4 / 7
第4話 帰れない足
しおりを挟む
その日は、朝から父の機嫌が悪かった。
体調が優れないらしく、
言葉が少し強い。
「薬、もう飲んだ?」
灯が聞くと、
「分かってる」と返ってくる。
分かっているのは知っている。
でも聞かないと不安になる。
母は黙っている。
いつもより、さらに静かだ。
灯は、出勤前に洗濯物を干しながら思う。
今日は、早く帰ろう。
寄り道はやめよう。
仕事では、忙しさに追われた。
確認、確認、確認。
ミスはなかった。
たぶん。
それでも、心は落ち着かない。
帰りの電車で、
父の荒い声が頭の中に響く。
「分かってる」
その一言が、
責められているように聞こえてしまう。
駅に着く。
改札を出る。
家は、右。
カラオケ店は、左。
灯の足は、止まった。
今日は帰るって決めた。
寄らないって決めた。
でも――
胸の奥が、ぎゅっと痛む。
家に帰れば、
また緊張した空気の中で、
息を浅くして過ごす夜が待っている。
誰も悪くない。
父も、母も、灯も。
それでも、苦しい。
「……少しだけ」
言い訳みたいに呟く。
左へ、歩き出す。
ネオンが、今日も光っている。
受付で鍵を受け取るとき、
店員が少し心配そうに言った。
「今日は、少しお疲れですね」
灯は驚く。
そんなに分かりやすいだろうか。
「ちょっと、だけ」
それだけ言って、部屋へ向かう。
ドアを閉める。
静寂。
ソファに座ると、
一気に力が抜ける。
今日の灯は、歌う前から目が潤んでいた。
曲を入れる。
イントロが流れる。
最初の一音で、涙がこぼれた。
声が震える。
サビに入る頃には、
完全に泣いていた。
うまく歌えない。
音程も揺れる。
でも、止めない。
止めたら、
家に帰れなくなりそうだった。
歌い終わる。
今日は採点を切っている。
画面は静か。
灯はマイクを膝の上に置いた。
「逃げてるのかな」
ぽつりと呟く。
でも、すぐに首を振る。
違う。
逃げてるんじゃない。
壊れないために、
ここにいる。
ネオンの光が、窓に滲む。
涙が落ち着くころ、
呼吸もゆっくりになる。
家に帰ろう。
ちゃんと、帰ろう。
灯は目元を拭いて、
もう一曲だけ入れた。
少し明るい曲。
笑えなくてもいい。
声が震えてもいい。
今日も、帰れるように。
誰にも会いたくない夜は、歌う。
そして、帰る。
体調が優れないらしく、
言葉が少し強い。
「薬、もう飲んだ?」
灯が聞くと、
「分かってる」と返ってくる。
分かっているのは知っている。
でも聞かないと不安になる。
母は黙っている。
いつもより、さらに静かだ。
灯は、出勤前に洗濯物を干しながら思う。
今日は、早く帰ろう。
寄り道はやめよう。
仕事では、忙しさに追われた。
確認、確認、確認。
ミスはなかった。
たぶん。
それでも、心は落ち着かない。
帰りの電車で、
父の荒い声が頭の中に響く。
「分かってる」
その一言が、
責められているように聞こえてしまう。
駅に着く。
改札を出る。
家は、右。
カラオケ店は、左。
灯の足は、止まった。
今日は帰るって決めた。
寄らないって決めた。
でも――
胸の奥が、ぎゅっと痛む。
家に帰れば、
また緊張した空気の中で、
息を浅くして過ごす夜が待っている。
誰も悪くない。
父も、母も、灯も。
それでも、苦しい。
「……少しだけ」
言い訳みたいに呟く。
左へ、歩き出す。
ネオンが、今日も光っている。
受付で鍵を受け取るとき、
店員が少し心配そうに言った。
「今日は、少しお疲れですね」
灯は驚く。
そんなに分かりやすいだろうか。
「ちょっと、だけ」
それだけ言って、部屋へ向かう。
ドアを閉める。
静寂。
ソファに座ると、
一気に力が抜ける。
今日の灯は、歌う前から目が潤んでいた。
曲を入れる。
イントロが流れる。
最初の一音で、涙がこぼれた。
声が震える。
サビに入る頃には、
完全に泣いていた。
うまく歌えない。
音程も揺れる。
でも、止めない。
止めたら、
家に帰れなくなりそうだった。
歌い終わる。
今日は採点を切っている。
画面は静か。
灯はマイクを膝の上に置いた。
「逃げてるのかな」
ぽつりと呟く。
でも、すぐに首を振る。
違う。
逃げてるんじゃない。
壊れないために、
ここにいる。
ネオンの光が、窓に滲む。
涙が落ち着くころ、
呼吸もゆっくりになる。
家に帰ろう。
ちゃんと、帰ろう。
灯は目元を拭いて、
もう一曲だけ入れた。
少し明るい曲。
笑えなくてもいい。
声が震えてもいい。
今日も、帰れるように。
誰にも会いたくない夜は、歌う。
そして、帰る。
0
あなたにおすすめの小説
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる