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第5話 言えなかった一言
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その夜、帰宅すると、
リビングの空気が重かった。
テレビはついているのに、
誰も観ていない。
父はソファに座り、
母は台所で背中を向けている。
「ただいま」
灯の声は、思ったより小さい。
父は、ちらりと見るだけ。
「遅かったな」
責める口調ではない。
けれど、胸に刺さる。
「……少し、寄り道」
それ以上は言えない。
カラオケに行った。
泣いていた。
歌って、やっと呼吸ができた。
そんなこと、言えない。
夕飯の皿を並べながら、
灯は自分の中の言葉を飲み込む。
母の目の下の影。
父の荒い呼吸。
家計のこと、通院のこと、将来のこと。
「私がしっかりしなきゃ」
その言葉が、重石みたいにのしかかる。
食後、父が小さく咳き込む。
灯は慌てて背中をさする。
「大丈夫?」
「……大丈夫だ」
その声が、少し弱い。
灯は、一瞬だけ思う。
もし、急に倒れたら?
もし、入院になったら?
もし――
思考が止まらない。
頭の奥が、ざわざわする。
その夜、布団に入っても眠れなかった。
イヤホンを耳に入れる。
小さく音楽を流す。
でも、足りない。
あの防音の壁がほしい。
ネオンの光がほしい。
マイクの重みがほしい。
翌日、仕事中に小さなミスをした。
確認不足。
上司のため息。
「最近、集中できてない?」
その言葉に、胸がきゅっとなる。
言い返せない。
言い訳もできない。
だって、ほんとうに集中できていない。
仕事が終わる。
駅前のネオンが、今日も光っている。
足は迷わない。
受付で、鍵を受け取る。
部屋に入る。
今日は座る前に、すぐ曲を入れた。
イントロが流れる。
マイクを握る。
でも、声が出ない。
喉が閉じているみたいだ。
さっきの上司の言葉が、頭から離れない。
「集中できてない?」
灯は、マイクをぎゅっと握る。
そして、やっと声を出す。
震えている。
うまく歌えない。
サビに入る前、
ぽろりと本音がこぼれる。
「……疲れた」
曲はまだ続いている。
灯は、涙をこらえながら歌う。
今日は、うまくなくていい。
今日は、強くなくていい。
歌い終わる。
静寂。
灯はマイクを胸に抱えた。
「言えないなら、歌う」
家では言えない。
職場でも言えない。
でもここでは、
声にできる。
それが、彼女の生きがいだった。
ネオンが、やわらかく滲む。
誰にも会いたくない夜は、歌う。
それは逃げじゃない。
言えなかった一言を、
消さないための時間。
リビングの空気が重かった。
テレビはついているのに、
誰も観ていない。
父はソファに座り、
母は台所で背中を向けている。
「ただいま」
灯の声は、思ったより小さい。
父は、ちらりと見るだけ。
「遅かったな」
責める口調ではない。
けれど、胸に刺さる。
「……少し、寄り道」
それ以上は言えない。
カラオケに行った。
泣いていた。
歌って、やっと呼吸ができた。
そんなこと、言えない。
夕飯の皿を並べながら、
灯は自分の中の言葉を飲み込む。
母の目の下の影。
父の荒い呼吸。
家計のこと、通院のこと、将来のこと。
「私がしっかりしなきゃ」
その言葉が、重石みたいにのしかかる。
食後、父が小さく咳き込む。
灯は慌てて背中をさする。
「大丈夫?」
「……大丈夫だ」
その声が、少し弱い。
灯は、一瞬だけ思う。
もし、急に倒れたら?
もし、入院になったら?
もし――
思考が止まらない。
頭の奥が、ざわざわする。
その夜、布団に入っても眠れなかった。
イヤホンを耳に入れる。
小さく音楽を流す。
でも、足りない。
あの防音の壁がほしい。
ネオンの光がほしい。
マイクの重みがほしい。
翌日、仕事中に小さなミスをした。
確認不足。
上司のため息。
「最近、集中できてない?」
その言葉に、胸がきゅっとなる。
言い返せない。
言い訳もできない。
だって、ほんとうに集中できていない。
仕事が終わる。
駅前のネオンが、今日も光っている。
足は迷わない。
受付で、鍵を受け取る。
部屋に入る。
今日は座る前に、すぐ曲を入れた。
イントロが流れる。
マイクを握る。
でも、声が出ない。
喉が閉じているみたいだ。
さっきの上司の言葉が、頭から離れない。
「集中できてない?」
灯は、マイクをぎゅっと握る。
そして、やっと声を出す。
震えている。
うまく歌えない。
サビに入る前、
ぽろりと本音がこぼれる。
「……疲れた」
曲はまだ続いている。
灯は、涙をこらえながら歌う。
今日は、うまくなくていい。
今日は、強くなくていい。
歌い終わる。
静寂。
灯はマイクを胸に抱えた。
「言えないなら、歌う」
家では言えない。
職場でも言えない。
でもここでは、
声にできる。
それが、彼女の生きがいだった。
ネオンが、やわらかく滲む。
誰にも会いたくない夜は、歌う。
それは逃げじゃない。
言えなかった一言を、
消さないための時間。
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