記憶を無くした5年間、私は夫とは違う男に愛されていた

まつめ

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イリエスへの贈り物

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「……それで、腕を噛まれたと……」
 天界に戻り、宮殿の私室でキューリアスにケルに噛まれた場所に薬をぬってもらいながら、ファルカシュは苛々をぶちまけた。

「あの凶暴な番犬は全然懐かない、私を襲うように特別に訓練されているとしか思えん。戦闘力では私に全く太刀打ちできないと悟ると、あの犬は腹を見せて転がったんだ。きゅーんとか子犬みたいに甘えてな……私が油断して近づいたところを……」

「ガブリ……ですか?」
 側近であり、幼馴染として親友でもあるキューリアスは自分のことを何でも知っている、笑いながらもてきぱきと傷の治療をしてくれた。

「あの番犬は無駄に賢い。卑怯なところがシルベリオスにそっくりだ、まったく忌々しい」

「でも殺したらイリエスちゃんが怒りますもんね」

「そうなんだ。洞窟の宮殿では兄弟みたいに育ったから絶対に傷つけないで! とのご用命だ。これから毎晩のようにあの家に泊まりに行くことになるから、番犬とはなんとしても仲良くならないといけない」

 キューリアスの手が止まり、呆れた顔でまじまじとこちらを見ている。
「毎晩行ってどうするんです」

 ふっと微笑んで勝利の笑みを見せてやった。
「イリエスとは恋人になったからな、熱い夜を過ごすということだ」

「えー、それ本当ですか? ファルカシュ様の勘違いですよきっと」

「なったさ恋人に。向こうからねだってきた」

「まさか、まーさか、あのイリエスちゃんが? ファルカシュ様があの手この手で思わせぶりなことをしても、全く気付かず華麗に流してきたあの野生児が? いや信じられません。絶対に勘違いですって」

「ふっ、どうとでも言え。私はもう以前の私では無い、遂にこの灼熱の愛を燃やす時が……ああイリエス!」

 冷めた目でキューリスが首を傾げた。
「じゃあ、聞きますけど。ファルカシュ様が一晩中番犬ケルと戦っている時、イリエスちゃんはどこにいたんです」

「家に入って寝ていたな」
「それで、朝方噛まれたあなたが帰る姿を見て、彼女はなんて言ったんです」

「あらケル噛んだの? だめでしょ、め! さあ中に入ってご飯よ」

「ご飯って誰のですか?」
「ケルの……」

「現実をはっきり言いますよ。自分のために一晩中戦っているのに、己はグーグー寝て、怪我しても心配もせず、犬に「め!」で済ます女は恋人ではありません」

「本当なんだ、恋人になったんだ」と泣きそうになって言ったが、キューリアスは「はいはい、仕事に行ってください」と冷たく流すだけでつれなかった。


                 ◇◇◇   ◇◇◇

 そろそろ夕暮れが近づく頃、天馬を駆って馬車を走らせているとイリエスを見つけた。相変わらず若者達と過激な遊びをしてはしゃいでいる。

 高い山の頂から飛び降りて、風神の子供達と手を繋いで、崖下から吹き上げる風に乗ってヒラヒラ舞っている。空中で手を繋ぐ相手を次々変えるので見ているこちらはハラハラする。

 イリエスは空を飛べるわけではないから、風神の子と手を繋いでいないと落ちるのだが……その落ちていくのを楽しんでいるようだ。まったくのじゃじゃ馬である。

 天を駆ける馬車に気付いた一人の風の子が、イリエスの手を引いてこちらに飛んできてくれた。
「太陽神様ご機嫌麗しく、我らの安寧をお守りくださり感謝いたします」

「良い風を吹かせているね」
 声を掛けると風の子の少年は嬉しそうに礼をして、イリエスを馬車に乗せると上昇気流をつくって一気に高みに上がりクルクル回ってみせた。自慢の技を披露してくれたのだろう。イリエスが手を振ると去って行った。

「迎えに来たの?」イリエスは言いながら、いつものごとく膝の上に乗ってきた。

「今日は君に見せたいものがある。特別な贈り物だ」

 贈り物と聞いて興味を持ったのか、振り返ると胸に抱き付いてきた。
「何かなあ。ケルと遊ぶボールかな?」

「そんな、どうでもいいものでは無い。もっと大きい。そして今日は君の家には帰らないよ」

「そうなの? でもケルのボール壊れたでしょ。ファルカシュすっかりケルと仲良しになって、ボール遊びまでしてるもんね」
 そうなのだ、あの3つ頭の番犬を馴らすこと3カ月、あいつはすっかり懐いてボールを投げれば持ってくるまでになった。しかしだ、私がイリエスの家に入ろうとするとそれは断固として許さない。

 シルベリオスに番犬はそう躾られている。あの男は娘の家に男を絶対に入れさせないつもりなのだ。忌々しい。

「もう私はあの犬をどうにかして、君の家に入るのを諦めた」
 イリエスが、抱き付いたまま丸い目をして驚いた顔をした。

「一晩中私を腕に抱いて大人にするのは諦めるの?」

「よかった覚えていたんだ。君が無邪気に子供みたいに遊んでいるから、忘れてしまったかと思った」
 馬車を空で停め、彼女の腰を引き寄せて、顔を近づけると、すぐに可愛い唇がキスをしてきた。

「キスがとても上手になったねイリエス……」
 彼女の健気な動きに応えるように、熱くキスを返して強く抱きしめた。

「諦めたりするわけないだろ。この3カ月間、私がどれほど切なく君を求めていたか……だから今夜こそ君を抱きたい」
 イリエスが黙ったまま、ぎゅうぎゅう抱き付いてくる。返事が無いので不安になったが、見ると耳まで真っ赤になっている。たまらなくなって、頭に何度もキスをした。

「すごいファルカシュ、また空が全部夕焼けになった。それから山の方は雲が虹色になってる!!」

 ああしまった。とうとう彼女を抱ける喜びに暴走してしまった。こんな派手な空にしたらシルベリオスに気付かれてしまう!!

 それからしばらく馬車を走らせて。彼女への贈り物の上に到着した。
「わあ、かわいいお家!」

 その第一声に非常に満足した。この3カ月間、いろいろ細部までこだわって造らせたかいがあった。
 馬車を家の隣に降ろし、小さいながら上品でいて可愛らしい小屋の前に二人で立った。

「これが私からイリエスへの贈り物だ。これからは二人で過ごす時にこの家を使おう、さあ中に入って、君好みの可愛い家具をそろえたよ」

「うわあ、ファルカシュありがとう! このお家とってもかわいい、気に入ったよ! 中のお部屋を見るのが楽しみ」

「ごめんよイリエス。先に言っておくけど中に入ったらベッドに直行する、私はもう本当に待てないんだ」
 言うと同時に彼女を両腕で抱きかかえた。気持ちは最高潮に幸福を噛みしめていた。
「可愛いイリエス、大好きなイリエス、私のイリエス」

「おまえのイリエスでは無い」
 低い男の声がした。

 聞きたくもない、忌々しい、この世で一番憎い奴の声が……

 愛しい恋人を腕に抱えたまま振り返った。
 イリエスの父シルベリオスが、これから世界を支配する夜の訪れと共に、眼光鋭く立っていた。
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