冷たい左手

池子

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第二章

12

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あれから時間が経ち、時計は二十一時三十分を回っていた。
夕食を終え、僕と倫太郎はお風呂の順番が来るまで客間で過ごしていた。
女性から順番に入る事となっており、美波が入り終え今は杏奈が入浴している。
客間の隅の方では、黒澤が本を読んでいた。
昼間あった出来事など忘れたかの様な振る舞いだ。
倫太郎が先程声をかけても曖昧な反応しかなかった為、そっとしておく事にしたのだ。
少し雑談をしていると、僕はある事をふと思い出し倫太郎へ問いかけた。
「そういえば倫太郎さんが以前話をしていたボロ家は、その後何か分かったんですか」
僕がそう言うと倫太郎は少しの間キョトンとしていたが、あっと思い出した様でへらっと笑った。
「そうだ、前話してたボロ家はね実は古書店らしいんだよ。気になって仕方なかったから一人で訪ねてみたんだ。そしたら中に八十歳くらいのお爺ちゃんがいてさ、本に埋もれてるの。
最初は人形かと思ってつい大声を出してしまいそうになったよ。でも話してみると本の知識も豊富で凄く良い人だったし、一般の書店では取り扱ってない様な古い推理小説もあって凄く魅力的だったよ」
倫太郎の言うボロ家とは、大学の最寄駅から二つ隣の駅で見つけたある建物の事だ。
以前話を聞いた時は、本が山積みになっている年季の入った建物があるとだけ聞かされていたが、その後我慢出来なくてその建物を訪ねたらしい。
倫太郎の行動力には常日頃驚かされる。
「海斗が好きそうな小説もあったよ。今度一緒に行こうか」
倫太郎の言葉に僕は不安な気持ちになった。
一緒にその古書店へ行けるのだろうか、この別荘から僕達は無事に帰れるのだろうか。
・・・いや弱気になってはいけない。犯人を探し出すと倫太郎と約束したではないか。
僕は不安な気持ちを払い除ける様に「はい」と大きな声で返事をした。
そんな時客間の扉が開く。
「あれ、お前らまだ風呂入ってないのかよ」
慎二が扉から顔を出す。
「今は杏奈が入ってる筈だよ。上がるのをここで待っていたんだ」
「それにしても遅くないか。杏奈ちゃんが入ってから結構時間が経っているだろ。後ろがつっかえているのに何をのんびり入っているんだ」
確かに昨夜の杏奈は、三十分程で入浴を終わらせていた筈だ。
杏奈の次が僕の順番だった為よく覚えている。
「そうだね、一度のり子さんに確認してもらおうか。お風呂で寝てしまっていたりしたら危ないしね」
僕達は客間から食堂へ移動し、夕食の片付けをしていたのり子に声をかけた。
そこには美波もいて、のり子の手伝いをしていた様だ。
のり子に事情を説明し、風呂場へ向かってもらう。
「確かに杏奈さん遅いですね。私がお風呂から上がって杏奈さんに声を掛けた後は、すぐに洗面所へ向かっていたので、入浴してから一時間以上は経っていると思います。今日はいろんな事があったので、少しでも疲れを取っているのかもしれないですね」
「それにしたってゆっくりしすぎだろ。俺達が入るのがどんどん遅くなるぜ」
その時、美波と慎二の声をかき消す程の悲鳴が食堂に響いた。
これはのり子の声だ。
僕達は食堂を飛び出し、のり子がいる筈の洗面所へと向かう。
のり子は洗面所の中で腰を抜かしていた。
震えながら、扉が開いている状態の浴室を指差し声にならない声をあげている。
のり子が指差す方向に目を向けると、何故悲鳴を上げたのか理解が出来た。
お湯が張られた湯船の中に、杏奈がうつ伏せの状態で浮かんでいた。
その背中にはナイフが突き刺さっている。
湯船にお湯をはる為の蛇口からはお湯が出しっぱなしになっており、入りきらずに溢れ出たお湯が杏奈の血で染まって、浴室全体を赤い世界へ変貌させていた。
それを見た美波が大きな悲鳴を上げる。
そんな美波を横目に僕は、今立っているところから動けなくなってしまった。
また殺人が起こってしまったのだ。またサークルの仲間が死んでしまったのだ。
これ以上の犯行はないと、何処かで勝手に思い込んでいたのだ。
しかし違った、犯人の計画はまだ終わっていなかったのだ。
悲鳴を聞きつけてきた黒澤も、その光景を見て愕然としていた。
荒井に関してはしゃがみ込んで顔を伏せている。その口から嗚咽の声が漏れていた。
荒井と杏奈は同学年の三人の中でも、特に一緒にいる事が多かった為か人一倍ショックが大きい様だ。
そんな中、倫太郎が浴室に入り湯船へと近く。
「誰か手を貸して、杏奈を此処から移動させる」
僕は倫太郎の言葉にハッとし湯船へと近づくと、二人で杏奈を洗面所の床に敷いたバスタオルの上に移動させた。



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