ、これ以上はッ、はああぁッ♡♡」

 玄夜さんが必死であたしに呼びかけるけど、苦しいくらいに気持ち良すぎて全然わかんない、あの頃の名前って何? 前の生って何?? なんにも……わかんなッ……あたま、真っ白になって……ああぁあ……イくぅ……♡

(ゲンちゃんっ)
(にゃあんっ♪)

 あ……っ……。

「ううっ……美咲……ううう……」
「ゲン……ちゃん?」
「……!!」
「ゲンちゃん、おいで……♡」

 感極まって涙を流している彼の頭を、わたしは優しく抱っこしてあげる。あったかくてぽわぽわしてぺらぺらした黒い耳、そっか。昔とおんなじだ。

「会いに来てくれたんだね、ゲンちゃん……。天国に行ったんだって思ってたのに……」

 黒猫のゲンちゃん。発芽玄米の段ボールに捨てられてたからゲンちゃん。それがあたしが飼ってた猫の名前。それが生まれ変わって会いにきてくれたのが、玄夜さんだったんだ……。

「美咲、思い出してくれたのか? 美咲……」
「うん、思い出した……。ごめんね、わからなくて」

 まだあたしが学生だった時、お休みの日は一緒にお昼寝した。ぽかぽか日差しがあったかくて、ゲンちゃんの毛並みは柔らかくて、穏やかで優しい時間が流れていた。もうずっと忘れてた。幸せってあんな時間のことを言うんだ……。

「美咲。もうあんな仕事なんてやめなさい。私の所に来て、社長夫人に……そして淫魔の番になるんだ……いいね?」
「ん……なる。あたし、ゲンちゃんの番になるう……」

 ばちゅんっ!! あたしの返事に彼は激しい打ち付けで返してきた。びっくりして顔を見ると、より獣じみた表情になったゲンちゃんが笑っている。

「おッ……おっ……おぉ……ッ♡」
「ああ……一生をかけてこの瞬間を夢見ていたよ。美咲は今日から私の番だ。私の子猫をたくさん孕んで、ずっと幸せに暮らすんだッ!!」

 それからの彼はすごかった。あたしの喉に噛みつきながら激しく腰を振って、あたしのナカは彼の形にすっかり整えられて、彼の遺伝子を受け入れる準備を勝手にしてしまっていた。どんどん獣じみていく彼の雄によるがりがり引っ掻くような刺激まであたしは全部快感に受け取ってしまう。

「ンああぁあぁあぁっ♡♡ イくうぅぅ……ッつ♡♡♡」

 そしてあたしの奥の奥に淫魔の精が流し込まれる。番にされて、愛される悦びにどぷどぷに甘やかされて、あたしは産まれてきて一番の幸福を感じさせられていた。

「あのこれ、退職届です。残りの二週間は有給使います。今日でもう終わりってことで」

 次の日、会社は大騒ぎだった。なんでも部長が発狂してしまい、今までやってきた法律違反や悪事を喋りながら公道で大暴れして警察に捕まったらしいのだ。

「まあ、そうだよねえ。僕も実は辞めようと思うよ」

 電話応対に追われながらも人事担当者は届け出を受け取ってくれる。このうえセクハラまで告発されたらたまったもんじゃないのだろう。有休の申請もごねずに通してくれた。
 あんまり多くない私物を片付けて、あたしは会社を出る。玄関の前に真っ赤な高級外車が止まって、あたしを待っていてくれた。

「玄夜さん、迎えに来てくれたんですか」
「もちろん。愛する妻の運転手になら喜んでなろう」

 彼は今日もおしゃれな赤いスカーフを巻いて、飄々とかっこいいおじさんだ。そう言えば、猫だった頃も赤い首輪をしていたっけ。

「さあ、どこに行きたい? お姫様」
「玄夜さんの連れてってくれる所だったらどこでも」
「そうかい。うれしいね。だけど二人きりの時は昔みたいに呼んで欲しいな」
「じゃあ、海に行きたいな。ゲンちゃん」
「喜んで。私の美咲」

 赤い車は高速に乗って、あたしたちを海へと運び……。運転中ずっと愛を囁いてくる彼のハスキーな声を聞きながらあたしはそのままゆっくりと目を閉じた。
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