魔界沼の怪魚

瀬能アキラ

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廃墟になった観光ホテル

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 現場となっていたブロック製作ヤード内には、完成された百数個の消波ブロックと今、私と谷本のいる現場事務所だけが残さていた。クレーンや重機、機材や資材などは全てなくなり、残っているこの事務所も五日後には、リース会社に運ばれて返却となる。その後は二人とも本社事務所に戻り、次の現場の準備へと取りかかる予定となっていた。
 次の現場、つまり次の仕事はパシフィックホテル解体工事である。
 現場事務所でのデスクワークから解放されていた私と谷本は、昼食を済ませて昼休みとなっていた。そんな時、私の携帯電話が鳴った。着信画面は、巻田であることを知らせている。
 「はいはい、巻田か?」
 「そうだ。この間のアカメ釣りのことだが、どうだ、来週の土曜の夜、四万十川の河口へ行ってみないか? ポイントとなる場所の情報は仕入れてある。お前も、どうせ、土曜日は休みだろう」
 聞き覚えのある巻田の声であった。彼とアカメ釣りの約束をしていたことを思い出した。
 「そうだったな、アカメだったな・・・」
 「なんだ、お前から誘ったのに忘れていたのか?」
 「すまん、すまん。仕事のこととか考えていたりしててな」
 「仕事って、あの幽霊ホテルの解体工事だろう? 俺は知っているぞ」
 「なんだ、知っていたのか。西洋村のパシフィックホテルを壊して、更地にしなければならない」
 「うちの坂本の社長からきいて、田岡建設が請負い、お前が監督をやるんだろう。俺も、その現場に行くことになっている。また頼むぞ!」
 「お前が現場にきてくれるなら、自分も安心だ」
 巻田は重機のオペレーターから左官、大工作業、解体工までこなす建設業のスペシャリストといってもよかった。私も仕事のパートナーとして彼を信頼している。
 「仕事の話は、あとからでもゆっくりできる。今はアカメ釣りのことだ」
 「そうだったな。四万十川のアカメ釣り、OK! 来週の土曜日だな?」
 「そうだよ」
 「分かった。二、三日前になったら、こっちからまた電話する・・・」
 巻田とのアカメ釣りのことをすっかり忘れていた私は、仕事のことを頭から切り離し、大物アカメ釣りに想いを巡らす。室戸の石鯛の次は四万十川河口のアカメだ。絶対に釣ってみせるぞ。釣りのことを考えていると、やはり楽しくなってくる。
 事務所のソファーに腰を降ろし、背をもたらせた。
 「矢浦さん、また釣りのことでしょう?」
 缶コーヒーを口にしながら椅子に座ったままの谷本が、私の表情を眺めながら言うのであった。
 「何故、分かるのだ?」
 私は問い返した。
 「そりゃ分かりますよ。釣りのことになると、妙に表情が緩みますから。普段、仕事の時などは堅い表情ですし」
 谷本は、苦笑交じりに言うのであった。自分では分からなかったが、そうなのかもしれない。
 「谷本、お前も釣りに連れて行ってやる。どうだ? 楽しいぞ」
 「いいえ、僕は結構です。どうもアウトドアは苦手で」
 「何を言うか、俺も最初は釣りなんて全く興味もなかった。巻田に初めて誘われてやってみると、釣れた時の感触がずっと忘れられなくなる」
 ふと思い出してしまった。初めて巻田に誘われて行った釣りのことを。高知新港の堤防で50センチ近いチヌを釣り上げた。初心者にしては大物で、一人では釣り上げることができず、一緒にいる巻田に、たも網ですくい上げてもらったのだ。あの時の感動は大袈裟かもしれないが、一生忘れられない。
 この後も私は谷本に釣りの魅力について語ったつもりであったが、彼にしてみれば迷惑な話だったのだろう。無理に誘うのをやめた。
 谷本との会話が途切れた頃である。再び私の携帯電話が鳴った。巻田が何か言い忘れたことでもあったのかと思ったが、相手は笠原部長であった。
 「来週の火曜日だが、例のパシフィックホテルの下見に行くぞ。現場の建物周辺が現在、どのような状態か見ておく必要があるだろう」
 「そうですね。来週の火曜日ですね?」
 「そうだ。何か都合が悪いのか?」
 「いいえ」
 「谷本も連れて行くからな。彼も、お前と同じく現場の担当だ。引き続いて二人でやってくれ」
 笠原部長とのやり取りを終えると、私は一連のことを部下の谷本に伝えた。彼は別に深く考える様子もみせずに、淡々と頷くだけであった。
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