冷たい左手

池子

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第四章

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「話があるって何だよ。夕食の時間を遅らせてまで」
慎二が不満気な態度を隠さずに倫太郎を睨みつける。
時刻は十九時。
通常であれば夕食を食べ始める時間だ。
しかし食堂の机上にはティーカップの一つも置いていなく、真っ白なテーブルクロスが存在を主張させていた。
「全員いるね、今回起こった一連の事件の犯人が分かったんだ」
倫太郎は静かにそう呟くと、食堂にいる全員の顔をぐるりと見渡した。
誰も声を上げるものは居なかった。
食堂内が静寂に包まれる。
今ここにいる誰かが真琴先生と杏奈を殺害した。
そうは分かっているが、何処か違うのでは無いかと思ってしまう気持ちも分かる。
僕にとっても推理サークルに入って過ごした一年間はかけがえのない時間だ。
三、四年生にとっては余計にそう思うだろう。
何処かで悪い夢でも見てるんじゃないか、と現実逃避をしていても可笑しくはない。
「まず真琴先生が殺害された密室の部屋について。これはある物を使用した密室トリックだったんだ」
「ある物って何だよ」
慎二が食い気味に口を挟む。
倫太郎がパンツの右ポケットから白くて長細い物を取り出す。
「糸・・・ですか」
荒井が唇を青く染めてボソッと呟いた。
「そう犯人は真琴先生を殺害した後に、この糸を使用して外から鍵をかけて密室を完成させた。まあそうは言っても言葉だけでは伝わらないだろう、論より証拠と言うしね」

僕達は倫太郎の部屋の前に移動して、静かに彼を見つめた。
「まず糸をサムターン部分に巻き付けその上からセロテープで固定する。そして糸を扉下の隙間部分から潜らせ外に出す。後は部屋の外からその糸を引くと、サムターンが回り外からでも鍵をかける事が可能となる。鍵がかかった後は、糸を強く引っ張ってセロテープから糸を外して回収してしまえば密室の完成さ」
倫太郎が説明通りに部屋の外から糸を引くと、扉の内側からカチャリという音が響いた。
ドアノブを回してみるが、扉が開く事は無かった。
「こんなに簡単に扉の外から鍵がかけられるなんて」
そう言ったのり子は驚愕の表情であった。
これで密室は完成された。
「確かに糸は回収出来たけどセロテープはどうするんだよ、まだ扉についたままだろう」
「セロテープは全員が真琴先生の死体に意識を持っていかれている時に、犯人が隙を見て回収したのだろう。あの時は殆どの人がパニック状態になっていたからね。難しい事ではないと思うよ。しかし、セロテープ本体は取れても、サムターン部分に付いてしまったテープの粘着性は残ってしまっていた。それが今回のトリックに気づかせてくれた」
「密室のトリックは分かったよ。でもこの別荘には俺も含めサークルメンバーは誰も来た事がないんだぜ。部屋の扉の鍵がどんな造りなのかなんて分かるわけがないだろう。犯人は偶然に糸とテープを持ち歩いていて、偶然に密室トリックを思いついたとでも言いたいのか」
慎二は頭に血が昇っているのか、早口で捲し立てる。
そんな慎二に向かって倫太郎は冷静に「一人いるだろう」と言う。
「真琴先生だよ。以前にも話した様に真琴先生は、この中の誰かを殺害しようと計画を立てていた。今回俺達がこの別荘に来る前に、秘密裏に此処に下見に来て犯行計画を経てていたのだろう。彼は腐っても烏間家の人間だしね。そしてその時に今回の密室トリックを思いついたんだ。真琴先生が所持していた、睡眠薬で相手を眠らせてから麻縄で首を吊らせる。そして俺が先程見せた様に糸とテープのトリックを使用して、部屋を密室にすれば誰がどう見ても自殺に見えるって訳さ。糸とテープなら所持していても事件後の警察の取り調べで疑われる様な物ではないと思ったのだろう。しかし彼は自分が考えたその密室トリックを利用されて、共犯者に殺されてしまったのだ」
ホール内が再び静寂に包まれた。
誰かが唾を飲み込む音だけ、うっすらと聞こえる。
「密室トリックを解いた次に、杏奈の事件についてだ。皆改めて杏奈の殺害現場の状況を思い出して欲しい。背後から犯人に襲われて、杏奈はうつ伏せの状態で湯船の中に沈んでいた。他にどんな事があったか覚えているかい」
あの殺害現場は、身の毛がよだつ程浴室内が真っ赤に染まっていた。
そう、真っ赤に染まっていたのだ。
「杏奈さんの血で赤く染められたお湯が、湯船に入りきらずに溢れ出していました。入浴中で体温が上昇していたからといって、二十~三十分程ではあれ程の出血量にはならないと思います。室内が真っ赤と錯覚してしまう程の出血量なのであれば、殺害されてから一時間近く経過していると思われます」
「海斗の言う通り俺達が発見した時には、杏奈が殺害されてから一時間程経過した状態だったんだ。そしてその時間帯のアリバイを照らし合わせると、殺害が可能なのは一人しかいない」
倫太郎は一つ息を吐くと、意を決したように一人の人物に目を向ける。

「美波、犯人は君だよ」


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