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転生、そして女神との出会い
新しい人生
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「ナイジェルさんお元気かしら。最近はなかなか顔を見ていなかったけれど」
「あいつはいつだって元気さ。風邪をひいたって走り回ってるくらいだからな。バカは風邪をひかないっていうのにな?」
「あなた。親友になんてことを言うのよ。怒られるわよ」
「あいつに限ってこれくらいで怒るなんてありえないさ。子供の悪口を言われたらどうだかわからんけどな」
「そうなのね」
父さんの話によると、その子のお父さんは結構な良い人のようだ。
父さんの言いようは、どうかなと思うところもあるが、それはナイジェルさんを信頼しているからこそ話せる事なのだろう。
しかも、親バカだという。
ヨルちゃん?は、相当に可愛い子なのだろう。
優しい男を怒らせるほどのキュートなお顔をしているはずだ。
それは俺としてもウェルカムだ。
幼馴染という存在が出来るのは、ゲームの中や漫画の中だけだと思っていたから、実際に一緒にいられる人が出来るのは嬉しい。
(優しい子だといいなぁ。顔はそんなに気にしないから、冷たい態度じゃない子がいい)
自分を棚に上げて、そんなことを夢に見ていた。
転生してから自分の顔もまだ確認していないというのに。
もし、その辺の石に適当に絵を描いたくらいの不細工だったら、あまりに辛すぎる。そうだったら、あの女神を恨むしかない。
まぁでも、両親は相当の美形であるしその子供である俺も、彼らの遺伝子に習ってキリッとした顔であればいいな。
「昨日買ってきた髪留めを持っていってあげようかしら。最初はアルにつけて可愛がろうと思っていたけれど」
「いいんじゃないか?多分似合うよ。」
「ピンク色だけど大丈夫かしら」
「……うん。黒髪だし映えると思うな」
父さん。ちょっと面倒くさくなってきてるな。
確かに、男としてはこういう話題は興味がないよな。共感できる。
「ちょっと!聞いてる?」
「あ、あぁ。聞いてるって」
「それなら良いんだけど。じゃあ行きましょう」
喋りながらでも手は動かしている。用意ができたようなので、両親に自分の両手を掴まれ、玄関を出る。
(これは!!いわゆるブランコってやつじゃないか!)
子供は楽しいけど親は結構キツそうなんだよなあれって。
いや、そうでもなさそうだな。楽々持ち上げられている。ブランコどころかこれではサーカスではないか。
二人でタイミングを合わせて腕の力だけで空中に打ち上げられる。まだ2歳だというのに、こんな危険なことをしないほうがいいんじゃないか?
前世の記憶がなかったらめちゃ怖いぞこれ。
子供を楽しませるって言っても、もしキャッチに失敗したらどうするんだ。
「どうだ?楽しいかアル」
「うん!楽しい!もう一回やって!」
「あらあら。アルは元気ねぇ」
「そうか、そうか。それならもう一度やってやろう」
父さんが力こぶを作るように腕に力を入れる。
俺はまたぽーんと空中に投げられた。
数秒の対空の後、父さんにキャッチされる。
(いやいや、社交辞令ってやつですやん。本当にもう一回やって欲しいわけではないんだけど。)
俺の意図は通じなかったようだ。
前世ではこういうのを社会人でなくても、普通に高校生くらいの子供であれば暗黙の了解だったはずだが。
日本と異世界では勝手が違うのだと改めて感じた。そんなことを考えているうちに、頭上を黒い影が通った。
外を歩くどころではなくなり、立ち止まる。
一体、今のは何だったのか。
鳥か?いや、そんなに小さなサイズではなかった。手があった、足があった。翼はなかったはず。
だとしたら……鳥じゃないとしたら。
空を飛べるのは鳥だけじゃないのか。
しかし、ここは異世界だ。空飛ぶ豚や、それこそドラゴンがいてもおかしくはない。
影の正体が何だったのか、確認するために頭を上げた。そこには……
「人だぁ!?」
「ん?そうか、アルは初めて見たのかな。あれは
風魔法の応用で身体の周りに空気と反作用する風を起こして、浮かぶ魔法だよ」
「まだアルには難しいかな?」と、頭を撫でられる。やっとだ。ついに魔法をこの目で見ることが出来た。異世界でやりたかった事の一つだ。
父さんも母さんも、俺にはまだ早いと言って魔法を教えてくれない。しかも、二人とも魔法を使っているところを見せてくれないため、ウズウズしていたのだ。
「あの人は風の魔法を神様から貰ったんだね!僕はどんな魔法が貰えるかな?」
「……うん。アルなら強い魔法を授けてくれるはずだよ。俺の時だってそうだったさ」
「アルは母さんと父さんの息子だもの。」
母さんが笑う。
どうしてそんなに期待をしているのか知らないが、肩透かしにならないといいなと思う。
「よぉ!アルフじゃねぇか。セリーヌさんとは仲良うしてっか?」
「君に言われなくても俺はセリーヌのことが大好きだからな。いつでもラブラブさ」
「全くお熱いこって。羨ましいぜ」
「ナイジェルもそろそろさ……いいんじゃないか?リナさんも許してくれるさ」
「俺のことはいいんだよ。それより何か用があるみたいじゃねぇか?そこの小さな男の子はどうしたんだ」
これだけ軽口を叩き合えるくらい二人は仲がいいようだ。俺にはこんな友人はいなかったな。
表面上の話しかしない薄い関係の友人しかいなかった。
ナイジェルとやらは、胸に抱えているようだがあまり触れてほしくないようだ。
昔、リナさんという人と問題を起こしたのだろうか。
ナイジェルの足元を見ると、ダボダボのズボンを小さな指で掴んでなんとか立っているといった様子の男の子がいた。
ぱっちりとした目に薄い唇。女の子のようだが、格好は俺と同じようなつなぎを着ている。
(男の子かぁ。惜しいなぁ、女の子だったらテンション上がったのに)
心の中では残念がったが、せっかく紹介してもらうのだ挨拶はしっかりしたほうがいいだろう。
「こんにちは!僕は、アルバート。これからよろしくね!」
「……」
あれ、聞こえなかったのだろうか。
もう一度。聞こえるように大きな声で。
「僕、アルバートっていうんだ。アルって呼んでね!よければ、君の名前を教えて欲しいな!」
「アル。アルバート」
「そ、そう。アルだよ。君の名前を教えてくれると嬉しいな」
「うがぁ!!」
うがぁって何だよ。うがぁ君ということでよろしいのかな?叫び声よろしく、俺は初めて同年代の子に押し倒されることになったのだった。
2歳の子供にしてはというか、成人男性より強いんじゃないかと思われる力で地面に押さえつけられる。
そして、短くぽよぽよとした腕で胸を殴られる。
(俺、この子になんかしたかな?ただ名前を聞こうとしただけなんだけど)
「ヨル!どうした?挨拶だぞ挨拶。ちゃんと教えただろう?」
ヨルという名前らしい。
今朝のヨル君は少し虫の居所が悪いようだ。
痛みで10秒くらい動くことが出来なかった。
(俺は仲良くしたかっただけなのに。心にぽっかりと穴が空いたみたいだ)
「っとと、すまんな、アルフ。今日のとこは一旦退散さしてもらうぜ。今度お前の家に遊びにいくからよ、そんときゃよろしくな」
「それが良さそうだ。その子が本調子の時にしよう」
「ごめんなさいね。アルが何かしたようでヨルちゃんを怒らせてしまって」
「いいって。むしろこっちの方がすまねぇ。こんなこと珍しいんだけどな」
毎回人に殴りかかる子供がいてたまるか。
どうして俺に突っかかって来たのか理由はわからないが、顔が気に入らなかったのか、もしくはアルバートの中にいる俺に気づいたのか。
どっちでもいいが、なるべくこのヨルって子には近づかないようにしよう。
顔なんて殴られたら、たまったものではない。
一応、別れの挨拶ということで手でも振っておくとするか。
「それじゃあ、またねー!」
「……」
相変わらずブスッとしている。
可愛げのない子供だなぁ。そんなんじゃ人に好かれないぞ。
「ヨルちゃんってあんな子だったかしら?」
母さんが首を傾げる。
20代後半だというのに、若々しい仕草だ。
(母さんって凄い美人だよなぁ。それに父さんも……)
「そうだなぁ。ナイジェルのやつに聞いた話だと、落ち着いた子で活発に動く子ではないという話だったけど……」
腕組みをしてそう言う父さんの腕は筋肉でパンパンだ。その昔、俺が生まれる数年前まで冒険者をしていたらしい。
(俺の顔を見てどうしたんだい父さん)
俺は何もしてないぞ。フェイストゥフェイスで挨拶をしたくらいで、嫌われるようなことはして……ないよな?
俺たちは一旦、家に帰ることにした。
本来であれば、ナイジェルの家で紹介しあう予定だったらしいが、この状態では無理だと判断したのだろう。
その日の夜はなかなか寝付けなかった。
次の日からヤツは家にやってくるようになった。
変わらずムスッとしてはいるが、ナイジェルが連れてくるから仕方なく一緒にいるのだ。
関わりたくなかったのだが、こうして家に遊びに来たのでは俺は彼の遊び相手にならざるを得なかった。
木で作られた積み木で創作をしたり、絵を描いたりと小さな子供用の玩具で時間を潰した。
(コイツ邪魔しかしねぇな!何なんだよ!)
せっかく作った積み木の城を、あと一つで完成というところで破壊してきたり。
描き終わった絵の上から、絵心を捨てたように鉛筆で訳の分からない動物を描いてくる。
(うぜぇ……1時間かけたのに。数秒足らずで壊しやがって)
だが、俺は大人だからなこれくらいで怒ったりしない。2歳の子供のやることだ、やりたいようにやらせてあげよう。
ガチャン!ガチャガチャ!
そっちには俺が3日かけて作った姫路城があっまはずだが、まさかとは思うが触ってないだろうな。
尿意を催したのでトイレに行っている間にヨルのやつめ。
(早く、早く!あいつに触らせたら絶対かけらも残らず破壊される!)
最近まで立って歩くなんて出来ていなかったのに、今のこの瞬間には壁を使って歩くことができる。火事場の馬鹿力というやつだろうか。
(この角を曲がって、扉をひらけば俺の部屋だ。さっきまでここで遊んでいたんだ。犯人もここにいるはず)
俺の部屋は扉を押すだけで中に入ることができる。子供の俺でもドアノブを回す必要がない仕組みになっている。
「ヨル君、僕のお城に触ってないよね」
「ん~?お城なくなっちゃった」
なくなっちゃった?あれだけの城がたった5分ほどで消えるわけがない。
ーー部屋に押し入る。
そこにはバラバラになった積み木の残骸が。
根元には、何かの構造の基礎となっていたらしい、木だけがそのままになっている。
(やっぱり、やりやがったか。今日という今日は許せん)
今回のことは流石に堪忍袋の緒が切れた。
思い出しながら、あやふやな部分は想像で保管して頑張って作り上げたのだ。
人の大切なものを壊したらどうなるか教えてやる。泣いても許さんぞ。
腹に力を込める。
「かあさーん!!僕のお城が、お城がぁあ!!」
「どうしたの!そっちに行くからお待ちなさい」
母さんが来てくれることになった。
この惨状を見てくれれば、ヨルを叱ってくれるに違いない。
「何があったのかしら」
「アル君が泣き喚くなんて子供らしいところもあるじゃないか」
「そうですね。アルは子供っぽくない子供で、これまで泣いたことも怒ったこともない、手のかからない子だったんです」
「おう。さっきまで聞いていた話とは随分と違う見てぇだけど、子供ってのは気まぐれなもんだろ。」
母さんと……この声は、ナイジェルだ。
そういえば、ヨルを連れてきたのは彼だった。
一緒に来たならしっかりと教育してやってくれ。
人のものは壊したらダメだぞってな。
それと、俺はまだ子供なんだから泣いたっていいだろう。確かに、今回はちょっと大げさに演技をしたところではあるが。
(って、母さん俺のこと色々話したのか!
やめてくれよ!昨日おねしょしちまったこととか、他にも人に言えないことがあるのに)
ああ、俺がちゃんと言葉を話せたらこんなこともなかったのに。
よし、決めた。俺はあと一年でこの世界の言葉をマスターする。3歳までに、ものの名称や文法を覚えて誤解されないようにするんだ。
「それで何があったのかしら?アル」
「ヨル君が、ヨル君が!僕の宝物をバラバラにしたんだ!」
「それは良くないわね。アルの宝物ってどれなの?」
「見てよ。積み木の跡がここに……」
ここに……なかった。
今の今まで、ここに城の残骸があったはず。
それなのに、積み木が散らばっているどころか姫路城が元に戻っているではないか。
いや、元に戻っているわけではない。
むしろ、細部のズレがあったところが綺麗に直されている。3日かけたのに出来なかったのに、誰が完成させたというのか。
「ヨル君がこのお城を壊したんだ」
「嘘はついてはいけないわよ。壊れた部分なんてないじゃない。それより、こんなに綺麗なものを作れるなんて、アルは凄いわ!」
そうじゃないんだ。
これは俺のものじゃなくて他の誰かが、作成したものなんだ。一体、誰が……
「パパ!お腹減った。何か食べるものはない?」
「ここは俺ん家じゃねぇからなあ」
「もしよろしければ、お菓子でも作って差し上げましょうか?」
「お!気が効くねぇ!貰ってもいいかい?」
「遠慮なさらやいでください。アルにいつも、作ってあげてるので大丈夫ですよ」
そうだ。コイツだ。母さんとナイジェルが来るまで、俺はヨルと一緒に遊んでいたんだ。
どうやったのか知らないが、少し目を離した隙に木を積み上げて元のやつ以上の質で城を作ったのだ。
顔を見るとにやけた顔をしている。
イラッときて睨みつけてやると、今度は手のひらを握ってパンチの動作をしてくる。
(こいつ……分かってやってやがるな。力で勝てないからって挑発して、いつかギャフンと言わせてやるからな)
そして、8年が経って今に至る。
「あいつはいつだって元気さ。風邪をひいたって走り回ってるくらいだからな。バカは風邪をひかないっていうのにな?」
「あなた。親友になんてことを言うのよ。怒られるわよ」
「あいつに限ってこれくらいで怒るなんてありえないさ。子供の悪口を言われたらどうだかわからんけどな」
「そうなのね」
父さんの話によると、その子のお父さんは結構な良い人のようだ。
父さんの言いようは、どうかなと思うところもあるが、それはナイジェルさんを信頼しているからこそ話せる事なのだろう。
しかも、親バカだという。
ヨルちゃん?は、相当に可愛い子なのだろう。
優しい男を怒らせるほどのキュートなお顔をしているはずだ。
それは俺としてもウェルカムだ。
幼馴染という存在が出来るのは、ゲームの中や漫画の中だけだと思っていたから、実際に一緒にいられる人が出来るのは嬉しい。
(優しい子だといいなぁ。顔はそんなに気にしないから、冷たい態度じゃない子がいい)
自分を棚に上げて、そんなことを夢に見ていた。
転生してから自分の顔もまだ確認していないというのに。
もし、その辺の石に適当に絵を描いたくらいの不細工だったら、あまりに辛すぎる。そうだったら、あの女神を恨むしかない。
まぁでも、両親は相当の美形であるしその子供である俺も、彼らの遺伝子に習ってキリッとした顔であればいいな。
「昨日買ってきた髪留めを持っていってあげようかしら。最初はアルにつけて可愛がろうと思っていたけれど」
「いいんじゃないか?多分似合うよ。」
「ピンク色だけど大丈夫かしら」
「……うん。黒髪だし映えると思うな」
父さん。ちょっと面倒くさくなってきてるな。
確かに、男としてはこういう話題は興味がないよな。共感できる。
「ちょっと!聞いてる?」
「あ、あぁ。聞いてるって」
「それなら良いんだけど。じゃあ行きましょう」
喋りながらでも手は動かしている。用意ができたようなので、両親に自分の両手を掴まれ、玄関を出る。
(これは!!いわゆるブランコってやつじゃないか!)
子供は楽しいけど親は結構キツそうなんだよなあれって。
いや、そうでもなさそうだな。楽々持ち上げられている。ブランコどころかこれではサーカスではないか。
二人でタイミングを合わせて腕の力だけで空中に打ち上げられる。まだ2歳だというのに、こんな危険なことをしないほうがいいんじゃないか?
前世の記憶がなかったらめちゃ怖いぞこれ。
子供を楽しませるって言っても、もしキャッチに失敗したらどうするんだ。
「どうだ?楽しいかアル」
「うん!楽しい!もう一回やって!」
「あらあら。アルは元気ねぇ」
「そうか、そうか。それならもう一度やってやろう」
父さんが力こぶを作るように腕に力を入れる。
俺はまたぽーんと空中に投げられた。
数秒の対空の後、父さんにキャッチされる。
(いやいや、社交辞令ってやつですやん。本当にもう一回やって欲しいわけではないんだけど。)
俺の意図は通じなかったようだ。
前世ではこういうのを社会人でなくても、普通に高校生くらいの子供であれば暗黙の了解だったはずだが。
日本と異世界では勝手が違うのだと改めて感じた。そんなことを考えているうちに、頭上を黒い影が通った。
外を歩くどころではなくなり、立ち止まる。
一体、今のは何だったのか。
鳥か?いや、そんなに小さなサイズではなかった。手があった、足があった。翼はなかったはず。
だとしたら……鳥じゃないとしたら。
空を飛べるのは鳥だけじゃないのか。
しかし、ここは異世界だ。空飛ぶ豚や、それこそドラゴンがいてもおかしくはない。
影の正体が何だったのか、確認するために頭を上げた。そこには……
「人だぁ!?」
「ん?そうか、アルは初めて見たのかな。あれは
風魔法の応用で身体の周りに空気と反作用する風を起こして、浮かぶ魔法だよ」
「まだアルには難しいかな?」と、頭を撫でられる。やっとだ。ついに魔法をこの目で見ることが出来た。異世界でやりたかった事の一つだ。
父さんも母さんも、俺にはまだ早いと言って魔法を教えてくれない。しかも、二人とも魔法を使っているところを見せてくれないため、ウズウズしていたのだ。
「あの人は風の魔法を神様から貰ったんだね!僕はどんな魔法が貰えるかな?」
「……うん。アルなら強い魔法を授けてくれるはずだよ。俺の時だってそうだったさ」
「アルは母さんと父さんの息子だもの。」
母さんが笑う。
どうしてそんなに期待をしているのか知らないが、肩透かしにならないといいなと思う。
「よぉ!アルフじゃねぇか。セリーヌさんとは仲良うしてっか?」
「君に言われなくても俺はセリーヌのことが大好きだからな。いつでもラブラブさ」
「全くお熱いこって。羨ましいぜ」
「ナイジェルもそろそろさ……いいんじゃないか?リナさんも許してくれるさ」
「俺のことはいいんだよ。それより何か用があるみたいじゃねぇか?そこの小さな男の子はどうしたんだ」
これだけ軽口を叩き合えるくらい二人は仲がいいようだ。俺にはこんな友人はいなかったな。
表面上の話しかしない薄い関係の友人しかいなかった。
ナイジェルとやらは、胸に抱えているようだがあまり触れてほしくないようだ。
昔、リナさんという人と問題を起こしたのだろうか。
ナイジェルの足元を見ると、ダボダボのズボンを小さな指で掴んでなんとか立っているといった様子の男の子がいた。
ぱっちりとした目に薄い唇。女の子のようだが、格好は俺と同じようなつなぎを着ている。
(男の子かぁ。惜しいなぁ、女の子だったらテンション上がったのに)
心の中では残念がったが、せっかく紹介してもらうのだ挨拶はしっかりしたほうがいいだろう。
「こんにちは!僕は、アルバート。これからよろしくね!」
「……」
あれ、聞こえなかったのだろうか。
もう一度。聞こえるように大きな声で。
「僕、アルバートっていうんだ。アルって呼んでね!よければ、君の名前を教えて欲しいな!」
「アル。アルバート」
「そ、そう。アルだよ。君の名前を教えてくれると嬉しいな」
「うがぁ!!」
うがぁって何だよ。うがぁ君ということでよろしいのかな?叫び声よろしく、俺は初めて同年代の子に押し倒されることになったのだった。
2歳の子供にしてはというか、成人男性より強いんじゃないかと思われる力で地面に押さえつけられる。
そして、短くぽよぽよとした腕で胸を殴られる。
(俺、この子になんかしたかな?ただ名前を聞こうとしただけなんだけど)
「ヨル!どうした?挨拶だぞ挨拶。ちゃんと教えただろう?」
ヨルという名前らしい。
今朝のヨル君は少し虫の居所が悪いようだ。
痛みで10秒くらい動くことが出来なかった。
(俺は仲良くしたかっただけなのに。心にぽっかりと穴が空いたみたいだ)
「っとと、すまんな、アルフ。今日のとこは一旦退散さしてもらうぜ。今度お前の家に遊びにいくからよ、そんときゃよろしくな」
「それが良さそうだ。その子が本調子の時にしよう」
「ごめんなさいね。アルが何かしたようでヨルちゃんを怒らせてしまって」
「いいって。むしろこっちの方がすまねぇ。こんなこと珍しいんだけどな」
毎回人に殴りかかる子供がいてたまるか。
どうして俺に突っかかって来たのか理由はわからないが、顔が気に入らなかったのか、もしくはアルバートの中にいる俺に気づいたのか。
どっちでもいいが、なるべくこのヨルって子には近づかないようにしよう。
顔なんて殴られたら、たまったものではない。
一応、別れの挨拶ということで手でも振っておくとするか。
「それじゃあ、またねー!」
「……」
相変わらずブスッとしている。
可愛げのない子供だなぁ。そんなんじゃ人に好かれないぞ。
「ヨルちゃんってあんな子だったかしら?」
母さんが首を傾げる。
20代後半だというのに、若々しい仕草だ。
(母さんって凄い美人だよなぁ。それに父さんも……)
「そうだなぁ。ナイジェルのやつに聞いた話だと、落ち着いた子で活発に動く子ではないという話だったけど……」
腕組みをしてそう言う父さんの腕は筋肉でパンパンだ。その昔、俺が生まれる数年前まで冒険者をしていたらしい。
(俺の顔を見てどうしたんだい父さん)
俺は何もしてないぞ。フェイストゥフェイスで挨拶をしたくらいで、嫌われるようなことはして……ないよな?
俺たちは一旦、家に帰ることにした。
本来であれば、ナイジェルの家で紹介しあう予定だったらしいが、この状態では無理だと判断したのだろう。
その日の夜はなかなか寝付けなかった。
次の日からヤツは家にやってくるようになった。
変わらずムスッとしてはいるが、ナイジェルが連れてくるから仕方なく一緒にいるのだ。
関わりたくなかったのだが、こうして家に遊びに来たのでは俺は彼の遊び相手にならざるを得なかった。
木で作られた積み木で創作をしたり、絵を描いたりと小さな子供用の玩具で時間を潰した。
(コイツ邪魔しかしねぇな!何なんだよ!)
せっかく作った積み木の城を、あと一つで完成というところで破壊してきたり。
描き終わった絵の上から、絵心を捨てたように鉛筆で訳の分からない動物を描いてくる。
(うぜぇ……1時間かけたのに。数秒足らずで壊しやがって)
だが、俺は大人だからなこれくらいで怒ったりしない。2歳の子供のやることだ、やりたいようにやらせてあげよう。
ガチャン!ガチャガチャ!
そっちには俺が3日かけて作った姫路城があっまはずだが、まさかとは思うが触ってないだろうな。
尿意を催したのでトイレに行っている間にヨルのやつめ。
(早く、早く!あいつに触らせたら絶対かけらも残らず破壊される!)
最近まで立って歩くなんて出来ていなかったのに、今のこの瞬間には壁を使って歩くことができる。火事場の馬鹿力というやつだろうか。
(この角を曲がって、扉をひらけば俺の部屋だ。さっきまでここで遊んでいたんだ。犯人もここにいるはず)
俺の部屋は扉を押すだけで中に入ることができる。子供の俺でもドアノブを回す必要がない仕組みになっている。
「ヨル君、僕のお城に触ってないよね」
「ん~?お城なくなっちゃった」
なくなっちゃった?あれだけの城がたった5分ほどで消えるわけがない。
ーー部屋に押し入る。
そこにはバラバラになった積み木の残骸が。
根元には、何かの構造の基礎となっていたらしい、木だけがそのままになっている。
(やっぱり、やりやがったか。今日という今日は許せん)
今回のことは流石に堪忍袋の緒が切れた。
思い出しながら、あやふやな部分は想像で保管して頑張って作り上げたのだ。
人の大切なものを壊したらどうなるか教えてやる。泣いても許さんぞ。
腹に力を込める。
「かあさーん!!僕のお城が、お城がぁあ!!」
「どうしたの!そっちに行くからお待ちなさい」
母さんが来てくれることになった。
この惨状を見てくれれば、ヨルを叱ってくれるに違いない。
「何があったのかしら」
「アル君が泣き喚くなんて子供らしいところもあるじゃないか」
「そうですね。アルは子供っぽくない子供で、これまで泣いたことも怒ったこともない、手のかからない子だったんです」
「おう。さっきまで聞いていた話とは随分と違う見てぇだけど、子供ってのは気まぐれなもんだろ。」
母さんと……この声は、ナイジェルだ。
そういえば、ヨルを連れてきたのは彼だった。
一緒に来たならしっかりと教育してやってくれ。
人のものは壊したらダメだぞってな。
それと、俺はまだ子供なんだから泣いたっていいだろう。確かに、今回はちょっと大げさに演技をしたところではあるが。
(って、母さん俺のこと色々話したのか!
やめてくれよ!昨日おねしょしちまったこととか、他にも人に言えないことがあるのに)
ああ、俺がちゃんと言葉を話せたらこんなこともなかったのに。
よし、決めた。俺はあと一年でこの世界の言葉をマスターする。3歳までに、ものの名称や文法を覚えて誤解されないようにするんだ。
「それで何があったのかしら?アル」
「ヨル君が、ヨル君が!僕の宝物をバラバラにしたんだ!」
「それは良くないわね。アルの宝物ってどれなの?」
「見てよ。積み木の跡がここに……」
ここに……なかった。
今の今まで、ここに城の残骸があったはず。
それなのに、積み木が散らばっているどころか姫路城が元に戻っているではないか。
いや、元に戻っているわけではない。
むしろ、細部のズレがあったところが綺麗に直されている。3日かけたのに出来なかったのに、誰が完成させたというのか。
「ヨル君がこのお城を壊したんだ」
「嘘はついてはいけないわよ。壊れた部分なんてないじゃない。それより、こんなに綺麗なものを作れるなんて、アルは凄いわ!」
そうじゃないんだ。
これは俺のものじゃなくて他の誰かが、作成したものなんだ。一体、誰が……
「パパ!お腹減った。何か食べるものはない?」
「ここは俺ん家じゃねぇからなあ」
「もしよろしければ、お菓子でも作って差し上げましょうか?」
「お!気が効くねぇ!貰ってもいいかい?」
「遠慮なさらやいでください。アルにいつも、作ってあげてるので大丈夫ですよ」
そうだ。コイツだ。母さんとナイジェルが来るまで、俺はヨルと一緒に遊んでいたんだ。
どうやったのか知らないが、少し目を離した隙に木を積み上げて元のやつ以上の質で城を作ったのだ。
顔を見るとにやけた顔をしている。
イラッときて睨みつけてやると、今度は手のひらを握ってパンチの動作をしてくる。
(こいつ……分かってやってやがるな。力で勝てないからって挑発して、いつかギャフンと言わせてやるからな)
そして、8年が経って今に至る。
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高校卒業後就職し、仕事に明け暮れる日々。
そんなある日、1人の弁護士が紅音の元を訪ねて来た。
要件は、紅音の母方の曾祖叔父が亡くなったと言うものだった。
曾祖叔父は若い頃に単身外国で会社を立ち上げ生涯独身を貫いき、血縁者が紅音だけだと知り、曾祖叔父の遺産を一部を紅音に譲ると遺言を遺した。
その額なんと、50億円。
あまりの巨額に驚くがなんとか手続きを終える事が出来たが、巨額な遺産の事を何処からか聞きつけ、金の無心に来る輩が次々に紅音の元を訪れ、疲弊した紅音は、誰も知らない土地で一人暮らしをすると決意。
だが、引っ越しを決めた直後、突然、異世界に召喚されてしまった。
だが、持っていた遺産はそのまま異世界でも使えたので、遺産を使って、スローライフを楽しむことにしました。
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