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2章
2章13話 サキュバスクラブ再び
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そして放課後、僕は再びその場所を訪れていた。
「……咲蓮ビル」
前回は気づかなかったけど、確かにビルにはそう書いてあった。
やっぱり電車で話しかけてきたサリナさんはこのビルの関係者で間違いない。
「見た目は普通のビルなのに……」
場所も駅前の普通の繁華街。
学生もよく利用するこんな立地に堂々と居を構えるその地下に……あんなめくるめく異世界が広がっているなんて、誰も想像できないだろう。
僕は前回と同じようにエレベーターに乗り込み、地下の階層ボタンを押そうとして、
「――あれ、ボタンがない」
1階から5階までしかボタンがないことに気づく。
ふと目線を向けると、カードリーダーがついていた。
「あ、そうだ! 確かあの地下ってカードがないと行けないんだった!」
この前は誰かが落としたカードを拾ったら、それがたまたまプラチナカード? とかいうので……。
「しまった……あのカードどうしたっけ。返してもらったっけ」
財布の中を確認する。
でも確か……そうだ、あのカードはシャリアーデさんに渡したんだった。
――ではこれはこちらでお預かりいたしますので、後ほどお客様専用のカードを発行いたしますね。
確かそんなことを言っていた気がする。
でも僕はあの日怖くなって逃げだしちゃって……それきりだ。
「これじゃもう一度あのクラブになんて……」
あのクラブに戻れない。
その理解に、ガッカリしたような、安心したような……複雑な気分だった。
「ま、仕方ないか。そういうことならあのクラブは一夜限りの夢だったと思って……」
と肩を落としてエレベーターから降りようとしたとき、
――ゴウン、とエレベーターが駆動した。
「え?」
呆気に取られている内にエレベーターは下に降り始めた。
「な、なんで!? ――あ、そうか」
僕が動かさなくても、もうクラブにいる人がこのエレベーターを呼んだら動いちゃうんだ。
「い、いいのかな……こんな形でクラブに入っちゃって」
まあそもそも前回も人の会員カードで入っちゃったわけだし今更か。
やがてエレベーターが止まって扉が開く。
乗り込んでくるであろう男性客を予想して端に避ける。
「……あれ?」
でも予想に反して、エレベーターの前には誰も待っていなかった。
「じゃあなんでエレベーターが?」
誰もボタンを押してないのに動いたってこと?
「……まるで」
――まるで僕が来るのを待っていたかのような。
「――お待ちしておりました、小作清太様」
どくん、と心臓が跳ねる。
一度聴いたら忘れられないその声。
まるで脳に直接息を吹きかけられているかのような甘い囁き。
「シャリアーデ……さん」
「覚えていてくださいましたか。大変光栄でございます」
エレベーターから降りると、すぐ傍にシャリアーデさんが佇んでいた。
「必ずまたご来店いただけると信じておりました」
「あ、あの……」
「少しお話をいたしませんか? ――どうぞこちらへ」
シャリアーデさんに促されるまま進むと、バーカウンターのような場所に案内された。
適当な席に座ると、シャリアーデさんがその隣に腰かける。
「どうぞぉ♪」
まだ何も注文していないのに、バーテンダーの女性がそっと目の前にオレンジジュースを出してくれた。
「あ、どうも――」
見ると、バーテンダーの女性はやはりほとんど全裸姿だった。
「うっ……」
思わず赤面して顔を逸らしてしまう。
視線を移すと改めてこのクラブの異様さを思い出した。
毒々しい紫の照明に照らされ、全裸の女性たちが男性客に奉仕している。
まだ陽は落ち切っていないのにホールはそこそこ賑わっていて、あちこちから女性の艶めかしい嬌声と男性客の楽しそうな笑い声が聞こえてくる。
「……」
本当に戻ってきたんだ、と今さらながら実感する。
で、でも今日は前回みたいな性的な接待を受けに来たわけじゃなくて、いろいろと確認したいことがあったからで……。
あとスメラギ・サリナさんと詩織先輩からのお願いとかもあって、それで……
「前回は大変失礼いたしました」
不意にシャリアーデさんが言った。
眉一つピクリとも動かさない鉄面皮は以前と同じだった。
「困惑されている清太様に、少々性急な接客をしてしまいました。謹んでお詫びいたします」
「い、いえ! 僕の方こそ……急に帰っちゃって」
「本日は決して清太様がご不安になるような強引な接客は致しません。誓ってお約束いたします。ですので、どうかリラックスして当クラブをお楽しみくださいませ」
「あ、あの、その件なんですけど……僕は今日はその、サービスをしてもらいにきたわけじゃなくて……聞きたいことがあって」
「何なりとお尋ねくださいませ」
「……じゃ、じゃあ」
聞きたいことはたくさんあったけど、どれから聞けばいいか迷う。
でも一番疑問だったのは、やっぱり一つだ。
「どうしてこのクラブは、僕にこんなに良くしてくれるんですか?」
「お客様に誠心誠意尽くすのは我々にとって当然のことです」
「でも、僕は客じゃありません。たまたまカードを拾って迷い込んだだけで、お金も持ってないし、ただの学生です。そんな僕にまでこんなに親切にしてくれるのは……どうしてですか?」
あの日、偶然クラブに迷い込んでから今日この瞬間まで、このクラブは僕に一切金銭を要求しない。
なんとなく、この人たちはそういうのとは別の目的で動いているような気がする。
それが何なのか分からない内は、僕も迂闊にこの人たちと気軽に話したりはできない。
「なるほど。我々のようなメスに激しく交尾を求められるのは興奮する以上に気味が悪い、と」
「そ、そこまでは……」
でも忌憚なく言うとそういうことになるのかな……。
「畏まりました。では可能な限りではありますが、我々について少しご説明させていただきましょう」
そう言ってシャリアーデさんは、このクラブのことを静かに語り始めた。
「……咲蓮ビル」
前回は気づかなかったけど、確かにビルにはそう書いてあった。
やっぱり電車で話しかけてきたサリナさんはこのビルの関係者で間違いない。
「見た目は普通のビルなのに……」
場所も駅前の普通の繁華街。
学生もよく利用するこんな立地に堂々と居を構えるその地下に……あんなめくるめく異世界が広がっているなんて、誰も想像できないだろう。
僕は前回と同じようにエレベーターに乗り込み、地下の階層ボタンを押そうとして、
「――あれ、ボタンがない」
1階から5階までしかボタンがないことに気づく。
ふと目線を向けると、カードリーダーがついていた。
「あ、そうだ! 確かあの地下ってカードがないと行けないんだった!」
この前は誰かが落としたカードを拾ったら、それがたまたまプラチナカード? とかいうので……。
「しまった……あのカードどうしたっけ。返してもらったっけ」
財布の中を確認する。
でも確か……そうだ、あのカードはシャリアーデさんに渡したんだった。
――ではこれはこちらでお預かりいたしますので、後ほどお客様専用のカードを発行いたしますね。
確かそんなことを言っていた気がする。
でも僕はあの日怖くなって逃げだしちゃって……それきりだ。
「これじゃもう一度あのクラブになんて……」
あのクラブに戻れない。
その理解に、ガッカリしたような、安心したような……複雑な気分だった。
「ま、仕方ないか。そういうことならあのクラブは一夜限りの夢だったと思って……」
と肩を落としてエレベーターから降りようとしたとき、
――ゴウン、とエレベーターが駆動した。
「え?」
呆気に取られている内にエレベーターは下に降り始めた。
「な、なんで!? ――あ、そうか」
僕が動かさなくても、もうクラブにいる人がこのエレベーターを呼んだら動いちゃうんだ。
「い、いいのかな……こんな形でクラブに入っちゃって」
まあそもそも前回も人の会員カードで入っちゃったわけだし今更か。
やがてエレベーターが止まって扉が開く。
乗り込んでくるであろう男性客を予想して端に避ける。
「……あれ?」
でも予想に反して、エレベーターの前には誰も待っていなかった。
「じゃあなんでエレベーターが?」
誰もボタンを押してないのに動いたってこと?
「……まるで」
――まるで僕が来るのを待っていたかのような。
「――お待ちしておりました、小作清太様」
どくん、と心臓が跳ねる。
一度聴いたら忘れられないその声。
まるで脳に直接息を吹きかけられているかのような甘い囁き。
「シャリアーデ……さん」
「覚えていてくださいましたか。大変光栄でございます」
エレベーターから降りると、すぐ傍にシャリアーデさんが佇んでいた。
「必ずまたご来店いただけると信じておりました」
「あ、あの……」
「少しお話をいたしませんか? ――どうぞこちらへ」
シャリアーデさんに促されるまま進むと、バーカウンターのような場所に案内された。
適当な席に座ると、シャリアーデさんがその隣に腰かける。
「どうぞぉ♪」
まだ何も注文していないのに、バーテンダーの女性がそっと目の前にオレンジジュースを出してくれた。
「あ、どうも――」
見ると、バーテンダーの女性はやはりほとんど全裸姿だった。
「うっ……」
思わず赤面して顔を逸らしてしまう。
視線を移すと改めてこのクラブの異様さを思い出した。
毒々しい紫の照明に照らされ、全裸の女性たちが男性客に奉仕している。
まだ陽は落ち切っていないのにホールはそこそこ賑わっていて、あちこちから女性の艶めかしい嬌声と男性客の楽しそうな笑い声が聞こえてくる。
「……」
本当に戻ってきたんだ、と今さらながら実感する。
で、でも今日は前回みたいな性的な接待を受けに来たわけじゃなくて、いろいろと確認したいことがあったからで……。
あとスメラギ・サリナさんと詩織先輩からのお願いとかもあって、それで……
「前回は大変失礼いたしました」
不意にシャリアーデさんが言った。
眉一つピクリとも動かさない鉄面皮は以前と同じだった。
「困惑されている清太様に、少々性急な接客をしてしまいました。謹んでお詫びいたします」
「い、いえ! 僕の方こそ……急に帰っちゃって」
「本日は決して清太様がご不安になるような強引な接客は致しません。誓ってお約束いたします。ですので、どうかリラックスして当クラブをお楽しみくださいませ」
「あ、あの、その件なんですけど……僕は今日はその、サービスをしてもらいにきたわけじゃなくて……聞きたいことがあって」
「何なりとお尋ねくださいませ」
「……じゃ、じゃあ」
聞きたいことはたくさんあったけど、どれから聞けばいいか迷う。
でも一番疑問だったのは、やっぱり一つだ。
「どうしてこのクラブは、僕にこんなに良くしてくれるんですか?」
「お客様に誠心誠意尽くすのは我々にとって当然のことです」
「でも、僕は客じゃありません。たまたまカードを拾って迷い込んだだけで、お金も持ってないし、ただの学生です。そんな僕にまでこんなに親切にしてくれるのは……どうしてですか?」
あの日、偶然クラブに迷い込んでから今日この瞬間まで、このクラブは僕に一切金銭を要求しない。
なんとなく、この人たちはそういうのとは別の目的で動いているような気がする。
それが何なのか分からない内は、僕も迂闊にこの人たちと気軽に話したりはできない。
「なるほど。我々のようなメスに激しく交尾を求められるのは興奮する以上に気味が悪い、と」
「そ、そこまでは……」
でも忌憚なく言うとそういうことになるのかな……。
「畏まりました。では可能な限りではありますが、我々について少しご説明させていただきましょう」
そう言ってシャリアーデさんは、このクラブのことを静かに語り始めた。
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