魔界沼の怪魚

瀬能アキラ

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怪魚を追え!

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 「上がらない程じゃない。たもをくれ!」
 巻田に言われ、私は彼に、たも網を渡した。
 まだかまだかという思いの中、私の視線は彼の道糸の先の水面に向けられる。魚影は、まだか・・・
 「大人しくなってきたか・・・」
 巻田が、そう言った時、水面に黒い魚影が現れた。ナマズだった。60センチ程だろうか。
 たも網を片手にして水面に降ろし、すくい込んだ。水面に浮いてからは、大人しくなった。
 巻田は、ボートまで取り込んだ。それは、間違いなくナマズであった。真上から見降ろすと、特徴的なあの面構えであった。左右ピョコンと飛び出した目、大きな左右のヒゲ、大きな口。その口で、巻田の放ったスピナーを食いついている。久し振りに見たナマズであった。
 「最初の獲物は、ナマズか。まあいいだろう」
 巻田は、そう言いながら、ナマズの口からスピナーを取り外す。少し暴れたが、湖面にリリースしてやると、元気よく泳いで行った。
 「おい! 矢浦!」
 巻田の釣り上げたナマズに見とれていた私に、彼は指を差しながら声を上げた。
 彼の示す方に視線を向けると、私のウキが小刻みに沈んでいた。アタリである。今度は、私の方に注目していた。
 「餌はパンだからな。鯉かフナだろうな」
 私はタイミングを見ていた。そろそろ餌のパンがなくなる頃だろう。ウキの引きが止まりはじめた。
 私は竿を上げた。案の定、餌はなく、釣り針だけ光っていた。パンは完全に食われている。
 「やられたな」
 巻田は、苦笑交じりに言った。
 「再チャレンジだ」
 私は再び餌となるパンをちぎり、針につけて水面へ投下。
 すぐにまた、ウキが小刻みに引きを見せる。小魚がパンを突っついているようだ。何かがいることは確かなようだった。
 巻田も気なるらしく、こちらに注視している。
 その時、今まで小刻みに沈んでいたウキが、水中へ激しく消し込んだ。私はタイミングを合わせ、竿を引いた。
 「きたぞ!」
 私は巻田に知らせるように声を上げ、当たりをつかんだ。立ち上がり、竿を上げようとする。
 引きは強かった。必死に竿を立て、リールを巻く。獲物は大きそうだった。久し振りの大物の予感に我を忘れ、嬉しさがこみ上げてくる。だから釣りは楽しいのだ。やめられない。
 「無理をするな! 焦るなよ」
 巻田は自分の竿を置き、たもを手にしてくれている。
 大物の予感は的中した。太目のハリスを使用しているので切れる心配はないが、私は興奮していた。丸々と太った野鯉の姿が浮かんできた。
 ギリギリと音を立てながら、リールを巻く。
 「もう少しだ!」
 巻田が、たもを水面に降ろした。
 「やった!」
 巻田のたもに入った瞬間、私は思わず嬉しさを発してしまった。
 ボートに上げて計測してみると、75センチあった。針を咥えた口はパクパクさせ、苦悶の様子である。肉厚の口吻に、その脇から長い二本のヒゲが特徴であった。
 丸い大きな目が、こちらを見ている。今日は不気味さを感じない。よく見ると、大きな鱗が鮮やかで美しく思えた。
 釣り針を口から外してやると、水面にリリースした。野鯉は少しの間、水面に浮いていたが、ゆっくりと湖底へと姿を消して行った。

 その後も私と巻田は、ボートを少しずつ移動させながら、主に湖の南側をポイントとしていた。
 私は好調で、野鯉を五匹釣り上げていた。一方、巻田はルアーを替えながらも挑んでいたが、あれからは何も釣れていなかった。
 「俺達が遭遇した怪魚は、今頃どの辺にいるのかな・・・」
 巻田は一息つきながら、ふと言った。竿を置き、スポーツドリンクを口にしていた。
 「どうだろうな。この草周湖や真貝沼周辺にはいるだろうが」
 私は、想像しながら言った。水鳥を捕食した肉食魚や大きな背びれを持った巨体魚。これらが同一の魚なのか、それとも別々の魚なのか。分からないが、自分らの今いるボートの水面下に潜んでいる可能性もあるのだった。
 幻を目にしたのではない。確かに、この目で見たのである。
 携帯電話の時刻は、十時を過ぎていた。二人は、ボートを北側に向けることにした。
 釣り竿を床に置き、二人で足漕ぎペダルを漕いだ。本来は観光用のものであるため、仲良くカップルで楽しんでいたものだろう。巻田もそれを感じたのか、私と目が合うと照れ笑いを見せる。
 草周湖の北側までくると、ボートを止めた。
 「黒井さんじゃないか」
 巻田がボート乗り場の方に目を向け、言った。
 私も目を向けると、ボート乗り場の前には、彼女のミニバンが止まっていた。そして、彼女の姿も見えた。昨日は真貝沼まで行かなかったので、今日は行くつもりなのだろうか。
 私と巻田が見ていると、彼女はボートをたぐり寄せ、乗ったのである。そして、ゆっくりと漕ぎはじめたようだ。
 「真貝沼へ行くのだろうな」
 私は、ポツリと言った。
 「もう彼女には、深入りしない方がいいかもな。そっとしておこう。俺達は釣りを楽しんでいるのだから」
 巻田は、そう言って、キャスティングを再開しはじめた。
 私も同じ仕掛けで、釣りを再開したが、彼女のことが妙に気になっていた。釣りをするふりをしながら、視線を彼女の方へと向けていた。
 黒井今日子の漕ぐボートは、昨日と同様に、草周湖の西側にある水路に向かって行く。
 水路までくると、真貝沼への進入を防ぐロープは私と巻田が昨日、取り除いていたので、そのまま進んで行くようだった。私達の存在は距離が離れていても気づいているはずだ。ボート乗り場の前には、私達の車も止めてあるのだから。
 「やはり真貝沼の方へ行ったようだな」
 キャスティングしながら巻田は言った。彼も見ていたようだった。
 やがて、彼女の姿は見えなくなった。私達の今いる場所からは、雑木や雑草が覆い茂って、水路の途中から真貝沼の様子は見えないのである。
 亡くなられたご主人のことを思って向かわれたのだろう。直接、自分らとは、もう関係のないことでもあった。巻田の言う通り、彼女に深入りする理由もない。
 私は、目の前の釣りに集中することにした。

 途中から、私は餌と仕掛けを変更していた。餌はパンの切れ端から、用意していたミミズを針につけ、仕掛けはウキを外して重りで沈めた。湖底の獲物を狙うことにしたのだ。
 水深は、やはり深そうである。仕掛けが湖底についたのを確認すると、糸を張って当たりを待つ。ミミズを追って何が食らいつくか楽しみでもある。ナマズか、また野鯉かフナ、あるいは他の魚種なのか。この沼沢地一帯には、どんなものが潜んでいるのだろうか。
 しばらくの間、待っていたが、当たりは全くない。何度か少しずつポイントを替え、当たりを待つ。
 巻田もルアーで挑んでいたが、釣果は上がっていなかった。ルアーも種類を替え、キャスティングを繰り返す。
 「どうだ、巻田?」
 私は竿をボートの床に置き、彼に尋ねた。
 「空振り続きだな。絶対に何かいるはずだがな・・・」
 巻田は、悔しさを滲ませていた。
 彼の言うように、この沼沢地には何かが必ずいるはずなのだ。分からないが、何かが・・・
 巻田は、燃えているようだった。キャスティングに力が入っているように見えた。
 私は竿を置いたまま、缶コーヒーを取り出して一休みすることにした。当たりがくれば、竿の動きが知らせてくれるはずであった。
 「少し休んだらどうだ? まだ明日も明後日もある。焦ることはない。魚は逃げはしない。ただ仕掛けに食いついてくれないだけだ」
 缶コーヒーを口にしながら、私は巻田に言った。
 「そうだな。俺も一息入れよう。ん!」
 と巻田が頷き、言った時であった。彼の竿に突然、異変があったようだ。竿が激しく曲がっている。
 「どうした! きたか?」
 「ハハハハハ・・・」
 巻田は高笑いを発した。どうやら根がかりのようである。
 「残念だったな」
 「まあいいさ」
 巻田の根がかりしたルアーは、簡単に外れそうにはなかった。仕方なく糸を切った。ルアーは捨てることになった。
 「あのルアー、高価なやつじゃなかったか?」
 巻田の表情が苦渋に見えたので、私は言ってみた。
 「それ程、高いものじゃない。よくあることだ」
 彼も竿を置き、一息入れることにした。
 「水鳥を食ったやつは、何処にいるのだろうな。大きな背びれの怪魚も・・・」
 巻田も缶コーヒーを口にしながら、呟くように言うのだった。そう簡単に姿は見せないのだろうか。
 二人が一息入れながら、他愛のない会話をしている最中であった。釣り糸を張ってボートの床に置いていた私の竿が、急に動き出したのである。巻田も気づき、私も当然気づく。
 缶コーヒーを左手に持ち替え、利き手の右手で竿を持った。竿が水面へ持っていかれそうになったのである。
 右手だけでは力が入らず、缶コーヒーを投げ捨て、両手で握った。物凄い力で引き摺られそうになった。野鯉以上の引きである。
 「大丈夫か!」
 巻田も心配のようである。
 「とにかく、でかそうだ!」
 勿論、竿は激しくしなって曲がっている。上がりそうになかった。
 「何が掛かっているのだろうな」
 「分からん! ん・・・」
 突然、今までの強烈な引きが止まった。しかし、竿にかかる重さは残ったままなのだ。
 私は巻田に、竿にかかる手応えの状況を説明する。
 「根がかりじゃないか」
 彼は言った。
 「先程までの、あの引きは何だったんだ?」
 私は、自問するように言った。竿を握る両手には、相変わらず重みはのこっている。
 完全な根がかりとは思えない。リールを巻けば、ジリジリと引き寄せることはできた。
 「根がかりではない・・・」
 私は巻田に、リールを巻いて見せた。
 「引きは、ないのか?」
 「ないな。ただ重いだけだ。何かが掛かっていることは確かだ」
 「何が掛かっているのだ?」
 「分からないな」
 「無理するな、切れるぞ!」
 「分かっている。とにかく、ゆっくりとリールを巻くしかない」
 私はジリジリと、ゆっくりリールを巻き取る。重量感があるため、早くは巻けない。
 二人は、水面に目を向けている。着実に何かが引き寄せられている。相変わらず引きは感じられず、ただ重い。街中の河川であるなら、捨てられたゴミの可能性もあったが、ここは山中の沼沢地である。
 「一体何が掛かっているのだ。湖底に沈んでいた流木かな」
 首を捻りながら、横で巻田は言った。
 「ゴミか? タイヤのようだぞ」
 今、ようやく湖底から浮き上がってきた姿が、薄っすらと見えてきた。黒い物体である。私は、目を凝らしながら言った。
 「一体誰だ? タイヤじゃないか。自然のこんな場所に不法投棄したやつは・・・」
 巻田も同様に言うのである。
 「何か変だぞ! よく見てみろ!」
 私は、異変に気づいたのだ。どうも、タイヤに見えた物体は、のらりくらりと動いている様子だ。
 「雷魚か? 違うな」
 巻田は、そう言いながら、たもの用意をしてくれた。
 やっと正体が、はっきりとした。馬鹿デカイうなぎである。
 たもですくった大うなぎをボートの床に置いてみた。計測すると、80センチ近くもあった。片手では握れず、両手で胴体を握った。丸太に近かった。
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