魔界沼の怪魚

瀬能アキラ

文字の大きさ
17 / 30

怪魚を追え!

しおりを挟む
 「巻田、このうなぎ、どうする? 蒲焼にするか?」
 私は、彼に尋ねた。
 「あまりでかいやつは、味が良くないというがな」
 「逃がしてやるか?」
 「そうだな。俺達の目標は、うなぎではない。外道だからな。持って帰るのも面倒だし・・・」
 巻田は、苦笑しながら言った。確かに彼の言う通り、宿に持って帰るのも面倒だし、自分らは捌くこともできなかった。
 惜しい気もしたが、結局、うなぎはリリースすることにした。蒲焼にすれば、何人前になっただろうか。
 水面に放つと、体を蛇のようにくねらせながら元気よく泳ぎ、再び湖底へと帰って行った。
 「あんな大うなぎ、自分は初めてだぞ。この草周湖の主かもしれないな」
 うなぎを放った水面に目をやりながら、私は言った。あんあに大きく成長するまでに、この湖底で長い年月を過ごしてきたことだろう。自然界にリリースしてやって、良かったと感じた。
 「この辺一帯の主は、あんな物じゃない」
 巻田が言いたいのは、自分らが目撃した怪魚のことであった。今日は、姿を見せてくれるだろうか。
 「矢浦」
 「何だ」
 私は、彼の指し示す方に視線を向けた。真貝沼側からの水路に、ボートの姿が見えた。黒井今日子であった。
 真貝沼から戻ってきた様子である。水路を通って草周湖についたのか、こちらに目を向けているようにも感じられる。
 私と巻田は気にせず、そのまま釣りを続けた。そのうちに、彼女も帰って行くことだろう。そう思っていた。
 しかし、彼女は、こちらに向かってボートを漕いでくる様子だ。ボート乗り場の方へは行かず、草周湖の北側にいる私達の方に向かっている。
 ついに黒井今日子は、互いの表情が分かる距離まで近づいてきたのであった。
 「釣りの邪魔をして、すみません」
 彼女は、目が合った私に声をかけた。
 「いいえ、とんでもないです。真貝沼の方へ行かれたのですね」
 私は言った。今日の彼女は、とても清々しく思えた。
 「はい、主人の亡くなった場所も見てきました。しかし何故、主人が亡くなったのかは分かりません。何故、転落したのか・・・」
 彼女は、そう言いながら私の表情を見詰めて言った。私は、返す言葉がみつからなかった。
 「主人が亡くなった事実は、どうすることもできません。もう戻ってはきませんから」
 彼女は、なおも言ったが、私は、やはり返す言葉が出てこず、思わず視線を逸らしてしまった。彼女の気持ちは、勿論分かるのだが、やはり自分らには、どうすることもできなかった。
 目の前の黒井今日子の夫は、真貝沼で釣りを行なっていて亡くなった。自分らと同じ趣味を持ち、こうしてボートで釣りをしていたのだろう。私は、改めて考えてみたが・・・
 「もう、いいのです。色々と、ありがとうございました。お世話になりまして・・・」
 黒井今日子は、最後にそう言うと、軽く頭を下げた。
 「何も力には、なれませんでしたが」
 私が言うと彼女は、もう一度頭を下げ、ボートをゆっくりと動かしはじめた。
 ボートの方向を替えると、彼女は、ゆっくりと私達の前から離れて行った。
 この地へ、彼女は何度も何度も足を運んでいた。私達が高知市内から初めてやってきた時から。いや、それよりも前からだろう。
 小さくなっていく彼女の姿を見ていると、切ないものが、ふと込み上げてきた。自分らに何かを言いたかったのだろうが、自分は無力でしかなかった。

 黒井今日子が私達の前から去った後、草周湖の東側へと移動していた。
 音木川の支流へとつながる水路を前に、二人はキャスティングを行なう。私は餌釣りをやめ、巻田と同様にルアーフィッシングに挑む。ボートの上で昼食を済ませ、二人の釣り魂は漲っている。
 私は、ズボンのポケットから携帯電話を取り出し、時刻を見た。
 「何時だ?」
 私の姿が目に止まったのか、巻田が尋ねるのであった。
 「ちょうど一時だ」
 「まだ、あと半日もある。明日も明後日も時間は、たっぷりとあるからな」
 「怪魚は必ず現れる。信じてみよう」
 私は言った。
 この場所で三十分程行なっていたが、ほとんど当たりはなかった。二人とも幾つかのルアーを試してみたが、反応はない。
 二人が気になったのは、水路の方であった。こちらの東側の水路は、音木川の支流へとつながっている。しかし、有刺鉄線が張られて進入を塞がれている。
 「この向こうが気になる。何かいそうな気がするぞ」
 私は、有刺鉄線の向こう側に目をやりながら言った。
 「俺も、さっきから、そんな気がしていた」
 巻田も手を止め、言った。
 近くの岸には、ここから観光ボートでの進入は禁止だという立て看板が立てられているが、今となっては、もうどうでもいいことであった。自分らのボートは観光ボートではなく、フィッシングボートなのだ。
 二人は釣り用の工具箱から、ニッパやペンチを取り出して、有刺鉄線を切る作業に取りかかった。草周湖から音木川の支流へとつながる水路の方へ、少し行ってみたいのである。
 有刺鉄線はステンレス製だったため、硬くて切るのに手間取ってしまったが、ようやく切断することができた。切った部分を岸に捨て、ボートでの進入は、これで可能となった。
 ここから先は、初めての進入となる。水路の幅は四、五メートルあるため、自分らのボートでも何ら問題なく通れた。両岸は雑木林で、釣りのポイントとしては、最高のような気がする。
 二十メートル程、進んだ場所でトライすることにした。私は右岸側、巻田は左岸側を狙う。
 私はルアーを替え、ワームタイプでチャレンジする。ワームというのは一般的なルアーであるスプーンやスピナー、プラグなどといった物とは違い、柔らかい樹脂やゴム素材でできており、ミミズやカエル、昆虫、エビ、ザリガニなどに似せて作った物であった。
 巻田は、プラグタイプのルアーを使用する。
 「きたぞ!」
 私は一投目のキャスティングで、ヒットしたようだ。
 「こっちもだ!」
 巻田にも、ヒットしたしたらしい。ほぼ二人は同時であった。
 上げてみると、五十センチ程のナマズである。巻田も同様であった。
 その後も二人は、ナマズを二十匹も釣り上げる。少し下流の方へ移動しても、釣れるのはナマズばかりなのだ。
 「おい矢浦、この辺はナマズの巣だな」
 辟易するように、巻田は言うのである。
 確かにナマズは引きが強くておもしろいが、こうもナマズばかりだと、うんざりしてくる。
 ナマズは通常夜行性であるため、日中はじっとしているもので、目の前に餌がこないと動かないのである。ここのナマズは余程飢えているのか、それとも異常に繁殖しているのか。
 「場所を移動してみるか」
 私は言った。
 「そうだな」
 二人は竿を上げ、ボートを漕ぐ。更に下流に向かって進む。
 進むにつれ、水路の幅は徐々に広くなり、右岸側の岸辺は畦道のようになって並走している。その向こうには田畑がが見えてきた。
 ここまでくると、水路というより、もう音木川の支流であった。草周湖から、ここまでは、ずっと水深は深そうである。
 「おい! 何かいるぞ」
 巻田が突然、水面に目を向けながら言った。何か発見したようだった。
 私も彼の示す方に視線を向けると、ボート際の水面に、大きな魚影を見たのだ。約一メートル近くある。野鯉ではない。
 「何だ・・・」
 私は思わず呟き、巻田と顔を見合わせた。
 巻田は、首をかしげる。
 二人の視線は再び、その魚影を追う。魚影はボートから離れ、左岸側の岸の方へと泳いで行く。
 岸からは草木が生い茂り、水面にまで伸びていた。魚影は、その方向へと向かっている。
 次の瞬間、魚影は頭を出し、水面上の草を咥えて潜った。
 「草魚だな」
 巻田は言った。私も、そう思った。
 やはり、この辺には草魚がいるのだ。この前、みかん農家の男性が語っていたのを思い出した。メートル級の草魚が昔はいたという話であった。自分らは今、それを目にした。
 水面から姿を消した草魚であったが、再び別の草魚が数匹現れた。先程のものよりかは小型であったが、水面の草を咥えたことにより、これらも草魚なのだろう。
 「やはり、草魚はいるのだな・・・」
 私は呟きながら、その光景を目にしていた。
 「草魚は、もともと日本にはいない外来種だ」
 「ああ、しっている」
 私は答えた。
 「日本の河川に、まとまって何度か放流されているようだ・・・」
 巻田の解説のようである。私は頷きながら、耳を傾ける。
 「初めて放流されたのは、1880年頃らしいぞ。食料資源として導入されたようだ。戦争中も食糧難の解消のため、多くの草魚が全国に放流されている。最近では、湖沼の除草とか遊漁目的で各地に放流が繰り返されたともきくが。まあ、彼らは水辺の植物が大好きなようだ。しかし、その食性が問題となっている地域もあるようだ。水草が壊滅してしまうようだが、四国などでは、あまり耳にしないがな・・・」
 やがて、目の前にいた草魚らは姿を消した。
 「この辺一帯には、いるな」
 巻田は言った。
 「狙ってみるか?」
 私は問う。彼は勿論だというように頷いた。
 二人は、先程からの仕掛けを変更する。ルアーではなく、餌釣りである。目の前で草を勢いよく食べたのだ。餌となるのは、やはり草となる。
 ボートを岸辺に着け、生えている雑草を適当に取った。草の種類は、本当に適当である。自生しているものを乱雑に引きちぎり、ボートに投げ込む。
 「もういいだろう」
 軽くバケツ一杯分の草がボートの床にたまると、巻田が言った。
 ボートを漕ぎ、適当なポイントとなりそうな場所まで移動した。
 「この辺でどうだ?」
 私は問う。
 「そうだな」
 先程の草魚のいた場所からは少し離れ、岸寄りのポイントを選んでボートを止めた。
 取った草を手でわしづかみし、釣り針に引っ掛けて、重りとともに水面に投げ込んだ。二人とも、同じような仕掛けである。
 ボートの船首を右岸側に向け、私はボートの右舷、巻田は左舷の位置のままである。二人とも、岸の方に向けて仕掛けを投入した。
 五分、十分、十五分と待った。当たりは、まだ一度も二人にはきていない。
 「草魚も警戒してしまったか・・・」
 私は竿先から、投入したポイントまでを目で追いながら呟いた。餌の草の固まりは、浮力で水面に浮いたままである。重りは、ポイントへ投げるためのものであった。
 「相手もボートの姿や、俺達の存在を知ってしまっているだろうしな」
 巻田は言った。彼の言う相手とは、勿論、今狙っている草魚らのことである。
 三十分程たった頃であった。突然、私の方の草が、ザブンという音とともに水中へ消し込んだのだ。同時に強い当たりと引きが、手元に激しく伝わった。
 「やっときたぞ!」
 私は思わず興奮し、声を上げた。
 「なに! 俺もだ!」
 巻田の叫ぶような声だった。
 彼の方に目を向けると、竿が激しく曲がり、いつの間にか餌の草も水中に消えている。私と同様に、彼の竿にもヒットしたようだ。
 二人は、それぞれ自分の獲物との格闘となり、私は自分の方に視線を戻した。引きは強烈! ナマズよりも手応えが強いのだ。
 ボートが揺れている。二人のヒットした獲物に引きずり込まれそうになる。
 私は足を踏ん張り、リールを巻き取ろうとする。野鯉よりも大きいのではないかと感じた。強い引きのため、リールが思うように巻けなかった。
 一瞬、自分の体ごと水面に引きずり込まれそうになる。体勢をたてなおしたが、ハリスを切られたくなかったので、少しリールをフリーにしたのだ。相手の攻め疲れを待つか。
 巻田の方にも目を向けると、彼も苦戦しているようだった。
 「矢浦! そっちはどうなのだ!」
 彼は声を荒げ、私に問うのである。
 「こっちも手強いぞ!」
 私は答え、リールを素早くロックして巻きはじめる。しかし、引きが強すぎて、まともに巻くことができない。
 「先に、たもを借りていいか?」
 「ああ、使ってくれ」
 私は巻田に言った。
 彼はボートの床に置いていたたも網を手にすると、左手に持った竿を立てていた。魚影が水面に浮き上がり、いつの間にかボートに引き寄せられていた。大きな草魚のようだ。
 たもに獲物をすくい入れると、巻田は片手で重々しくボートまで取り込んだ。やはり大きな草魚だった。
 「駄目だ! いかんぞ、これは!」
 巻田の方に気を取られていた私であったが、再び強い引きに襲われてしまったのだ。
 「俺の方はいいから、自分の方に集中しろ!」
 巻田は言う。
 強い引きに対し、私は腰を入れて対抗するが無理だった。相手は、かなりの大物だ。少なくとも、過去にない最大の獲物となりそうだ。
 ハリスが切られそうだった。再びリールをフリーにする。すると今度は、獲物は下流へと向かって走り出したのである。逃がしたくはない! 必死の思いでもあった。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー

黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた! あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。 さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。 この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。 さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

『続・聖パラダイス病院』

菊池昭仁
現代文学
『聖パラダイス病院』の続編です。こんな病院なら入院生活も悪くはありません。

処理中です...