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後日談

後日談・姪っ子がやってきた! ③

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 アルベリオが年上の子供たちに大人相手にうまく事を運ぶ交渉術などを教えてやり、ややこすいやり口とは言えレイモンドは性格上そういう絡め手の駆け引きを教えることはできないのでとても助かった。時々ララミィの様子を見ると、なにやらリットと根気よく話しているようなので邪魔をしてはいけないと思いそのままにしておいた。リットは内気だが絵がうまく、将来は絵物語の作家になりたいそうで読み書きを覚えるのも早い。大人の代わりに子守をさせるような真似をしてしまったのでララミィの相手をしてくれていたお礼にあとで一冊自分のコレクションを譲ろう……などとレイモンドが思っていると、アルベリオが何かに気が付く。

「おかしいな……あいつらさっきから同じ動きしてねえか?」
「え? あ、あれ?」

 確かに、良く見なければわからないがララミィに絵を描いて見せていると思ったリットは定期的に同じ動きで黒鉛を走らせており、不自然だった。

「やられた! ララの幻惑魔法だ。退屈して抜け出してやがる。まだそこまで遠くには行ってねえはずだ、おい、探すぞ! エルフ!」

 アルベリオが近づき二人の子供の背中を掌でパンパンと叩くと、二人の子供だったと思ったものは野菜が詰まった二つの袋に変化した。

「ララちゃん、あんなに小さいのにこんなこともできるんですか!」
「才能あるのも考えもんだな……やっべ、ミルキィにどやされるわ……」

 勉強を見るのを中断し、二人の大人はララミィとリットを探すためにその場を離れた。

「さっき食ったお前の精気の食いカスが落ちてるな……うっすらだがこれで大体行った方向くらいはわかる、土地勘ねえから道は案内してくれ」
「わかりました。ではアルベリオさんがその食べカスとやらを見つけた周辺でリットが行きそうなところを考えます……!」

 アルベリオがララミィの置いて行った幻惑魔法を見破ったころ、当のララミィとリットは裏路地をてくてくと歩いていた。

「ら、ララミィちゃん、何も言わないで出てきてよかったの……お父さん、心配しちゃうんじゃない……」
「ふーんだ、ララを放っておいたパパたちが悪いんだもん。それよりリット、せっかくだから普段行けないとこに行こうよ。行っちゃだめって言われてるとことかないの?」
「ん……」

 ララミィの提案に該当する場所があるらしく、リットは何やら逡巡している。

「どうしたの? あるんでしょ。ララに教えてよ」
「えっと……大人向けの絵物語が売ってるところに行ってみたい……」

 絵物語は食い詰めた画家見習いなどの絵描きが小銭を稼ぐために作って露店で売っている写本である。もともとは吟遊詩人の歌を文字に書き起こしたものに絵を付けたものだったが、次第に作り手のオリジナルのものも増え、集め始めるとなかなかに奥が深い。もともと大人の娯楽なので子供の小遣いで買うには高いし、わざわざ金を出して買いたくなるものを作らないと売れないので下世話な内容のものも多い。路地裏のドブネズミなどと言われながら娯楽の少ない幼少期を暮らしているリットの目にそれが入るのは至極当たり前なのだが、レイモンドは子供に自由に見せるのはまだ早いと思っているので、できるだけ当たり障りのないものを譲ってやったりしていた。

「だけどね、娼館? 通りで売ってる絵物語、面白そうでずっと気になってて……」

 つっかえつっかえ、リットはララミィにそんなことを教えてくれた。

「ふーん、お金はあるの?」
「うん、くず鉄拾いで貯めたお金があれば一冊くらいなら買えそうだけど……」
「じゃあ、買いに行こう! ララもそれ見たい!」
「ええ……でも……あ。待って! どこ行くの!」

 道など知らないのに駆けだすララミィを追いかけ、リットも走り出した。

「あの、アルベリオさん」
「なんだよ」

 ララミィとリットを探して、レイモンドとアルベリオも街を走る。レイモンドは足が速いし、アルベリオもララミィの通った後が見えるので探すこと自体はそんなに難しくはないのだが、二人とも大柄なため小さな子供たちの近道を使えないので入り組んだ路地裏をばたばたと回り道で進んでいる。

「ララちゃん、あんな凄い幻惑魔法を使えるのだったら見つけようとしてもまた煙に巻かれてしまうのではと思うのですが」
「あー、いや、さすがに普段のララはあそこまですげーのはまだうまく使えねえよ。今日は出がけにお前の精気吸っただろ? あれのせいで強壮剤飲んだみてーになってんだ。さすがにさっきあれだけのことしたから今は角とか尻尾消すだけで精いっぱいだろうぜ。それなりに疲れるだろうしな……だから早いとこみつけねーと。おい、ボサっとしてんなよ。あのリットとかいうガキが行きそうなとこはどこだ? 早く教えろ」
「そうですね……彼は前から娼館通りの絵物語の露店を気にしていたのでそっちに行ってみましょう……ひょっとして他の人の精気と混じってわかりづらくなりますか?」
「いや、お前の精気珍しい色だからな。ったく、何食って育ったらこんなすげー色になるんだ?」
「そう言われましても……」

 大人たち二人の苦労をよそに、ララミィとリットは建物の隙間や壁の穴などを抜けて娼館通りに出た。一応この世界のメインの信仰は貞淑を良しとしているので、この街に娼館などは『ない』ことになっている。しかし、この街に暮らすものは誰もがそれが建前であることは知っており、娼館以外でもギルドを通さない後ろめたいものの売り買いの露店がこの区画に集まってきているのだった。
 子供には何に使うのかいまいち見当がつかない淫具の類や、怪しげな煙草などばかりでなく、日用品や装身具の類、おそらく全て盗品だろう、そういうものが通路の壁際に広げられ、雑多に売買されていた。そんな中に絵物語を商う絵描きがいた。

「あった……うわ……」

 並べられた絵物語を手に取るリットの後ろからララミィが覗き込むと、裸の男女が思わせぶりに見つめ合う表紙が目に入った。

「こういうのが欲しかったの? やらしいね、リット」
「そ、そういうんじゃないよ! 服を着てない絵の方が手足がどうなってるかわかるし……勉強になるから……」

 児童とは思えない妙な色気のある声色でララミィにからかわれ、リットは真っ赤になって弁解した。

「いいから買いなよ、欲しかったんでしょ」
「そうだけど……あっ?」

 その時もじもじと迷っているリットの手から、売り手の絵描きが絵物語をそっと取りあげる。驚いてリットが見上げたその表情は怒りでも悪意でもない、困った人のそれだった。

「おまえ、あれだろ。あのエルフ先生が今面倒見てるガキだよな。悪いけど、子供が買いに来たら売ったら駄目だってエルフ先生に言われてんだよ」
「えっと……あ、その、すみませ……」
「エルフ先生、常連だし俺もガキのころ世話になったからな。それに、ガキがこういうの持ってるのを表の大人に見つかったら俺らが商売できなくなっちまう可能性があるんだ。俺も納得いってるわけじゃねえが、さすがにこんなちんちくりんにはまだ早いぜ。あとせめて十年デカくなってから出直しな」
「あ……」

 リットは空になった手を悲しそうに見つめ、口の中で「ごめんなさい」とつぶやいてとぼとぼと元来た道を戻りだした。ララミィは絵描きとリットを二度三度見比べると、リットを追いかける。

「ねえ、いいの? 欲しかったんでしょ? なんで諦めるの?」
「……だって。売ってる人の迷惑になっちゃう。そんなのダメだと思うし……」

 ララミィはしょんぼりしてしまったリットを見て悔しい気持ちになった。もう学び舎に何年も行っている近所のおねえちゃんたちは自分の姿を大人の女に変えることができるが、ララミィにまだそれはできない。さっきレイモンドの精気を吸った後だったらもしかしたらできたかもしれないが、もう野菜の袋を自分たちに見せる幻惑魔法を使ってしまったので力が入らず、得意な姿を消す隠密能力でさえ自分の分しかできなそうだ。

「ララミィちゃん、ついてきてくれてありがとう、ごめんね、もう帰ろう……」
「えー……何? つまんないよ……」
「おい、おぼっちゃんにおじょうちゃんよ? あんたらエロ絵物語なんか欲しいのか? 今時の子供はおませだねえ」

 その時、建物の間からべとついた声がかかった。ララミィが声の方を見据えると、そこには昼から酒瓶をぶら下げた中年の男が一人手招きをしていた。
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