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2.勇者パーティーの帰還
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魔王討伐を成功させ、勇者パーティーは王都に戻ってきた。
私達4人は待ち構えていた屋根のない豪奢な馬車にいきなり乗せられた。
まさか自分が凱旋パレードの見られる側になろうとは、人生何が起きるか分からない。
鳴り響くファンファーレと大歓声。
通りの両側から、建物の窓から、どこを向いても人、人、人。そのすべての目がこちらを向いている。身を縮め、フードを目深にかぶり直す。人に見られるのが怖い、林の中ならフキの葉っぱの影に隠れられるのに。
フードの中から、このパレードの主役である勇者のゼノスさんを見ると、爽やかな笑顔で手を振っている。私も頑張って手を振らなきゃと、上げた手は震えてしまった。
「大丈夫だよココ、そのまま隠れていて。こういう目立つのは俺とナッソスが得意だからね、任せてくれ」
フードの上から頭をポンポンとされる。ゼノスさんの手だと思うだけで、ふわっと嬉しくなる。
ナッソスさんは立ち上がって両手を大きく広げ、時々投げキッスまでしてはしゃいでいる。
ソティリオ様は、石像のように不動で、目を細くしてどこも見ていないような静かな顔。さすが大賢者様はいかなる時もお心が波立たない。
歓声に応えすぎて「ちょっと疲れた」とナッソスさんが座った。
「さっき聞いたんだけど、今夜は俺たちの偉業を讃えて、大きな宴会を開いてくれるそうだぞ。いやあ王宮の最高の料理を食べられるなんて、魔王を倒して良かったなあ」
「ココが好きなプディングもあるといいね」
ゼノスさんに言われて怖い気持ちが薄らいだ、王宮で出るプリン! うわあ食べてみたいなあ。
「王宮のパーティーならダンスを踊るのかな。私と踊って頂けますかココ姫」
パレードの歓声の中、それは本当に聞こえた言葉なのか信じられなくて、呆けたまま見上げると彼は照れたように目を細めた。
私とゼノスさんが王宮のパーティーでダンス?
「ゼノスって踊れるの? すげえなあやっぱ騎士してた奴は違うなあ」
「いや、踊れない」
ナッソスさんがわざとらしくガクッと体を落して見せた。
「俺は庶民だからな、踊り方なんて知らん」
「そうだよな、ゼノスも俺も庶民だし、村祭りの踊りしか知らねえ、ココもだろ」
聞かれてこくこく頷く。
「それでも、踊ってみたいなあ。ココと一緒に……音楽に合わせて揺れるだけでもいいから……」
なんだか、夢の中にいるようなフワフワすることを言われている。どうしよう、なんて答えたらいいのかな。
「おれも踊ってみてえ、そうだ3人で手を繋いで、真ん中で村祭りの踊りのステップをするのはどうだろう」
「ナッソス、それは浮くな」
「やっぱダンスはやめとこう。料理だ料理! 限界まで食うぞ」
ゼノスさんを見上げる。もうこちらを見ていなくて、皆に笑顔を向けて手を振っている。
これからの日々は、私はあなたのお家で暮らすの。
そこにあなたはいますか?
心の中で大きく首を左右に振る。
帰ってこないとゼノスさんは言った。
だって聖女様と結婚なさるのだろうから……
◇◇◇ ◇◇◇
王城に着くと謁見の間に通された。
中央奥の王座におわす国王様と、広い間に溢れんばかりに居並ぶお貴族様達。
陛下の御前に跪くのは初めての経験で、粗相があってはいけないと緊張で小さくなっていた。
一番前に勇者のゼノスさん、次に大賢者のソティリオ様、そして後ろに並んで道案内のナッソスさんと癒し手の私、勇者―パーティの4人は陛下のお言葉を頂戴するべく頭を垂れていた。
「よくぞ戻った勇者よ……」
王様の声がそう聞こえた次の瞬間、聞きなれた甲高い女性の声が響き渡って陛下の声をかき消した。
「そこの者、陛下の御前でなんたる不敬スカーフを外しなさい」
声の主は王様の隣に控えていらっしゃるのだろう、高い所から降ってきた声に、心臓がぎゅっと握りつぶされ体が恐怖に支配される。
私はこの声に常に命令されて生きてきた。王女であり、聖女でもある私の上司アナタシア様だ。
またこの方の不興を私はかってしまったのだ。
ブルブルと震える手で私は頭を覆い隠していたスカーフを後ろに払った。生まれつき頭にある、小さな2つの突起が皆に見えてしまう、それが恐ろしい。でもアナタシア様に逆らうのはもっと怖かった。
「ああなんとおぞましい角、異形の者が王城に入り込むなんて! この者を外にお出しなさい」
アナタシア様が悲鳴のように叫んだ。
聖女様の取り乱す声だけが響く。たった今戦いを終えて帰ってきた勇者パーティ―の一員にかけるにはあまりの言いようだった。あっけにとられ、誰も口をきかない。けれど王女様の命令である、端に控えていた衛兵が動き出す甲冑がすれる音がした。
「控えよ! 異形呼ばわりするとは癒し手様に非礼極まりない。己がどれほど愚かなことを口にしたか分かっているのか第三王女よ」
大賢者ソティリオ様の低い声が、怒りを隠すことなく響き渡って静寂を切った。
「彼女は精霊子、先祖返りが身体の特徴として出ることは古来よりよくあること。それは聖女であるあなたもご存じのはず。ココ殿の精霊の加護があったからこそ、今回の魔王討伐が叶った。彼女は国を救った功労者だ。それを異形の者と罵るとは何事か、清廉なる精霊の御印を授かったココ殿を見たくないと申すなら、そなたが出て行くがいい」
ソティリオ様がこれほど感情的に話されるのを初めて聞いた。王弟でもある大賢者様は、王女アナタシア様に直接話掛けることを許されるご身分だ。衛兵に捕らわれるのかと恐ろしさに大混乱していた私に助けの手を差し伸べてくださった。
「ああだって……」
それは儚げで、誰が聞いても同情を禁じ得ない可哀想な少女の泣き声がした。
「もちろんココのことは知っております。けれど私が知る限り彼女にはそんな大きな角はありませんでした。魔王の邪気に触れ、なにか邪悪な物に取りつかれたのかと危惧いたしたのです。陛下の身に万が一のことが起きてはなりません。私は国を守る義務があるのです。どうか、分かってくださいソティリオ叔父様、私は聖女として時に非情にならねばならぬことを」
アナタシア様の悲痛な鳴き声は、幼子が泣きじゃくるように、本当に可哀想にと胸に迫ってくる。
「ああだって、そのような魔獣の角はありませんでしたから、そんな大きな角は見たことがありませんでしたから、そうでしょう皆さん、彼女の頭をよく見てくださいああなんて大きい角。陛下の御身の安全を心から思う私にはどうしても見過ごせなかったのです」
彼女が大きいと言い募るほどに、胸が切りつけられるように痛い。骨のように固いものが、親指の半分ほどの大きさであるだけで、遠目には分からない程小さいのに……
「ああ、もう良い」
陛下がアナタシア様に黙るように告げると、彼女は悲し気に泣き続けた。
「皆頭を上げるがよい」と陛下のお許しが出ても、たった今起きた出来事があまりに恐ろしく下を向いたままでいた。
王様は魔王討伐を成し遂げたことを労い、勇者パーティいの偉業を褒め讃えた。長い賛辞の後で一人ずつ感謝の言葉を掛けてくれ私にもお言葉をくださった。ようやく心が穏やかさを取り戻し、顔を上げることができた。王様の横に、黄金の髪を垂らした女神のように美しいアナタシア様が、顔を伏せて静かに泣き続けている姿が見えた。
「それでは褒美を与えよう、勇者ゼノスよ」
勇者様に陛下のお声がかけられると、アナタシア様がパッと顔をあげにこやかな笑顔になった。
「それはもう決まっておりますわ。私との婚姻でしょうお父様」
甘く美しい声に、陛下は破顔して父親の顔になるとうんうんと微笑んで頷いた。
「おそれながら……」
ゼノスさんが発した言葉は、アナタシア様にすぐ遮られた。
「ご高齢の身で尽くしてくださった叔父様には、ふんだんに褒章を与えてくださいませ」
「ソティリオよ、こたびのそなたの献身に深く感謝する、なんなりと望みを申せ」
「私は王族を外れた身なれど、この国を守る義務は消えてはいない。王よ弟の心は初めから知っていよう、私は何も望まない、何故なら国の平安という最も欲しいものを手にいれたのだから。元の生活に戻るだけだ」
大賢者様の清廉潔白なる言葉を聞くと、後に続く者はちょっと褒美を願うのをためらてしまうなと思った。けれどそんな遠慮を隣の彼は吹き飛ばした。
「道案内のナッソスよ望む褒美は何か」
「わたくしは初めにお約束頂いた金貨を望みます。半年という異例の早さで魔王を倒しましたから、是非増額してください、できれば倍額に!」
ざわざわと貴族様方の声が聞こえたけれど、涼しい顔で待っているナッソスさんに、王様は色よい返事を下さった。
とうとう私の番になった。
「癒し手のココよそなたの望む褒美を申せ」
緊張に震える手を握りしめて、あらかじめ決めていた言葉を思い切って告げた。
「癒し手の仕事を辞めたいです。神殿を離れることをお許しください」
王様は少し驚いた顔をした。
「そなた身寄りは無いと聞いている、神殿を離れどこへ行くのだ」
「どこかの村で静かに暮らします」
「ふうむ、そんな望みで良いならいくらでも叶えるがそれは褒美とは言えぬ。そなたのお陰で国が救われたのだ、望みを遠慮せずに申してみよ」
私の望むもの?
何かを願ってもいいのかしら……そう考え始めようとしたとき、ぞっとする冷気が背中を走った。
アナタシア様が睨みつけてくる、心の奥底まで入り込んで凍らせてくるような恐ろしい威圧感。
「望む物は何もありません」
震える声で返すと、王様はもう何も言わなかった。
これで王様への謁見が終わるのだと思った時、ゼノスさんが声を張り上げた。
「恐れながら陛下、わたくしが褒美に望みますものをお聞き頂きたい」
「どうしたゼノス、欲しいものがあるのか?」
彼は大きく頷くと「はいお見せします」と立ち上がり、振り返って手招きする。
ぼんやり見ていると、ナッソスさんが「ココ呼ばれてるぞ」とささやいた。
驚きのままにゼノスさんの隣に立つと、彼が微笑んで目を合わせてから、私の背中に手を添えた。
並んで立つと、彼は決意したように真剣な顔を王様に向け大きく息を吸った。
「わたしくしが望みますのは……」
アナタシア様が大声を張り上げた。
「申し訳ございません。今ようやく己の過ちが分かりました。私はなんと愚かなことを申したのでしょう。魔王討伐に尽力してくださった私の可愛い部下であるココに、王女の責務とはいえ厳しい物言いをしてしまいました。お詫びをしなければ。よろしいでしょうか陛下」
あの可憐な姿から、どうしてここまでの大声が出るかと驚愕の声量で叫びながら、アナタシア様が駆け寄ってくると目の前に跪いた。
「ごめんなさいココ、あなたの角があまりに大きくなっていたのでびっくりしたの。あなたが魔王討伐のためにどれほど働いてくれたかやっと分かりました。心から感謝します。ああ、この気持ちを形で表したい。そうだわ、今夜の宴のために、私のドレスを貸してあげましょう。きっと似合うわ。陛下私たちはこちらを失礼して、ココの今夜の装いのために時間を頂きます。私のお詫びとして最高のものを贈らせていただくわ」
行きましょうと手を引かれ体が傾いだ。大声でまくし立てられて、彼女が何を言ったのか上手く理解できない。
「お待ちください、私の話しが終わってからにしていただきたい。聖女様といえど陛下の御前で話しをさえぎるとはあまりに非礼ではないか、待っていただきたい」
ゼノスさんの言葉に彼女の美しいエメラルドの瞳が驚愕に見開かれ、涙が一気にあふれ出した。
大声をあげて彼女は泣いた。
「わたしくしの過ちを正す機会をどうかください勇者様。だってご覧になって、ココは子供みたいにこんなに小さい体をしているのです。成人女性にはとうてい見えないでしょう? こんな体に合うドレスなんてどこにも無いの。だから急いで彼女の体に合わせて私のドレスを縫い直してあげようと、心からの親切で申しましたの。この私の善意の心を失礼と仰るなんて、あんまりですわ」
わあわあ泣きながらココのためなのですとアナタシア様は言い続ける。あまりの勢いに口をはさむ隙はどこにもない、引っ張る彼女の勢いのままに、私の体はずるずるとゼノスさんから離されていく。
「お待ちください」
叫んだゼノスさんの言葉は聞き入れられず、王様がやれやれと首を振ってアナタシア様が場を辞す許しを与えた。
「アナタシアは気持ちが高ぶってしまったようだ、癒し手と共に下がりなさい」
「あんたが付いてくればこの場が収まるのに、いつまでぐずぐずしているの」
耳元でささやかれた声に身が固くなる、引きずられてあっという間に皆から離され広間を出された。
私達4人は待ち構えていた屋根のない豪奢な馬車にいきなり乗せられた。
まさか自分が凱旋パレードの見られる側になろうとは、人生何が起きるか分からない。
鳴り響くファンファーレと大歓声。
通りの両側から、建物の窓から、どこを向いても人、人、人。そのすべての目がこちらを向いている。身を縮め、フードを目深にかぶり直す。人に見られるのが怖い、林の中ならフキの葉っぱの影に隠れられるのに。
フードの中から、このパレードの主役である勇者のゼノスさんを見ると、爽やかな笑顔で手を振っている。私も頑張って手を振らなきゃと、上げた手は震えてしまった。
「大丈夫だよココ、そのまま隠れていて。こういう目立つのは俺とナッソスが得意だからね、任せてくれ」
フードの上から頭をポンポンとされる。ゼノスさんの手だと思うだけで、ふわっと嬉しくなる。
ナッソスさんは立ち上がって両手を大きく広げ、時々投げキッスまでしてはしゃいでいる。
ソティリオ様は、石像のように不動で、目を細くしてどこも見ていないような静かな顔。さすが大賢者様はいかなる時もお心が波立たない。
歓声に応えすぎて「ちょっと疲れた」とナッソスさんが座った。
「さっき聞いたんだけど、今夜は俺たちの偉業を讃えて、大きな宴会を開いてくれるそうだぞ。いやあ王宮の最高の料理を食べられるなんて、魔王を倒して良かったなあ」
「ココが好きなプディングもあるといいね」
ゼノスさんに言われて怖い気持ちが薄らいだ、王宮で出るプリン! うわあ食べてみたいなあ。
「王宮のパーティーならダンスを踊るのかな。私と踊って頂けますかココ姫」
パレードの歓声の中、それは本当に聞こえた言葉なのか信じられなくて、呆けたまま見上げると彼は照れたように目を細めた。
私とゼノスさんが王宮のパーティーでダンス?
「ゼノスって踊れるの? すげえなあやっぱ騎士してた奴は違うなあ」
「いや、踊れない」
ナッソスさんがわざとらしくガクッと体を落して見せた。
「俺は庶民だからな、踊り方なんて知らん」
「そうだよな、ゼノスも俺も庶民だし、村祭りの踊りしか知らねえ、ココもだろ」
聞かれてこくこく頷く。
「それでも、踊ってみたいなあ。ココと一緒に……音楽に合わせて揺れるだけでもいいから……」
なんだか、夢の中にいるようなフワフワすることを言われている。どうしよう、なんて答えたらいいのかな。
「おれも踊ってみてえ、そうだ3人で手を繋いで、真ん中で村祭りの踊りのステップをするのはどうだろう」
「ナッソス、それは浮くな」
「やっぱダンスはやめとこう。料理だ料理! 限界まで食うぞ」
ゼノスさんを見上げる。もうこちらを見ていなくて、皆に笑顔を向けて手を振っている。
これからの日々は、私はあなたのお家で暮らすの。
そこにあなたはいますか?
心の中で大きく首を左右に振る。
帰ってこないとゼノスさんは言った。
だって聖女様と結婚なさるのだろうから……
◇◇◇ ◇◇◇
王城に着くと謁見の間に通された。
中央奥の王座におわす国王様と、広い間に溢れんばかりに居並ぶお貴族様達。
陛下の御前に跪くのは初めての経験で、粗相があってはいけないと緊張で小さくなっていた。
一番前に勇者のゼノスさん、次に大賢者のソティリオ様、そして後ろに並んで道案内のナッソスさんと癒し手の私、勇者―パーティの4人は陛下のお言葉を頂戴するべく頭を垂れていた。
「よくぞ戻った勇者よ……」
王様の声がそう聞こえた次の瞬間、聞きなれた甲高い女性の声が響き渡って陛下の声をかき消した。
「そこの者、陛下の御前でなんたる不敬スカーフを外しなさい」
声の主は王様の隣に控えていらっしゃるのだろう、高い所から降ってきた声に、心臓がぎゅっと握りつぶされ体が恐怖に支配される。
私はこの声に常に命令されて生きてきた。王女であり、聖女でもある私の上司アナタシア様だ。
またこの方の不興を私はかってしまったのだ。
ブルブルと震える手で私は頭を覆い隠していたスカーフを後ろに払った。生まれつき頭にある、小さな2つの突起が皆に見えてしまう、それが恐ろしい。でもアナタシア様に逆らうのはもっと怖かった。
「ああなんとおぞましい角、異形の者が王城に入り込むなんて! この者を外にお出しなさい」
アナタシア様が悲鳴のように叫んだ。
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「控えよ! 異形呼ばわりするとは癒し手様に非礼極まりない。己がどれほど愚かなことを口にしたか分かっているのか第三王女よ」
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「ああだって……」
それは儚げで、誰が聞いても同情を禁じ得ない可哀想な少女の泣き声がした。
「もちろんココのことは知っております。けれど私が知る限り彼女にはそんな大きな角はありませんでした。魔王の邪気に触れ、なにか邪悪な物に取りつかれたのかと危惧いたしたのです。陛下の身に万が一のことが起きてはなりません。私は国を守る義務があるのです。どうか、分かってくださいソティリオ叔父様、私は聖女として時に非情にならねばならぬことを」
アナタシア様の悲痛な鳴き声は、幼子が泣きじゃくるように、本当に可哀想にと胸に迫ってくる。
「ああだって、そのような魔獣の角はありませんでしたから、そんな大きな角は見たことがありませんでしたから、そうでしょう皆さん、彼女の頭をよく見てくださいああなんて大きい角。陛下の御身の安全を心から思う私にはどうしても見過ごせなかったのです」
彼女が大きいと言い募るほどに、胸が切りつけられるように痛い。骨のように固いものが、親指の半分ほどの大きさであるだけで、遠目には分からない程小さいのに……
「ああ、もう良い」
陛下がアナタシア様に黙るように告げると、彼女は悲し気に泣き続けた。
「皆頭を上げるがよい」と陛下のお許しが出ても、たった今起きた出来事があまりに恐ろしく下を向いたままでいた。
王様は魔王討伐を成し遂げたことを労い、勇者パーティいの偉業を褒め讃えた。長い賛辞の後で一人ずつ感謝の言葉を掛けてくれ私にもお言葉をくださった。ようやく心が穏やかさを取り戻し、顔を上げることができた。王様の横に、黄金の髪を垂らした女神のように美しいアナタシア様が、顔を伏せて静かに泣き続けている姿が見えた。
「それでは褒美を与えよう、勇者ゼノスよ」
勇者様に陛下のお声がかけられると、アナタシア様がパッと顔をあげにこやかな笑顔になった。
「それはもう決まっておりますわ。私との婚姻でしょうお父様」
甘く美しい声に、陛下は破顔して父親の顔になるとうんうんと微笑んで頷いた。
「おそれながら……」
ゼノスさんが発した言葉は、アナタシア様にすぐ遮られた。
「ご高齢の身で尽くしてくださった叔父様には、ふんだんに褒章を与えてくださいませ」
「ソティリオよ、こたびのそなたの献身に深く感謝する、なんなりと望みを申せ」
「私は王族を外れた身なれど、この国を守る義務は消えてはいない。王よ弟の心は初めから知っていよう、私は何も望まない、何故なら国の平安という最も欲しいものを手にいれたのだから。元の生活に戻るだけだ」
大賢者様の清廉潔白なる言葉を聞くと、後に続く者はちょっと褒美を願うのをためらてしまうなと思った。けれどそんな遠慮を隣の彼は吹き飛ばした。
「道案内のナッソスよ望む褒美は何か」
「わたくしは初めにお約束頂いた金貨を望みます。半年という異例の早さで魔王を倒しましたから、是非増額してください、できれば倍額に!」
ざわざわと貴族様方の声が聞こえたけれど、涼しい顔で待っているナッソスさんに、王様は色よい返事を下さった。
とうとう私の番になった。
「癒し手のココよそなたの望む褒美を申せ」
緊張に震える手を握りしめて、あらかじめ決めていた言葉を思い切って告げた。
「癒し手の仕事を辞めたいです。神殿を離れることをお許しください」
王様は少し驚いた顔をした。
「そなた身寄りは無いと聞いている、神殿を離れどこへ行くのだ」
「どこかの村で静かに暮らします」
「ふうむ、そんな望みで良いならいくらでも叶えるがそれは褒美とは言えぬ。そなたのお陰で国が救われたのだ、望みを遠慮せずに申してみよ」
私の望むもの?
何かを願ってもいいのかしら……そう考え始めようとしたとき、ぞっとする冷気が背中を走った。
アナタシア様が睨みつけてくる、心の奥底まで入り込んで凍らせてくるような恐ろしい威圧感。
「望む物は何もありません」
震える声で返すと、王様はもう何も言わなかった。
これで王様への謁見が終わるのだと思った時、ゼノスさんが声を張り上げた。
「恐れながら陛下、わたくしが褒美に望みますものをお聞き頂きたい」
「どうしたゼノス、欲しいものがあるのか?」
彼は大きく頷くと「はいお見せします」と立ち上がり、振り返って手招きする。
ぼんやり見ていると、ナッソスさんが「ココ呼ばれてるぞ」とささやいた。
驚きのままにゼノスさんの隣に立つと、彼が微笑んで目を合わせてから、私の背中に手を添えた。
並んで立つと、彼は決意したように真剣な顔を王様に向け大きく息を吸った。
「わたしくしが望みますのは……」
アナタシア様が大声を張り上げた。
「申し訳ございません。今ようやく己の過ちが分かりました。私はなんと愚かなことを申したのでしょう。魔王討伐に尽力してくださった私の可愛い部下であるココに、王女の責務とはいえ厳しい物言いをしてしまいました。お詫びをしなければ。よろしいでしょうか陛下」
あの可憐な姿から、どうしてここまでの大声が出るかと驚愕の声量で叫びながら、アナタシア様が駆け寄ってくると目の前に跪いた。
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行きましょうと手を引かれ体が傾いだ。大声でまくし立てられて、彼女が何を言ったのか上手く理解できない。
「お待ちください、私の話しが終わってからにしていただきたい。聖女様といえど陛下の御前で話しをさえぎるとはあまりに非礼ではないか、待っていただきたい」
ゼノスさんの言葉に彼女の美しいエメラルドの瞳が驚愕に見開かれ、涙が一気にあふれ出した。
大声をあげて彼女は泣いた。
「わたしくしの過ちを正す機会をどうかください勇者様。だってご覧になって、ココは子供みたいにこんなに小さい体をしているのです。成人女性にはとうてい見えないでしょう? こんな体に合うドレスなんてどこにも無いの。だから急いで彼女の体に合わせて私のドレスを縫い直してあげようと、心からの親切で申しましたの。この私の善意の心を失礼と仰るなんて、あんまりですわ」
わあわあ泣きながらココのためなのですとアナタシア様は言い続ける。あまりの勢いに口をはさむ隙はどこにもない、引っ張る彼女の勢いのままに、私の体はずるずるとゼノスさんから離されていく。
「お待ちください」
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