この度、配信者と結婚しまして〜大型犬系後輩君と秘密のレッスン〜

透弥

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第1章

お見合い?いいえお断りです

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 翌朝、出勤前に由紀はベッドで携帯の通知を消そうとした。

「……え?」

 するとEdenStreamからのおすすめ動画が、いきなり画面に表示された。

『雪だるまやらかし集【幻の種をダンジョンにまく農家】』

 なにこれ。再生数、10万回。一晩でこれ。

 おすすめタグには《#ゆきんこ農法》《#農業ヒーラー》《#癒しの誤爆芸》《#雪だるま生態図鑑》など、悪ふざけの集大成が並んでいた。

「うそでしょ……」

 スーツ姿のまま、ベッドに崩れ落ちる。SNSを開くと、すでに由紀のアバターである“ゆきんこ”のスクショが拡散され、どこかのまとめサイトには「V界の救世主現る」とか「幻の種は伏線だった!?」という見出しまで出ている。
 しかも、リプ欄に目をやると──。

「この人、動きが全部素直すぎて可愛い」
「推します」
「なんか、見てると元気出る」
「雪だるまマジ癒し。定期配信してほしい」

「なんで……なんでこんなことに」

 会社での冷静な由紀と、ドジっ子な“ゆきんこ”。そのギャップが、由紀の生活を侵食していくこととなる。

 ***

 その晩、由紀は震える指でログインした。
 そこには、昨日の通り笑顔のシベリアンハスキー、シンシオンこと、シンがいた。

「こんばんは!ゆきんこさん。今日も配信いいですか?」
「う……は、はい」

「うん、よかった!今日は昨日の続きですね。幻の種まいちゃったんで」
「ソウデシタネ」
「あ、動画あの後速攻上げたんですけど、見ました?すごいバズってちょっとびっくりしちゃいました」
 
 何がちょっとだと思う。こっちは心臓が痛くなった。すでに視聴者数は、ログイン時点で8万人を超えているという。由紀は頭を抱えた。もはや逃げ場など、なかった。

 けれど。

 意外なことが、ひとつだけあった。
 由紀の動きが、昨日よりスムーズになっていたのだ。

「ゆきんこさん、敵の後ろに回り込んで!」
「わ、わかりました!畑じゃなくて回復、回復……!」

 ぎこちないながらも、回復タイミングを外さない。敵に向かって「幻の種」を投げるミスもなかった(1度、農具は取り出しかけたが、踏みとどまった)。
 そして、攻略中のある場面。

「えっと、このスイッチ、踏んでみましょうか」
「はい、あ、あれ?床が……」

 ボシュッ、と音を立てて、床が抜けた。
 二人同時に落下するスローモーション。

────
「また落ちたwwww」
「伝統芸来たw」
「この二人最高すぎる」
────

 でもその瞬間、由紀は自分でも驚くほど、自然に笑っていた。

「あー!また、やらかしちゃいました」
「うん。でも、楽しいでしょ?」

 画面の向こう、シンの声は、とても優しく聞こえた。

 ***

 それから数日後の昼下がり、会議室にいる由紀は、相変わらずいつも通りだった。
 冷静、的確、無表情。
 社内では余計なことは一切喋らず、最低限の会話だけで業務を完遂する存在として君臨していた。

「では、次の見積もり案件に関して……」

 由紀が話すたびに、空気が少し引き締まる。
 淡々と話す口調。完璧な資料。誰も口を挟まない。
 だが、その日の午後。

「……藤木先輩、あの、ゲームとかやります?」

 唐突に、後輩の三浦佳奈が尋ねてきた。
 由紀は一瞬固まった。

「え?」
「あ、あの。見間違えだったらすみません!藤木先輩エデンフィールドのぬいぐるみ、お財布につけてた気がして」
「あぁ、そうね。少し、だけ。やるかな」
「そうなんですね!」

 その回答に佳奈は花咲くような笑顔になった。

「……三浦さんもやってるの?」
「いいえ、私は配信を見るの専門で。最近すごい面白い動画があって……これです」

 まさか、と思った。しかし見せられた動画のサムネは例のそれだった。
 
「見たことないですか?めっちゃ面白いんですよ。戦闘中に種まいちゃったり、敵の目の前で畑耕したりして。でもすごい癒されるんです」

 由紀は背筋に、つっと汗が伝うのが分かった。

「シンシオンさんの配信にこの頃出てこの人。ゆきんこさんって言う。発言も頓珍漢で面白いんですよ」

 ──お前の話、つまんないんだよな。
 まただ。またあの声だ。少し耳鳴りがした。

「今、仕事中だから」
「す、すみません!」

 佳奈がすぐに頭を下げるのを見て、由紀は少し罪悪感を覚えた。
 まさか、自分が話題になっているとは言えない。言えるわけがない。だけれど──。

「三浦さん」
「は、はい」
「……面白い動画があったら、また教えてくれる?」
「……はい、ぜひ!」

 向けられた笑顔に、息をつく。

 ***

 あれから1ヶ月経つと、同僚が笑いかけてくれることが増えた。怯えていた後輩の佳奈が、目を合わせて話しかけてくれるようになった。
 なんでだろう──。由紀は不思議に思っていた。

「藤木、お前最近なんか丸くなった?」
「体重なら変わってませんよ。セクハラですか」

 業務課の課長、江口克也にそう話しかけられ、半目になる。

「違うって。⋯⋯なんだ、大学入ってきた頃の感じが少し出てるっていうか」
「⋯⋯何年前の話してるんですか」

 自分は何も変わっていない。そう思っていた。

 もしかしたら。連日、シンとの配信で頓珍漢なことをやりながらも、明るく過ごしている自分が、オフラインにも滲み出てきているのかもしれない。自分でも気づかぬうちに、誰かの言葉に、少しだけ柔らかく返していたり。会議中、ほんのわずかに、微笑んでいたりするようになっていた。
 
「あ、藤木さん」

 廊下を歩いていると、営業部の高橋亮が声をかけてきた。

「高橋君。どうしました?」

 由紀の姿を見て追いかけてきたらしい。息を切らして膝に手をついた。常々思っていた事がある。身長が高いのと髪質のせいか、ゴールデンレトリバーっぽいな、と思う瞬間があった。笑顔で顔を見上げられれば、見えぬ尻尾が揺れている気がした。

「藤木さんに渡したいものがあって。これ」
「あ、これって……」

 それはエデンフィールドのロルフのアクリルキーホルダーだった。由紀はそれが貴重なものだとすぐに気づいた。

「え、これ。非売品ですよね」
「あ、気づきました?知り合いのつてで貰ったんです」

 亮はそう言うと、少し心配そうに顔を傾けた。
 
「藤木さんロルフ好きみたいだったから、俺が持ってるようにいいかなって。……貰ってもらえます?」
「本当にいいんですか?」
「えぇ、もちろん」

 このキーホルダーは確か公式関係者でなければ手に入らない書き下ろしイラストのグッズだ。正直公式で見た時にめちゃくちゃ可愛いと思っていた。顔が綻びそうになるのを、口をきゅっと横に硬く結ぶ。そのまま垂直に頭を下げる。

「ありがとうございます。大切にします」
「そんなそんな。俺も藤木さんに貰ってもらえて嬉しいです」
「……え?」

 亮が少し恥ずかしそうに自身の頭を掻いた。それから真面目な顔をして、由紀を見下ろした。

「藤木さん、今度時間があれば話したい事が──」
「あー!亮君いた!西川部長が呼んでますよ」

 賃貸部の大崎舞が背後で手を振っていた。
 
「え?あ、うん」
「……じゃぁ、私はこれで」
「あ、……はい」

 そそくさとその場を去る。舞の形相は笑顔だったが、こちらを見る視線は鋭かった。

 ※ ※ ※

 帰宅後。夕食を終えてパソコンの前に座る。貰ったキーホルダーを見ると、ニマニマと微笑んでしまった。
 高橋君、話したい事って、なんだったんだろう──。そんな事を思いながら「ゆきんこ」のアカウントを開けば、今日も多くのメッセージが届いていた。

「昨日の畑シーン、ループで30回見た」
「ゆきんこさんの静かな優しさが好きです」
「正直、雪だるま見るためにシンの配信観てます」

 ただ空回ってドジをやって。話し方だって変なのに。
 見知らぬ誰かに、肯定されている自分。不思議と、心が温かい。
 ふと、通知音が鳴った。

 シンシオン:明後日も同じ時間、大丈夫ですか?

 キーボードに手をかける前に、少しだけ迷った。でも。

 ゆきんこ:はい。よろしくお願いします

 数秒後、返ってきたメッセージは、まるで声が聞こえるようだった。

 シンシオン:今日もゆきんこさんに癒されてました。ありがとう。

 由紀は、思わず手で顔を覆った。
 やっぱりシンさんって優しい──。彼の声を聞くと、どこか懐かしさを感じて親しみが湧く。
 自分でも知らない自分が、スクリーンの向こうにいる。
 でも、悪くない。そう思える自分に、少しだけ驚いていた。

 ***

「え?あの動画やっぱお姉ちゃんだったの!?うけるー!」
「……笑わないでよ」

 その日は久しぶりに妹である佐知とテレビ電話をした。姪っ子の菜々も手を振ってくれている。

「というかずっとあのスキンなんだね」
「……気に入ってるから」
「まさかな~。身内があんな万バズするとは思わなかったよ」
「私もだよ」
「で、その他仕事の方は相変わらず?」
「そうだね、生活もそれ以外は変わらず」
「そうなの~?彼氏はできた?」

 佐知は菜々に手渡された折り紙を折りながら、サラッと聞いてきた。半目になって答える。

「いないってば」
「もう、最初の彼氏と別れてから何年経ってんの。セカンドバージンになっちゃうじゃん」
「ちょっ、菜々ちゃんも聞いてんのに」

 明け透けな言い方に慌てると、佐知にかえって睨まれた。

「確かにあいつは酷かったけど。いつまでも気にしちゃだめだよ」
「……わかってる」

 その言葉に胸がつかえる。分かってはいる。けれども、呪いのようにあの時の記憶や言葉が、由紀を解放してはくれないのだ。人付き合いすら臆病になってしまった彼女にとって、恋愛なんて考えられなかった。

「12月実家帰るんでしょ?私もその前日から泊まりに行こっかな」
「うん。菜々ちゃんと会えるの楽しみ」
「ねぇねぇ。お姉ちゃん気をつけたほうがいいよ~。気をつけようがないんだけどさ」
「何が」

 佐知は折り上げた鶴を、手の平でポンポンと投げ上げた。

「お母さん、お姉ちゃんのお見合い相手見繕ってるみたいだから」
「えぇ?なんで」
「さぁ。早く結婚した方がいいとか思ってんじゃない?帰ったら相当勧められると思うよ?」

 その言葉に、由紀はげんなりとした。
 ただでさえコミュ障なのに。
 お見合いなんて、絶対お断りだ。
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