3 / 7
花の手紙
しおりを挟む
帰り道、あまりのことに呆然としてしまい、気が付くと何度も立ち止まっていた。
治療院で聞かされた話の衝撃の強さに、その場にへたり込んでしまいそうになる。
救護院でドレ―ス治療師長と名乗った女性は、カレルとエルジンガ治療師の関係を詳しく尋ねてきた。あまりに深刻そうな彼女の顔に、大泣きしたことも含めて正直に話した。
「エルジンガは、ヨンダルク辺境伯領の救護院での勤務中に怪我をして王都に戻ってきました」
ドレ―ス師長は、彼女がどんな怪我を負ったのか詳しく教えなかった。しかし、傷は癒えたが、心の傷は深く、自死する恐れもあり、ここで治療を受けていると悲痛な表情で語った。
「あなたの名前を聞いて、コレイン様が会いにきてくれたのですかと、初めて顔を上げたのです。だから私はあなたという方を信頼してお話ししました。どうかエルジンガの力になってやってください」
傷は癒えたのに自死を考えるほどのことが、彼女に起きた……
恐らく彼女は男から暴行されたのだ。
ドレ―ス治療師長は彼女の力になってくださいと言ったが、カレルには自分ができることなど、なにもない気がした。むしろ男の自分が会いにきたら、彼女を苦しませるだけのように感じた。
何も言葉を返せぬまま、カレルは黙りこくるしかできなかった。
「手紙を書いてやってくれませんか」
治療院を去るとき、ドレ―ス治療師長がそう言った。
手紙……か。
◇◇◇ ◇◇◇
便箋を前に、深いため息をついた。
あれから7日が経った。どれだけ頭を絞っても、たったの一言も思い付かなかった。
毎日、何を書こうか考え続けた。
苦しかった。
彼女の受けた痛みを思うと、行き場の無い悲しみに襲われた。
騎士団の宿舎の窓に、雪がちらちらと舞うのが見えた。
彼女は部屋でどうしているだろうと思いをはせた。けれど何度想像しても、暗く冷えた部屋で、うずくまっている彼女の姿が浮かんだ。
その部屋に光を入れて、温かくして、体に毛布を掛けて、そうだ……花も飾ってやりたい。
そう想像した時、涙がこぼれた。
誰もいないのだから……
泣くことを己に許した。
花を描くことにした。
幼い時から絵を描くことが好きだった。
画家になりたいと、十代前半に子供がよく見る綺麗なだけの夢も見た。
けれど、貧乏子爵家の4男などという、枯れた葉っぱのように軽い身の上では、絵が描けることなど何の足しにもならないことが、十代の終わりには理解できた。
初めての手紙は『水仙』を描いた。
春の緑の中で、気高く咲く姿が、彼女が凛とした眼差しで仕事をしている姿に似ていると思った。
添える言葉はいくら考えても思い付かないので、花だけ描いた。
色を付けたかったが、自分の手取りでは絵具は買えそうになかった。
文字用のペンで描いた久しぶりの絵は、あまり満足のいくできではなかったが、少しでも彼女を目を楽しませてくれたらいいなと願った。
それから週に2回ほど、花を描いては手紙を送った。
2輪目の花はデルフィニウムにした。
濃い青い花が、雨を連想させた。
この花のように、優しい雨が彼女に降り注いで、悲しみを溶かして流してくれるように願った。
3輪目の花はキンポウゲにした。
岩場に咲く可愛らしい花は、髪を切り、潔く清い覚悟で戦地に来てくれた、彼女の強さと美しさを表していると思った。
4輪目の花はヒマワリにした。
降り注ぐ夏の光のように傷を癒してくれた彼女の慈愛が、今度は彼女自身を照らし癒してくれるよう願った。
何輪も何輪も、彼女を想って花を描いた。彼女からの返事は一度も無かったがそれでよかった。
冬の間、カレルは花を描き続けた。
治療院で聞かされた話の衝撃の強さに、その場にへたり込んでしまいそうになる。
救護院でドレ―ス治療師長と名乗った女性は、カレルとエルジンガ治療師の関係を詳しく尋ねてきた。あまりに深刻そうな彼女の顔に、大泣きしたことも含めて正直に話した。
「エルジンガは、ヨンダルク辺境伯領の救護院での勤務中に怪我をして王都に戻ってきました」
ドレ―ス師長は、彼女がどんな怪我を負ったのか詳しく教えなかった。しかし、傷は癒えたが、心の傷は深く、自死する恐れもあり、ここで治療を受けていると悲痛な表情で語った。
「あなたの名前を聞いて、コレイン様が会いにきてくれたのですかと、初めて顔を上げたのです。だから私はあなたという方を信頼してお話ししました。どうかエルジンガの力になってやってください」
傷は癒えたのに自死を考えるほどのことが、彼女に起きた……
恐らく彼女は男から暴行されたのだ。
ドレ―ス治療師長は彼女の力になってくださいと言ったが、カレルには自分ができることなど、なにもない気がした。むしろ男の自分が会いにきたら、彼女を苦しませるだけのように感じた。
何も言葉を返せぬまま、カレルは黙りこくるしかできなかった。
「手紙を書いてやってくれませんか」
治療院を去るとき、ドレ―ス治療師長がそう言った。
手紙……か。
◇◇◇ ◇◇◇
便箋を前に、深いため息をついた。
あれから7日が経った。どれだけ頭を絞っても、たったの一言も思い付かなかった。
毎日、何を書こうか考え続けた。
苦しかった。
彼女の受けた痛みを思うと、行き場の無い悲しみに襲われた。
騎士団の宿舎の窓に、雪がちらちらと舞うのが見えた。
彼女は部屋でどうしているだろうと思いをはせた。けれど何度想像しても、暗く冷えた部屋で、うずくまっている彼女の姿が浮かんだ。
その部屋に光を入れて、温かくして、体に毛布を掛けて、そうだ……花も飾ってやりたい。
そう想像した時、涙がこぼれた。
誰もいないのだから……
泣くことを己に許した。
花を描くことにした。
幼い時から絵を描くことが好きだった。
画家になりたいと、十代前半に子供がよく見る綺麗なだけの夢も見た。
けれど、貧乏子爵家の4男などという、枯れた葉っぱのように軽い身の上では、絵が描けることなど何の足しにもならないことが、十代の終わりには理解できた。
初めての手紙は『水仙』を描いた。
春の緑の中で、気高く咲く姿が、彼女が凛とした眼差しで仕事をしている姿に似ていると思った。
添える言葉はいくら考えても思い付かないので、花だけ描いた。
色を付けたかったが、自分の手取りでは絵具は買えそうになかった。
文字用のペンで描いた久しぶりの絵は、あまり満足のいくできではなかったが、少しでも彼女を目を楽しませてくれたらいいなと願った。
それから週に2回ほど、花を描いては手紙を送った。
2輪目の花はデルフィニウムにした。
濃い青い花が、雨を連想させた。
この花のように、優しい雨が彼女に降り注いで、悲しみを溶かして流してくれるように願った。
3輪目の花はキンポウゲにした。
岩場に咲く可愛らしい花は、髪を切り、潔く清い覚悟で戦地に来てくれた、彼女の強さと美しさを表していると思った。
4輪目の花はヒマワリにした。
降り注ぐ夏の光のように傷を癒してくれた彼女の慈愛が、今度は彼女自身を照らし癒してくれるよう願った。
何輪も何輪も、彼女を想って花を描いた。彼女からの返事は一度も無かったがそれでよかった。
冬の間、カレルは花を描き続けた。
10
あなたにおすすめの小説
王太子殿下との思い出は、泡雪のように消えていく
木風
恋愛
王太子殿下の生誕を祝う夜会。
侯爵令嬢にとって、それは一生に一度の夢。
震える手で差し出された御手を取り、ほんの数分だけ踊った奇跡。
二度目に誘われたとき、心は淡い期待に揺れる。
けれど、その瞳は一度も自分を映さなかった。
殿下の視線の先にいるのは誰よりも美しい、公爵令嬢。
「ご一緒いただき感謝します。この後も楽しんで」
優しくも残酷なその言葉に、胸の奥で夢が泡雪のように消えていくのを感じた。
※本作は「小説家になろう」「アルファポリス」「エブリスタ」にて同時掲載しております。
表紙イラストは、雪乃さんに描いていただきました。
※イラストは描き下ろし作品です。無断転載・無断使用・AI学習等は一切禁止しております。
©︎泡雪 / 木風 雪乃
後悔などありません。あなたのことは愛していないので。
あかぎ
恋愛
「お前とは婚約破棄する」
婚約者の突然の宣言に、レイラは言葉を失った。
理由は見知らぬ女ジェシカへのいじめ。
証拠と称される手紙も差し出されたが、筆跡は明らかに自分のものではない。
初対面の相手に嫉妬して傷つけただなど、理不尽にもほどがある。
だが、トールは疑いを信じ込み、ジェシカと共にレイラを糾弾する。
静かに溜息をついたレイラは、彼の目を見据えて言った。
「私、あなたのことなんて全然好きじゃないの」
私の事を婚約破棄した後、すぐに破滅してしまわれた元旦那様のお話
睡蓮
恋愛
サーシャとの婚約関係を、彼女の事を思っての事だと言って破棄することを宣言したクライン。うれしそうな雰囲気で婚約破棄を実現した彼であったものの、その先で結ばれた新たな婚約者との関係は全くうまく行かず、ある理由からすぐに破滅を迎えてしまう事に…。
二度目の婚約者には、もう何も期待しません!……そう思っていたのに、待っていたのは年下領主からの溺愛でした。
当麻月菜
恋愛
フェルベラ・ウィステリアは12歳の時に親が決めた婚約者ロジャードに相応しい女性になるため、これまで必死に努力を重ねてきた。
しかし婚約者であるロジャードはあっさり妹に心変わりした。
最後に人間性を疑うような捨て台詞を吐かれたフェルベラは、プツンと何かが切れてロジャードを回し蹴りしをかまして、6年という長い婚約期間に終止符を打った。
それから三ヶ月後。島流し扱いでフェルベラは岩山ばかりの僻地ルグ領の領主の元に嫁ぐ。愛人として。
婚約者に心変わりをされ、若い身空で愛人になるなんて不幸だと泣き崩れるかと思いきや、フェルベラの心は穏やかだった。
だって二度目の婚約者には、もう何も期待していないから。全然平気。
これからの人生は好きにさせてもらおう。そう決めてルグ領の領主に出会った瞬間、期待は良い意味で裏切られた。
行き場を失った恋の終わらせ方
当麻月菜
恋愛
「君との婚約を白紙に戻してほしい」
自分の全てだったアイザックから別れを切り出されたエステルは、どうしてもこの恋を終わらすことができなかった。
避け続ける彼を求めて、復縁を願って、あの日聞けなかった答えを得るために、エステルは王城の夜会に出席する。
しかしやっと再会できた、そこには見たくない現実が待っていて……
恋の終わりを見届ける貴族青年と、行き場を失った恋の中をさ迷う令嬢の終わりと始まりの物語。
※他のサイトにも重複投稿しています。
悪役令嬢の涙
拓海のり
恋愛
公爵令嬢グレイスは婚約者である王太子エドマンドに卒業パーティで婚約破棄される。王子の側には、癒しの魔法を使え聖女ではないかと噂される子爵家に引き取られたメアリ―がいた。13000字の短編です。他サイトにも投稿します。
ついで姫の本気
ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
国の間で二組の婚約が結ばれた。
一方は王太子と王女の婚約。
もう一方は王太子の親友の高位貴族と王女と仲の良い下位貴族の娘のもので……。
綺麗な話を書いていた反動でできたお話なので救いなし。
ハッピーな終わり方ではありません(多分)。
※4/7 完結しました。
ざまぁのみの暗い話の予定でしたが、読者様に励まされ闇精神が復活。
救いのあるラストになっております。
短いです。全三話くらいの予定です。
↑3/31 見通しが甘くてすみません。ちょっとだけのびます。
4/6 9話目 わかりにくいと思われる部分に少し文を加えました。
『話さない王妃と冷たい王 ―すれ違いの宮廷愛
柴田はつみ
恋愛
王国随一の名門に生まれたリディア王妃と、若き国王アレクシス。
二人は幼なじみで、三年前の政略結婚から穏やかな日々を過ごしてきた。
だが王の帰還は途絶え、宮廷に「王が隣国の姫と夜を共にした」との噂が流れる。
信じたいのに、確信に変わる光景を見てしまった夜。
王妃の孤独が始まり、沈黙の愛がゆっくりと崩れていく――。
誤解と嫉妬の果てに、愛を取り戻せるのか。
王宮を舞台に描く、切なく美しい愛の再生物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる