この度、配信者と結婚しまして〜大型犬系後輩君と秘密のレッスン〜

透弥

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第2章

やらかし?はいやらかしちゃいました

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 帰り道を歩いていると、道端でうずくまって泣いている男の子がいた。

「……どうしたの?」

 声をかけると、彼はぱっと顔を上げた。赤くなった目の奥で、怯えたように揺れる瞳。


「いえ、分からなくなって」

 なんだかたどたどしい日本語だった。でも、はっきりと由紀には聞き取れた。

「え?大変だ。うーんと。とりあえず、はい、これ」

 そう言って、ポケットからハンカチを出して、小さな手に握らせる。子どもだったはずの自分が、ずいぶん大人びたことをしていた気がする。でも、なんだか誇らしかった。
 ぼちゃっとした丸顔の男の子は、声を上げずに泣いていた。肩をすくめながら、それでも「ありがとう」って言った。

 ──ゆき姉ちゃん。

 まるで祈るみたいに、そう呼んで、手を繋いできたその手は、とてもあたたかかった。
 思えば、引っ越す前に、あの子にお別れが言えなかったな。
 確か名前は──。

 ***

 静かな朝だった。
 由紀はふと目を覚まし、天井の間接照明の優しい光をぼんやりと見上げる。少し頭が重い。けれど、気分は昨日ほど悪くなかった。
 確か酔って、高橋くんに連れてきてもらって──。頬がじんわりと熱を帯びる。あまりよく覚えていないが、なんだかとんでもない醜態を晒した気がする。思わず頬を両手でパシパシと叩く。
 とりあえず、落ち着かないと。ベッドボードに置かれていた眼鏡をとってかける。
 視線を横に移したとき、ソファに目が留まった。

 亮が、そこにいた。
 
 バスローブ姿で、深くもたれかかるように眠っている。寝息は静かで、顔は昨日よりも少し幼く見えた。
 由紀はかけられていた布団を、そっと握りしめる。酔った自分を介抱して、部屋に連れてきてくれて、ずっとそばにいてくれた人。相当疲れたに違いない。
 
 ふと、緩んだバスローブの襟元から、鍛えられた鎖骨と、硬く引き締まった胸のラインが覗く。照明が当たらない分、肌の白さが際立って見え、静かな呼吸に合わせて胸が上下するたび、どこか生々しく美しかった。

 でも、それよりも目を引いたのは、彼の「顔」だった。
 
 長い睫毛が影を落とし、眉のラインは凛としていて、鼻筋はまっすぐ。唇は穏やかに閉じられていて、無防備な眠りの中でも、整った顔立ちが崩れていなかった。

 会社ではあまり顔を見て話さなかったから、ここまで整っていることに息を飲む。まるで彫刻のように綺麗で、そして、やけに静かで、やわらかく見えた。

 高橋君って、やっぱりかっこいいんだな──。不意に、心が揺れる。

胸の奥が、熱を持つようにざわついた。目をそらさなきゃ、と思いつつ、由紀の視線は彼に釘付けになった。
 その時だった。亮が、ゆっくりと目を開けた。

「……ん、おはようございます」

 掠れた低い声。朝のまだ夢の名残を帯びたようなトーンで、にこっと微笑む。
 その一言で、由紀は完全に目が覚めた。改めてこの状況に、色々と恥ずかしさが込み上げる。

「っ……お、おはようございます……!」

 早口で返して、思わず背筋を伸ばす。
 胸の奥が、ぎゅっと音を立てて跳ねた。
 亮はソファの背にもたれたまま、片腕で軽く目をこすり、やがてバスローブの襟元を気にするように整えた。

「……ベッド、ちゃんと寝られました?」
「は、はい。ありがとうございました。あの……いろいろと」

 言いながら、視線をどこに置けばいいのか分からない。

 昨夜の記憶が、少しだが鮮明になってきた。
 酔って呂律の回らない口で発した、自分の恥ずかしい告白。
 千鳥足での奇行。
 気持ち悪さに、便器の前に座った事。
 その全てを聞かれ、見られた。

「大丈夫ですか?……顔、真っ赤だ。まだ具合悪いんじゃ」
「いえ!全然平気れす!」

 思わず舌を噛むそうになる。由紀がまだ頬の熱を持て余していると、ソファからゆっくりと立ち上がった亮が、ベッドの端に腰を下ろした。近い。わずかに沈んだマットレスの感触が、距離のなさを実感させる。

「……あ、あの、高橋君」

 言いながら、由紀はそっと亮の横顔を見た。
 すると彼は、軽く瞬きをしたあと、ぽつりと呟いた。

「……あれ」
「え?」

 由紀が首をかしげると、亮は視線を落としたまま、バスローブの袖を無意識に指先でいじる。

「昨日、“亮くん”って、呼んでくれたのに。今日はもう、呼んでくれないのかなって。由紀さん」

 その声はどこか寂しげで、まるでしゅんと耳を垂らした大型犬のようだ。
 由紀は一瞬、言葉を失った。確か、そんな会話をしたような、してなかったような。もう本当何をやらかしちゃったんだろうか。
 ベッドの上で、ほんの少しだけ向き直る。

「……亮くん」
「はい。由紀さん」
 
 そう呼んだ瞬間、亮の目がぱっと見開かれた。そして、嬉しさを隠しきれないように、少しだけ照れたように、けれど心から嬉しそうに笑った。
 その返事が、思った以上に優しくて、由紀の胸の奥が、またきゅっとなる。思わず、目を強くつぶる。

「……ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!」

 気づけば由紀は、ベッドの上で正座し、ついにはそのまま額をマットにこすりつけていた。

「ちょ、ちょっと由紀さん!?どうしたんですか!?」

 突然の土下座に、亮が慌ててベッドから降りると、バスローブの襟を掻き合わせながら、彼は由紀の横にしゃがみ込んだ。

「昨日、なんかもう……いろいろ、ほんとうにすみませんでしたっ」

 シーツに押しつけたままの声は、情けなくもあり、必死でもあった。

「もう自分でもわけわかんないことばっかり言ってて……。それなのに介抱までしてもらって」
「いやいやいや、そんな、謝られるようなことじゃ……!」

 亮が額を抱えながらも、微笑む。寝癖が少し跳ねているのに、顔だけが真っ赤で、うつ伏せで土下座している由紀の背中がとても可愛かった。

「……で、でも。あの、ちゃんとお礼もしたいし」

 由紀がゆっくり顔を上げる。頬は真っ赤で、目元が潤んでいた。思わず、亮は目を細めた。

 僕のゆき姉ちゃんが、最高に可愛すぎる──。

「今後も、配信……協力させてもらいます。報酬とかは、本当大丈夫なので。雪だるまでも、幻の種でも、またやらかしても、がんばって……出ますので……」

 亮は一瞬黙って、何かを考えているようだった。
 それからふっと笑った。

「分かりました」
「⋯⋯はい」

 その柔らかい表情に、身惚れていると。
 とんでもない事を、言われた。
 
「じゃあ、僕と、結婚してもらえますか?」
「……はい?」
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