魔界沼の怪魚

瀬能アキラ

文字の大きさ
19 / 30

怪魚を追え!

しおりを挟む
 「オジさんは、何が言いたいのかな?」
 「・・・」
 巻田の問いに、オジさんは口を噤んでいた。
 「この音木川の支流を下れば、音木川の河口に出る。河口といえば、すぐそこは海だ。海水と交じってサメが上がってくる。そのサメは誤って音木川の支流へと進入し、草周湖にやってきた。水深も深く、サメはそのまま居ついた。時には餌を求め、水面の水鳥を捕食するようになった。つまり、大きな背びれを持つあの怪魚の正体は、サメだというのでしょう」
 巻田の大胆な推測でもあった。
 「そうだよ。太平洋から迷い込んだホオジロザメなんだ」
 オジさんは、真顔で言うのである。私は半信半疑となった。しかし・・・
 「ハハハハハ・・・ オジさん、冗談はやめましょうよ」
 巻田は、笑いながら言った。
 「ブハハハハ・・・ サメじゃないよ、イルカだよ。腹を空かせたイルカがいるんだな」
 オジさんも高笑いを発し、言った。オジさんの巨体のせいで、木製の桟橋は少し揺らいでいる。冗談でよかったと、私はほっとする。
 「まあ、サメが迷い込んでくることは考えにくいが、あの大きな背びれは、サメの物とは少し違う気がするな。棒状のようだがな・・・」
 オジさんは、考えながら言った。
 私も、数日前に目にしたような記憶を思い出そうとした。大きな背びれを持った巨体魚。怪魚・・・ 水鳥を捕食する肉食魚・・・ 谷本の目撃証言など・・・ 怪魚への想像が頭の中で先走りし、曖昧なものとなりそうであった。
 「この辺には、他にも変な魚がいるんだ。元々は日本にいない外来種というやつがな」
 オジさんは言う。
 「先程、釣った草魚もそうでしょう。雷魚もそうでしょうし、有名なものではブラックバスとか・・・」
 私は、考えながら言ってみた。
 「いや、そんな物じゃない。もっと変なやつだ・・・」
 オジさんも考えながら言った。
 「変なやつ? 一体何ですか?」
 巻田も首をかしげながら、言うのである。
 「絶対に、元からここにいた魚ではない。いつだったかな、名前が出てこないが、水族館で昔みたことがある。アマゾン川にいるやつだ。水面に浮いて、くねくねと這うような泳ぎ方していた。大きさは一メートル近い。君らも、この辺で釣りをしていれば、きっと目にするはずだ。生態系がおかしくなっている。まだ誰も気づいていないがな」
 私と巻田は、オジさんの言葉に、この辺一帯の水域に異常な興味を覚えはじめていた。真貝沼、草周湖、音木川の本流と支流、河口、そして太平洋の海へと・・・ 大きな背びれを持つ怪魚、水鳥を捕食する肉食魚、オジさんの証言で新たに出てきた、アマゾン川に生息するという大型魚・・・
 彼の言うように、この辺の水域は完全に生態系が乱れているのか。

 「地元の方のようですが、川漁師をなさっているのですか?」
 次に私は、目の前にいる船外機のオジさんの存在が気になるのであった。この桟橋に、彼の物と思われる船外機を係留しているのである。
 「私か? 魚も獲るが、水産会社をやっている。大きくはないが、その向こうで養殖をしているがな」
 彼の示す方に目を向けると、木造の古びた平屋建ての建物が見えた。桟橋から乗用車が通れる程の未舗装の道が通じ、50メートル程先に、その建物が見えていた。
 「この桟橋も道もそうだが、この辺一帯の土地は私有地で、私の所有なんだが、勝手に入ってくる者がいて困るのだ。この道を進めば村道に出るのだが、そこから手前には立ち入り禁止の看板も掛けてある。時々、夜に、この桟橋まで車で乗りつける者もいるらしい。何をやっているのか知らないが、たぶん君らのように釣りをやっているのだろう。釣りだけなら何ら問題はないから、咎めたりはしないが・・・」
 どうやら話によると、このオジさんの正体は、この辺の土地を所有して水産会社を経営しているようだった。
 「魚の養殖ですか?」
 巻田が尋ねた。
 「そうだ」
 「何の魚?」
 私も気になる。ここはまだ主に淡水域のはずである。
 「ナマズだよ」
 「ナマズ!」
 頓狂な声で巻田は言った。私も少し驚き、彼と思わず顔を見合わせた。ナマズの養殖など、あまり聞いたことがなかった。
 「案内するよ、きてみるか」
 オジさんに促され、私と巻田はついて行くことにした。
 「食用なんですか、ナマズは?」
 歩き出すと、巻田がオジさんの背に向かって尋ねた。
 「勿論、食用だ」
 歩いて行くと、古びた木造の建物が迫ってきた。(郷田水産)という看板が、目についた。
 「郷田さん」
 私は彼の大きな背中に向け、名を呼んでみた。
 「何だ?」
 「水産会社の社長さんだったんですね」
 「社長といっても、作業員が三人いるだけのものだ」
 郷田社長は歩を止め、こちらに振り向いて言った。少し照れたような表情が浮かんでいる。
 更に歩を進めると、建物の裏側に駐車場と人工の池が見えた。駐車場には小型トラック、軽四トラック、乗用車などが止めてある。
 三人は人工池に足を向ける。
 池には三つに分けられていた。どれも中央部から水が放出している。どうやら音木川の支流から引き込み、人工の水路を伝っていた。
 池の前までやってくると、郷田社長は人工池やナマズの養殖について簡単に説明してくれた。この池には、数千匹のナマズがいるらしい。底にいるのだろうか、水面からは、その姿は確認できない。
 しかし、岸側の方に目を向けていると、黒い背を動かしている数匹の姿が見えた。よく見ると、数匹どころではなかった。うようよと、たくさんいるではないか。ここは紛れもなく、ナマズの養殖池であった。池の周囲には、黒いネットも張られている。
 「郷田さん、ナマズの味って、どんなものでしょうね? 自分はまだ、直接は食べたことはないのです」
 私は、郷田社長に尋ねてみた。
 「うなぎの代用食になるとか、きいたことがあるが」
 巻田が言った。
 「確かに、うなぎは値段が高いからな。しかし、味も栄養価でも負けてはいない。むしろ、勝っていると私は思う。自信があるんだな。ブハハハハ・・・」
 郷田社長は力強く言い放つと、豪放な笑いを放った。
 「一般的には、あまり知られていないでしょう」
 巻田は言う。
 「君らが、ナマズ食を知らないだけだ。古くは平安時代や江戸時代には、既に食していた。代表的な文献にも、ちゃんと記されている」
 「ナマズって、栄養価が高そうですね」
 私は、郷田社長に言ってみた。
 「勿論だとも。フナや鯉といった代表的な淡水魚らと比較しても、その栄養価は高い。特にタンパク質が多く、他にもビタミンやカルシウムからマグネシウム、リンや鉄分といった人間の体に必要な栄養素が豊富なんだよ」
 「ここで育ったナマズは、最終的にどうなっているの?」
 巻田の質問だった。
 「主に四国内から関西方面へ出荷しているが、名古屋から東京にもいっているぞ。食品会社から料亭まで色々とな」
 「蒲焼は想像できますが、他にも調理方法はあるのですか?」
 私は、蒲焼以外は知らない。ナマズは、どうやって食べるのだろうか。少し気になった。
 「蒲焼は勿論だが、刺身からフライ、ソテー、ムニエルなど、様々だな。生だと身に弾力と風味があり、焼くと、ふわっとした食感だ。とにかく、くせもなくて扱いやすい食材なんだから・・・」
 郷田社長は、ナマズの食べ方などについて熱く語りはじめた。
 「そんな素晴らしい食材なら、一度食べてみたい気がする」
 巻田は郷田社長が語り終えると、ポツリと言った。
 「食べてみるか?」
 「よろしいのですか?」
 「いいとも。蒲焼と刺身だったら、今からでも用意できるぞ」
 「お言葉に甘えてみるか」
 巻田は小声で、私に言うのであった。私は当然、頷いた。
 この郷田という人物は、気前も良さそうで、急に親近感もわいてきたのだ。
 郷田社長は、私と巻田を木造の建物内へ招いてくれた。室内は外観の古びた様子とは違い、内装の壁の羽目板などは、光沢のあるニスが塗られていて美しい。
 「おい、お客さんだ」
 郷田社長は、室内の奥に声をかけた。どうやら事務所らしい。
 奥から、中年の女性が姿を見せた。事務員のようだった。
 彼女に案内され、私と巻田は応接室に入って行く。ソファーとテーブルがあり、二人はそこに座って待つことになった。事務員が麦茶まで出してくれた。
 蒲焼に刺身、郷田社長は、本当にご馳走してくれるのだろうか。それなら嬉しいのだが。腹もへっているところなのだ。
 巻田の表情にも、期待の色が大きく見えた。二人とも、久し振りの釣りで疲労感もある。特に私は、先程の草魚との格闘で疲れていた。今日の釣りは、もう終了するつもりだ。
 大袈裟であるが、二人にとってはナマズという未知の食材に、舌鼓を打つ。

 「お! いい匂いだな!」
 二十分程、待たされたころであった。何処からともなく、香ばしい匂いが漂ってきた。巻田が敏感に反応した。私と同様である。
 この郷田水産の建物内の何処かで調理されているのか、郷田社長も私達の前には姿を見せていなかった。彼自身が調理を行なっているのか。
 ようやく部屋のドアがノックされ、郷田社長が先程の事務員を伴って姿を見せた。二人の手には、調理された食材がのっている。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

N -Revolution

フロイライン
ライト文芸
プロレスラーを目指す桐生珀は、何度も入門試験をクリアできず、ひょんな事からニューハーフプロレスの団体への参加を持ちかけられるが…

妾の子だからといって、公爵家の令嬢を侮辱してただで済むと思っていたんですか?

木山楽斗
恋愛
公爵家の妾の子であるクラリアは、とある舞踏会にて二人の令嬢に詰められていた。 彼女達は、公爵家の汚点ともいえるクラリアのことを蔑み馬鹿にしていたのである。 公爵家の一員を侮辱するなど、本来であれば許されることではない。 しかし彼女達は、妾の子のことでムキになることはないと高を括っていた。 だが公爵家は彼女達に対して厳正なる抗議をしてきた。 二人が公爵家を侮辱したとして、糾弾したのである。 彼女達は何もわかっていなかったのだ。例え妾の子であろうとも、公爵家の一員であるクラリアを侮辱してただで済む訳がないということを。 ※HOTランキング1位、小説、恋愛24hポイントランキング1位(2024/10/04) 皆さまの応援のおかげです。誠にありがとうございます。

処理中です...