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あなたの泣き顔が
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王都に春の兆しが見え始め、春一番に咲く花がちらほら咲き始めた頃、昨年魔物のスタンピードが起きたヨンダルク辺境伯領の防衛について、騎士団員に話が下りてきた。
討伐隊とまではいかないが、辺境伯領の常軍規模を拡大させるという。ヨンダルクに常駐する団員に自分が選ばれたことを知った。
ヨンダルクに行くことになったと、治療院のドレ―ス治療師長に手紙を書いた。
彼女から手紙の返事があり、治療院に一度来て欲しいとのことだった。
訪ねていくと、とても優しい顔のドレ―ス治療師長が迎えてくれた。
控室の一番奥の椅子に座れと言う。彼女はまだ男性と話すのが怖いから、戸口に一番近いところで、ドレ―ス治療師長が同席して話すという。彼女に会えるなどと思いもしなかったので驚いた。
無理に会わなくてもいいと伝えたが、彼女がお礼をいいたいのだという。
彼女が部屋に入ってくると気配を感じた瞬間から、鼓動が速くなり自分を驚かせた。
なんと言葉をかければいいのだろう……
一目見て、それが自分が知っていた彼女だはないことが分かった。
彼女は痩せ、俯き、自信を失った顔で、ドレ―ス治療師長の腕を強く握っていた。
「お手紙をありがとうございます。どの花もきれいで、慰められます」
弱々しい印象とは違って、言葉ははっきりとして、自分を治療してくれた時の彼女が感じられた。
「絵がお上手なんですね」
戸口に立ったままであったが、彼女が会話を続けてくれた。
「子供の時から描くのが好きでした」
「絵描きさんになればよかったのに」
「まさか、画家になれるのは、働かなくても食べていけれる金持ちだけですよ」
冗談めかして笑うと、彼女は少し悲し気に「とてもお上手なのに」とつぶやいた。
こちらから何か質問することはためらわれて、そのまま黙っているしかなかった。
「聞いてくださるだけでいいのです」
静かに彼女が言って「なにもお答えにならなくていいの、聞いてくださるだけで……」と繰返した。
「私がヨンダルクに行くと決めた時、家族も同僚も危険だと止めました。けれど私は死ぬ覚悟があると皆を説き伏せました。人手不足と聞く戦地で、お役に立ちたかったのです。私の身に起きた、ひどい暴力も、戦地では起きやすいと上司から何度も聞かされました。それでも私は覚悟はできていますと……」
彼女は次の言葉をためらうように唇を噛んだ。辛い思いが込み上げるようだった。
「覚悟など、できるはずもなかったのです。だって、一度も経験したことのないことを、覚悟するなど誰にもできないことなのです。私は何も分かっていなかった。しかも私は本気で抵抗したら、男性から逃げられると思っていたのです。きっと自分で対処できると信じていました。私は世間知らずの甘い決意で戦地に飛び込んでしまいました」
彼女は、ドレ―ス治療師長に促され、戸口の近くの椅子に座った。必死に気持ちを落ち着けようとするように胸に手をあてた。
「私は自分に起きたことを受け入れられず、あまりに世間知らずだった自分自身を呪い、心配してくれる家族に会う勇気もない自分の弱さを責め続け、疲れ果てて死のうと決意いたしました」
死、という言葉に息を飲んだ。
「ゆっくりとした死を選びました。食べず、飲まず……体が弱って、いよいよ死を近くに感じた時……あなたの泣き顔が、何度も、何度も思いだされて……私は……」
若草色の瞳が揺れる、泣くのを堪えているのが伝わる。
「私は、あなたのような大男が、大声をあげて泣くなんて本当にびっくりしたのです。でも、失った命を悲しむあなたの心が痛い程に見えました。私が死んだら、あなたがまた泣くのではないかと思えて……どうして、そんなふうに思うのか分からなかった。けれど、ああもう死のうと思うのに、あなたが泣いて……泣いて……私を引きとめるのです」
彼女の目じりから、涙の粒がこぼれて、頬を伝って落ちた。
「だからスープを口に含みました。起き上がって水を飲みました。この苦しみをまだどうしていいか分かりません。でもあなたに泣いてほしくなかったのです。一人で馬鹿な考えに取りつかれていると思っていました。あなたは私のことなど、ただの治療師で気にかけてもいないのに……」
ぽろぽろこぼれる涙が、胸を苦しくさせた。そばに行って涙をぬぐってやりたかった。けれど絶対に動いてはいけないのだと分かっていた。
「そうしたら、あなたが会いにきてくださった。嬉しかった。けしてあなたに姿を見られたくなかった。会うことはできないと思った。でも、嬉しくて、嬉しくて、私は……」
それきり彼女は言葉を詰まらせてしばらく泣いていた。隣でドレ―ス治療師長が彼女の背を撫ぜていた。
長い時間がかかったが、彼女は泣きやんで、涙を拭いた。顔を上げるとすこし元気を取り戻したように見えた。
「お礼をお伝えしたかったのです。ありがとうございました」
頷くことしかできなかた。何か言葉を発したら、泣き出してしまいそうで必死にこらえていた。
「私はここを出て、家族が待っていてくれる実家に帰ることにいたしました。まだ治療師として働く気持ちにはなれません。しばらく静かに過ごすつもりでいます。ですのでコレイン様からのお手紙は、今日を限りにしてください」
その言葉に、恐ろしい程に動揺した。これからもずっと送り続けるつもりでいた。
今ではそれが心を占める全てになっていた。
あなたに送る手紙に、何の花を描こうか、それを考える喜びが失われる苦痛に呆然とした。
「私はあなたに花をこれからも送りたい」
やっとの思いで告げたが、彼女は首を横に振った。
「私の家に、男性からの手紙が繰り返し届きましたら、父も誤解するでしょう。あなたにご迷惑をお掛けしたくないのです」
私に迷惑をかけたくないという言葉で、拒絶されたのだと思った。
「あなたの花に囲まれて、私はここで幸せでした。今まで生きてきて一番辛いのに、幸せをまだ感じることができるのだと知ることができました。あなたの花に囲まれて私は生きていけると思います。あなたの花をいつまでも大切にします。ありがとうございました」
討伐隊とまではいかないが、辺境伯領の常軍規模を拡大させるという。ヨンダルクに常駐する団員に自分が選ばれたことを知った。
ヨンダルクに行くことになったと、治療院のドレ―ス治療師長に手紙を書いた。
彼女から手紙の返事があり、治療院に一度来て欲しいとのことだった。
訪ねていくと、とても優しい顔のドレ―ス治療師長が迎えてくれた。
控室の一番奥の椅子に座れと言う。彼女はまだ男性と話すのが怖いから、戸口に一番近いところで、ドレ―ス治療師長が同席して話すという。彼女に会えるなどと思いもしなかったので驚いた。
無理に会わなくてもいいと伝えたが、彼女がお礼をいいたいのだという。
彼女が部屋に入ってくると気配を感じた瞬間から、鼓動が速くなり自分を驚かせた。
なんと言葉をかければいいのだろう……
一目見て、それが自分が知っていた彼女だはないことが分かった。
彼女は痩せ、俯き、自信を失った顔で、ドレ―ス治療師長の腕を強く握っていた。
「お手紙をありがとうございます。どの花もきれいで、慰められます」
弱々しい印象とは違って、言葉ははっきりとして、自分を治療してくれた時の彼女が感じられた。
「絵がお上手なんですね」
戸口に立ったままであったが、彼女が会話を続けてくれた。
「子供の時から描くのが好きでした」
「絵描きさんになればよかったのに」
「まさか、画家になれるのは、働かなくても食べていけれる金持ちだけですよ」
冗談めかして笑うと、彼女は少し悲し気に「とてもお上手なのに」とつぶやいた。
こちらから何か質問することはためらわれて、そのまま黙っているしかなかった。
「聞いてくださるだけでいいのです」
静かに彼女が言って「なにもお答えにならなくていいの、聞いてくださるだけで……」と繰返した。
「私がヨンダルクに行くと決めた時、家族も同僚も危険だと止めました。けれど私は死ぬ覚悟があると皆を説き伏せました。人手不足と聞く戦地で、お役に立ちたかったのです。私の身に起きた、ひどい暴力も、戦地では起きやすいと上司から何度も聞かされました。それでも私は覚悟はできていますと……」
彼女は次の言葉をためらうように唇を噛んだ。辛い思いが込み上げるようだった。
「覚悟など、できるはずもなかったのです。だって、一度も経験したことのないことを、覚悟するなど誰にもできないことなのです。私は何も分かっていなかった。しかも私は本気で抵抗したら、男性から逃げられると思っていたのです。きっと自分で対処できると信じていました。私は世間知らずの甘い決意で戦地に飛び込んでしまいました」
彼女は、ドレ―ス治療師長に促され、戸口の近くの椅子に座った。必死に気持ちを落ち着けようとするように胸に手をあてた。
「私は自分に起きたことを受け入れられず、あまりに世間知らずだった自分自身を呪い、心配してくれる家族に会う勇気もない自分の弱さを責め続け、疲れ果てて死のうと決意いたしました」
死、という言葉に息を飲んだ。
「ゆっくりとした死を選びました。食べず、飲まず……体が弱って、いよいよ死を近くに感じた時……あなたの泣き顔が、何度も、何度も思いだされて……私は……」
若草色の瞳が揺れる、泣くのを堪えているのが伝わる。
「私は、あなたのような大男が、大声をあげて泣くなんて本当にびっくりしたのです。でも、失った命を悲しむあなたの心が痛い程に見えました。私が死んだら、あなたがまた泣くのではないかと思えて……どうして、そんなふうに思うのか分からなかった。けれど、ああもう死のうと思うのに、あなたが泣いて……泣いて……私を引きとめるのです」
彼女の目じりから、涙の粒がこぼれて、頬を伝って落ちた。
「だからスープを口に含みました。起き上がって水を飲みました。この苦しみをまだどうしていいか分かりません。でもあなたに泣いてほしくなかったのです。一人で馬鹿な考えに取りつかれていると思っていました。あなたは私のことなど、ただの治療師で気にかけてもいないのに……」
ぽろぽろこぼれる涙が、胸を苦しくさせた。そばに行って涙をぬぐってやりたかった。けれど絶対に動いてはいけないのだと分かっていた。
「そうしたら、あなたが会いにきてくださった。嬉しかった。けしてあなたに姿を見られたくなかった。会うことはできないと思った。でも、嬉しくて、嬉しくて、私は……」
それきり彼女は言葉を詰まらせてしばらく泣いていた。隣でドレ―ス治療師長が彼女の背を撫ぜていた。
長い時間がかかったが、彼女は泣きやんで、涙を拭いた。顔を上げるとすこし元気を取り戻したように見えた。
「お礼をお伝えしたかったのです。ありがとうございました」
頷くことしかできなかた。何か言葉を発したら、泣き出してしまいそうで必死にこらえていた。
「私はここを出て、家族が待っていてくれる実家に帰ることにいたしました。まだ治療師として働く気持ちにはなれません。しばらく静かに過ごすつもりでいます。ですのでコレイン様からのお手紙は、今日を限りにしてください」
その言葉に、恐ろしい程に動揺した。これからもずっと送り続けるつもりでいた。
今ではそれが心を占める全てになっていた。
あなたに送る手紙に、何の花を描こうか、それを考える喜びが失われる苦痛に呆然とした。
「私はあなたに花をこれからも送りたい」
やっとの思いで告げたが、彼女は首を横に振った。
「私の家に、男性からの手紙が繰り返し届きましたら、父も誤解するでしょう。あなたにご迷惑をお掛けしたくないのです」
私に迷惑をかけたくないという言葉で、拒絶されたのだと思った。
「あなたの花に囲まれて、私はここで幸せでした。今まで生きてきて一番辛いのに、幸せをまだ感じることができるのだと知ることができました。あなたの花に囲まれて私は生きていけると思います。あなたの花をいつまでも大切にします。ありがとうございました」
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