15 / 30
怪魚を追え!
しおりを挟む
ブルージーンズ姿の彼女は、手に何かを持っている。それを自分の顔に近づけた。どうやら双眼鏡のようである。私達の方を見ているのか。
私と巻田は、思わず顔を見合わせ
「またきたようだな」
巻田が呟くように言った。
パシフィックホテルの解体工事も終わってしまい、今は、もう自由に立ち入ってもらってもいい。夫の亡くなられた場所が気になるなら、沼沢地に足を運ばれてもよいのだ。
黒井今日子は、私達の様子を見たに違いない。双眼鏡を降ろし、車に戻った。
帰るのだろうかと思ったが、彼女の運転するミニバンは、仮設道を降り、土煙を上げながらボート乗り場の前までやってきたのである。今度は車から降りると、岸につながれている二艘の内の一艘のボートをたぐり寄せはじめた。
「ボートに乗るつもりかな」
巻田は言った。
「彼女がボートに乗るのは自由だ。俺達だって、勝手に乗っているのだからな」
私は言った。今となっては持ち主の分からないボートである。咎められることもないだろう。
彼女の様子も気になるのだが、私はボートをやや北向きに漕ぎ、西側の岸に向かってみる。
草周湖の西の端には、隣側の真貝沼へとつながる水路が、こちらにもあった。ここにも先程と同じように立て看板が岸にかけられ、真貝沼への進入を禁じていた。こちらは有刺鉄線ではなく、ロープを張って進入を防ぐ形となっていた。
再び黒井今日子の方に目を向けると、何と彼女は既に一艘のボートに乗り込み、今にも漕ぎ出そうといった気配であった。
私と巻田のいる西側の水路から、数百メートル南の西側の岸にボート乗り場はある。彼女のボートは、こちらに向かって動きはじめたのだ。
私と巻田は、ボートを止めたままにした。彼女のボートは、徐々に近づいてくる。
互いの表情が分かる距離までくると、会釈を交わした。今日の彼女は、無表情であるように思えた。
「工事は終わったようですね」
互いのボートが横付けとなると、黒井今日子の方から声をかけてきた。近くで見ると、彼女の今日のジーンズはインディゴ色の濃い、濃紺のジーンズであった。上もセットアップのGジャン姿である。
「ええ、工事の方は完了です」
私は、彼女に言った。
「工事が終わって、何かなさっているのでしょうか?」
「いいえ、別に。ボート遊びというか、明日から、ここで釣りをしてみようかと思いましてね」
男どうしでボート遊びというのも恥ずかしい気がしたが、彼女の夫が隣の真貝沼で亡くなったのを思い出し、私は、すぐに笑みを消した。
「釣りですか・・・ 気をつけてくださいね。この周辺には、きっと何かありそうなので。主人も、その向こうの真貝沼で亡くなりましたから」
彼女の言葉に、重い空気が漂いはじめた。
何も言えなくなった私達から目を逸らし、彼女は再びボートを漕ぎだす。どうやら、夫の亡くなった真貝沼の方へ行くつもりなのだろう。
彼女のボートは、ロープの張られた水路の前で止まった。進入を防がれているので、立ち往生となってしまった。
巻田が私に、彼女の方に行ってみようと合図を示し、ボートの舵を取った。
「そのロープ、のけましょうか? 何とかなりそうなので」
彼女のボートに近づくと、巻田が声をかけた。ロープは、岸の木杭に軽く巻きつけているだけのようだった。
「お願いします」
巻田がロープを解くと、私がたぐり寄せて岸辺に向かって投げ捨てた。ロープは腐って、今にもきれそうであった。
「ありがとうございます」
彼女は私達に礼を言うと、ボートを動かそうとする。
「今から、真貝沼の方へ行かれるのですか?」
私は心配になり、彼女に言った。いつの間にか、夕刻が迫っている時間でもあった。
「はい、少しだけ行ってみようと」
私は携帯電話の時刻を確認し、彼女に告げた。
「そうですね・・・」
彼女は、そう言いながら、周囲に目を向ける。うっそうとした雑木林に囲まれ、日は陰っていた。幽霊ホテルの姿は取り壊して既にないのだが、得体の知れない不気味な雰囲気が感じられる。
その時であった。水面を叩く羽音が聞こえた。水路から真貝沼の方へと数十メートル向かった水面で、水鳥が羽をばたつかせてもがいているではないか。
数秒後、水鳥は水中へと没して行った。前回、真貝沼の岸辺近くの水面で目撃した時と全く同様であった。水鳥は捕食されたのだ。
黒井今日子は、じっと、その光景を見ていた。
「この間も真貝沼で、同じ状況を目にしました。自分らは・・・」
私は言ったのである。
結局この日は、三人とも引き上げることになった。それぞれボートを乗り場の桟橋に戻した。
「明日から釣りをなさるのですね」
黒井今日子は言った。桟橋の前に止めた自分のミニバンに乗る直前であった。
「どうしても釣りが趣味なもので・・・」
私が小声で答えた。彼女から忠告されているようでもあった。
「私の亡くなった主人も、そうでしたが・・・」
彼女は、そう言うと車内に乗り込んで車を走らせ、ゆっくりと私達の前から去って行った。
この日の夜から、私は巻田と同じ室戸の民宿を利用することにした。工事の出張も終わり、プライベートの休みとなるため自費なのだ。津元の宿舎は、今朝で引き払ってきた。
「黒井さんの主人も、釣りが趣味だったんだろうな。釣り用のボートから転落して、真貝沼で亡くなったといっていた・・・」
民宿の食堂で夕食時、私と巻田は話し合っていた。私は、ふと思い出して言った。
「あの真貝沼や草周湖には、必ず何か得体の知れない怪魚がいるぞ。二つは水路でつながっているしな。それと、彼女の夫の死と関連があるのかな」
巻田は、考えながら言った。
「彼女の主人は釣り用のボートから転落し、水面で亡くなっていたようだ。釣りをしていて、落ちたんだろう」
「水面に転落しただけで、成人の男性が死ぬかな? 波の荒い磯や海じゃないぞ。静かな沼沢地だが・・・ やはり、あそこにいる何かに引き摺り込まれたのかな・・・」
巻田の考察である。私も同じように考えていた。
「その前には、少女も真貝沼で溺死している。警察は二つとも事故死として、事件性はないと見ているようだが」
「警察も管轄外なんだろう。水中の怪魚や魔物を調べることはな」
「ホテルの解体工事も無事に終わったんだ。あそこに何がいようと問題ではない。あとは自分らの釣りが待っている。何が釣れるか分からない大物がいるからな。しかし、人が亡くなっている場所だけに、注意はした方がいいぞ」
「そうだな。彼女は、またくるのかな。黒井今日子さんだが」
巻田も、彼女のことが気になるようだった。
「たぶんくるだろうな。もう自由に入ってこれるしな。ボートも使えるから。前に、何か協力できることがあればといってしまったが・・・」
私は前に、黒井今日子と話したことを思い出した。特に協力できることなどなかったが。
「もう、そっとしておいたらどうかな。ボートで真貝沼へ行くのなら、俺達は邪魔をせず、静かに釣り糸を垂らしていたらいいのじゃないか」
巻田の言う通りかもしれなかった。明日以降も、彼女は姿を見せるかもしれない。自分らは、趣味の釣りに没頭しよう。
翌日、10月9日水曜日。この日から三日間、私と巻田は仕事を休み、釣り三昧となる。早朝から釣り道具を準備し、それぞれの車で室戸の民宿を出発した。
西洋村に入り、真貝沼、草周湖の沼沢地に着いたのは午前七時半頃であった。昨夜、雨が降ったせいか、地面などは濡れていたが、早朝の清々しさは十分に感じられた。
二人はボート乗り場の前に、それぞれ車をとめて降りた。
周辺の様子を眺めながら、朝食取る。私はコンビニで買ったパンとコーヒー、巻田は、おにぎりと茶である。
今朝のニュース番組の天気予報では曇りとなっていたが、雨は降らないとの予報であった。絶好の釣り日和となると信じた。
腹ごしらえをした二人は、はやる心を抑えて昨夜立てた計画をまずは実行する。観光用のボートを釣り用に改造しようというものであった。
改造といっても大掛かりなものではない。釣竿を振り出したりするのに、邪魔になる日よけのシートを取り除こうというものである。
屋根となっている幌シートは既に劣化が激しく、人力で引っ張ってもビリビリと引き裂くことができた。大部分がボロボロである。
車内の工具箱から、カッターナイフやハサミを取り出し、シートを取り除くと、それらの骨組となっている鉄パイプを外す。それらは船体にボルトで固定されているので、ラチェットレンチやスパナを使って外す。
一時間程で作業は終わった。私と巻田の釣りボートの完成となった。エンジンもない足漕ぎボートであるから、燃料や電力も必要としない。目の前の草周湖や真貝沼を行き来するぐらいなら、何ら問題はないだろう。
「やったぞ!」
巻田は完成したボートを眺め、嬉しそうに言うのであった。
「やったな!」
私も言った。
二人は早速、釣り竿や道具、食料をボートに積み込んだ。座席の足元の横や後ろに、何とか置けるスペースはあった。屋根となる部分がなくなったことにより、解放感がある。これで、釣り竿が自由に振り出せる。
「巻田、何処から攻める?」
ペダルを軽く漕ぎはじめた私は、ハンドルを片手に尋ねた。
「ひとまず任せるよ」
「了解」
私はボート乗り場のある西側から、草周湖の南の方へと舵を向けた。
ゆっくりとペダルを漕いでいると、静寂に包まれた湖面に、微かな水を切る音が伝わっていく感じがする。この雰囲気の良さに、私は釣り心を忘れて、このままいたい気分でもある。曇り空ではあったが、曇間からは、少し日も差しはじめている。あの夕方の日の沈む前の不気味な雰囲気とは、まるで違うのだ。今の様子からは、怪魚や魔物といったものは微塵も感じなかった。
「おい! もうそろそろいいだろう」
巻田は、はやる心を抑えられないようだった。
彼は、既にスタンバイしていたようだ。一投目のキャスティングを行なった。ルアーのスピナーで探ってみるらしい。
私の方は、シンプルな餌釣りでチャレンジだ。今の段階では、まだ対象魚は定かではないのだ。
食べ残していたパンの切れ端を針につけ、ウキ下は3メートルから4メートルにセットして投げ込んだ。かみつぶしおもりとともに、針についたパンは、ゆっくりと水面下へ沈んで行く。
赤い丸ウキが、ぴょこんと水面に浮いた。仕掛けが上手く沈んでくれたようだ。このまま当たりを待ってみよう。
「どうだ?」
私は、巻田に声をかけてみた。彼は数回のキャスティングを行ない、湖底を探っている様子であった。
「当たりはまだだが・・・ ん! きたか!」
巻田の様子が急変する。竿は激しくしなり、リールを巻く右手が重くなった。
「やるじゃないか! 大丈夫か!」
彼の様子を目にしながら、私は言った。
巻田は立ち上がり、左足で船体の床に踏ん張って懸命にリールを巻く。時折、竿先から水面へ持っていかれそうになる。一体何が掛かったのか。相手は小さくはないだろう。
私と巻田は、思わず顔を見合わせ
「またきたようだな」
巻田が呟くように言った。
パシフィックホテルの解体工事も終わってしまい、今は、もう自由に立ち入ってもらってもいい。夫の亡くなられた場所が気になるなら、沼沢地に足を運ばれてもよいのだ。
黒井今日子は、私達の様子を見たに違いない。双眼鏡を降ろし、車に戻った。
帰るのだろうかと思ったが、彼女の運転するミニバンは、仮設道を降り、土煙を上げながらボート乗り場の前までやってきたのである。今度は車から降りると、岸につながれている二艘の内の一艘のボートをたぐり寄せはじめた。
「ボートに乗るつもりかな」
巻田は言った。
「彼女がボートに乗るのは自由だ。俺達だって、勝手に乗っているのだからな」
私は言った。今となっては持ち主の分からないボートである。咎められることもないだろう。
彼女の様子も気になるのだが、私はボートをやや北向きに漕ぎ、西側の岸に向かってみる。
草周湖の西の端には、隣側の真貝沼へとつながる水路が、こちらにもあった。ここにも先程と同じように立て看板が岸にかけられ、真貝沼への進入を禁じていた。こちらは有刺鉄線ではなく、ロープを張って進入を防ぐ形となっていた。
再び黒井今日子の方に目を向けると、何と彼女は既に一艘のボートに乗り込み、今にも漕ぎ出そうといった気配であった。
私と巻田のいる西側の水路から、数百メートル南の西側の岸にボート乗り場はある。彼女のボートは、こちらに向かって動きはじめたのだ。
私と巻田は、ボートを止めたままにした。彼女のボートは、徐々に近づいてくる。
互いの表情が分かる距離までくると、会釈を交わした。今日の彼女は、無表情であるように思えた。
「工事は終わったようですね」
互いのボートが横付けとなると、黒井今日子の方から声をかけてきた。近くで見ると、彼女の今日のジーンズはインディゴ色の濃い、濃紺のジーンズであった。上もセットアップのGジャン姿である。
「ええ、工事の方は完了です」
私は、彼女に言った。
「工事が終わって、何かなさっているのでしょうか?」
「いいえ、別に。ボート遊びというか、明日から、ここで釣りをしてみようかと思いましてね」
男どうしでボート遊びというのも恥ずかしい気がしたが、彼女の夫が隣の真貝沼で亡くなったのを思い出し、私は、すぐに笑みを消した。
「釣りですか・・・ 気をつけてくださいね。この周辺には、きっと何かありそうなので。主人も、その向こうの真貝沼で亡くなりましたから」
彼女の言葉に、重い空気が漂いはじめた。
何も言えなくなった私達から目を逸らし、彼女は再びボートを漕ぎだす。どうやら、夫の亡くなった真貝沼の方へ行くつもりなのだろう。
彼女のボートは、ロープの張られた水路の前で止まった。進入を防がれているので、立ち往生となってしまった。
巻田が私に、彼女の方に行ってみようと合図を示し、ボートの舵を取った。
「そのロープ、のけましょうか? 何とかなりそうなので」
彼女のボートに近づくと、巻田が声をかけた。ロープは、岸の木杭に軽く巻きつけているだけのようだった。
「お願いします」
巻田がロープを解くと、私がたぐり寄せて岸辺に向かって投げ捨てた。ロープは腐って、今にもきれそうであった。
「ありがとうございます」
彼女は私達に礼を言うと、ボートを動かそうとする。
「今から、真貝沼の方へ行かれるのですか?」
私は心配になり、彼女に言った。いつの間にか、夕刻が迫っている時間でもあった。
「はい、少しだけ行ってみようと」
私は携帯電話の時刻を確認し、彼女に告げた。
「そうですね・・・」
彼女は、そう言いながら、周囲に目を向ける。うっそうとした雑木林に囲まれ、日は陰っていた。幽霊ホテルの姿は取り壊して既にないのだが、得体の知れない不気味な雰囲気が感じられる。
その時であった。水面を叩く羽音が聞こえた。水路から真貝沼の方へと数十メートル向かった水面で、水鳥が羽をばたつかせてもがいているではないか。
数秒後、水鳥は水中へと没して行った。前回、真貝沼の岸辺近くの水面で目撃した時と全く同様であった。水鳥は捕食されたのだ。
黒井今日子は、じっと、その光景を見ていた。
「この間も真貝沼で、同じ状況を目にしました。自分らは・・・」
私は言ったのである。
結局この日は、三人とも引き上げることになった。それぞれボートを乗り場の桟橋に戻した。
「明日から釣りをなさるのですね」
黒井今日子は言った。桟橋の前に止めた自分のミニバンに乗る直前であった。
「どうしても釣りが趣味なもので・・・」
私が小声で答えた。彼女から忠告されているようでもあった。
「私の亡くなった主人も、そうでしたが・・・」
彼女は、そう言うと車内に乗り込んで車を走らせ、ゆっくりと私達の前から去って行った。
この日の夜から、私は巻田と同じ室戸の民宿を利用することにした。工事の出張も終わり、プライベートの休みとなるため自費なのだ。津元の宿舎は、今朝で引き払ってきた。
「黒井さんの主人も、釣りが趣味だったんだろうな。釣り用のボートから転落して、真貝沼で亡くなったといっていた・・・」
民宿の食堂で夕食時、私と巻田は話し合っていた。私は、ふと思い出して言った。
「あの真貝沼や草周湖には、必ず何か得体の知れない怪魚がいるぞ。二つは水路でつながっているしな。それと、彼女の夫の死と関連があるのかな」
巻田は、考えながら言った。
「彼女の主人は釣り用のボートから転落し、水面で亡くなっていたようだ。釣りをしていて、落ちたんだろう」
「水面に転落しただけで、成人の男性が死ぬかな? 波の荒い磯や海じゃないぞ。静かな沼沢地だが・・・ やはり、あそこにいる何かに引き摺り込まれたのかな・・・」
巻田の考察である。私も同じように考えていた。
「その前には、少女も真貝沼で溺死している。警察は二つとも事故死として、事件性はないと見ているようだが」
「警察も管轄外なんだろう。水中の怪魚や魔物を調べることはな」
「ホテルの解体工事も無事に終わったんだ。あそこに何がいようと問題ではない。あとは自分らの釣りが待っている。何が釣れるか分からない大物がいるからな。しかし、人が亡くなっている場所だけに、注意はした方がいいぞ」
「そうだな。彼女は、またくるのかな。黒井今日子さんだが」
巻田も、彼女のことが気になるようだった。
「たぶんくるだろうな。もう自由に入ってこれるしな。ボートも使えるから。前に、何か協力できることがあればといってしまったが・・・」
私は前に、黒井今日子と話したことを思い出した。特に協力できることなどなかったが。
「もう、そっとしておいたらどうかな。ボートで真貝沼へ行くのなら、俺達は邪魔をせず、静かに釣り糸を垂らしていたらいいのじゃないか」
巻田の言う通りかもしれなかった。明日以降も、彼女は姿を見せるかもしれない。自分らは、趣味の釣りに没頭しよう。
翌日、10月9日水曜日。この日から三日間、私と巻田は仕事を休み、釣り三昧となる。早朝から釣り道具を準備し、それぞれの車で室戸の民宿を出発した。
西洋村に入り、真貝沼、草周湖の沼沢地に着いたのは午前七時半頃であった。昨夜、雨が降ったせいか、地面などは濡れていたが、早朝の清々しさは十分に感じられた。
二人はボート乗り場の前に、それぞれ車をとめて降りた。
周辺の様子を眺めながら、朝食取る。私はコンビニで買ったパンとコーヒー、巻田は、おにぎりと茶である。
今朝のニュース番組の天気予報では曇りとなっていたが、雨は降らないとの予報であった。絶好の釣り日和となると信じた。
腹ごしらえをした二人は、はやる心を抑えて昨夜立てた計画をまずは実行する。観光用のボートを釣り用に改造しようというものであった。
改造といっても大掛かりなものではない。釣竿を振り出したりするのに、邪魔になる日よけのシートを取り除こうというものである。
屋根となっている幌シートは既に劣化が激しく、人力で引っ張ってもビリビリと引き裂くことができた。大部分がボロボロである。
車内の工具箱から、カッターナイフやハサミを取り出し、シートを取り除くと、それらの骨組となっている鉄パイプを外す。それらは船体にボルトで固定されているので、ラチェットレンチやスパナを使って外す。
一時間程で作業は終わった。私と巻田の釣りボートの完成となった。エンジンもない足漕ぎボートであるから、燃料や電力も必要としない。目の前の草周湖や真貝沼を行き来するぐらいなら、何ら問題はないだろう。
「やったぞ!」
巻田は完成したボートを眺め、嬉しそうに言うのであった。
「やったな!」
私も言った。
二人は早速、釣り竿や道具、食料をボートに積み込んだ。座席の足元の横や後ろに、何とか置けるスペースはあった。屋根となる部分がなくなったことにより、解放感がある。これで、釣り竿が自由に振り出せる。
「巻田、何処から攻める?」
ペダルを軽く漕ぎはじめた私は、ハンドルを片手に尋ねた。
「ひとまず任せるよ」
「了解」
私はボート乗り場のある西側から、草周湖の南の方へと舵を向けた。
ゆっくりとペダルを漕いでいると、静寂に包まれた湖面に、微かな水を切る音が伝わっていく感じがする。この雰囲気の良さに、私は釣り心を忘れて、このままいたい気分でもある。曇り空ではあったが、曇間からは、少し日も差しはじめている。あの夕方の日の沈む前の不気味な雰囲気とは、まるで違うのだ。今の様子からは、怪魚や魔物といったものは微塵も感じなかった。
「おい! もうそろそろいいだろう」
巻田は、はやる心を抑えられないようだった。
彼は、既にスタンバイしていたようだ。一投目のキャスティングを行なった。ルアーのスピナーで探ってみるらしい。
私の方は、シンプルな餌釣りでチャレンジだ。今の段階では、まだ対象魚は定かではないのだ。
食べ残していたパンの切れ端を針につけ、ウキ下は3メートルから4メートルにセットして投げ込んだ。かみつぶしおもりとともに、針についたパンは、ゆっくりと水面下へ沈んで行く。
赤い丸ウキが、ぴょこんと水面に浮いた。仕掛けが上手く沈んでくれたようだ。このまま当たりを待ってみよう。
「どうだ?」
私は、巻田に声をかけてみた。彼は数回のキャスティングを行ない、湖底を探っている様子であった。
「当たりはまだだが・・・ ん! きたか!」
巻田の様子が急変する。竿は激しくしなり、リールを巻く右手が重くなった。
「やるじゃないか! 大丈夫か!」
彼の様子を目にしながら、私は言った。
巻田は立ち上がり、左足で船体の床に踏ん張って懸命にリールを巻く。時折、竿先から水面へ持っていかれそうになる。一体何が掛かったのか。相手は小さくはないだろう。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー
黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた!
あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。
さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。
この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。
さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる