魔界沼の怪魚

瀬能アキラ

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怪魚を追え!

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 「巻田、このうなぎ、どうする? 蒲焼にするか?」
 私は、彼に尋ねた。
 「あまりでかいやつは、味が良くないというがな」
 「逃がしてやるか?」
 「そうだな。俺達の目標は、うなぎではない。外道だからな。持って帰るのも面倒だし・・・」
 巻田は、苦笑しながら言った。確かに彼の言う通り、宿に持って帰るのも面倒だし、自分らは捌くこともできなかった。
 惜しい気もしたが、結局、うなぎはリリースすることにした。蒲焼にすれば、何人前になっただろうか。
 水面に放つと、体を蛇のようにくねらせながら元気よく泳ぎ、再び湖底へと帰って行った。
 「あんな大うなぎ、自分は初めてだぞ。この草周湖の主かもしれないな」
 うなぎを放った水面に目をやりながら、私は言った。あんあに大きく成長するまでに、この湖底で長い年月を過ごしてきたことだろう。自然界にリリースしてやって、良かったと感じた。
 「この辺一帯の主は、あんな物じゃない」
 巻田が言いたいのは、自分らが目撃した怪魚のことであった。今日は、姿を見せてくれるだろうか。
 「矢浦」
 「何だ」
 私は、彼の指し示す方に視線を向けた。真貝沼側からの水路に、ボートの姿が見えた。黒井今日子であった。
 真貝沼から戻ってきた様子である。水路を通って草周湖についたのか、こちらに目を向けているようにも感じられる。
 私と巻田は気にせず、そのまま釣りを続けた。そのうちに、彼女も帰って行くことだろう。そう思っていた。
 しかし、彼女は、こちらに向かってボートを漕いでくる様子だ。ボート乗り場の方へは行かず、草周湖の北側にいる私達の方に向かっている。
 ついに黒井今日子は、互いの表情が分かる距離まで近づいてきたのであった。
 「釣りの邪魔をして、すみません」
 彼女は、目が合った私に声をかけた。
 「いいえ、とんでもないです。真貝沼の方へ行かれたのですね」
 私は言った。今日の彼女は、とても清々しく思えた。
 「はい、主人の亡くなった場所も見てきました。しかし何故、主人が亡くなったのかは分かりません。何故、転落したのか・・・」
 彼女は、そう言いながら私の表情を見詰めて言った。私は、返す言葉がみつからなかった。
 「主人が亡くなった事実は、どうすることもできません。もう戻ってはきませんから」
 彼女は、なおも言ったが、私は、やはり返す言葉が出てこず、思わず視線を逸らしてしまった。彼女の気持ちは、勿論分かるのだが、やはり自分らには、どうすることもできなかった。
 目の前の黒井今日子の夫は、真貝沼で釣りを行なっていて亡くなった。自分らと同じ趣味を持ち、こうしてボートで釣りをしていたのだろう。私は、改めて考えてみたが・・・
 「もう、いいのです。色々と、ありがとうございました。お世話になりまして・・・」
 黒井今日子は、最後にそう言うと、軽く頭を下げた。
 「何も力には、なれませんでしたが」
 私が言うと彼女は、もう一度頭を下げ、ボートをゆっくりと動かしはじめた。
 ボートの方向を替えると、彼女は、ゆっくりと私達の前から離れて行った。
 この地へ、彼女は何度も何度も足を運んでいた。私達が高知市内から初めてやってきた時から。いや、それよりも前からだろう。
 小さくなっていく彼女の姿を見ていると、切ないものが、ふと込み上げてきた。自分らに何かを言いたかったのだろうが、自分は無力でしかなかった。

 黒井今日子が私達の前から去った後、草周湖の東側へと移動していた。
 音木川の支流へとつながる水路を前に、二人はキャスティングを行なう。私は餌釣りをやめ、巻田と同様にルアーフィッシングに挑む。ボートの上で昼食を済ませ、二人の釣り魂は漲っている。
 私は、ズボンのポケットから携帯電話を取り出し、時刻を見た。
 「何時だ?」
 私の姿が目に止まったのか、巻田が尋ねるのであった。
 「ちょうど一時だ」
 「まだ、あと半日もある。明日も明後日も時間は、たっぷりとあるからな」
 「怪魚は必ず現れる。信じてみよう」
 私は言った。
 この場所で三十分程行なっていたが、ほとんど当たりはなかった。二人とも幾つかのルアーを試してみたが、反応はない。
 二人が気になったのは、水路の方であった。こちらの東側の水路は、音木川の支流へとつながっている。しかし、有刺鉄線が張られて進入を塞がれている。
 「この向こうが気になる。何かいそうな気がするぞ」
 私は、有刺鉄線の向こう側に目をやりながら言った。
 「俺も、さっきから、そんな気がしていた」
 巻田も手を止め、言った。
 近くの岸には、ここから観光ボートでの進入は禁止だという立て看板が立てられているが、今となっては、もうどうでもいいことであった。自分らのボートは観光ボートではなく、フィッシングボートなのだ。
 二人は釣り用の工具箱から、ニッパやペンチを取り出して、有刺鉄線を切る作業に取りかかった。草周湖から音木川の支流へとつながる水路の方へ、少し行ってみたいのである。
 有刺鉄線はステンレス製だったため、硬くて切るのに手間取ってしまったが、ようやく切断することができた。切った部分を岸に捨て、ボートでの進入は、これで可能となった。
 ここから先は、初めての進入となる。水路の幅は四、五メートルあるため、自分らのボートでも何ら問題なく通れた。両岸は雑木林で、釣りのポイントとしては、最高のような気がする。
 二十メートル程、進んだ場所でトライすることにした。私は右岸側、巻田は左岸側を狙う。
 私はルアーを替え、ワームタイプでチャレンジする。ワームというのは一般的なルアーであるスプーンやスピナー、プラグなどといった物とは違い、柔らかい樹脂やゴム素材でできており、ミミズやカエル、昆虫、エビ、ザリガニなどに似せて作った物であった。
 巻田は、プラグタイプのルアーを使用する。
 「きたぞ!」
 私は一投目のキャスティングで、ヒットしたようだ。
 「こっちもだ!」
 巻田にも、ヒットしたしたらしい。ほぼ二人は同時であった。
 上げてみると、五十センチ程のナマズである。巻田も同様であった。
 その後も二人は、ナマズを二十匹も釣り上げる。少し下流の方へ移動しても、釣れるのはナマズばかりなのだ。
 「おい矢浦、この辺はナマズの巣だな」
 辟易するように、巻田は言うのである。
 確かにナマズは引きが強くておもしろいが、こうもナマズばかりだと、うんざりしてくる。
 ナマズは通常夜行性であるため、日中はじっとしているもので、目の前に餌がこないと動かないのである。ここのナマズは余程飢えているのか、それとも異常に繁殖しているのか。
 「場所を移動してみるか」
 私は言った。
 「そうだな」
 二人は竿を上げ、ボートを漕ぐ。更に下流に向かって進む。
 進むにつれ、水路の幅は徐々に広くなり、右岸側の岸辺は畦道のようになって並走している。その向こうには田畑がが見えてきた。
 ここまでくると、水路というより、もう音木川の支流であった。草周湖から、ここまでは、ずっと水深は深そうである。
 「おい! 何かいるぞ」
 巻田が突然、水面に目を向けながら言った。何か発見したようだった。
 私も彼の示す方に視線を向けると、ボート際の水面に、大きな魚影を見たのだ。約一メートル近くある。野鯉ではない。
 「何だ・・・」
 私は思わず呟き、巻田と顔を見合わせた。
 巻田は、首をかしげる。
 二人の視線は再び、その魚影を追う。魚影はボートから離れ、左岸側の岸の方へと泳いで行く。
 岸からは草木が生い茂り、水面にまで伸びていた。魚影は、その方向へと向かっている。
 次の瞬間、魚影は頭を出し、水面上の草を咥えて潜った。
 「草魚だな」
 巻田は言った。私も、そう思った。
 やはり、この辺には草魚がいるのだ。この前、みかん農家の男性が語っていたのを思い出した。メートル級の草魚が昔はいたという話であった。自分らは今、それを目にした。
 水面から姿を消した草魚であったが、再び別の草魚が数匹現れた。先程のものよりかは小型であったが、水面の草を咥えたことにより、これらも草魚なのだろう。
 「やはり、草魚はいるのだな・・・」
 私は呟きながら、その光景を目にしていた。
 「草魚は、もともと日本にはいない外来種だ」
 「ああ、しっている」
 私は答えた。
 「日本の河川に、まとまって何度か放流されているようだ・・・」
 巻田の解説のようである。私は頷きながら、耳を傾ける。
 「初めて放流されたのは、1880年頃らしいぞ。食料資源として導入されたようだ。戦争中も食糧難の解消のため、多くの草魚が全国に放流されている。最近では、湖沼の除草とか遊漁目的で各地に放流が繰り返されたともきくが。まあ、彼らは水辺の植物が大好きなようだ。しかし、その食性が問題となっている地域もあるようだ。水草が壊滅してしまうようだが、四国などでは、あまり耳にしないがな・・・」
 やがて、目の前にいた草魚らは姿を消した。
 「この辺一帯には、いるな」
 巻田は言った。
 「狙ってみるか?」
 私は問う。彼は勿論だというように頷いた。
 二人は、先程からの仕掛けを変更する。ルアーではなく、餌釣りである。目の前で草を勢いよく食べたのだ。餌となるのは、やはり草となる。
 ボートを岸辺に着け、生えている雑草を適当に取った。草の種類は、本当に適当である。自生しているものを乱雑に引きちぎり、ボートに投げ込む。
 「もういいだろう」
 軽くバケツ一杯分の草がボートの床にたまると、巻田が言った。
 ボートを漕ぎ、適当なポイントとなりそうな場所まで移動した。
 「この辺でどうだ?」
 私は問う。
 「そうだな」
 先程の草魚のいた場所からは少し離れ、岸寄りのポイントを選んでボートを止めた。
 取った草を手でわしづかみし、釣り針に引っ掛けて、重りとともに水面に投げ込んだ。二人とも、同じような仕掛けである。
 ボートの船首を右岸側に向け、私はボートの右舷、巻田は左舷の位置のままである。二人とも、岸の方に向けて仕掛けを投入した。
 五分、十分、十五分と待った。当たりは、まだ一度も二人にはきていない。
 「草魚も警戒してしまったか・・・」
 私は竿先から、投入したポイントまでを目で追いながら呟いた。餌の草の固まりは、浮力で水面に浮いたままである。重りは、ポイントへ投げるためのものであった。
 「相手もボートの姿や、俺達の存在を知ってしまっているだろうしな」
 巻田は言った。彼の言う相手とは、勿論、今狙っている草魚らのことである。
 三十分程たった頃であった。突然、私の方の草が、ザブンという音とともに水中へ消し込んだのだ。同時に強い当たりと引きが、手元に激しく伝わった。
 「やっときたぞ!」
 私は思わず興奮し、声を上げた。
 「なに! 俺もだ!」
 巻田の叫ぶような声だった。
 彼の方に目を向けると、竿が激しく曲がり、いつの間にか餌の草も水中に消えている。私と同様に、彼の竿にもヒットしたようだ。
 二人は、それぞれ自分の獲物との格闘となり、私は自分の方に視線を戻した。引きは強烈! ナマズよりも手応えが強いのだ。
 ボートが揺れている。二人のヒットした獲物に引きずり込まれそうになる。
 私は足を踏ん張り、リールを巻き取ろうとする。野鯉よりも大きいのではないかと感じた。強い引きのため、リールが思うように巻けなかった。
 一瞬、自分の体ごと水面に引きずり込まれそうになる。体勢をたてなおしたが、ハリスを切られたくなかったので、少しリールをフリーにしたのだ。相手の攻め疲れを待つか。
 巻田の方にも目を向けると、彼も苦戦しているようだった。
 「矢浦! そっちはどうなのだ!」
 彼は声を荒げ、私に問うのである。
 「こっちも手強いぞ!」
 私は答え、リールを素早くロックして巻きはじめる。しかし、引きが強すぎて、まともに巻くことができない。
 「先に、たもを借りていいか?」
 「ああ、使ってくれ」
 私は巻田に言った。
 彼はボートの床に置いていたたも網を手にすると、左手に持った竿を立てていた。魚影が水面に浮き上がり、いつの間にかボートに引き寄せられていた。大きな草魚のようだ。
 たもに獲物をすくい入れると、巻田は片手で重々しくボートまで取り込んだ。やはり大きな草魚だった。
 「駄目だ! いかんぞ、これは!」
 巻田の方に気を取られていた私であったが、再び強い引きに襲われてしまったのだ。
 「俺の方はいいから、自分の方に集中しろ!」
 巻田は言う。
 強い引きに対し、私は腰を入れて対抗するが無理だった。相手は、かなりの大物だ。少なくとも、過去にない最大の獲物となりそうだ。
 ハリスが切られそうだった。再びリールをフリーにする。すると今度は、獲物は下流へと向かって走り出したのである。逃がしたくはない! 必死の思いでもあった。
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