【R18】この度、配信者と結婚しまして〜大型犬系後輩君と秘密のレッスン〜

透弥

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第4章

監視?いえこれは保護です

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 白く静かな寝室の空気に、ほのかに香ばしい香りが混じる。
 亮はゆっくりと目を開け、ぼんやりと天井を見上げた。昨日の熱がまだ体の芯に残っている気がする。ゆるく伸びをしてから、シーツをめくり、ゆっくりと立ち上がった。

 キッチンのほうから、軽やかな音が聞こえてくる。
 カーテンの隙間から差す朝日が、リビングの床に模様を描いていた。
 
 その中に──、由紀がいた。

 パジャマの上に淡い色のエプロンをつけた由紀が、キッチンで黙々とフライパンを動かしている。
 亮はしばらく黙って、彼女の背を見つめていた。

 ああ、夢じゃないんだ──。そう思うだけで、胸が熱くなる。

 ふと足音を立てず、そっと近づき、彼女の背後に立つ。

「……何、作ってるんですか」

 耳元で囁くように問いかけると、由紀がぴくっと肩を揺らした。

「りょ、亮君っ……!びっくりした……」
「ごめんなさい」

 小さく笑って、そのまま両腕を彼女の腰に回す。後ろから抱きしめて、頭を彼女の肩にのせた。

「いいにおい。朝から幸せです」
「……ふふ、まだ途中だよ?」
「完成しなくても、由紀さんがつくってくれてるだけでごちそうです」

 そう言いながら、そっと耳に吐息を含ませた唇を寄せる。由紀が焦った声を上げた。

「だめ、……熱いから、コンロ」
「うん。でも、ちょっとだけ」

 言いながら、首筋に唇を這わせようとした。

「本気で怒りますよ?」

 半目になって低く由紀が言う。亮は素直に離れて、「はい」と少しだけ反省したように答えた。けれど、その頬には隠しきれない笑みが浮かんでいる。振り返り、由紀が尋ねた。

「……昨日はよく眠れた?」
「はい。由紀さんのおかげで」

 嬉しそうに答えた亮の言葉に、彼女は少し顔を赤らめると、再び慌てたようにフライパンに目線を戻した。
 その様子に、亮は息をつくように笑ってしまった。

 和やかな朝の食卓。テーブルに並んだ湯気の立つ味噌汁と目玉焼きの香りが、淡い陽射しとともに部屋を満たしていた。向かい合って座るふたりの間には、昨夜までにはなかった柔らかな空気が流れている。

「……昨日のこと、江口課長には、私から話しておくね」

 箸を置いた由紀がふと顔を上げて、そう言った。静かな、けれど決意を帯びた声だった。

「……俺が嫉妬して暴走しちゃったって、話すんですか?」

 亮がわずかに眉を下げながら、しゅんとして聞く。由紀は苦笑いを浮かべた。

「正式にお付き合いするようになったって、ことをかな」

 その言葉に、亮は胸の奥がじんと温かくなるのを感じた。ようやく、彼女の口から「そういう関係」として語られるようになった。昨日の夜、あの温もりの中で確かめ合った想いが、言葉となって静かに実を結び始めている。

「俺からも、課長に謝っておきます」
「うん。……今度から誰かと食事するときは、事前に伝えるから。心配しないで」

 亮は「はい」と素直に頷いた。けれど、心の奥底では、彼女が“誰か”と食事をする未来に苛立ちを覚えていた。
 本当は──誰とも行かないでほしい。
 自分だけを見て、自分だけを思っていてほしい。
 そんな独占欲を、笑みの下にそっと隠す。

「あ、あれ。俺、スマホどこやったっけ……」

 亮がふと立ち上がって、寝室の方へ歩き出す。けれど、すぐに戻ってきた。表情はほんの少し困ったように曇っていた。

「……ごめんなさい、由紀さん、鳴らしてもらってもいいですか?」

「うん、今かけたよ」

 由紀が携帯を操作すると、ソファの隙間からかすかにバイブ音が聞こえた。亮はそれを見つけると、安堵の吐息を漏らした。

「あ、あった。ありがとうございます」
「亮君って、意外と物なくすタイプなの?」
「はい……実はスマホ、落としたこともあって……」

 意外な一面。いつも冷静沈着で隙がないように見える亮にも、そんな不器用なところがあるのか。

「……あ、そうだ。由紀さん、俺の位置情報、登録してもらってもいいですか?」

 ふと顔を上げた由紀の目に、亮の表情は変わらなかった。ただ、申し訳なさそうに頬を掻く。

「2人でいるときにまたスマホ落としたらすぐ探せるし……そっちの方が安心かなって」

 亮の声は自然だった。けれどその提案にどこか妙な違和感が走ったのも、事実だった。けれども、亮に頼られているという思いだけで、自然と頷いていた。

「うん、いいよ」
「本当ですか。助かります」
「でも、私そのやり方よく分からないけど……」
「大丈夫です、俺の方で設定しますから」

 亮が微笑んで手を差し出す。由紀は何も疑わず、自分の携帯を渡した。
 その手つきは穏やかで、優しい。
 けれど、亮の胸の内にあるのは、ただの「スマホを探す」ための設定ではなかった。

 その日、亮は由紀の財布に入れていた小型GPSを、何食わぬ顔で回収した。必要がなくなったからだ。
 
 笑顔の裏に潜む、静かな独占欲。

 その事について、亮はなんら罪悪感を覚えていなかった。全ては由紀を自分以外のすべての悪害から守るため。
 必要なことだと亮は確信していた。そんな彼の態度はいっそ清々しかった。

 ***

 冬只中ではあるが、窓から差し込む光は優しい。2人の過ごすリビングに柔らかな空気を運んでいた。
 亮が何か思い立ったらしく、パソコンチェアに腰掛けた。不思議そうにその後ろに立った由紀を、振り返り見上げた。

「俺、由紀さんがゲームしてるところ見たいです」
「え?……ゲーム?」
「はい!1番の特等席で」

 悪戯っぽく笑って、膝をぽんぽんと叩く。
 由紀は少し戸惑ったが「……じゃあ」と声を小さくして、そっと亮の膝に腰を下ろした。

 身を預けると、亮の腕が自然に腰にまわる。パソコンの画面には、『エデンフィールド』の幻想的な農場風景が広がっていた。

「やっぱり亮さんの農園すごいですね。植物園も綺麗で」
「ふふ、ありがとう」

 由紀が操作を始めると、亮は彼女の肩越しに画面を覗き込む。柔らかい髪がふわりと揺れ、鼻先をくすぐった。

「そういえば……幻の種で何ができるんですか?俺まだ確認してなくて」
「んっとね。じゃぁ実際植えてみるね」
「はい!」

 クリックすると、画面の“ゆきんこ”こと雪だるまが丁寧に土を耕し、光る“幻の種”を土の中へと埋める。ふわりと風が吹き、画面の木々がそよいだ。その瞬間、淡い光が地面から立ちのぼった。

 『“幻の種”を植えました。芽吹くまであと5分』

 亮は目を輝かせた。

「……わ、育成演出つきなんだ」
「そうなの。でも育成時間は短めかな」
「ですね。さて、その5分の間、何しましょうか」

 亮の声がふと近くなる。由紀が振り向こうとした瞬間、首筋にくすぐるようなキスが落ちた。

「きゃっ、亮君……!?」

 小さく身をよじる由紀に、亮の腕がしっかりと回って、動きを封じる。

「ごめんなさい。でも由紀さんが可愛すぎるのが悪いと思うんで」
「どういう言い訳なの、それ」
「そういう言い訳です。作業の邪魔しないので、続けて?」

 そう言って頬に、こめかみに、耳元に。優しいくすぐりのようなキスが続く。由紀は顔を真っ赤にして、その刺激に耐えていた。

「あ、あと3分だけね、それ」
「えっ、じゃあもっと……」
「3分以内ね……!」

 再びゲームに向き直る由紀を、亮は微笑ましそうに見つめた。
 甘い邪魔をされながらも、せっせと他の田畑を耕す雪だるま。やがて育成タイマーが0になり、地面が再び光り出す。

 ──“幻の種”が芽吹きました。

 画面の中から、ふわりと空に向かって開いたのは、月光色の蓮のような花だった。
 花の中央には、小さな光の精霊のようなものが浮かんでいた。説明文が表示される。

 『【幻霊花】一定時間、近くの作物の収穫量が3倍、全てAランク品になります』

「効果すごいですね。さすが幻の種」
「でしょ?亮君が一緒に攻略してくれたおかげだよ。……あ」

 そう言ってはにかめば、横顔にもう一度キスをされた。

「奥さんの役に立つのが、旦那の役目ですから」

 愛おしげに微笑まれれば、由紀は二の句が告げなかった。
 そうだ、ゲーム内では2人はすでに結婚している。
 じゃ現実には──?偽物の婚約が、本当になるかもしれない。そう思うと、正直どうしていいのか分からなくて。由紀はぎこちなく「ありがとう」を言うのが手一杯だった。
 画面に向き直って作業を続ける。その耳元は赤かった。亮はそこに浮かぶ、彼女の機微の感情を見逃さなかった。
 目を細めほくそ笑むと、耳たぶをかぷりと甘噛みした。短く声が上がる。

 雪うさぎは自分が、大きく開けられた狼の口先で彷徨っている事を、まだ知らない。
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