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魔界沼の怪魚
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「おーい!」
やがて、声が響いてくるのであった。船外機のエンジンを絞り、近づいた明かりの中に、郷田社長の姿が見えた。
彼と目が合うと、私と巻田は力なく頷きを見せてしまった。私達の様子から、郷田社長は状況を察したようである。私は期待を裏切り、申し訳ない思いであった。
「そう簡単に仕留めることはできないよ。奴は、この沼沢地に君臨する王者だからな。手強いぞ」
郷田社長は、私達と別れる間際、船外機の上から、そんな言葉を残して去って行った。
「よし、引き上げようぜ」
巻田は疲労の色も見せずに、力強く言った。明日と明後日のチャンスに燃えているようでもあった。
こうして長い一日が、ようやく終わった。
翌日、10月10日木曜日。この沼沢地に挑む二日目であった。昨日は、自分の釣りライフで、忘れられない日となった。1メートル69センチの草魚を釣り上げた。巻田の話では、草魚の日本記録となるかもしれなかった。
だが、それ以上に巻田が昨夜、仕留めかけた怪魚である。逃がした魚は大きい。怪魚の存在は、これではっきりとした。しかし、その正体は依然として分からない。
日本の河川に、三メートル近くにもなる淡水魚など考えられないのだ。私は、この目で見た。私だけではない。巻田も郷田社長も、谷本らも・・・ 現に、昨夜、巻田の仕掛けにヒットしたのである。魚影では、確かに三メートル近くあったが、全体を明確に見たわけではない。誰もまだ、はっきりとは目撃していない。特徴的な棒状の先端が突出したような大きな背びれ・・・ 巨大な尾びれ、そのあまりの大きさに、懐中電灯を持つ自分の手が震えたのを思い出した。
昨夜とは一変し、朝の今は清々しい気分である。既に十月に入っているのだが、昼間の気温は30度近くある。梅雨時期のようなジメジメ感はないのだが、それでもこの暑さは異常である。これも温暖化現象なのか。
昨日と同様に、私と巻田は、朝からボートの上にいた。足漕ぎペダルを二人で漕ぎ、草周湖の南岸近くにいる。二日目の今日はまだ、あの怪魚の姿は見ていない。
「奴は、何処に消えたかな」
私は釣り竿の手を止め、巻田の方に振り向いて言った。
「奴にとっては、昨夜は思いがけない夜となったことだろう。ボートに乗った我々闖入者が突然現れ、それに突進までしてきた。更に釣り針にかかり、引っ張られようとしたのだからな。まさか釣り上げられるとは思っていないだろう」
巻田は、昨夜を回想するように言った。私も思い出していた。
二人は朝から挑んでいたのだが、今日は昨夜と違って、まるで当たりがなかった。巻田はルアーで挑み、私は餌釣りでチャレンジしていた。
ボート乗り場の西側から中央付近、今は草周湖の南岸付近である。岸は雑草や雑木に覆われて、向こう側の様子は分からない。ホテルのあった高台の方には、もう何もなくなり、遠くには山々が見える。不気味な幽霊ホテルも自分らが工事で取り壊し、自然の雰囲気に囲まれた良い場所だった。
しかし、この沼沢地の何処かに魔物は潜んでいる。昼間は、ひっそりと影を潜めているようだが、夜となれば牙を剥くのか。
「何だありゃ・・・」
巻田が突然、何かに気づいた様子であった。
「どうした?」
私は、昨夜のあの怪魚が現れたのだろうかと思い、彼に一度視線を向ける。彼は、水草の生い茂っている岸辺付近を示していた。
「何か、いるのか・・・」
私は呟きながら、目を凝らした。
「何だ・・・」
私も思わず、巻田と同様に呟いてしまったのだ。太陽の光に照らされ、銀色のような魚体がくねくねとくねらせながら水面を泳いでいる。一メートル弱程の大きさだろうか。
「太刀魚・・・」
私は、また呟いてしまった。
「バカ! そんな物、いるはずないだろう。ここは海じゃないぞ。雷魚か・・・」
巻田は、そう言うが、魚体の光った色だけを見れば、太刀魚にも見えないことはない。長い魚体が、私にそう連想させた。
しかし、よく見ると違った。彼の言う通り雷魚なのか。
「雷魚じゃない・・・」
巻田は呟く。私も、そう思えてきた。雷魚なら、もっと魚体がどす黒いはずであった。
では、この魚体は一体何なのだろうか。二人は、しばらく目を向けていることにした。
大物であることは間違いない。水面に浮上しながら、岸辺近くの水草に向かって泳いでいる。相変わらず、くねくねとした泳ぎであった。
水草や岸から水面へ垂れ下がった雑草が、多く見られる。魚影は、そこに向かっている。何か狙っているようだ。餌があるのか。
魚影は、水面から跳ね上がった。ジャブン! バシャバシャ! 水面を跳ねる水音や、雑草らがこすれ音がする。
「草の上にいる虫でも、捕食しようとしているのだな」
巻田が言った。
目を向けていると、彼の言うように、捕食したのか、魚影は一旦、水中へ消えた。魚影の正体は、まだ何なのか分からなかった。
「ルアーで狙ってみたらどうだ? 食いつきそうだぞ」
私は巻田に言った。
「そうだな」
巻田は、そう言うとルアーボックスから新たなルアーを取り出した。虫系のルアーである。羽と胴体のある昆虫を模したものだ。
魚影の消えた水面へ、巻田は、それを装着して投げ込んだ。
私もトライすることにした。私の場合は、イモ虫ルアーである。ミミズを模したワーム状のものが一般的であるが、本格的にイモ虫の形状の物を使用する。クリーム色とピンクの縞模様に黒点の胴体だ。
私は、水草のある岸近くに投げ込んだ。雰囲気としては、何か現れそうであった。
巻田の方に目を向けると、彼にも、まだヒットはなさそうだ。昨夜の怪魚を狙っていたはずであったが、二人は、いつの間にか突然現れた魚影に気を取られていたのだ。
私は浅瀬の水面に、イモ虫ルアーを動かしながら、ゆっくりと獲物を誘っていた。何やら黒い物体が近づいてくるのが分かった。
目を凝らすと、黒く長い魚影だった。先程の謎の銀色のような魚体ではなさそうである。
私のルアーに、勢いよく近づいてくる。ヒットだ!
「きた!」
私は声を上げた。強い引きだ。
「やったな」
巻田は、ニヤッと笑みを私に見せる。
私に掛かった獲物は、強い引きを見せるが上げられないことはない。ジリジリとリールを巻き、水面に浮いて引き寄せてくる。
獲物は雷魚であった。60センチ程のもであった。
「きたぞ!」
今度は巻田の番である。彼の虫ルアーにもヒットしたようだ。
私は、自分のイモ虫ルアーに食らいついていた雷魚を素早く水面にリリースし、巻田の方に注目した。
大物であることは間違いない。巻田の竿は激しく曲がり、彼も腰を下げて両足を踏ん張る姿勢だ。
「でかそうだな」
私は、彼に目を向けながら言った。
「昨夜の怪魚よりは、大人しいよ」
「さっき自分らが見た銀色のやつかな?」
「どうかな・・・」
巻田は、懸命にリールを巻いている。まだ魚影は見られない。この瞬間が釣りで最も緊張する場面である。何が掛かっているのか。固唾を呑む。
「上げられるか?」
苦痛の表情である巻田に、私は問う。しかし、その表情は、大物である獲物がヒットした喜びのもであった。
「何とかなりそうだ・・・」
「ギャフもあるからな」
私は昨夜、救援に船外機できてくれた郷田社長から借りていたギャフを確認した。ギャフは、自分らのボートに置いたままにしていた。
私は自分の竿を置き、たも網を手にする。
「準備はOKだぞ!」
私は巻田に言った。
「少し手強いな、でも何とか・・・ おっと!」
「切られないようにしろ! 正体が分かるまではな!」
「今、魚影がチラッと見えたな」
巻田は竿を頭上に上げ、リールを巻く。獲物は確実に引き寄せられている。
「どんな奴だ!」
水面に目を向けながら、私は巻田に問う。
「あの銀色の奴だと思う。ほら!」
彼が、そう言った時であった。見覚えのある銀色の魚影が浮かび上がってきたのだ。
私は目を凝らす。銀色の魚影が光った。確かに先程見たものだった。くねくねともがいているようにして、水面に姿を見せた。
「これは・・・」
私は思わず、声を洩らしてしまった。その正体が分かったからである。
「何で、こんなものが、ここにいるのだ」
銀色の魚影が引き寄せられてくると、巻田にも、その正体が分かったようだった。
私はたもを出し、魚体をすくい込んだ。太陽の光に照らされ、それは美しく見えた。
ボートまで引き上げ、魚体を確認する。正体は、日本の河川には絶対にいるはずのないアロワナであった。計測すると、約80センチもある。本来ならばアマゾン川などに生息し、日本では観賞魚として個人で飼育されているはずだった。飼育方法や繁殖方法なども確立されていることから、ペット市場へと多くが流通しているのだ。水族館でも飼育され、目にしたこともあった。
私は、ふと思った。郷田社長が、この辺でよく目にするというアマゾン川に生息する魚・・・ 水面に浮いて、くねくねと這うように泳ぐ・・・ 彼は、このアロワナのことをいっているのだろう。
巻田にも、そのことを言ってみた。
「たぶん、そうだろうな。アロワナのことだろう」
「このアロワナ、どうする?」
私は気になった。
「これは、シルバーアロワナだな」
巻田の言うように、銀色の魚体で銀色のウロコが美しい。所々に薄いピンク色がかかっている。下顎がせり出して大きく開く口が特徴的であり、巻田の放った虫ルアーに食いついたままである。
「こんな大型の外来種を再び放してもいいのかな?」
私は言った。
「良いか、悪いかといえば、良くはないだろう。元々は飼育されていたものを誰かが何らかの理由で、この辺の水域に放したのだ。人気の魚種であるため、ものによっては高額な値がつくものもあるらしい。俺は、あまり、その辺のことは詳しくないので、分からないが・・・」
「ピラニアとカミツキガメを放した奴らのような連中が、全国のあちらこちらにいるのだ。彼らのせいで、元来の生態系が乱れていく。本来いるはずのないものが生息しはじめ、本来いるものが徐々に姿を消していく・・・」
私が巻田に言っている時であった。自分の携帯電話が鳴った。
妻か笠原部長からかなと思い、着信画面を操作すると、タイミング良く、相手は何と郷田社長からである。
「はい、矢浦です! 昨夜は、どうも」
「矢浦君、どうだね? 今日も昨夜の怪魚を狙っているのだろう?」
郷田社長の声である。自分らが昨夜の怪魚を狙うことは伝えていた。
「そうなんですが、別の大物が、たった今、釣れましてね」
「別の大物? それは何だ?」
「ほら、言っていた奴ですよ。変な外来種がいて、アマゾン川にいる奴で、くねくねとした泳ぎ方をすると言っていた。大きさは一メートル近い・・・」
「ああ、思い出したよ」
「アロワナですよ」
「そうそう、そんな名前だったな」
郷田社長は思い出したようだ。
「大きさは80センチですが、処分に困っています。肉食の外来種だけに、こんなものをリリースすれば、この水域の生態系が乱れてしまうでしょう」
「そうだな。もう乱れているがな。しかし、これ以上乱しては駄目だ。今から引き取りに行くよ」
「草周湖にいますが」
「分かった、今からすぐ向かうよ。待っててくれ」
「お願いします」
携帯電話を切り、私と巻田は、郷田社長がくるまで一休みすることにした。缶コーヒーを口にしながら、水面の網に入れたアロワナを目にしている。
銀色のアロワナは時折、暴れていたが、今は大人しくしていた。
「こんな場所にいる魚じゃない・・・」
巻田が、アロワナを眺めながら呟いた。
「飼育されていたものが、人間の勝手な都合で、日本の自然界に放たれたのだ。ピラニアやカミツキガメを放した彼らもそうだ。日本の各地で、このようなことが頻繁に起こってみろ、近い将来、この国の生態系は狂ってしまう」
私は、考えながら言った。ピラニアを放った彼らの様子が頭に浮かぶ。眼前のアロワナも誰かの手により、この水域に放たれたのだ。
「もう狂っているよ。少なくとも、この水域はな・・・ あんな三メートル近く近い怪魚が平気で泳いでいるから」
巻田は言った。
「確かにな。正体は今だはっきりとしないが、本来この日本の水域には生息していなかった外来種なんだろう。奴もそうだが、このアロワナも、よくこの水域に適しているな。ここは熱帯のアマゾン川でもなく、南米大陸でもないのだ。ここは日本なんだぞ」
「温暖化だよ、原因は。地球上の気温が上昇しているのだ。我々の住む、この日本もな」
巻田は言う。
「日本は熱帯化しているというのだろうか」
自問するように、私は言った。
(温暖化現象) 巻田の言葉で頭に浮かんだ。以前テレビのニュース番組の特集で、今までその地で見られなかった南の生物が、地球上の温暖化によって見られるようになってきたと・・・
「よく考えてみろ。毎年毎年、真夏の気温も上昇しているじゃないか。今年の夏もそうだった。俺達のような外で行なう建設業の仕事は、もう限界に近いものがあるぞ」
「そうだな」
私は相槌を打ち、考えさせられた。毎年のように夏場の気温が上昇しているように感じられる。今年の夏もそうだった。連日の猛暑日のため、自分らの建設現場でも熱中症対策が叫ばれ、末端で労働する作業員らの苦労は、直接自分も感じて知っている。何とかならないものか。
確か自分らの幼かった頃は、これ程ではなかったように思える。熱中症という言葉も、自分らが社会人になった頃から耳にするようになった。扇風機だけで過ごせる夏など、遠い昔の記憶だ。
「あの怪魚も、この温暖化のせいで巨大化したのかもしれない。ここには適する自然の餌となるものもあるし」
「巨大化か・・・ 考えられるな。持ち込まれた外来魚が大きくなりすぎた・・・ 元の魚種はなんだろう。分かるか?」
巻田に、私は問う。
「ピラルクーだろうか」
「ピラルクー・・・」
「知っているか?」
「知っているさ」
私は頷いた。何処かの水族館で目にした記憶があった。
「ピラルクーかもしれないな。怪魚の正体はな」
巻田は言う。
「アロワナと同様に、アマゾン川に生息しているのだろう」
「そうだ。世界最大の淡水魚で、食性は肉食。最大で三メートルを超すものもいるらしい。アロワナ科で、古代魚の一種でもある。一億年前から存在し、ほとんど姿も変わってないようだがな」
「そんなものが、この水域にいるというのか。信じられない・・・」
巻田の説明に、私は信じられなくなった。
「アロワナがいるんだ。ピラルクーがいても不思議ではない。飼育されていたものが放たれ、この自然界に適して大型に成長した。この辺の草周湖や真貝沼は、あの幽霊ホテルのせいで誰も近づかず、手つかずのままだった。誰も知らぬ間に、放たれた熱帯性の魚達は、温暖化の影響で巨大化していた・・・」
巻田の推測であった。彼の推測は正しいのかもしれない。そうでないと説明がつかない。昨夜、目にして格闘したあの怪魚は、何を意味する・・・ 巨大で肉食性で攻撃性もあった。自分らのボートにも突進してきた。
「アマゾン川に生息する大型の肉食魚がいるとなれば、我々釣り人にとっては、ゲームフィッシングの面白味となるな」
釣り人にとって大物釣りは、釣りの醍醐味でもあった。自分も大物を狙って、釣りを楽しんでいる。
「日本の在来魚と比べれば、外来魚は肉食性が強く、桁外れにでかい。そんな魚がいると知れば、ここに多くの釣りマニアが押し寄せ、更に多くの外来魚が放たれる可能性だってある。ただ単に、釣りをゲーム感覚で捉えるならいい。でも、本当にそれでいいのか?」
巻田の問いに考えさせられた。
「日本の自然の生態系を壊してまで、釣りを楽しむのは間違っていると思う。釣り人は本来、自然を楽しみ、自然によって楽しみを与えられているのだ。自然に感謝しなければならない」
「矢浦、君の言う通りだ。俺も自然を破壊してまで釣りを楽しもうとは思わない。あの怪魚も、このアロワナも、本来ここにいるべきではない。彼らに罪はないが、駆除すべきだ」
巻田は、目の前の網の中のアロワナを見詰めながら言った。
「彼らが、ここに生息することにより、元来の自然な生態系が乱される。ここにいるべき在来魚がいなくなってしまう危険性がある」
「そうだな」
私の言葉に、巻田は頷いた。
二人は少しの間、口数少なく考え込んでいた。私は缶コーヒーを飲みほした。
「自分らが今、行なっているルアー釣りなんて、昔はなかったはずだ。あらゆる釣りの基本は餌釣りであるが、スタイリッシュでゲーム性の高いルアーフィッシングに人気が集中している。面倒な餌を針に直接つけ、当たりがくるまでじっと待つ。そんな釣りに見向きもしない釣り人も多い」
巻田も缶コーヒーを飲みほしたのか、飲み終えた空き缶を潰しながら、そんなことを口にした。潰れた缶はアルミ缶だったため、コンパクトに潰れる。
「急にどうした? ルアー釣りを否定するのか」
私は言った。
「否定はしないよ。俺も楽しんでいるしな。大物の外来魚釣りには適している。そのための目的に外来魚を放すのは困るな」
「有名なところではブラックバスだな。在来魚の稚魚を食い荒らすしな・・・」
二人が、そんな会話をしている時であった。船外機の音が響いてきた。どうやら郷田社長のようだ。
二人のボートへ横づけすると
「そうだよ、これだね。前から何度も目にしていたやつだ。アマゾン川にいるんだな」
と郷田社長は、水面の網に入っているアロワナを目にして言った。
「アロワナですよ、郷田さん」
私は彼に言った。
「そうだ、そんな名前の魚だったな」
「この一匹だけでしょうか? この辺にいるのは」
「一匹だけのはずはない。私は何度か、この辺で目にしているからなね」
「まさか、既に繁殖しているのでは?」
「そうかもしれないな」
「もしそうだと、大変なことですよ」
「そのうち、ピラニアやカミツキガメも繁殖するかもしれないぞ」
巻田が言った。昨日の青年らのことを彼は言っているのである。
「ピラニアにカミツキガメ? どういうことだ、それはないだろう」
郷田社長は、昨日の青年らのことは知らないはずであった。私と巻田は、昨日のことを話した。
「そんなことをする連中が増えているのだな。困ったもんだ」
私らの話を聞き終えると、郷田社長は言うのである。
「このアロワナもそうですよ、間違いない。俺達が狙っている昨夜の、あの怪魚も・・・」
巻田は目を細めながら、郷田社長に言った。
「郷田さん、あの怪魚の正体は何だと思いますか? 自分らはピラルクーではと・・・」
私は、ずばり言ってみた。
「ピラルクー! その魚なら、私も知っているが・・・」
郷田社長は、思わず目を丸くした。
「大きさからして、その可能性が高いのではないかと考えられます。ピラルクーは世界最大の淡水魚、最大のものは三メートルにもなるといわれています」
「飼育されていたものが、面倒を見きれなくなって、この辺に放したのかな。ここはもう熱帯のアマゾン川と同じだ。こんなものがいることが知られると、人々がどっと押し寄せる。えらいことになるな」
郷田社長も、不安を募らせている様子だ。
「どうしますか・・・」
「矢浦君、ひとまず私が、これを処理するよ。簡単に、そのまま放しては絶対に駄目だ!」
「どのように処理するのですか?」
巻田が郷田社長に尋ねた。
「食してみる」
「大丈夫ですか? 見た目は美しい魚ですがね。社長のところのナマズとは全く違いますよ」
心配気に巻田は言った。
郷田社長は巻田の心配をよそに、豪傑な笑いを発しながら
「巻田君、大丈夫だよ! まずは刺身でいただくから」
「刺身! とんでもないですよ!」
巻田の頓狂な声に、思わず彼と目を合わせた。
「心配ないよ、まずは食ってみないとな」
「やめておいた方がいいですよ。自然の淡水魚には寄生虫がいる可能性が高いですから」
「せめて火を通した方が・・・」
私も巻田の言う通りだと思った。食用に飼育された郷田水産のナマズではないのだ。私も心配になってきた。
「自己責任でいただくから、大丈夫だ!」
郷田社長は、そう言うとアロワナの入った網を抱え、自分の船外機の中に中身のアロワナをどすんと落とし入れた。アロワナは、のたうち回るように動き、銀色のウロコを輝かせている。とても食しようとは思えない。
やがて、声が響いてくるのであった。船外機のエンジンを絞り、近づいた明かりの中に、郷田社長の姿が見えた。
彼と目が合うと、私と巻田は力なく頷きを見せてしまった。私達の様子から、郷田社長は状況を察したようである。私は期待を裏切り、申し訳ない思いであった。
「そう簡単に仕留めることはできないよ。奴は、この沼沢地に君臨する王者だからな。手強いぞ」
郷田社長は、私達と別れる間際、船外機の上から、そんな言葉を残して去って行った。
「よし、引き上げようぜ」
巻田は疲労の色も見せずに、力強く言った。明日と明後日のチャンスに燃えているようでもあった。
こうして長い一日が、ようやく終わった。
翌日、10月10日木曜日。この沼沢地に挑む二日目であった。昨日は、自分の釣りライフで、忘れられない日となった。1メートル69センチの草魚を釣り上げた。巻田の話では、草魚の日本記録となるかもしれなかった。
だが、それ以上に巻田が昨夜、仕留めかけた怪魚である。逃がした魚は大きい。怪魚の存在は、これではっきりとした。しかし、その正体は依然として分からない。
日本の河川に、三メートル近くにもなる淡水魚など考えられないのだ。私は、この目で見た。私だけではない。巻田も郷田社長も、谷本らも・・・ 現に、昨夜、巻田の仕掛けにヒットしたのである。魚影では、確かに三メートル近くあったが、全体を明確に見たわけではない。誰もまだ、はっきりとは目撃していない。特徴的な棒状の先端が突出したような大きな背びれ・・・ 巨大な尾びれ、そのあまりの大きさに、懐中電灯を持つ自分の手が震えたのを思い出した。
昨夜とは一変し、朝の今は清々しい気分である。既に十月に入っているのだが、昼間の気温は30度近くある。梅雨時期のようなジメジメ感はないのだが、それでもこの暑さは異常である。これも温暖化現象なのか。
昨日と同様に、私と巻田は、朝からボートの上にいた。足漕ぎペダルを二人で漕ぎ、草周湖の南岸近くにいる。二日目の今日はまだ、あの怪魚の姿は見ていない。
「奴は、何処に消えたかな」
私は釣り竿の手を止め、巻田の方に振り向いて言った。
「奴にとっては、昨夜は思いがけない夜となったことだろう。ボートに乗った我々闖入者が突然現れ、それに突進までしてきた。更に釣り針にかかり、引っ張られようとしたのだからな。まさか釣り上げられるとは思っていないだろう」
巻田は、昨夜を回想するように言った。私も思い出していた。
二人は朝から挑んでいたのだが、今日は昨夜と違って、まるで当たりがなかった。巻田はルアーで挑み、私は餌釣りでチャレンジしていた。
ボート乗り場の西側から中央付近、今は草周湖の南岸付近である。岸は雑草や雑木に覆われて、向こう側の様子は分からない。ホテルのあった高台の方には、もう何もなくなり、遠くには山々が見える。不気味な幽霊ホテルも自分らが工事で取り壊し、自然の雰囲気に囲まれた良い場所だった。
しかし、この沼沢地の何処かに魔物は潜んでいる。昼間は、ひっそりと影を潜めているようだが、夜となれば牙を剥くのか。
「何だありゃ・・・」
巻田が突然、何かに気づいた様子であった。
「どうした?」
私は、昨夜のあの怪魚が現れたのだろうかと思い、彼に一度視線を向ける。彼は、水草の生い茂っている岸辺付近を示していた。
「何か、いるのか・・・」
私は呟きながら、目を凝らした。
「何だ・・・」
私も思わず、巻田と同様に呟いてしまったのだ。太陽の光に照らされ、銀色のような魚体がくねくねとくねらせながら水面を泳いでいる。一メートル弱程の大きさだろうか。
「太刀魚・・・」
私は、また呟いてしまった。
「バカ! そんな物、いるはずないだろう。ここは海じゃないぞ。雷魚か・・・」
巻田は、そう言うが、魚体の光った色だけを見れば、太刀魚にも見えないことはない。長い魚体が、私にそう連想させた。
しかし、よく見ると違った。彼の言う通り雷魚なのか。
「雷魚じゃない・・・」
巻田は呟く。私も、そう思えてきた。雷魚なら、もっと魚体がどす黒いはずであった。
では、この魚体は一体何なのだろうか。二人は、しばらく目を向けていることにした。
大物であることは間違いない。水面に浮上しながら、岸辺近くの水草に向かって泳いでいる。相変わらず、くねくねとした泳ぎであった。
水草や岸から水面へ垂れ下がった雑草が、多く見られる。魚影は、そこに向かっている。何か狙っているようだ。餌があるのか。
魚影は、水面から跳ね上がった。ジャブン! バシャバシャ! 水面を跳ねる水音や、雑草らがこすれ音がする。
「草の上にいる虫でも、捕食しようとしているのだな」
巻田が言った。
目を向けていると、彼の言うように、捕食したのか、魚影は一旦、水中へ消えた。魚影の正体は、まだ何なのか分からなかった。
「ルアーで狙ってみたらどうだ? 食いつきそうだぞ」
私は巻田に言った。
「そうだな」
巻田は、そう言うとルアーボックスから新たなルアーを取り出した。虫系のルアーである。羽と胴体のある昆虫を模したものだ。
魚影の消えた水面へ、巻田は、それを装着して投げ込んだ。
私もトライすることにした。私の場合は、イモ虫ルアーである。ミミズを模したワーム状のものが一般的であるが、本格的にイモ虫の形状の物を使用する。クリーム色とピンクの縞模様に黒点の胴体だ。
私は、水草のある岸近くに投げ込んだ。雰囲気としては、何か現れそうであった。
巻田の方に目を向けると、彼にも、まだヒットはなさそうだ。昨夜の怪魚を狙っていたはずであったが、二人は、いつの間にか突然現れた魚影に気を取られていたのだ。
私は浅瀬の水面に、イモ虫ルアーを動かしながら、ゆっくりと獲物を誘っていた。何やら黒い物体が近づいてくるのが分かった。
目を凝らすと、黒く長い魚影だった。先程の謎の銀色のような魚体ではなさそうである。
私のルアーに、勢いよく近づいてくる。ヒットだ!
「きた!」
私は声を上げた。強い引きだ。
「やったな」
巻田は、ニヤッと笑みを私に見せる。
私に掛かった獲物は、強い引きを見せるが上げられないことはない。ジリジリとリールを巻き、水面に浮いて引き寄せてくる。
獲物は雷魚であった。60センチ程のもであった。
「きたぞ!」
今度は巻田の番である。彼の虫ルアーにもヒットしたようだ。
私は、自分のイモ虫ルアーに食らいついていた雷魚を素早く水面にリリースし、巻田の方に注目した。
大物であることは間違いない。巻田の竿は激しく曲がり、彼も腰を下げて両足を踏ん張る姿勢だ。
「でかそうだな」
私は、彼に目を向けながら言った。
「昨夜の怪魚よりは、大人しいよ」
「さっき自分らが見た銀色のやつかな?」
「どうかな・・・」
巻田は、懸命にリールを巻いている。まだ魚影は見られない。この瞬間が釣りで最も緊張する場面である。何が掛かっているのか。固唾を呑む。
「上げられるか?」
苦痛の表情である巻田に、私は問う。しかし、その表情は、大物である獲物がヒットした喜びのもであった。
「何とかなりそうだ・・・」
「ギャフもあるからな」
私は昨夜、救援に船外機できてくれた郷田社長から借りていたギャフを確認した。ギャフは、自分らのボートに置いたままにしていた。
私は自分の竿を置き、たも網を手にする。
「準備はOKだぞ!」
私は巻田に言った。
「少し手強いな、でも何とか・・・ おっと!」
「切られないようにしろ! 正体が分かるまではな!」
「今、魚影がチラッと見えたな」
巻田は竿を頭上に上げ、リールを巻く。獲物は確実に引き寄せられている。
「どんな奴だ!」
水面に目を向けながら、私は巻田に問う。
「あの銀色の奴だと思う。ほら!」
彼が、そう言った時であった。見覚えのある銀色の魚影が浮かび上がってきたのだ。
私は目を凝らす。銀色の魚影が光った。確かに先程見たものだった。くねくねともがいているようにして、水面に姿を見せた。
「これは・・・」
私は思わず、声を洩らしてしまった。その正体が分かったからである。
「何で、こんなものが、ここにいるのだ」
銀色の魚影が引き寄せられてくると、巻田にも、その正体が分かったようだった。
私はたもを出し、魚体をすくい込んだ。太陽の光に照らされ、それは美しく見えた。
ボートまで引き上げ、魚体を確認する。正体は、日本の河川には絶対にいるはずのないアロワナであった。計測すると、約80センチもある。本来ならばアマゾン川などに生息し、日本では観賞魚として個人で飼育されているはずだった。飼育方法や繁殖方法なども確立されていることから、ペット市場へと多くが流通しているのだ。水族館でも飼育され、目にしたこともあった。
私は、ふと思った。郷田社長が、この辺でよく目にするというアマゾン川に生息する魚・・・ 水面に浮いて、くねくねと這うように泳ぐ・・・ 彼は、このアロワナのことをいっているのだろう。
巻田にも、そのことを言ってみた。
「たぶん、そうだろうな。アロワナのことだろう」
「このアロワナ、どうする?」
私は気になった。
「これは、シルバーアロワナだな」
巻田の言うように、銀色の魚体で銀色のウロコが美しい。所々に薄いピンク色がかかっている。下顎がせり出して大きく開く口が特徴的であり、巻田の放った虫ルアーに食いついたままである。
「こんな大型の外来種を再び放してもいいのかな?」
私は言った。
「良いか、悪いかといえば、良くはないだろう。元々は飼育されていたものを誰かが何らかの理由で、この辺の水域に放したのだ。人気の魚種であるため、ものによっては高額な値がつくものもあるらしい。俺は、あまり、その辺のことは詳しくないので、分からないが・・・」
「ピラニアとカミツキガメを放した奴らのような連中が、全国のあちらこちらにいるのだ。彼らのせいで、元来の生態系が乱れていく。本来いるはずのないものが生息しはじめ、本来いるものが徐々に姿を消していく・・・」
私が巻田に言っている時であった。自分の携帯電話が鳴った。
妻か笠原部長からかなと思い、着信画面を操作すると、タイミング良く、相手は何と郷田社長からである。
「はい、矢浦です! 昨夜は、どうも」
「矢浦君、どうだね? 今日も昨夜の怪魚を狙っているのだろう?」
郷田社長の声である。自分らが昨夜の怪魚を狙うことは伝えていた。
「そうなんですが、別の大物が、たった今、釣れましてね」
「別の大物? それは何だ?」
「ほら、言っていた奴ですよ。変な外来種がいて、アマゾン川にいる奴で、くねくねとした泳ぎ方をすると言っていた。大きさは一メートル近い・・・」
「ああ、思い出したよ」
「アロワナですよ」
「そうそう、そんな名前だったな」
郷田社長は思い出したようだ。
「大きさは80センチですが、処分に困っています。肉食の外来種だけに、こんなものをリリースすれば、この水域の生態系が乱れてしまうでしょう」
「そうだな。もう乱れているがな。しかし、これ以上乱しては駄目だ。今から引き取りに行くよ」
「草周湖にいますが」
「分かった、今からすぐ向かうよ。待っててくれ」
「お願いします」
携帯電話を切り、私と巻田は、郷田社長がくるまで一休みすることにした。缶コーヒーを口にしながら、水面の網に入れたアロワナを目にしている。
銀色のアロワナは時折、暴れていたが、今は大人しくしていた。
「こんな場所にいる魚じゃない・・・」
巻田が、アロワナを眺めながら呟いた。
「飼育されていたものが、人間の勝手な都合で、日本の自然界に放たれたのだ。ピラニアやカミツキガメを放した彼らもそうだ。日本の各地で、このようなことが頻繁に起こってみろ、近い将来、この国の生態系は狂ってしまう」
私は、考えながら言った。ピラニアを放った彼らの様子が頭に浮かぶ。眼前のアロワナも誰かの手により、この水域に放たれたのだ。
「もう狂っているよ。少なくとも、この水域はな・・・ あんな三メートル近く近い怪魚が平気で泳いでいるから」
巻田は言った。
「確かにな。正体は今だはっきりとしないが、本来この日本の水域には生息していなかった外来種なんだろう。奴もそうだが、このアロワナも、よくこの水域に適しているな。ここは熱帯のアマゾン川でもなく、南米大陸でもないのだ。ここは日本なんだぞ」
「温暖化だよ、原因は。地球上の気温が上昇しているのだ。我々の住む、この日本もな」
巻田は言う。
「日本は熱帯化しているというのだろうか」
自問するように、私は言った。
(温暖化現象) 巻田の言葉で頭に浮かんだ。以前テレビのニュース番組の特集で、今までその地で見られなかった南の生物が、地球上の温暖化によって見られるようになってきたと・・・
「よく考えてみろ。毎年毎年、真夏の気温も上昇しているじゃないか。今年の夏もそうだった。俺達のような外で行なう建設業の仕事は、もう限界に近いものがあるぞ」
「そうだな」
私は相槌を打ち、考えさせられた。毎年のように夏場の気温が上昇しているように感じられる。今年の夏もそうだった。連日の猛暑日のため、自分らの建設現場でも熱中症対策が叫ばれ、末端で労働する作業員らの苦労は、直接自分も感じて知っている。何とかならないものか。
確か自分らの幼かった頃は、これ程ではなかったように思える。熱中症という言葉も、自分らが社会人になった頃から耳にするようになった。扇風機だけで過ごせる夏など、遠い昔の記憶だ。
「あの怪魚も、この温暖化のせいで巨大化したのかもしれない。ここには適する自然の餌となるものもあるし」
「巨大化か・・・ 考えられるな。持ち込まれた外来魚が大きくなりすぎた・・・ 元の魚種はなんだろう。分かるか?」
巻田に、私は問う。
「ピラルクーだろうか」
「ピラルクー・・・」
「知っているか?」
「知っているさ」
私は頷いた。何処かの水族館で目にした記憶があった。
「ピラルクーかもしれないな。怪魚の正体はな」
巻田は言う。
「アロワナと同様に、アマゾン川に生息しているのだろう」
「そうだ。世界最大の淡水魚で、食性は肉食。最大で三メートルを超すものもいるらしい。アロワナ科で、古代魚の一種でもある。一億年前から存在し、ほとんど姿も変わってないようだがな」
「そんなものが、この水域にいるというのか。信じられない・・・」
巻田の説明に、私は信じられなくなった。
「アロワナがいるんだ。ピラルクーがいても不思議ではない。飼育されていたものが放たれ、この自然界に適して大型に成長した。この辺の草周湖や真貝沼は、あの幽霊ホテルのせいで誰も近づかず、手つかずのままだった。誰も知らぬ間に、放たれた熱帯性の魚達は、温暖化の影響で巨大化していた・・・」
巻田の推測であった。彼の推測は正しいのかもしれない。そうでないと説明がつかない。昨夜、目にして格闘したあの怪魚は、何を意味する・・・ 巨大で肉食性で攻撃性もあった。自分らのボートにも突進してきた。
「アマゾン川に生息する大型の肉食魚がいるとなれば、我々釣り人にとっては、ゲームフィッシングの面白味となるな」
釣り人にとって大物釣りは、釣りの醍醐味でもあった。自分も大物を狙って、釣りを楽しんでいる。
「日本の在来魚と比べれば、外来魚は肉食性が強く、桁外れにでかい。そんな魚がいると知れば、ここに多くの釣りマニアが押し寄せ、更に多くの外来魚が放たれる可能性だってある。ただ単に、釣りをゲーム感覚で捉えるならいい。でも、本当にそれでいいのか?」
巻田の問いに考えさせられた。
「日本の自然の生態系を壊してまで、釣りを楽しむのは間違っていると思う。釣り人は本来、自然を楽しみ、自然によって楽しみを与えられているのだ。自然に感謝しなければならない」
「矢浦、君の言う通りだ。俺も自然を破壊してまで釣りを楽しもうとは思わない。あの怪魚も、このアロワナも、本来ここにいるべきではない。彼らに罪はないが、駆除すべきだ」
巻田は、目の前の網の中のアロワナを見詰めながら言った。
「彼らが、ここに生息することにより、元来の自然な生態系が乱される。ここにいるべき在来魚がいなくなってしまう危険性がある」
「そうだな」
私の言葉に、巻田は頷いた。
二人は少しの間、口数少なく考え込んでいた。私は缶コーヒーを飲みほした。
「自分らが今、行なっているルアー釣りなんて、昔はなかったはずだ。あらゆる釣りの基本は餌釣りであるが、スタイリッシュでゲーム性の高いルアーフィッシングに人気が集中している。面倒な餌を針に直接つけ、当たりがくるまでじっと待つ。そんな釣りに見向きもしない釣り人も多い」
巻田も缶コーヒーを飲みほしたのか、飲み終えた空き缶を潰しながら、そんなことを口にした。潰れた缶はアルミ缶だったため、コンパクトに潰れる。
「急にどうした? ルアー釣りを否定するのか」
私は言った。
「否定はしないよ。俺も楽しんでいるしな。大物の外来魚釣りには適している。そのための目的に外来魚を放すのは困るな」
「有名なところではブラックバスだな。在来魚の稚魚を食い荒らすしな・・・」
二人が、そんな会話をしている時であった。船外機の音が響いてきた。どうやら郷田社長のようだ。
二人のボートへ横づけすると
「そうだよ、これだね。前から何度も目にしていたやつだ。アマゾン川にいるんだな」
と郷田社長は、水面の網に入っているアロワナを目にして言った。
「アロワナですよ、郷田さん」
私は彼に言った。
「そうだ、そんな名前の魚だったな」
「この一匹だけでしょうか? この辺にいるのは」
「一匹だけのはずはない。私は何度か、この辺で目にしているからなね」
「まさか、既に繁殖しているのでは?」
「そうかもしれないな」
「もしそうだと、大変なことですよ」
「そのうち、ピラニアやカミツキガメも繁殖するかもしれないぞ」
巻田が言った。昨日の青年らのことを彼は言っているのである。
「ピラニアにカミツキガメ? どういうことだ、それはないだろう」
郷田社長は、昨日の青年らのことは知らないはずであった。私と巻田は、昨日のことを話した。
「そんなことをする連中が増えているのだな。困ったもんだ」
私らの話を聞き終えると、郷田社長は言うのである。
「このアロワナもそうですよ、間違いない。俺達が狙っている昨夜の、あの怪魚も・・・」
巻田は目を細めながら、郷田社長に言った。
「郷田さん、あの怪魚の正体は何だと思いますか? 自分らはピラルクーではと・・・」
私は、ずばり言ってみた。
「ピラルクー! その魚なら、私も知っているが・・・」
郷田社長は、思わず目を丸くした。
「大きさからして、その可能性が高いのではないかと考えられます。ピラルクーは世界最大の淡水魚、最大のものは三メートルにもなるといわれています」
「飼育されていたものが、面倒を見きれなくなって、この辺に放したのかな。ここはもう熱帯のアマゾン川と同じだ。こんなものがいることが知られると、人々がどっと押し寄せる。えらいことになるな」
郷田社長も、不安を募らせている様子だ。
「どうしますか・・・」
「矢浦君、ひとまず私が、これを処理するよ。簡単に、そのまま放しては絶対に駄目だ!」
「どのように処理するのですか?」
巻田が郷田社長に尋ねた。
「食してみる」
「大丈夫ですか? 見た目は美しい魚ですがね。社長のところのナマズとは全く違いますよ」
心配気に巻田は言った。
郷田社長は巻田の心配をよそに、豪傑な笑いを発しながら
「巻田君、大丈夫だよ! まずは刺身でいただくから」
「刺身! とんでもないですよ!」
巻田の頓狂な声に、思わず彼と目を合わせた。
「心配ないよ、まずは食ってみないとな」
「やめておいた方がいいですよ。自然の淡水魚には寄生虫がいる可能性が高いですから」
「せめて火を通した方が・・・」
私も巻田の言う通りだと思った。食用に飼育された郷田水産のナマズではないのだ。私も心配になってきた。
「自己責任でいただくから、大丈夫だ!」
郷田社長は、そう言うとアロワナの入った網を抱え、自分の船外機の中に中身のアロワナをどすんと落とし入れた。アロワナは、のたうち回るように動き、銀色のウロコを輝かせている。とても食しようとは思えない。
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