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失われたもの
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失われた5年のうちに、ファルカシュは太陽の一族の長である太陽神になっていた。
長の妻として私は生活を始めた。5年暮らしてきたはずの天界にある太陽の宮殿は、初めて訪れた場所のようで、何もかもがよそよそしく感じられた。
それでも私には愛する夫がいてくれる。同い年だった彼は急に年上になってしまったように感じるけれど、年をとったのは自分も同じ、鏡の中には見慣れた少女は消え失せて、成熟した大人の女性がそこにいた。
私の記憶は結婚式の日で途切れていた。式を終えて初夜を迎えようとしていた気がする……そこから霧に覆われた記憶は欠片さえつかめない。初めは思い出したくて必死だったけれど、気が付いてみたら何も不安に思うことなどなかった。
5年前もそして今も、私が愛するのはファルカシュで、心から信頼する許嫁が夫になっただけ、彼の隣にいられたらそれ以上に望むものなどない。神の子として数千年の時を共に生きるのに、5年など瞬きの間のようなものだ。
彼は優しかった。
その優しさは花のように美しくそして儚げだった。花の美しさが一瞬であるように、燃えては消え、また炎を上げては灰になるように、彼はやみくもに私を愛そうとする。
この世の美しいものを私に与え、際限なく甘やかせ、ひたすらに愛をささやいた。
まるで今この瞬間にそうしなければ、私が消えてしまうかのように……彼は苦しい程に優しかった。
数千年の年月をこの刹那に込めるように、狂気さえ感じるほどに……
優しさという名の花畑の中で、幸せよと告げるのに、ファルカシュの瞳は悲しみを映していた。
その悲しみに手が届かない。
5年の歳月が彼を変えた。私は記憶を失い、彼もまた何かを失ったようだった。
愛されているのに、彼は遠い所にいる。
彼の悲しみを癒す方法が分からないままに、真綿にくるまれた幸せの日々が続いていく。
私は1つの決意をし、ある晩彼に告げた。
「私を抱いて」
きっと記憶を失うまでの5年間の間、私は幾度となく彼に愛されているはず。だから、どうして彼が私に触れないのかずっと不思議だった。身も心も彼のものになりたかった。悲しみを抱える彼を私が愛してあげたかった。
ファルカシュの瞳から悲しみの色がようやく消えた。
私たちは幸せな恋人同士となって、夫婦の寝台で抱きしめあった。
彼が口づけて、何万回もすでに伝えてくれた「愛している」の言葉を、まるで初めて口にするように告白してくれた。
私は幸せだった。けれど、抱きしめたきりいくら待っても彼は私と夫婦の契りを結ぼうとしない。
「ネリ、私は君を抱くことができない」
「どうして? ファルカシュ私たちは夫婦なのでしょう? もう何度も愛し合ってきたのでしょう?」
彼の瞳から涙があふれた。こぼれて、落ちて、尽きることなく私の頬に落ちてきた。
彼は泣いて、泣いて、私を強く抱きしめながら狂おしく叫んだ。
「ネリ、私の愛しいネリ。君はもう私を愛していない」
長の妻として私は生活を始めた。5年暮らしてきたはずの天界にある太陽の宮殿は、初めて訪れた場所のようで、何もかもがよそよそしく感じられた。
それでも私には愛する夫がいてくれる。同い年だった彼は急に年上になってしまったように感じるけれど、年をとったのは自分も同じ、鏡の中には見慣れた少女は消え失せて、成熟した大人の女性がそこにいた。
私の記憶は結婚式の日で途切れていた。式を終えて初夜を迎えようとしていた気がする……そこから霧に覆われた記憶は欠片さえつかめない。初めは思い出したくて必死だったけれど、気が付いてみたら何も不安に思うことなどなかった。
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彼は優しかった。
その優しさは花のように美しくそして儚げだった。花の美しさが一瞬であるように、燃えては消え、また炎を上げては灰になるように、彼はやみくもに私を愛そうとする。
この世の美しいものを私に与え、際限なく甘やかせ、ひたすらに愛をささやいた。
まるで今この瞬間にそうしなければ、私が消えてしまうかのように……彼は苦しい程に優しかった。
数千年の年月をこの刹那に込めるように、狂気さえ感じるほどに……
優しさという名の花畑の中で、幸せよと告げるのに、ファルカシュの瞳は悲しみを映していた。
その悲しみに手が届かない。
5年の歳月が彼を変えた。私は記憶を失い、彼もまた何かを失ったようだった。
愛されているのに、彼は遠い所にいる。
彼の悲しみを癒す方法が分からないままに、真綿にくるまれた幸せの日々が続いていく。
私は1つの決意をし、ある晩彼に告げた。
「私を抱いて」
きっと記憶を失うまでの5年間の間、私は幾度となく彼に愛されているはず。だから、どうして彼が私に触れないのかずっと不思議だった。身も心も彼のものになりたかった。悲しみを抱える彼を私が愛してあげたかった。
ファルカシュの瞳から悲しみの色がようやく消えた。
私たちは幸せな恋人同士となって、夫婦の寝台で抱きしめあった。
彼が口づけて、何万回もすでに伝えてくれた「愛している」の言葉を、まるで初めて口にするように告白してくれた。
私は幸せだった。けれど、抱きしめたきりいくら待っても彼は私と夫婦の契りを結ぼうとしない。
「ネリ、私は君を抱くことができない」
「どうして? ファルカシュ私たちは夫婦なのでしょう? もう何度も愛し合ってきたのでしょう?」
彼の瞳から涙があふれた。こぼれて、落ちて、尽きることなく私の頬に落ちてきた。
彼は泣いて、泣いて、私を強く抱きしめながら狂おしく叫んだ。
「ネリ、私の愛しいネリ。君はもう私を愛していない」
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