26 / 30
魔界沼の怪魚
しおりを挟む
雨が少し強くなってきた。水面に打ちつける雨粒が多くなってくる。
そんな中、私の携帯電話が鳴っているのに気づいた。雨音に混ざって聞こえている。
合羽の内側に手を入れ、携帯電話を取り出す。着信は、郷田社長からであった。
「はい、矢浦です」
「郷田だが、矢浦君、どうだ? 今日もやっているのか?」
郷田社長の声だった。
「今日で最後の三日目なんで、何とかやってますがね」
「雨が降っているはずだが、それでもやっているの?」
郷田社長は、天候を心配してくれているようだ。
「合羽を着て雨対策はOKなんですが、何故か今日は、さっぱり・・・」
私は彼に、今日の様子などを語ったのだ。
「予報では、明日の朝まで雨は続くといっていたがな」
郷田社長は言う。
「昼間の晴天よりも、獲物は、こんな天候の方がやってきそうな雰囲気なんですがね。奴を狙うために、餌は鶏肉やソーセージを使っていますが・・・」
「夜中まで続けるの?」
「分かりません。天候が、あまりにも激しくなると、やめるでしょうが」
「その方がいいかもしれない。もし、奴が掛かったら、また電話をくれないか」
「分かりました」
「それと、帰る時は、連絡をくれないか。心配だからな・・・」
郷田社長は、私らの釣果も気になるようだが、この天候も心配のようだった。
彼との電話を終え、私と巻田は、まだ粘って奴を狙っていた。天候は更に崩れ、雨脚も強くなっていた。
携帯電話の時計を見ると、午後の三時を過ぎている。今回は、もう潮時かなと思いはじめた。
巻田の方に視線を向けると、彼にも、さっぱり当たりもないようだ。雨脚も強くなってきたせいで、浮きの当たりも見ずらくなっている。
「巻田!」
私は、巻田に声をかける。雨脚のせいで、自分の声も自然と大きくなる。
「どうした?」
「見ての通りだ。今日は駄目だぞ。天候も、こんな調子だし、日が暮れる前に引き上げた方がましだ」
「そうだな」
渋るようであったが、巻田も頷きを見せた。
「また別の日に、再チャレンジだ。ここには、あの怪魚の存在を確認した。正体は謎のままだが、奴は逃げないよ」
「分かったよ、矢浦。撤収だな」
彼が、そう言った時であった。雷が鳴りはじめ、遠くで稲光を見た。
二人はリールを巻き、竿を片付けようとした。だが、次の瞬間であった。ボートに衝撃を感じたのだ。
立ち上がってリールを巻き取っていた二人はバランスを崩し、水面に落ちそうになった。奴だ! とっさに感じた。昨夜と同じ状況である。
「奴だな! このボートの直下付近にいるぞ! 今日は早いが、きやがったな!」
巻田は身構え、興奮気味に言った。体勢を整え、身構えた私もボート周辺の水面下に目を向ける。
「いたぞ!」
私は、ボートの後方の水面に浮かび上がってくる魚影を発見したのだ。巨大な魚影だった。
「くるぞ!」
私は再び叫ぶ。
見えた! 巨大な魚影は、私のいるボートの側方に近づき、あの突出した棒状の長い背びれが水中から顔を出した。こいつは、何の真似だろう。自分らの闖入者に対し、敵意を向けているのか。それとも興味を示し、近づいているだけなのだろうか。
「何だ! こいつは?」
巻田は自分の竿を置き、私の真横にやってきた。二人は、奴の背びれに目を向けている。
背びれを水面から出したまま、怪魚はボートのすぐ真後ろまで近づいてきたのだ。
「矢浦! ギャフをかせ!」
巻田が叫ぶように、私に言った。
私はボートの後方に置いていたギャフを手に取り、彼に手渡した。郷田社長に借りていたものである。
「どうするつもりだ?」
私は彼に問う。
「これで仕留める! 今の俺達の仕掛けでは無理だ。こいつの正体を暴いてやる!」
「いきなり、そんなもので傷つけるのはやめろ!」
私は、彼を止めようとした。本来ギャフは、釣った魚を引き上げるものである。それを直接、泳ぐ魚体に突き刺すなど、私は頷くことはできない。
巻田は私の制止を振り切り、すぐそばに浮き上がっていた魚体の背に、何とギャフを突き刺して引っ掛けたのだ。棒状の背びれ付近だった。
その直後、水面に赤い血が広がった。この怪魚の血であることは間違いない。痛々しく思えた。
当然のように次の瞬間、怪魚は物凄い力で暴れはじめたのだ。巻田は、とっさに片手で棒状の背びれをつかんだ。
「ぐあ!」
巻田は叫ぶ。
二人のボートは激しく傾き、立っていた私はバランスを崩す。三メートル近い怪魚の力は、半端ではない。昨夜、自分らは釣り上げることはできなかった。身をもって、その恐ろしさを知っている。
「巻田! やめろ! このままだと、水面に引き摺り込まれるぞ!」
私も必死に、叫ぶように言った。
巻田の持つギャフは、まだ奴の魚体に引っ掛けたままのようだ。もう一方の片手で、棒状の背びれをつかんだままなのだ。
「絶対に離さんぞ! こいつの正体は何なのだ! この背びれは、何か違和感を感じるがな・・・」
「違和感? どういうことだ?」
私が巻田に尋ねた時であった。怪魚は更に暴れはじめ、彼一人の力では、とても押さえつけることなどできなかった。
ボートは転覆し、二人は水面に投げ出されてしまった。最悪の状況である。
「巻田! 何処だ! 何処にいる!」
私は一瞬、彼を見失っていた。水面の水が合羽から体内に伝わり、冷たさを感じる。
「巻田!」
不安の中、もう一度、彼の名を叫んだ。
いない・・・ 彼がいないのだ。巻田の姿が何処にも見えなかった。
「何処だ! おい! 巻田! 巻田!」
私は何度も、彼の名を叫ぶ。
水面に浮かんだままの私は、周囲を必死に見回した。それでも、彼の姿は見あたらない。不安な思いの中、不思議な気もした。何故、彼が見あたらない・・・
横転したボートが底を見せ、私の前で浮かんでいる。巻田を水面に引き摺り込んだ奴の物凄い力で、ボートは横転したのだ。私も巻田も水面へ・・・
巻田! 巻田! 声には出さなかったが、我に返ったように再び彼を捜す。やはり、何処にもいない。水中へと奴に引き込まれたのか? バカな・・・ そんな・・・
私は、冷静になろうとする。雨脚が更に強まる。事の重大さに気づき、心が動揺しはじめた。
水面に浮かんだ私の体の合羽に、激しく雨粒が打つ音。同様に水面にも。激しくなった雨脚のせいで視界も悪くなった。遠くが白く煙ったように見えはじめた。
「巻田!」
今度は、ありったけの力で彼の名を叫ぶ。しかし、無情にも雨音によって、かき消されていった。
巻田は本当に、あの怪魚によって水中に引き摺り込まれたのだろうか。やはり信じられない。ギャフで奴の魚体を突き刺して引っ掛け、あの棒状の背びれを押さえ込んだ。私が彼を見た最後であった。その後、怪魚の逆鱗にでも触れたかのように、激しく暴れはじめたのだ。
私には、この暗い水中に潜って彼を捜すこともできない。ふと携帯電話が頭に浮かんだ。郷田社長に助けを求めようと思った。
しかし、ポケットから取り出した携帯電話は、水面に落ちたため、水でぐっしょりと濡れて使い物にはならない。万事休すであった。
途方に暮れる。雨脚も弱まる気配は全くない。何処からか落雷が鳴る。
ここは真貝沼の、ど真ん中。その水面に一人で浮かぶ私・・・ ひとまず横転したボートにつかまろう。雨と水面の水で濡れた体が、急に寒さを感じはじめた。
何だろう・・・ 横転して浮かぶボートに手を掛けようとした時であった。
水面に浮かぶ、それを手にした。ギャフであった。巻田が手にしたものだった。先はステンレス製のフック状に鋭く尖ったものであるが、柄の部分が木製であるため、水面に浮かんでいる。巻田が水中に引き込まれる瞬間、手を離してはずれたのか。
私はギャフを手にしたまま、自分の体を預けるようにしてボートに乗りあがった。完全に底の部分が上を向いている。
おや? また、何かを見つけた。ちょうどボートの部分に棒状のものが乗り掛かっている。それも黒っぽい。妙に見覚えがあった。あの怪魚の背びれか? 似ている。間違いない。長さは50センチ程だろうか。巻田は必死の力で水中に引き込まれる直前に、奴の背中から引きちぎった・・・
私は、それも手に取った。
「何だこれは・・・」
それを手にした私は、思わず呟いてしまった。あの怪魚の正体の謎が解けたような気がしてきたのだ。
ギャフをボートの上に置き、両手で、その棒状の背びれを確かめる。巻田がボート上から、奴の背びれをつかんだ時、違和感を感じると言った意味が分かった。これは魚の背びれではないのだ。
棒は一センチ程の径で黒いプラスチック製のもの。長さは約50センチぐらいか。その先は、金属製の一本ものの銛であった。銛の先には釣り針のように、返しがある。一度魚体に刺されば、抜けないようになっている。プラスチック製の柄は、途中から折れたような痕跡だ。
私は推測する・・・ 私達以前に、あの怪魚に遭遇した者がいた。この銛で奴を仕留めようとしたが、柄の途中から折られ、逃げられてしまった。しかし、奴の背中には銛が刺さったままの状態で残った。それが背びれのようになって見えていた・・・ 草や藻もそれに絡まっていた・・・
いつから刺さったままだったのか。あんな背びれの魚体など、はじめからいるはずがなかった。惑わされていた。三メートル近い淡水魚・・・ それは、やはりピラルクーなのだろうか。ピラルクー・・・
巻田は、そのピラルクーによって、水中へと引き摺り込まれた・・・ 何としても巻田を・・・しかし、どうすれば・・・
雨脚が相変わらず強い中、ボートに乗りあがったまま冷静になろうと、私は考えた。このままここにいても、埒が明かない。ここから泳いで対岸の岸へ行くのが、無難だろう。車まで戻っても、もう車は使えない。自分のズボンのポケットを探ったが、車の鍵はない。自分の車の鍵は、ボートに積み込んでいたカバンの中である。そのカバンもボート上にあった釣り道具など一式とともに、水中へと沈んでしまった。巻田の車も、彼がカギをかけていたのを覚えている。彼の姿がない今、それもどうすることもできない。
ボート乗り場まで何とか戻れば、別の足漕ぎボートがあるはずだ。それを使って巻田の捜索をするか、草周湖から音木川の支流へと向かい、郷田水産に助けを求めるかだ。
私は意を決した。ここから泳いで真貝沼の対岸に向かうことにする。泳ぎは苦手ではない。この真貝沼は草周湖の半分程の大きさである。泳げない距離ではない。しかし一瞬だが、不安が過ぎった。巻田のように、私も水中へと引き摺り込まれるのではと・・・
そんな中、私の携帯電話が鳴っているのに気づいた。雨音に混ざって聞こえている。
合羽の内側に手を入れ、携帯電話を取り出す。着信は、郷田社長からであった。
「はい、矢浦です」
「郷田だが、矢浦君、どうだ? 今日もやっているのか?」
郷田社長の声だった。
「今日で最後の三日目なんで、何とかやってますがね」
「雨が降っているはずだが、それでもやっているの?」
郷田社長は、天候を心配してくれているようだ。
「合羽を着て雨対策はOKなんですが、何故か今日は、さっぱり・・・」
私は彼に、今日の様子などを語ったのだ。
「予報では、明日の朝まで雨は続くといっていたがな」
郷田社長は言う。
「昼間の晴天よりも、獲物は、こんな天候の方がやってきそうな雰囲気なんですがね。奴を狙うために、餌は鶏肉やソーセージを使っていますが・・・」
「夜中まで続けるの?」
「分かりません。天候が、あまりにも激しくなると、やめるでしょうが」
「その方がいいかもしれない。もし、奴が掛かったら、また電話をくれないか」
「分かりました」
「それと、帰る時は、連絡をくれないか。心配だからな・・・」
郷田社長は、私らの釣果も気になるようだが、この天候も心配のようだった。
彼との電話を終え、私と巻田は、まだ粘って奴を狙っていた。天候は更に崩れ、雨脚も強くなっていた。
携帯電話の時計を見ると、午後の三時を過ぎている。今回は、もう潮時かなと思いはじめた。
巻田の方に視線を向けると、彼にも、さっぱり当たりもないようだ。雨脚も強くなってきたせいで、浮きの当たりも見ずらくなっている。
「巻田!」
私は、巻田に声をかける。雨脚のせいで、自分の声も自然と大きくなる。
「どうした?」
「見ての通りだ。今日は駄目だぞ。天候も、こんな調子だし、日が暮れる前に引き上げた方がましだ」
「そうだな」
渋るようであったが、巻田も頷きを見せた。
「また別の日に、再チャレンジだ。ここには、あの怪魚の存在を確認した。正体は謎のままだが、奴は逃げないよ」
「分かったよ、矢浦。撤収だな」
彼が、そう言った時であった。雷が鳴りはじめ、遠くで稲光を見た。
二人はリールを巻き、竿を片付けようとした。だが、次の瞬間であった。ボートに衝撃を感じたのだ。
立ち上がってリールを巻き取っていた二人はバランスを崩し、水面に落ちそうになった。奴だ! とっさに感じた。昨夜と同じ状況である。
「奴だな! このボートの直下付近にいるぞ! 今日は早いが、きやがったな!」
巻田は身構え、興奮気味に言った。体勢を整え、身構えた私もボート周辺の水面下に目を向ける。
「いたぞ!」
私は、ボートの後方の水面に浮かび上がってくる魚影を発見したのだ。巨大な魚影だった。
「くるぞ!」
私は再び叫ぶ。
見えた! 巨大な魚影は、私のいるボートの側方に近づき、あの突出した棒状の長い背びれが水中から顔を出した。こいつは、何の真似だろう。自分らの闖入者に対し、敵意を向けているのか。それとも興味を示し、近づいているだけなのだろうか。
「何だ! こいつは?」
巻田は自分の竿を置き、私の真横にやってきた。二人は、奴の背びれに目を向けている。
背びれを水面から出したまま、怪魚はボートのすぐ真後ろまで近づいてきたのだ。
「矢浦! ギャフをかせ!」
巻田が叫ぶように、私に言った。
私はボートの後方に置いていたギャフを手に取り、彼に手渡した。郷田社長に借りていたものである。
「どうするつもりだ?」
私は彼に問う。
「これで仕留める! 今の俺達の仕掛けでは無理だ。こいつの正体を暴いてやる!」
「いきなり、そんなもので傷つけるのはやめろ!」
私は、彼を止めようとした。本来ギャフは、釣った魚を引き上げるものである。それを直接、泳ぐ魚体に突き刺すなど、私は頷くことはできない。
巻田は私の制止を振り切り、すぐそばに浮き上がっていた魚体の背に、何とギャフを突き刺して引っ掛けたのだ。棒状の背びれ付近だった。
その直後、水面に赤い血が広がった。この怪魚の血であることは間違いない。痛々しく思えた。
当然のように次の瞬間、怪魚は物凄い力で暴れはじめたのだ。巻田は、とっさに片手で棒状の背びれをつかんだ。
「ぐあ!」
巻田は叫ぶ。
二人のボートは激しく傾き、立っていた私はバランスを崩す。三メートル近い怪魚の力は、半端ではない。昨夜、自分らは釣り上げることはできなかった。身をもって、その恐ろしさを知っている。
「巻田! やめろ! このままだと、水面に引き摺り込まれるぞ!」
私も必死に、叫ぶように言った。
巻田の持つギャフは、まだ奴の魚体に引っ掛けたままのようだ。もう一方の片手で、棒状の背びれをつかんだままなのだ。
「絶対に離さんぞ! こいつの正体は何なのだ! この背びれは、何か違和感を感じるがな・・・」
「違和感? どういうことだ?」
私が巻田に尋ねた時であった。怪魚は更に暴れはじめ、彼一人の力では、とても押さえつけることなどできなかった。
ボートは転覆し、二人は水面に投げ出されてしまった。最悪の状況である。
「巻田! 何処だ! 何処にいる!」
私は一瞬、彼を見失っていた。水面の水が合羽から体内に伝わり、冷たさを感じる。
「巻田!」
不安の中、もう一度、彼の名を叫んだ。
いない・・・ 彼がいないのだ。巻田の姿が何処にも見えなかった。
「何処だ! おい! 巻田! 巻田!」
私は何度も、彼の名を叫ぶ。
水面に浮かんだままの私は、周囲を必死に見回した。それでも、彼の姿は見あたらない。不安な思いの中、不思議な気もした。何故、彼が見あたらない・・・
横転したボートが底を見せ、私の前で浮かんでいる。巻田を水面に引き摺り込んだ奴の物凄い力で、ボートは横転したのだ。私も巻田も水面へ・・・
巻田! 巻田! 声には出さなかったが、我に返ったように再び彼を捜す。やはり、何処にもいない。水中へと奴に引き込まれたのか? バカな・・・ そんな・・・
私は、冷静になろうとする。雨脚が更に強まる。事の重大さに気づき、心が動揺しはじめた。
水面に浮かんだ私の体の合羽に、激しく雨粒が打つ音。同様に水面にも。激しくなった雨脚のせいで視界も悪くなった。遠くが白く煙ったように見えはじめた。
「巻田!」
今度は、ありったけの力で彼の名を叫ぶ。しかし、無情にも雨音によって、かき消されていった。
巻田は本当に、あの怪魚によって水中に引き摺り込まれたのだろうか。やはり信じられない。ギャフで奴の魚体を突き刺して引っ掛け、あの棒状の背びれを押さえ込んだ。私が彼を見た最後であった。その後、怪魚の逆鱗にでも触れたかのように、激しく暴れはじめたのだ。
私には、この暗い水中に潜って彼を捜すこともできない。ふと携帯電話が頭に浮かんだ。郷田社長に助けを求めようと思った。
しかし、ポケットから取り出した携帯電話は、水面に落ちたため、水でぐっしょりと濡れて使い物にはならない。万事休すであった。
途方に暮れる。雨脚も弱まる気配は全くない。何処からか落雷が鳴る。
ここは真貝沼の、ど真ん中。その水面に一人で浮かぶ私・・・ ひとまず横転したボートにつかまろう。雨と水面の水で濡れた体が、急に寒さを感じはじめた。
何だろう・・・ 横転して浮かぶボートに手を掛けようとした時であった。
水面に浮かぶ、それを手にした。ギャフであった。巻田が手にしたものだった。先はステンレス製のフック状に鋭く尖ったものであるが、柄の部分が木製であるため、水面に浮かんでいる。巻田が水中に引き込まれる瞬間、手を離してはずれたのか。
私はギャフを手にしたまま、自分の体を預けるようにしてボートに乗りあがった。完全に底の部分が上を向いている。
おや? また、何かを見つけた。ちょうどボートの部分に棒状のものが乗り掛かっている。それも黒っぽい。妙に見覚えがあった。あの怪魚の背びれか? 似ている。間違いない。長さは50センチ程だろうか。巻田は必死の力で水中に引き込まれる直前に、奴の背中から引きちぎった・・・
私は、それも手に取った。
「何だこれは・・・」
それを手にした私は、思わず呟いてしまった。あの怪魚の正体の謎が解けたような気がしてきたのだ。
ギャフをボートの上に置き、両手で、その棒状の背びれを確かめる。巻田がボート上から、奴の背びれをつかんだ時、違和感を感じると言った意味が分かった。これは魚の背びれではないのだ。
棒は一センチ程の径で黒いプラスチック製のもの。長さは約50センチぐらいか。その先は、金属製の一本ものの銛であった。銛の先には釣り針のように、返しがある。一度魚体に刺されば、抜けないようになっている。プラスチック製の柄は、途中から折れたような痕跡だ。
私は推測する・・・ 私達以前に、あの怪魚に遭遇した者がいた。この銛で奴を仕留めようとしたが、柄の途中から折られ、逃げられてしまった。しかし、奴の背中には銛が刺さったままの状態で残った。それが背びれのようになって見えていた・・・ 草や藻もそれに絡まっていた・・・
いつから刺さったままだったのか。あんな背びれの魚体など、はじめからいるはずがなかった。惑わされていた。三メートル近い淡水魚・・・ それは、やはりピラルクーなのだろうか。ピラルクー・・・
巻田は、そのピラルクーによって、水中へと引き摺り込まれた・・・ 何としても巻田を・・・しかし、どうすれば・・・
雨脚が相変わらず強い中、ボートに乗りあがったまま冷静になろうと、私は考えた。このままここにいても、埒が明かない。ここから泳いで対岸の岸へ行くのが、無難だろう。車まで戻っても、もう車は使えない。自分のズボンのポケットを探ったが、車の鍵はない。自分の車の鍵は、ボートに積み込んでいたカバンの中である。そのカバンもボート上にあった釣り道具など一式とともに、水中へと沈んでしまった。巻田の車も、彼がカギをかけていたのを覚えている。彼の姿がない今、それもどうすることもできない。
ボート乗り場まで何とか戻れば、別の足漕ぎボートがあるはずだ。それを使って巻田の捜索をするか、草周湖から音木川の支流へと向かい、郷田水産に助けを求めるかだ。
私は意を決した。ここから泳いで真貝沼の対岸に向かうことにする。泳ぎは苦手ではない。この真貝沼は草周湖の半分程の大きさである。泳げない距離ではない。しかし一瞬だが、不安が過ぎった。巻田のように、私も水中へと引き摺り込まれるのではと・・・
1
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー
黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた!
あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。
さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。
この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。
さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる