~不器用な騎士から届く花の手紙~ 傷ついたあの人へどうか少しでも元気になりますように

まつめ

文字の大きさ
4 / 7

あなたの泣き顔が

しおりを挟む
 王都に春の兆しが見え始め、春一番に咲く花がちらほら咲き始めた頃、昨年魔物のスタンピードが起きたヨンダルク辺境伯領の防衛について、騎士団員に話が下りてきた。

 討伐隊とまではいかないが、辺境伯領の常軍規模を拡大させるという。ヨンダルクに常駐する団員に自分が選ばれたことを知った。

 ヨンダルクに行くことになったと、治療院のドレ―ス治療師長に手紙を書いた。
 彼女から手紙の返事があり、治療院に一度来て欲しいとのことだった。

 訪ねていくと、とても優しい顔のドレ―ス治療師長が迎えてくれた。
 控室の一番奥の椅子に座れと言う。彼女はまだ男性と話すのが怖いから、戸口に一番近いところで、ドレ―ス治療師長が同席して話すという。彼女に会えるなどと思いもしなかったので驚いた。

 無理に会わなくてもいいと伝えたが、彼女がお礼をいいたいのだという。

 彼女が部屋に入ってくると気配を感じた瞬間から、鼓動が速くなり自分を驚かせた。
 なんと言葉をかければいいのだろう……

 一目見て、それが自分が知っていた彼女だはないことが分かった。
 彼女は痩せ、俯き、自信を失った顔で、ドレ―ス治療師長の腕を強く握っていた。

「お手紙をありがとうございます。どの花もきれいで、慰められます」
 弱々しい印象とは違って、言葉ははっきりとして、自分を治療してくれた時の彼女が感じられた。

「絵がお上手なんですね」
 戸口に立ったままであったが、彼女が会話を続けてくれた。
「子供の時から描くのが好きでした」
「絵描きさんになればよかったのに」

「まさか、画家になれるのは、働かなくても食べていけれる金持ちだけですよ」
 冗談めかして笑うと、彼女は少し悲し気に「とてもお上手なのに」とつぶやいた。

 こちらから何か質問することはためらわれて、そのまま黙っているしかなかった。
「聞いてくださるだけでいいのです」
 静かに彼女が言って「なにもお答えにならなくていいの、聞いてくださるだけで……」と繰返した。

「私がヨンダルクに行くと決めた時、家族も同僚も危険だと止めました。けれど私は死ぬ覚悟があると皆を説き伏せました。人手不足と聞く戦地で、お役に立ちたかったのです。私の身に起きた、ひどい暴力も、戦地では起きやすいと上司から何度も聞かされました。それでも私は覚悟はできていますと……」

 彼女は次の言葉をためらうように唇を噛んだ。辛い思いが込み上げるようだった。
「覚悟など、できるはずもなかったのです。だって、一度も経験したことのないことを、覚悟するなど誰にもできないことなのです。私は何も分かっていなかった。しかも私は本気で抵抗したら、男性から逃げられると思っていたのです。きっと自分で対処できると信じていました。私は世間知らずの甘い決意で戦地に飛び込んでしまいました」

 彼女は、ドレ―ス治療師長に促され、戸口の近くの椅子に座った。必死に気持ちを落ち着けようとするように胸に手をあてた。
「私は自分に起きたことを受け入れられず、あまりに世間知らずだった自分自身を呪い、心配してくれる家族に会う勇気もない自分の弱さを責め続け、疲れ果てて死のうと決意いたしました」

 死、という言葉に息を飲んだ。

「ゆっくりとした死を選びました。食べず、飲まず……体が弱って、いよいよ死を近くに感じた時……あなたの泣き顔が、何度も、何度も思いだされて……私は……」

 若草色の瞳が揺れる、泣くのを堪えているのが伝わる。

「私は、あなたのような大男が、大声をあげて泣くなんて本当にびっくりしたのです。でも、失った命を悲しむあなたの心が痛い程に見えました。私が死んだら、あなたがまた泣くのではないかと思えて……どうして、そんなふうに思うのか分からなかった。けれど、ああもう死のうと思うのに、あなたが泣いて……泣いて……私を引きとめるのです」
 彼女の目じりから、涙の粒がこぼれて、頬を伝って落ちた。

「だからスープを口に含みました。起き上がって水を飲みました。この苦しみをまだどうしていいか分かりません。でもあなたに泣いてほしくなかったのです。一人で馬鹿な考えに取りつかれていると思っていました。あなたは私のことなど、ただの治療師で気にかけてもいないのに……」

 ぽろぽろこぼれる涙が、胸を苦しくさせた。そばに行って涙をぬぐってやりたかった。けれど絶対に動いてはいけないのだと分かっていた。

「そうしたら、あなたが会いにきてくださった。嬉しかった。けしてあなたに姿を見られたくなかった。会うことはできないと思った。でも、嬉しくて、嬉しくて、私は……」

 それきり彼女は言葉を詰まらせてしばらく泣いていた。隣でドレ―ス治療師長が彼女の背を撫ぜていた。
 長い時間がかかったが、彼女は泣きやんで、涙を拭いた。顔を上げるとすこし元気を取り戻したように見えた。

「お礼をお伝えしたかったのです。ありがとうございました」
 頷くことしかできなかた。何か言葉を発したら、泣き出してしまいそうで必死にこらえていた。

「私はここを出て、家族が待っていてくれる実家に帰ることにいたしました。まだ治療師として働く気持ちにはなれません。しばらく静かに過ごすつもりでいます。ですのでコレイン様からのお手紙は、今日を限りにしてください」
 
 その言葉に、恐ろしい程に動揺した。これからもずっと送り続けるつもりでいた。
 今ではそれが心を占める全てになっていた。
 あなたに送る手紙に、何の花を描こうか、それを考える喜びが失われる苦痛に呆然とした。

「私はあなたに花をこれからも送りたい」
 やっとの思いで告げたが、彼女は首を横に振った。

「私の家に、男性からの手紙が繰り返し届きましたら、父も誤解するでしょう。あなたにご迷惑をお掛けしたくないのです」
 私に迷惑をかけたくないという言葉で、拒絶されたのだと思った。

「あなたの花に囲まれて、私はここで幸せでした。今まで生きてきて一番辛いのに、幸せをまだ感じることができるのだと知ることができました。あなたの花に囲まれて私は生きていけると思います。あなたの花をいつまでも大切にします。ありがとうございました」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

王太子殿下との思い出は、泡雪のように消えていく

木風
恋愛
王太子殿下の生誕を祝う夜会。 侯爵令嬢にとって、それは一生に一度の夢。 震える手で差し出された御手を取り、ほんの数分だけ踊った奇跡。 二度目に誘われたとき、心は淡い期待に揺れる。 けれど、その瞳は一度も自分を映さなかった。 殿下の視線の先にいるのは誰よりも美しい、公爵令嬢。 「ご一緒いただき感謝します。この後も楽しんで」 優しくも残酷なその言葉に、胸の奥で夢が泡雪のように消えていくのを感じた。 ※本作は「小説家になろう」「アルファポリス」「エブリスタ」にて同時掲載しております。 表紙イラストは、雪乃さんに描いていただきました。 ※イラストは描き下ろし作品です。無断転載・無断使用・AI学習等は一切禁止しております。 ©︎泡雪 / 木風 雪乃

後悔などありません。あなたのことは愛していないので。

あかぎ
恋愛
「お前とは婚約破棄する」 婚約者の突然の宣言に、レイラは言葉を失った。 理由は見知らぬ女ジェシカへのいじめ。 証拠と称される手紙も差し出されたが、筆跡は明らかに自分のものではない。 初対面の相手に嫉妬して傷つけただなど、理不尽にもほどがある。 だが、トールは疑いを信じ込み、ジェシカと共にレイラを糾弾する。 静かに溜息をついたレイラは、彼の目を見据えて言った。 「私、あなたのことなんて全然好きじゃないの」

私の事を婚約破棄した後、すぐに破滅してしまわれた元旦那様のお話

睡蓮
恋愛
サーシャとの婚約関係を、彼女の事を思っての事だと言って破棄することを宣言したクライン。うれしそうな雰囲気で婚約破棄を実現した彼であったものの、その先で結ばれた新たな婚約者との関係は全くうまく行かず、ある理由からすぐに破滅を迎えてしまう事に…。

二度目の婚約者には、もう何も期待しません!……そう思っていたのに、待っていたのは年下領主からの溺愛でした。

当麻月菜
恋愛
フェルベラ・ウィステリアは12歳の時に親が決めた婚約者ロジャードに相応しい女性になるため、これまで必死に努力を重ねてきた。 しかし婚約者であるロジャードはあっさり妹に心変わりした。 最後に人間性を疑うような捨て台詞を吐かれたフェルベラは、プツンと何かが切れてロジャードを回し蹴りしをかまして、6年という長い婚約期間に終止符を打った。 それから三ヶ月後。島流し扱いでフェルベラは岩山ばかりの僻地ルグ領の領主の元に嫁ぐ。愛人として。 婚約者に心変わりをされ、若い身空で愛人になるなんて不幸だと泣き崩れるかと思いきや、フェルベラの心は穏やかだった。 だって二度目の婚約者には、もう何も期待していないから。全然平気。 これからの人生は好きにさせてもらおう。そう決めてルグ領の領主に出会った瞬間、期待は良い意味で裏切られた。

行き場を失った恋の終わらせ方

当麻月菜
恋愛
「君との婚約を白紙に戻してほしい」  自分の全てだったアイザックから別れを切り出されたエステルは、どうしてもこの恋を終わらすことができなかった。  避け続ける彼を求めて、復縁を願って、あの日聞けなかった答えを得るために、エステルは王城の夜会に出席する。    しかしやっと再会できた、そこには見たくない現実が待っていて……  恋の終わりを見届ける貴族青年と、行き場を失った恋の中をさ迷う令嬢の終わりと始まりの物語。 ※他のサイトにも重複投稿しています。

悪役令嬢の涙

拓海のり
恋愛
公爵令嬢グレイスは婚約者である王太子エドマンドに卒業パーティで婚約破棄される。王子の側には、癒しの魔法を使え聖女ではないかと噂される子爵家に引き取られたメアリ―がいた。13000字の短編です。他サイトにも投稿します。

ついで姫の本気

ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
国の間で二組の婚約が結ばれた。 一方は王太子と王女の婚約。 もう一方は王太子の親友の高位貴族と王女と仲の良い下位貴族の娘のもので……。 綺麗な話を書いていた反動でできたお話なので救いなし。 ハッピーな終わり方ではありません(多分)。 ※4/7 完結しました。 ざまぁのみの暗い話の予定でしたが、読者様に励まされ闇精神が復活。 救いのあるラストになっております。 短いです。全三話くらいの予定です。 ↑3/31 見通しが甘くてすみません。ちょっとだけのびます。 4/6 9話目 わかりにくいと思われる部分に少し文を加えました。

『話さない王妃と冷たい王 ―すれ違いの宮廷愛

柴田はつみ
恋愛
王国随一の名門に生まれたリディア王妃と、若き国王アレクシス。 二人は幼なじみで、三年前の政略結婚から穏やかな日々を過ごしてきた。 だが王の帰還は途絶え、宮廷に「王が隣国の姫と夜を共にした」との噂が流れる。 信じたいのに、確信に変わる光景を見てしまった夜。 王妃の孤独が始まり、沈黙の愛がゆっくりと崩れていく――。 誤解と嫉妬の果てに、愛を取り戻せるのか。 王宮を舞台に描く、切なく美しい愛の再生物語。

処理中です...