上 下
2 / 4
転生、そして女神との出会い

ここは?

しおりを挟む
さて、どうやら俺は死んだようだ。
実感は湧かなかったが、そう思うしかなかった。

周りを見れば、何もないただ白い空間が目の届く範囲全てに広がっている。
頭上には、白く光を放つ謎の球が浮かんでいる。それが何なのか、少なくとも活きている間には見たことがなかった。
俺はそれに触ることもしないし、息を吹きかけてまとわりついてくる球を遠ざけることもしない。

(いや、しないじゃなくて出来ないの方が正しいな)

なぜなら、俺には伸ばす手も息を吸い込んで吐くための口も、肺もなんなら身体すらなかったからだった。つまりは、俺もあの白い球と同じく光ることしかできないのだ。

この状態を一言で表すとしたら、それは多分”魂”という奴なんだろう。
生死にかかわる研究をしている人の論文を見たことがある。
あのときは、中二病という医者でも治せない病気にかかっていて、そういうものをネットで読み漁っていた。

人は死んだら、身体から魂だけが抜けていく。その魂は、輪廻転生の法則に基づいてどこかの世界の自分ではない誰かになって、また生きていく。
生まれ変わった先が、人間とは限らない。ミジンコや豚、果てはゴキブリに生まれ変わって惨めにも殺され、そしてまた生き返る。それの繰り返しで世界は成り立っているらしい。

(当時は信じてたけど、まさか本当に死後の世界があるとはなあ)

長生きはするもんだねえ。全然長生きできてないけど。

それはそうと、俺はこれからどうすればいいんだろう。自分では光ることしかできないし、他の魂のように空中に浮かぶことすらできない。ずっとこのままだとしたら、生き地獄だ。

……まあ、既に死んでるけどな。

ダメだ、どうしても自虐してしまう。何も残せなかった。学生時代だって、何かで一番にはなれなかった。社会人になっても満足のいく仕事ができたとは言い難い。
ただただ普通に生きてきた。俺は”特別”になりたかったのに……

最後だって情けなかった。あのとき女の子を助けることもできず、ただ拒絶され俺は何もできず電車にひかれて死んだ。あれでは、線路の上にいた女の子も同じような末路をたどっただろう。

ああ、やり直したい。そう切実に思う。
もし、もっと才能があればいい大学に行けたかもしれない。
もし、もっと才能があれば人に好かれたかもしれない。
もし、もっと違う場所で違う人生を歩めるのなら……

「遅くなってすまないわね」

どこからか声がする。美しい声だ。凛としていて、まっすぐで有無を言わせないはっきりとした口調だ。でも、どこか包容力がある。たった一言なのに、頭の中で残り続ける。
不思議な感覚があった。

「……」
「そのままじゃ喋れないでしょ。あんたただの魂だけの存在なんだから」
「……」

なんとか話そうにも口がないので、魂が震えるだけに終わってしまう。ブルブルと文字通り本当に魂が震えている。

「つもる話もあるけど、今は転生先よね。何か希望とかある?」
「……」
「だから、喋れないんだから頭で考えるだけでいいわよ」

何度も同じことを繰り返すようで申し訳ないが、仕方ない。
癖になってんだ。口でしゃべるの……そんなバカなことは置いといて、頭で考えるだけでいいとな。

それなら、魔法と剣の世界だ。男であれば、それに憧れないわけではないだろう。
日本では剣を持ったら、銃刀法違反ではあるが別の世界に転生ということなら法律に反しない世界もあるはずだ。
そして、魔法だ。難しい詠唱をして火を付けたり水を出したり。俺がやりたいのはそういうことだ。普通じゃありえないことも世界が違えば、それが当たり前かもしれない。

「なるほど……そこは私が考えていたのと同じ世界ね。どちらにしろここに転生させようと思ってたけど」

なんて酷い女だ。意見を聞いておきながら、その実まったく実行に移すつもりがないなんて。

まあ、魔法と剣の世界に行けるのであれば問題はない。そこで、俺じゃない誰かになって人生を楽しむんだ。

昔(前世)のことなんて忘れてしまえ。あんな才能のない平 成行はどこか別の場所に消えていったんだ。そういうことにしておこう。

「あなた。悪口言ってるの聞こえてるわよ。
喋らなくたって、頭で考えたことは勝手に伝わってくるんだから」

ふむ。そういうことなら、この女神のことをバカだちょんだと思うのもダメだってことか。

「ふざけてるのかしら?そう来るんだったら、私にも手があるわよ」

ニヤリと女神が笑ったように感じる。
悪い予感しかしない。転生させないとか、ずっと魂のままこの白い空間で漂わせるとか。
そんなことを考えていそうな感じがする。

「私を何だと思ってるのよ。優しい女神様よ?
誰彼構わず優しく、愛を持ってそれでいて美しい。最高で最上の女神なんだから……」

随分と自分に自信があるようだ。
ここまで自分のことを褒められるなんて、この人は本物の女神かもしくは、単なる妄想の激しい寒い女性かのどっちかだ。

(俺はまだこの人が女神だってことを信じていない。少なくともこの目で確かめないうちはな)

「ほんと失礼な人ね。まぁいいわ。
希望通り、魔法と剣の世界に転生させてあげるわ」

それはありがたい。日本みたいな世界には、もう飽きてしまった。俺みたいな普通のやつは、生活していくだけでも大変なんだ。
狭苦しいところじゃなくて、もっと自由で自分の好きなことに注力できる場所がいい。

「……ふん。それじゃあいいかしら。
もうそろそろお迎えが来る頃合いね。また、会えることもあると思うけど、その時まで死ぬんじゃないわよ」

俺としてはもう会わなくてもいいんだけどな。
ーー女神がこっちに熱い視線を送っている気がする。もしかして、俺に惚れちまったのか?

そんなことを考えているうちに、女神とは違う雰囲気の何かが近くに寄ってきているのを感じる。

何者かが俺の身体を両手で持ち上げたようだ。
地面と一体化していたはずが、宙に浮いた感覚がある。人に声もかけず、身体をどうにかするなんて失礼じゃないか。一言言ってくれれば準備したのに。

「よろしくお願いしますわ、天使様。」

さっきまで我が物顔で話していた女神(仮)が、下手に出ているのが不思議だった。
女神というくらいなら、天使に敬語なんて使うだろうか。むしろ、命令するくらいでもおかしくないか?

「このいけ好かない魂を早く転生させなさい。
一分以内に。すぐやりなさい。今すぐよ今すぐ!」

なんて言っててもおかしくない。
普通、天使は女神や神の遣いという立場のはず。

不思議に思う気持ちはあったが、それを口にするための喉も声帯も、勇気もなかった。
変なことをすれば、直ぐにでも消されてしまう気がしたからだった。

「✖︎✖︎✖︎」
「はい、魂10億2100万2143名分確かに確認しました。問題ありません」

魂ってそんなに数があるのか。多分、これは人間だけではなく他の生き物。動物やウイルス、菌類など全ての生あるものに魂が宿っているのだ。
それくらいあってもおかしくはない。

「✖︎✖︎✖︎」
「いえ、そんなことは……最初からこの数でした。私の管理は完璧でした。見落とした魂はありません。何かの間違いではありませんか?」
「○○○」
「……!!それだけはおやめ下さい。わ、私にはもうそれしか残っていないのです。それがなくなったら、女神の威厳が女神だった私の最後の……」

何やら揉めているようだ。まぁ俺には関係のないことだ。早く転生を終わらせてくれないか?
魔法を使うのが待ち遠しい。最初に使うのは何の魔法にしようか。

火の魔法か?いや、それは暴発した時に危険すぎる。なら、土の魔法か?んー、これは少し地味すぎて面白みにかけそうだ。

だったら、風の魔法か?上手く使えば空を飛ぶことも出来るんじゃないか?これは良さそうだけど、目に見えないんじゃ意味がない。

安全で、派手で、目で見えるもの。
となると……水の魔法か!?
水であれば人を傷つけるなんてことはないし、暴走したとしても服が濡れるくらいで済む。

いやぁ、楽しみだ。知らない土地、知らない食べ物、知らない生き物、未知の冒険、俺を知らない人たちが待っているのだ。

隣ではなにやら物騒な話し合い?が行われているようだが、俺としては別の世界に新しく生を受けられるのであれば問題はない。

やり直したい。俺は、違う自分になって一からやり直したいんだ。死んでからこんなことが、本当に起きるなんて全く思っていなかったけれど、幸運だ。

それこそ、神様がくれたチャンス。それを活かさないでは短かったが、24年生きてきた意味がなくなってしまう。

話し合いが終わったのか、辺りが静かになった。
それならば、俺を含めた多くの魂の転生の話か。

俺の中に温かいものが流れ込んでくる。
これは、情報か?次に転生することになる次の世界の情報だ。

そう言っても、本当に最低限の情報しか伝わってこない。世界の名前と、自分の名前だけだ。

世界の名前は、クライエ。そして、俺の名前は……

ーー

「おんぎゃああーー!!」

そして、俺は生まれたのだ。

とはいえ、生まれたばかりで言葉も喋れないし、上手く首を動かせない。おまけに、目がぼやけて俺の顔を覗いてくる親らしき人の顔もよく見えない。

しかし、色は何となくわかる。母さん?の髪色は金髪だ。父さん?も同じく金色の髪をしている。
外国の家に生まれたのだろうか。2人とも、綺麗な色の金髪だ。

(誕生の場に居合わせているのだから、ほぼ間違いなく俺の両親だろうな。)

それに、母さんの目は青のような緑のようなエメラルドグリーンで、父さんに至っては髪と同じ色の金色に輝いていた。

(目まで金色ってどういうことだよ。カラコンか?
いや、そんな感じじゃない。自然な色でそこにあってもおかしくない。)

多分、それは本物でこのクライエという世界では、金色の瞳もおかしいものではないのだろう。

「▲▲▲」
「△△△」




理解はできないが、強い口調で言い争っているように聞こえる。

俺が生まれたという素晴らしい日に、どうして人は争いをやめないのだろう。

所々で、俺を指差して何かを言ってるのが見える。もしかしたら、俺が原因なのだろうか。

(醜い顔をしているから捨てましょうとか、そんな話じゃないだろうな?)

この世界に来て、まだ何もしていないというのに親に見放されるのは勘弁して欲しい。
せめて、10歳まではなんとか育ててくれないと困る。それからは自分で生きていけるように頑張るからさ。

「△△△」
「▲▲▲!!」

父さんが声を荒げて母さんに怒鳴るように話す。
すると、母さんは悲しそうにでも、どこか心を決めたように……

「△△」

と呟いた。やっぱり俺には何を言ってるかわからないな。早く言葉を勉強しなきゃいけないな。

ーーーそれから1年が過ぎて

俺は一歳の誕生日を迎えた。だんだんとこの世界での言葉の意味を少しだけだが、理解できるようになってきた。

言語の構成としては英語に近いもので、話す時の発音がどことなく日本語に似ている。
だからか、赤ちゃんとしては早いだろう意味を持った言葉を話すことができるようになった。

既に聞き取るだけであれば、半分以上は何を言っているのかわかる。
そのため、両親がどれくらいの頻度で夜の行為をしているのか、別に知りたくもないことなどを知ってしまった。

これだと、俺には妹か弟がまもなく出来ることになる……と思う。
前世では、一人っ子だったので兄妹が出来るというのは嬉しいことだ。希望としては、妹の方がいいと思う。

うん?何故かって?それは、俺の母さんを見てほしい。ちょうど今、飯の時間ということで母さんが俺が寝ているゆりかごの近くに来ている。

長い髪を後ろで一つに束ねて、肩から胸の辺りに持って来ている。端正な顔立ちで、いつもどこか優しさを感じさせる表情をしている。

エメラルドグリーンの瞳で見つめられると、気持ちが落ち着いて、俺は胸に抱き抱えられ、こうしてミルクを飲ませて貰っている。

母さんの胸だからか、興奮を覚えるとかそんなことはないが、美人な人の胸を好き放題出来るというのだから、ミルクを飲みながら"いいこと''をした。

(全く。赤ちゃんってのは素晴らしいな)

そうではない。そうではないのだ。
妹の話だった。俺の母さんはとても美人だ。
それも、例えばクラス1番くらいではなく、他学年でも噂になるくらいの美人だ。

だから、もし妹だとしたら母さんと同じくらいに、美人さんになるんだろうなと思った。
めちゃくちゃ可愛がって、好かれてやろう。

(まだ予想の話だけどな。考えるだけなら無料だし)

ーー

10歳になった。

これまでは一人で外に出ることは許されなかったが、ハイハイから立って歩くことが出来るようになったので、多少外で遊ぶことが増えてきた。

言葉はもう、ほとんど理解できるようになったし、今では会話を楽しむことも出来る。

しかして、一向に魔法が使えるようにならない。
魔力というものの、片鱗さえ全く感じない。
あれだけ、楽しみにしていたというのにまさか魔法が使えないなんてことあるのだろうか。

両親に聞いたところによると、この世界では10歳になると神様から魔法の才能を与えられるらしい。それまで、待たなければならないということだ。

だから、魔法という存在がないわけではない。
まだ、その時期が来ていない。という、ただそれだけだ。

しかも、割に不便なものらしい。才能を与えられたとしても、それを扱えるかどうかはその人が保有する魔力量によるとのことだ。

魔力の保有量も、才能判定のときと一緒に測られるらしい。

(俺は異世界から来たんだから、特別な才能や普通の人の何倍もの魔力を持っていてもおかしくないんじゃ?)

転生前に女神様とやらとも話せたことから、俺には女神パワーのようのものがあってもおかしくない。

期待ばかりで実際に、強い力を感じたことなんてはないのだが。

そんなことを考えながら、家を出る。

「母さん、外に出てくるね」
「気をつけて行ってくるのよ。アルはまだ5歳なんだから。いくら頭がいいと言っても危険な森には行っちゃダメよ」
「わかってるよ、森だけは入らないって」

この世界では、俺は頭が良いらしい。
魔法なんてものがあるからか、学問のレベルは著しく低い。大人でも掛け算割り算に苦労をするくらいだ。

一応、中堅の大学を出ている俺としては、それくらいは当たり前にできた。だから、親としては俺を天才児だの神子だのと煽てあげる。

(これくらいで、褒められても全然嬉しくないんだよなぁ。勉強なんかより、早く10歳になって魔法を授けてほしいところだ)

ーーガチャリ。

玄関から外に出る。既にこの景色にも慣れたものだ。人々が魔法を使って生活をしている。

ある人は、身体強化の魔法を授かったようで凄く重そうな鉄の塊を持って走っている。
だいたい2メートル四方くらいか。重さにして、100キロはくだらないだろう。

また、ある人は火の魔法を授かったようで道端で、火を様々な形に造形して遊んでいる。
何もない空間から、突然火が現れて男が命じるように忠実に動く。

魔法には様々な種類があると聞いた。
身体強化系、四元素を操る魔法、そして四元素以外の光と闇を司る魔法。

大まかに分けるとその三つに分けられる。
細かく話すと、身体強化系の中にも自身の身体を鉄のように硬くするとか。身体を、まるで獣のように変幻させ身体能力もそれに合った能力になる。

とにかく、魔法には人の数だけ種類があるということだ。

「おーい!」

俺の危険センサーがビンビンに反応している。この声がしたら、すぐ逃げなさいと母さんに教わった。(嘘)

「僕、用事は終わったし家にかーえろっと」
「見えてるだろ?アル」
「見えないし聞こえないよ」
「まーた、ふざけたことを言いやがってぇ。こうしてくれるぜ!」

闇に溶けるような黒髪に、目に映るものを綺麗に写し返す鏡面のような黒い目。
可愛い顔をしているが、やることはてんで危険なことばかりだ。

(いつも迷惑をかけやがってこの馬鹿力め)

最初に会った時は酷かった。あれは俺が2歳の誕生日を迎えて少し経った頃だった。

ーー

「そろそろ立ち歩きの練習でもしてみましょうか?」
「良いんじゃないか。アルもだいぶ大きくなってきたし、壁を使って立ち上がることは出来る様になったんだしな。早めに経験させるのは大事さ」
「いきたい!」

朝飯を食べている時にそんな話があった。
その時はまだ外の世界を知らなかったから、早く外に出てクライエがどんな世界かを見てみたかった。

両親の言う通り、身体は随分と成長しているのに外出を許されていなかったため、なかなか狭苦しい生活を送っていた。

魔法と剣の世界というくらいだから、外は火や水が飛び交うド派手な世界なのだろう。
足りない想像力を用いて想像していた。

「せっかくだから、ナイジェルの子にも会わせてあげそうようか?同い年なんだし、仲良く出来るだろ」
「ええ、いいと思うわ。アルとヨルちゃんは性格的にもぴったりでしょうね」

この村は小さな村だ。子供は俺を含めて、5人しかいないらしい。そのうち、3人は領収様の子供ということだ。

つまり、近しい年代の子供はそのヨルって子しかいないということになる。

(まだ顔も見たことないけど、仲良く出来ればいいな。これから長いんだ。ずっとここで生活するからわからないけど、いつか村を出る時までの友人ができれば……)


しおりを挟む

処理中です...