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第1章
雪の女王?いいえただのコミュ障です
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まさかこんなことになるとは、想像もしていなかった。
自分で仕掛けた事とはいえ、全てがあまりにも完璧に進みすぎている気がした。
ベッドの上で静かに寝息を立てる彼女。
そっと眼鏡を外すと、長いまつ毛が儚げに揺れ、柔らかな光の中で影を落とす。思わず息が漏れた。どこか幼さを帯びた表情は、遠い記憶の底に沈む彼女そのものだった。
きつい襟元のシャツのボタンを、指先でそっと解く。
わずかに覗く白い谷間。スカートから伸びる、しなやかで長い足。ぽてっとした唇。その全てに甘く誘われる。
無防備すぎるその寝顔に、胸の奥がざわついた。
「……ゆき姉ちゃん」
手をそっと握ってみる。あの頃、自分よりずっと大きかったその手が、今はこんなにも小さい。頬を寄せると、夢のようだった。だけれど──。
「ん……、えぐち、さん」
──この、しょるい。
彼女は夢を見ているようだった。よりにもよって、あいつの夢を。
無性に腹が立った。胸の奥で、やり場のない悲しみが熱い塊となって膨らむ。
どうして、気づいてくれないの?
どうすれば、気づいてくれるの?
ゆき姉ちゃんは、僕だけのものなのに。
***
レンズホームの業務課。キーボードを叩く無機質な音が、響く。蛍光灯の冷たい光が、藤木由紀の無表情な顔を白く浮かび上がらせていた。
そこに、新人社員の三浦佳奈が、書類を手にそわそわと近づいてきた。
「藤木先輩。これ……高木ハイツの契約書の修正版です」
佳奈の声は、緊張でわずかに上ずっていた。由紀は書類を受け取り、ページをめくる。鋭い視線が細かい文字を追い、数秒の沈黙が場を支配する。佳奈は唇を噛み、視線を床に落としていた。
由紀は入社5年目の27歳。この不動産会社で、主に売買、賃貸物件の契約書を作成している。
艶やかな黒髪はきっちり一つに束ねられ、眼鏡の奥の目は氷のように冷静。彼女の毅然とした態度と、隙のない仕事ぶりから、社内では「雪の女王」と囁かれていた。
「……ここ」
由紀の指が、紙の一点を鋭く指す。
「専有面積の記載が間違ってる。53.28平方メートルなのに、43になってる」
佳奈が慌てて顔を上げ、書類を覗き込む。
「え、ほんとだ……ごめんなさい、すぐ直します!」
由紀の表情は微動だにしない。淡々と、まるで機械のように言葉を続ける。
「あと、バルコニーの向きが『南東』になってるけど、正しくは『南西』。確認した?」
佳奈の頬が赤らむ。
「す、すみませんでした……。データベースのコピペミスで」
「確認はあなたがすること。それが仕事の意味。法令に基づく制限概要もこれ、2年前のデータ。最新のを確認して」
由紀の声は低く、感情を排した氷の刃のようだった。
「賃貸物件だからといって、気を抜いていいわけじゃない」
佳奈は目を潤ませ、「本当に申し訳ありません…今すぐ修正します」と頭を下げた。
由紀は書類を返す。内心、佳奈の動揺に胸がわずかに疼く。言葉にすればいいのに、喉が凍りついたように動かない。
「次から気をつけて」
それだけ言うと、由紀は視線をパソコンに戻した。佳奈が書類を抱えて去る背中を、横目で無表情に見送る。
ため息が出そうになるのを、がまんする。
少しだけ目をつむった後に、由紀は淡々と仕事を行うのだった。
***
「藤木ぃ、また三浦泣かせたろ」
「江口さん」
その声が背後から聞こえた時、由紀は心の中で小さくため息をついた。今日の昼食は、業務が押したために社外に出るのを断念し、社員食堂で済ませることにした。黙々と和食定食を口に運んでいたところ、隣に腰を下ろしたのは、業務課の課長、江口克也だった。
「そう言われても。本当の事を言ったまでです」
「言い方があるだろ?いつもの調子できつかったんじゃないのか?」
克也は由紀の3つ年上で、大学時代は同じ建築学部の先輩後輩。気心の知れた間柄ではあるが、由紀の態度は変わらない。
視線を正面に固定したまま、箸を止めずに返す。
「いつもの調子って。……普通に言っただけです」
その通りだった。とりたてて声を荒げたわけでもないし、威圧したつもりもない。ただ、淡々と事実を述べただけ──、のはずだった。しかし、それが「冷たい」とか「怖い」と受け取られてしまうことは少なくない。そのたびに、こうして克也にため息をつかれ、心の奥がひりつく。
「お前の普通はあたりが強いんだよ。……藤木」
「はい?」
ちらりと横を見ると、克也は自分の頬をつまみ、ぐいと引き上げていた。彼が無言で示す“口角を上げろ”のサインに、由紀の眉がかすかに動く。口元をきゅっと結ぶ。笑えと言われても、そんな器用なことはできない。
「……そんなこと言われても」
「江口さん、藤木さん困ってますよ?」
朗らかな声が割って入り、空気がふと和らいだ気がした。
傍に立っていたのは、売買部のエース、高橋亮だった。
色素の薄い茶髪に、吸い込まれるような青い瞳。異国の血を引くその容姿は、どこか気だるげな社員食堂の空気にさえ一瞬、爽やかなものに変える。
「ここいいですか?」
「……どうぞ」
亮は軽やかな動作で由紀の正面に腰を下ろす。彼は今まで渋谷店にいたのを、今年から本社へ移動してきた。
部署は違えど、こうして食堂で顔を合わせることが多かった。いつも自然に声をかけてきて、気づけば近くに座る。それが、彼の持ち前の人懐こさなのだろう。
「何話してたんですか?」
「いいや?例の如く藤木の顔が硬いってだけの話」
「そうですか?藤木さん、いつも冷静でかっこいいじゃないですか」
なんでも、彼は合同就職説明会で由紀がスピーチする姿に憧れ、この会社に入ったのだという。
言われた時は驚いたが、彼の顔を見た瞬間に感じた懐かしさは、そのせいだったのかもしれない。確かに、あの時説明会で熱心に質問してきた学生がいた。
「……高橋のそういうとこ、少しでも譲ってもらったらどうだ?藤木」
亮はさらりと笑顔を返す。克也が由紀の肘を軽く小突いた。その拍子に由紀の汁椀がわずかに揺れる。
「江口さん、汁物飲んでるのに」
「お、悪い、こぼしたか?」
「……いいえ」
乾いたやりとりの中で、由紀はじわじわと苛立っていた。今日くらい、静かに1人で昼食を摂りたかった。それなのに、なぜこの2人は揃ってここに座ってくるのだろう。まるで彼女を包囲するように。
克也はいつもやや疲れ気味な雰囲気があるが、整った顔立ちで、仕事は的確。上司からも後輩からも信頼が厚い。
対する亮は、爽やかさと知性を兼ね備えた“社内の王子”とでも呼びたくなる存在。外見はモデルのようで、資格もキャリアも申し分ない。
社内では2人それぞれに熱狂的な支持者がいて、女子社員たちの視線があちこちから突き刺さるのがわかる。
由紀は無表情のまま、心の中だけで深く息をついた。
「あ、亮くーん。隣いい?江口さんも、由紀さんもお邪魔します!」
「うん、どうぞ」
「おつかれ」
「おつかれさまです」
賃貸部の大崎舞が現れる。彼女はつり上がった大きな目と軽やかな巻き髪が印象的な女性で、亮の隣にいつも当然のように腰を下ろす。由紀が亮と話していると、必ずその間に割って入ってくる。その視線は、時に刺すように鋭かった。
けれども由紀にとって、それはむしろ救いだった。舞が亮と話してくれれば、自分は会話から一歩引ける。実際、会話は自然とそちらへ流れていった。
由紀は食後のコーヒーを買うため、静かに立ち上がる。
財布を手にしたその時、小さなぬいぐるみに舞の視線が留まった。
「えー意外。由紀さん、そういうの付けるんですね?」
指をさされ、由紀の動きが一瞬止まる。「えぇ」とも「まぁ」とも言えず、喉が詰まるような感覚に襲われた。
「かわいいな、なんのキャラクターなんだ?」
「……触らないでください。その……」
克也の指がぬいぐるみの尻尾に触れた瞬間、反射的に財布を引き上げる。
「姪っ子が、くれたんです」
嘘ではない。妹が、姪っ子の小さな手を通して贈ってくれたものだ。
「姪っ子?由紀さんもう姪っ子がいるんですかー?いくつなんです?」
「……今年で4歳」
「えー!大きい!」
「それって……ロルフですよね。エデンフィールドの」
その声に、由紀の身体がぴたりと止まった。発したのは亮だった。
「エデンフィールドってなに?亮君。アニメか何か?」
「え、アニメとか見んの?藤木」
「い、いえ、あの」
「オンラインゲームですよ。そのキャラクターなんです」
その通りだった。ロルフは、自分の中では特別な存在だった。まさか、亮が知っているとは――。
「藤木さんも、やるんですか?」
「……はい、妹から勧められて。少し、だけ。」
「奇遇ですね、俺もそのゲームやってるんですよ?もしよければ今度一緒に」
「えー!いいなぁ私オンラインゲームなんてやった事ないからやってみたーい!江口さんもどうです?」
「俺?ゲームかぁ、なんか久しくやってないな」
「……あ、藤木さん」
由紀はトレーを手にそそくさと立ち上がった。もう少し座っていようかと思っていたのに、なぜか顔が熱い。こんなにドキリとするとは思っていなかった。
気に入っていたから、いつも持ち歩いていた。けれど、もう外すべきかもしれない。そう思った瞬間、心の中でふっと灯が消えるような感覚がした。何か大切なものを、そっとしまい込むように。
コーヒーは、デスクでゆっくり飲もう。
***
仕事を終えると、由紀はいつも無駄な動きなく退社する。残業はなるべくしない。自宅近くのスーパーで買い物を済ませ、足早に家へと帰る。
「ただいま」
鍵を開けて誰もいない部屋に入る。当然、返事はない。だが、明かりをつけると、部屋の片隅に鎮座する大きな狼のぬいぐるみが、由紀を出迎えてくれる。思わず靴を乱暴に脱ぎ、ぬいぐるみをぎゅっと抱きしめた。 無意識に寄っていた眉間の皺が消え、眉が下がる。
「ロルフー!私またやっちゃった……!」
[雪の女王?いいえただのコミュ障です]
自分で仕掛けた事とはいえ、全てがあまりにも完璧に進みすぎている気がした。
ベッドの上で静かに寝息を立てる彼女。
そっと眼鏡を外すと、長いまつ毛が儚げに揺れ、柔らかな光の中で影を落とす。思わず息が漏れた。どこか幼さを帯びた表情は、遠い記憶の底に沈む彼女そのものだった。
きつい襟元のシャツのボタンを、指先でそっと解く。
わずかに覗く白い谷間。スカートから伸びる、しなやかで長い足。ぽてっとした唇。その全てに甘く誘われる。
無防備すぎるその寝顔に、胸の奥がざわついた。
「……ゆき姉ちゃん」
手をそっと握ってみる。あの頃、自分よりずっと大きかったその手が、今はこんなにも小さい。頬を寄せると、夢のようだった。だけれど──。
「ん……、えぐち、さん」
──この、しょるい。
彼女は夢を見ているようだった。よりにもよって、あいつの夢を。
無性に腹が立った。胸の奥で、やり場のない悲しみが熱い塊となって膨らむ。
どうして、気づいてくれないの?
どうすれば、気づいてくれるの?
ゆき姉ちゃんは、僕だけのものなのに。
***
レンズホームの業務課。キーボードを叩く無機質な音が、響く。蛍光灯の冷たい光が、藤木由紀の無表情な顔を白く浮かび上がらせていた。
そこに、新人社員の三浦佳奈が、書類を手にそわそわと近づいてきた。
「藤木先輩。これ……高木ハイツの契約書の修正版です」
佳奈の声は、緊張でわずかに上ずっていた。由紀は書類を受け取り、ページをめくる。鋭い視線が細かい文字を追い、数秒の沈黙が場を支配する。佳奈は唇を噛み、視線を床に落としていた。
由紀は入社5年目の27歳。この不動産会社で、主に売買、賃貸物件の契約書を作成している。
艶やかな黒髪はきっちり一つに束ねられ、眼鏡の奥の目は氷のように冷静。彼女の毅然とした態度と、隙のない仕事ぶりから、社内では「雪の女王」と囁かれていた。
「……ここ」
由紀の指が、紙の一点を鋭く指す。
「専有面積の記載が間違ってる。53.28平方メートルなのに、43になってる」
佳奈が慌てて顔を上げ、書類を覗き込む。
「え、ほんとだ……ごめんなさい、すぐ直します!」
由紀の表情は微動だにしない。淡々と、まるで機械のように言葉を続ける。
「あと、バルコニーの向きが『南東』になってるけど、正しくは『南西』。確認した?」
佳奈の頬が赤らむ。
「す、すみませんでした……。データベースのコピペミスで」
「確認はあなたがすること。それが仕事の意味。法令に基づく制限概要もこれ、2年前のデータ。最新のを確認して」
由紀の声は低く、感情を排した氷の刃のようだった。
「賃貸物件だからといって、気を抜いていいわけじゃない」
佳奈は目を潤ませ、「本当に申し訳ありません…今すぐ修正します」と頭を下げた。
由紀は書類を返す。内心、佳奈の動揺に胸がわずかに疼く。言葉にすればいいのに、喉が凍りついたように動かない。
「次から気をつけて」
それだけ言うと、由紀は視線をパソコンに戻した。佳奈が書類を抱えて去る背中を、横目で無表情に見送る。
ため息が出そうになるのを、がまんする。
少しだけ目をつむった後に、由紀は淡々と仕事を行うのだった。
***
「藤木ぃ、また三浦泣かせたろ」
「江口さん」
その声が背後から聞こえた時、由紀は心の中で小さくため息をついた。今日の昼食は、業務が押したために社外に出るのを断念し、社員食堂で済ませることにした。黙々と和食定食を口に運んでいたところ、隣に腰を下ろしたのは、業務課の課長、江口克也だった。
「そう言われても。本当の事を言ったまでです」
「言い方があるだろ?いつもの調子できつかったんじゃないのか?」
克也は由紀の3つ年上で、大学時代は同じ建築学部の先輩後輩。気心の知れた間柄ではあるが、由紀の態度は変わらない。
視線を正面に固定したまま、箸を止めずに返す。
「いつもの調子って。……普通に言っただけです」
その通りだった。とりたてて声を荒げたわけでもないし、威圧したつもりもない。ただ、淡々と事実を述べただけ──、のはずだった。しかし、それが「冷たい」とか「怖い」と受け取られてしまうことは少なくない。そのたびに、こうして克也にため息をつかれ、心の奥がひりつく。
「お前の普通はあたりが強いんだよ。……藤木」
「はい?」
ちらりと横を見ると、克也は自分の頬をつまみ、ぐいと引き上げていた。彼が無言で示す“口角を上げろ”のサインに、由紀の眉がかすかに動く。口元をきゅっと結ぶ。笑えと言われても、そんな器用なことはできない。
「……そんなこと言われても」
「江口さん、藤木さん困ってますよ?」
朗らかな声が割って入り、空気がふと和らいだ気がした。
傍に立っていたのは、売買部のエース、高橋亮だった。
色素の薄い茶髪に、吸い込まれるような青い瞳。異国の血を引くその容姿は、どこか気だるげな社員食堂の空気にさえ一瞬、爽やかなものに変える。
「ここいいですか?」
「……どうぞ」
亮は軽やかな動作で由紀の正面に腰を下ろす。彼は今まで渋谷店にいたのを、今年から本社へ移動してきた。
部署は違えど、こうして食堂で顔を合わせることが多かった。いつも自然に声をかけてきて、気づけば近くに座る。それが、彼の持ち前の人懐こさなのだろう。
「何話してたんですか?」
「いいや?例の如く藤木の顔が硬いってだけの話」
「そうですか?藤木さん、いつも冷静でかっこいいじゃないですか」
なんでも、彼は合同就職説明会で由紀がスピーチする姿に憧れ、この会社に入ったのだという。
言われた時は驚いたが、彼の顔を見た瞬間に感じた懐かしさは、そのせいだったのかもしれない。確かに、あの時説明会で熱心に質問してきた学生がいた。
「……高橋のそういうとこ、少しでも譲ってもらったらどうだ?藤木」
亮はさらりと笑顔を返す。克也が由紀の肘を軽く小突いた。その拍子に由紀の汁椀がわずかに揺れる。
「江口さん、汁物飲んでるのに」
「お、悪い、こぼしたか?」
「……いいえ」
乾いたやりとりの中で、由紀はじわじわと苛立っていた。今日くらい、静かに1人で昼食を摂りたかった。それなのに、なぜこの2人は揃ってここに座ってくるのだろう。まるで彼女を包囲するように。
克也はいつもやや疲れ気味な雰囲気があるが、整った顔立ちで、仕事は的確。上司からも後輩からも信頼が厚い。
対する亮は、爽やかさと知性を兼ね備えた“社内の王子”とでも呼びたくなる存在。外見はモデルのようで、資格もキャリアも申し分ない。
社内では2人それぞれに熱狂的な支持者がいて、女子社員たちの視線があちこちから突き刺さるのがわかる。
由紀は無表情のまま、心の中だけで深く息をついた。
「あ、亮くーん。隣いい?江口さんも、由紀さんもお邪魔します!」
「うん、どうぞ」
「おつかれ」
「おつかれさまです」
賃貸部の大崎舞が現れる。彼女はつり上がった大きな目と軽やかな巻き髪が印象的な女性で、亮の隣にいつも当然のように腰を下ろす。由紀が亮と話していると、必ずその間に割って入ってくる。その視線は、時に刺すように鋭かった。
けれども由紀にとって、それはむしろ救いだった。舞が亮と話してくれれば、自分は会話から一歩引ける。実際、会話は自然とそちらへ流れていった。
由紀は食後のコーヒーを買うため、静かに立ち上がる。
財布を手にしたその時、小さなぬいぐるみに舞の視線が留まった。
「えー意外。由紀さん、そういうの付けるんですね?」
指をさされ、由紀の動きが一瞬止まる。「えぇ」とも「まぁ」とも言えず、喉が詰まるような感覚に襲われた。
「かわいいな、なんのキャラクターなんだ?」
「……触らないでください。その……」
克也の指がぬいぐるみの尻尾に触れた瞬間、反射的に財布を引き上げる。
「姪っ子が、くれたんです」
嘘ではない。妹が、姪っ子の小さな手を通して贈ってくれたものだ。
「姪っ子?由紀さんもう姪っ子がいるんですかー?いくつなんです?」
「……今年で4歳」
「えー!大きい!」
「それって……ロルフですよね。エデンフィールドの」
その声に、由紀の身体がぴたりと止まった。発したのは亮だった。
「エデンフィールドってなに?亮君。アニメか何か?」
「え、アニメとか見んの?藤木」
「い、いえ、あの」
「オンラインゲームですよ。そのキャラクターなんです」
その通りだった。ロルフは、自分の中では特別な存在だった。まさか、亮が知っているとは――。
「藤木さんも、やるんですか?」
「……はい、妹から勧められて。少し、だけ。」
「奇遇ですね、俺もそのゲームやってるんですよ?もしよければ今度一緒に」
「えー!いいなぁ私オンラインゲームなんてやった事ないからやってみたーい!江口さんもどうです?」
「俺?ゲームかぁ、なんか久しくやってないな」
「……あ、藤木さん」
由紀はトレーを手にそそくさと立ち上がった。もう少し座っていようかと思っていたのに、なぜか顔が熱い。こんなにドキリとするとは思っていなかった。
気に入っていたから、いつも持ち歩いていた。けれど、もう外すべきかもしれない。そう思った瞬間、心の中でふっと灯が消えるような感覚がした。何か大切なものを、そっとしまい込むように。
コーヒーは、デスクでゆっくり飲もう。
***
仕事を終えると、由紀はいつも無駄な動きなく退社する。残業はなるべくしない。自宅近くのスーパーで買い物を済ませ、足早に家へと帰る。
「ただいま」
鍵を開けて誰もいない部屋に入る。当然、返事はない。だが、明かりをつけると、部屋の片隅に鎮座する大きな狼のぬいぐるみが、由紀を出迎えてくれる。思わず靴を乱暴に脱ぎ、ぬいぐるみをぎゅっと抱きしめた。 無意識に寄っていた眉間の皺が消え、眉が下がる。
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