3 / 28
第1章
ヒーラー?いいえ農家です
しおりを挟む
「シベリアンハスキー」
そう言われれば、確かに狼よりも柔らかく、親しみのある顔つきだった。二足歩行のスキンでなければ、大型犬のように見えたかもしれない。目が青くて綺麗だ。
あ、この人なんかどこかで見たことがある。どこだっけ──。画面の中で、シンシオンと名乗る彼はしゃがみ込み、雪だるま姿の由紀に視線を合わせてくる。
「僕のことは“シン”って呼んでください。あ、ちなみに今、ちょうど配信中なんです。大丈夫ですか?」
さらりと放たれたその言葉に、由紀の全神経が耳に集中した。
「……えっ」
「フォロワーさんにイベント紹介してた流れで、“初めての人と共闘”って企画やってて。今、たまたまマッチングしちゃいました」
その瞬間、心拍数が跳ね上がる。血が全身に駆け巡るのを感じた。
「は、配信って……え、あの、今って、誰か、見てるんですか?」
「うーん……今回は告知なしで始めちゃったからな。今は大体、1万人くらい?」
「い、いいいちまんにん……!?」
なんでこんな人とマッチングしちゃったの、私──。まるで背を氷柱で貫かれたかのようだった。気が遠くなる。手足がスンと冷たくなり、指先から感覚が抜けていく。マウスを持つ手が、細かく震えた。
「大丈夫ですよ。チャット欄も“雪だるまさん癒し~”って。ほら、みんな応援してます」
「えっ、全然大丈夫じゃないですよ……帰りたい……お家ですけど帰りたい……」
由紀の雪だるまは画面の隅に小さく丸まり、まさに現実の彼女そのもののように、端でぷるぷる震えていた。
「あぁ、ゆきんこさんそんな隅に……ほんとに雪だるまだ。かわいい。ほら!がんばーれ!がんばーれって、みんな言ってますよ」
「応援されても、1万人って……!無理です」
「あ、今2万人に増えました」
「報告しなくていいですから!!」
軽口すらも受け止めきれず、由紀は仮想空間の中で膝を抱えた。無理なものは無理である。
シンシオンは配信プラットフォーム“EdenStream”で登録者100万人超を誇る人気Vチューバーだった。
その事実を知らぬまま、由紀は震える手でマウスを握りしめ、覚悟を決める。マッチングしたからには、もう逃げられない。こうなったら、もう、やるしかない。
だが。
このあとのダンジョンが、伝説の幕開けになるとは、誰も予想していなかった。
***
戦闘開始直後から、珍道中の幕は上がった。
「ゆきんこさん、回復お願いします!」
「はっ、はい!雪ハグ!」
由紀のキャラクターが、ふわりと敵に抱きついた。
「それ僕じゃないです!敵ですって!」
「え?え!?あっ……っ!」
──誤爆ヒール。しかも敵強化付き。
チャット欄が爆発する。
────
「wwwwww」
「回復する相手間違えてて草」
「敵に癒しを届けるヒーラー」
────
「え、これどうやって渡るの!?どこ!?これ渡れるの!?」
「ジャンプです!スペースキー押しっぱで──」
「ちょっと待って待って!高いって無理ぃぃぃ!」
──フラグを回収する綺麗な落下死。
────
「ジャンプ下手かわいい」
「R.I.P. 雪だるま」
「今のスクショ頼むw」
────
「やった種回収した!え?なんで敵、こっち来てるの!?」
「たぶんロックオンされてる!」
「え、え、痛い!ヒール!ヒールッ……あ、間違えて種まいちゃった!!」
その場に、静かに耕される畑。
雪だるまが、敵の目前でスコップを構え、土を掘り始めた。
──ファンタジー世界の深層ダンジョンで、まさかの農作業。
────
「幻の種wwww伏線回収やめてwww」
「農家の鑑」
「今日のサムネ決定:ヒーラー(農)」
「ダンジョンで耕すな」
────
***
「……報酬、結局ダンジョンに全部蒔いちゃいましたね」
「す、すみません……本当、すみません……」
「あれ?今視聴者15万人超えた」
「や、やめてくださいー!!」
ゲーム内で土下座モーションを取る雪だるま。その丸い背を見つめながら、シンは苦笑した。
「じゃあ、明日もやりましょうか。同じ時間で」
「え?……いいんですか。私、やらかしまくったのに」
「うん。とっても楽しかったし。何より癒されました。またよろしくね、ゆきんこさん」
「シンさん……はい!よろしくお願いします!」
シンさん優しい──。だが、由紀はまだ、何も知らなかった。
その後、シンの配信チャンネルには切り抜き動画が投稿され、大バズリすることを。
動画タイトルは、
「雪だるまやらかし集【幻の種をダンジョンにまく農家】」
畑を耕す雪だるまのシーンは何度もループ再生され、壮大なBGMが添えられていた。スロー再生された雪だるまの真顔。農具を構えるその姿に、無数のパロディが生まれた。
「農業しちゃダメな場面選手権」
「ヒールじゃなくて農業」
「伝説の雪だるま降臨」
SNSには“#ゆきんこ農法”のタグが立ち上がり、後にイベント公式アカウントからも「農業と戦闘の融合。新たなプレイスタイル?」と引用RTされる始末だった。
ただの農家でいたかっただけなのに──。けれどこれをきっかけに、彼女のゲームライフは劇的に変化することになった。
そう言われれば、確かに狼よりも柔らかく、親しみのある顔つきだった。二足歩行のスキンでなければ、大型犬のように見えたかもしれない。目が青くて綺麗だ。
あ、この人なんかどこかで見たことがある。どこだっけ──。画面の中で、シンシオンと名乗る彼はしゃがみ込み、雪だるま姿の由紀に視線を合わせてくる。
「僕のことは“シン”って呼んでください。あ、ちなみに今、ちょうど配信中なんです。大丈夫ですか?」
さらりと放たれたその言葉に、由紀の全神経が耳に集中した。
「……えっ」
「フォロワーさんにイベント紹介してた流れで、“初めての人と共闘”って企画やってて。今、たまたまマッチングしちゃいました」
その瞬間、心拍数が跳ね上がる。血が全身に駆け巡るのを感じた。
「は、配信って……え、あの、今って、誰か、見てるんですか?」
「うーん……今回は告知なしで始めちゃったからな。今は大体、1万人くらい?」
「い、いいいちまんにん……!?」
なんでこんな人とマッチングしちゃったの、私──。まるで背を氷柱で貫かれたかのようだった。気が遠くなる。手足がスンと冷たくなり、指先から感覚が抜けていく。マウスを持つ手が、細かく震えた。
「大丈夫ですよ。チャット欄も“雪だるまさん癒し~”って。ほら、みんな応援してます」
「えっ、全然大丈夫じゃないですよ……帰りたい……お家ですけど帰りたい……」
由紀の雪だるまは画面の隅に小さく丸まり、まさに現実の彼女そのもののように、端でぷるぷる震えていた。
「あぁ、ゆきんこさんそんな隅に……ほんとに雪だるまだ。かわいい。ほら!がんばーれ!がんばーれって、みんな言ってますよ」
「応援されても、1万人って……!無理です」
「あ、今2万人に増えました」
「報告しなくていいですから!!」
軽口すらも受け止めきれず、由紀は仮想空間の中で膝を抱えた。無理なものは無理である。
シンシオンは配信プラットフォーム“EdenStream”で登録者100万人超を誇る人気Vチューバーだった。
その事実を知らぬまま、由紀は震える手でマウスを握りしめ、覚悟を決める。マッチングしたからには、もう逃げられない。こうなったら、もう、やるしかない。
だが。
このあとのダンジョンが、伝説の幕開けになるとは、誰も予想していなかった。
***
戦闘開始直後から、珍道中の幕は上がった。
「ゆきんこさん、回復お願いします!」
「はっ、はい!雪ハグ!」
由紀のキャラクターが、ふわりと敵に抱きついた。
「それ僕じゃないです!敵ですって!」
「え?え!?あっ……っ!」
──誤爆ヒール。しかも敵強化付き。
チャット欄が爆発する。
────
「wwwwww」
「回復する相手間違えてて草」
「敵に癒しを届けるヒーラー」
────
「え、これどうやって渡るの!?どこ!?これ渡れるの!?」
「ジャンプです!スペースキー押しっぱで──」
「ちょっと待って待って!高いって無理ぃぃぃ!」
──フラグを回収する綺麗な落下死。
────
「ジャンプ下手かわいい」
「R.I.P. 雪だるま」
「今のスクショ頼むw」
────
「やった種回収した!え?なんで敵、こっち来てるの!?」
「たぶんロックオンされてる!」
「え、え、痛い!ヒール!ヒールッ……あ、間違えて種まいちゃった!!」
その場に、静かに耕される畑。
雪だるまが、敵の目前でスコップを構え、土を掘り始めた。
──ファンタジー世界の深層ダンジョンで、まさかの農作業。
────
「幻の種wwww伏線回収やめてwww」
「農家の鑑」
「今日のサムネ決定:ヒーラー(農)」
「ダンジョンで耕すな」
────
***
「……報酬、結局ダンジョンに全部蒔いちゃいましたね」
「す、すみません……本当、すみません……」
「あれ?今視聴者15万人超えた」
「や、やめてくださいー!!」
ゲーム内で土下座モーションを取る雪だるま。その丸い背を見つめながら、シンは苦笑した。
「じゃあ、明日もやりましょうか。同じ時間で」
「え?……いいんですか。私、やらかしまくったのに」
「うん。とっても楽しかったし。何より癒されました。またよろしくね、ゆきんこさん」
「シンさん……はい!よろしくお願いします!」
シンさん優しい──。だが、由紀はまだ、何も知らなかった。
その後、シンの配信チャンネルには切り抜き動画が投稿され、大バズリすることを。
動画タイトルは、
「雪だるまやらかし集【幻の種をダンジョンにまく農家】」
畑を耕す雪だるまのシーンは何度もループ再生され、壮大なBGMが添えられていた。スロー再生された雪だるまの真顔。農具を構えるその姿に、無数のパロディが生まれた。
「農業しちゃダメな場面選手権」
「ヒールじゃなくて農業」
「伝説の雪だるま降臨」
SNSには“#ゆきんこ農法”のタグが立ち上がり、後にイベント公式アカウントからも「農業と戦闘の融合。新たなプレイスタイル?」と引用RTされる始末だった。
ただの農家でいたかっただけなのに──。けれどこれをきっかけに、彼女のゲームライフは劇的に変化することになった。
1
あなたにおすすめの小説
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
苦手な冷徹専務が義兄になったかと思ったら極あま顔で迫ってくるんですが、なんででしょう?~偽家族恋愛~
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「こちら、再婚相手の息子の仁さん」
母に紹介され、なにかの間違いだと思った。
だってそこにいたのは、私が敵視している専務だったから。
それだけでもかなりな不安案件なのに。
私の住んでいるマンションに下着泥が出た話題から、さらに。
「そうだ、仁のマンションに引っ越せばいい」
なーんて義父になる人が言い出して。
結局、反対できないまま専務と同居する羽目に。
前途多難な同居生活。
相変わらず専務はなに考えているかわからない。
……かと思えば。
「兄妹ならするだろ、これくらい」
当たり前のように落とされる、額へのキス。
いったい、どうなってんのー!?
三ツ森涼夏
24歳
大手菓子メーカー『おろち製菓』営業戦略部勤務
背が低く、振り返ったら忘れられるくらい、特徴のない顔がコンプレックス。
小1の時に両親が離婚して以来、母親を支えてきた頑張り屋さん。
たまにその頑張りが空回りすることも?
恋愛、苦手というより、嫌い。
淋しい、をちゃんと言えずにきた人。
×
八雲仁
30歳
大手菓子メーカー『おろち製菓』専務
背が高く、眼鏡のイケメン。
ただし、いつも無表情。
集中すると周りが見えなくなる。
そのことで周囲には誤解を与えがちだが、弁明する気はない。
小さい頃に母親が他界し、それ以来、ひとりで淋しさを抱えてきた人。
ふたりはちゃんと義兄妹になれるのか、それとも……!?
*****
千里専務のその後→『絶対零度の、ハーフ御曹司の愛ブルーの瞳をゲーヲタの私に溶かせとか言っています?……』
*****
表紙画像 湯弐様 pixiv ID3989101
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
甘過ぎるオフィスで塩過ぎる彼と・・・
希花 紀歩
恋愛
24時間二人きりで甘~い💕お仕事!?
『膝の上に座って。』『悪いけど仕事の為だから。』
小さな翻訳会社でアシスタント兼翻訳チェッカーとして働く風永 唯仁子(かざなが ゆにこ)(26)は頼まれると断れない性格。
ある日社長から、急ぎの翻訳案件の為に翻訳者と同じ家に缶詰になり作業を進めるように命令される。気が進まないものの、この案件を無事仕上げることが出来れば憧れていた翻訳コーディネーターになれると言われ、頑張ろうと心を決める。
しかし翻訳者・若泉 透葵(わかいずみ とき)(28)は美青年で優秀な翻訳者であるが何を考えているのかわからない。
彼のベッドが置かれた部屋で二人きりで甘い恋愛シミュレーションゲームの翻訳を進めるが、透葵は翻訳の参考にする為と言って、唯仁子にあれやこれやのスキンシップをしてきて・・・!?
過去の恋愛のトラウマから仕事関係の人と恋愛関係になりたくない唯仁子と、恋愛はくだらないものだと思っている透葵だったが・・・。
*導入部分は説明部分が多く退屈かもしれませんが、この物語に必要な部分なので、こらえて読み進めて頂けると有り難いです。
<表紙イラスト>
男女:わかめサロンパス様
背景:アート宇都宮様
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
【完結】エリート産業医はウブな彼女を溺愛する。
花澤凛
恋愛
第17回 恋愛小説大賞 奨励賞受賞
皆さまのおかげで賞をいただくことになりました。
ありがとうございます。
今好きな人がいます。
相手は殿上人の千秋柾哉先生。
仕事上の関係で気まずくなるぐらいなら眺めているままでよかった。
それなのに千秋先生からまさかの告白…?!
「俺と付き合ってくれませんか」
どうしよう。うそ。え?本当に?
「結構はじめから可愛いなあって思ってた」
「なんとか自分のものにできないかなって」
「果穂。名前で呼んで」
「今日から俺のもの、ね?」
福原果穂26歳:OL:人事労務部
×
千秋柾哉33歳:産業医(名門外科医家系御曹司出身)
魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて
アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。
二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる